真実は闇の中
朋樹の家へ行くと決まったが、薙がハッとして言った。
「瞬間移動はできないな。朋樹は結着の仕方を知らない。歩いていこう」
「えっ、瞬間移動できないの?」
朋樹がべそをかいたように言った。
「当然だ。我々のテレポテーションは物質の結合をといて、目的地のエネルギーを特定し、そこへ移動して、また結合をする。その結着ができなくてはダメだ」
「陽一はできるんだよね」
朋樹が恨めしそうに言った。
「陽一は元々目覚めていたからだ」
「僕はできないのか……」
陽一も、朋樹にうまく説明してあげることはできなかった。
頭で考えると、もっとできない。
「いいなあ陽一は。いつか僕にもできるようになりますか?」
朋樹が、すがるような目で言った。
薙はさらりと答えた。
「さあな」
消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
火は消えていたが、たちまち人であふれるだろう。
4人はあわててその場を離れた。
人に見つからないように山を下りると、そこら中野次馬でいっぱいだ。
年配の人が多いが、今日は休日なので学生もちらほら見える。
警察車両もやってきて、辺りはものものしい雰囲気になってきた。
山火事になったりしたら大変だろうな、と陽一はぼんやり思いながら、自分たちの領域が他人に犯されるのはあまりいい気分ではなかった。
赤猪子の神社は三輪山にあり、朋樹の家はすぐ近くにあった。
朋樹の家にお邪魔して、作戦会議ではないが何が起きたのかを話あうことにした。
もしかしたら、一刻を争うのかもしれない。
佐之尊が口火を切った。
「おそらく、さっきの子どもは俺たちの兄者だ。月から来たんだな。何で今さら?」
「月で何か起きたのかも知れないな。こうしている間にもあいつはどこかへ移動している」
「どこから考えたらいい? 何が起きているんだ?」
「それよりも鳥居だよっ。あんなことしたら、邪悪なものが出てきてこのあたりを徘徊しちゃうよ」
朋樹が焦っていう。
「邪悪なものとはなんだ。何が徘徊するのだ」
薙が怪訝な顔で言った。
「だって、鳥居は結界でしょ。悪魔や幽霊やらゾンビたちが復活しちゃう」
朋樹はそう信じているらしい。
陽一は、神社の役割に詳しくないので、朋樹の言うことがいまいちピントこない。
「鳥居か……」
薙が考え込んだ。
「それは逆だぞ。あれはそんな意味で建っているんじゃない。地球上にあるエネルギーを封じているんだ」
「え?」
「朋樹には説明していなかったな。地球には、人間たちに目覚めてもらうと困る宇宙種族がいるのさ。そいつらは、人間が目覚めないようにと、至るところに鳥居を建てて大地から流れるエネルギーを塞いでるのさ」
「反対じゃねえか……」
陽一が呟いた。
まさか、鳥居にそんな役割があったなんて。
「あの子どもは鳥居をわざとねらった?」
「だろうな。何を考えているかわからんが、鳥居を破壊するのが目的なら」
「鳥居があるところで待ち伏せしたらいいんだ」
「ああ。でも鳥居は」
「至るところにあるな」
佐之尊が締めくくった。
目的はなんとなくわかった。
だったら、今もどこかの鳥居を破壊しているのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って。僕には何がなんだか……」
「だから、言っているだろう。神と呼ばれるものは、元はこの地球を支配している宇宙人の名前なんだよ」
薙の言葉に衝撃を受ける朋樹。
無理もないだろう。
18年間生きてきて、ずっと信じてきた神様が、地球を支配している宇宙人だと言われても無理だ。
信じられない。
きっと朋樹の頭の中は、しっちゃかめっちゃかになっているはずだ。
それでも、神と呼ばれている宇宙人の口から言われたのだから、さらに混乱しているはずだ。
「あ……」
その時、陽一は窓の方を見た。
晶の気配がする。
窓辺に駆け寄って窓を開けると、上空からヒラヒラと薄紅色の布が舞い降りてきた。
「あきらーっ!」
陽一が大きな声で叫んだ。
こちらへ向かってくる布が形状を変えて人の姿が現れた。
「陽一っ」
晶が、陽一の胸に向かって飛び込んできた。
陽一はしっかりと晶を抱きしめた。
晶だ。
本物の晶が、俺の腕の中にいる。
心臓が破裂しそうなほどバクバクいっていた。
腕の中にすっぽりと入る少女。
あの頃と全然変わらない。
少し髪の毛が伸びた。
大きな瞳と赤い唇。
晶ってこんなに小さかったっけ。
すごくあたたかい。
晶もドキドキしているのか、しがみついていた腕がそっと離れた。
お互いの顔を見て、頬が熱くなる。
晶の顔は、もっと赤かった。
「ご、ごめん。痛かった?」
思わず謝ると、晶が大きく首を振った。
「わ、我こそすまぬ」
それでも、晶の手を離したくなかった。
ずっとつかまえていたい。
「おー、晶、久しぶりだの~」
佐之尊ののんびりした声に、陽一はパッと手を離した。
「晶が来たということは月で何かあったか?」
薙の問いかけに晶がうなずいた。
「う、うむ。叔父上が目覚めた」
「おー、おー、来たぞ。さっそく鳥居を破壊してどっか行った」
「えっ! 鳥居とは、この地球のエネルギーを封じている柱のことだな」
晶の言葉に、朋樹はさらにショックを受けたようだった。
「晶ちゃんまで……。それに、陽一と抱き合ったりして……」
「よ、陽一も朋樹もずいぶん背が伸びたの……」
晶がモジモジ言う。
陽一は、晶がかわいくてただただ見つめている。
「おーい、陽一くん、そんなに見ていたら晶に穴があくぞ」
佐之尊の茶化す声にどうしていいか、わからなくなる。
「晶、月で何があった」
薙だけが冷静に話を進めてくれる。
「あ、叔父上は、地球が呼んでいると言って、こちらへ向かった。我は、母上から地球を救うように命じられた」
「姉上が動いたか。それは一大事だのお」
「レアンが地球を離れたことと関係するな。よし。3組に分かれて、子どもを探そう」
薙が言った。
「晶、子どもの名は?」
「流依さまじゃ」
流れて依ると書いて、流依という文字が陽一の頭に浮かんだ。
「流依……か」
「薙どの、流依さまは何を考えておられると思われるか?」
「さあな、流依に会ってみないとわからねえが、鳥居を壊しているということは、地球のエネルギーを解放しているってことだ」
「解放するとどうなんの?」
陽一が問いかけた。
「目覚めるものが増えるだろうよ。俺たちの力も解放される」
「え? じゃあ俺も?」
「ああ。朋樹も少しは影響を受けるかもな」
蚊帳の外にいたような朋樹の頬がピクリとする。
「えーっ! それってもしかして、僕も瞬間移動できるってことですか?」
「さあな」
薙がさらりといつもと変わりなく答えた。
※※※
時間があまりない。
闇の焦りがみえる。
それは、危険でもある。
命あるうちに真実を伝えよう。
それがわれの役割だと思う。
真実は闇にある。




