ハッピーアイスクリーム
つらい。
そばにいると、陽一の気持ちが何もかも入り込んでくる。
陽一は、晶を邪魔だと感じている。
陽一のためを思って動いても、薄気味悪いと思われた。
このまま一人でマンションに帰りたかったが、舞は晶のそばを離れようとしない。
晶が帰ると言い出せば、舞もついて来るだろう。
陽一の悲しむ顔を見たくなかった。
晶はもう少しだけ自分が我慢をすれば、皆が喜ぶのだとそう思い込み、適当に店を選んで入った。
近くにハンターの気配は感じられない。
さっと店内に目を走らせ安全を確認すると、晶はアイスクリームの陳列ケースの中を見た。
ずらりと並ぶアイスクリームに思わず目が輝く。
「晶さま、何がよろしいですか?」
舞が優しく聞いてくる。
いつの間にかいつもと同じ呼び名になっていたが、晶もアイスクリームを目の前にすると気が緩んだ。
「我はショコラクッキーとバニララズベリーがよい」
「かしこまりました」
舞がいそいそと注文を取る。
カウンターの店員も目を丸くしてやり取りを見ていた。どの店でも店員は晶と舞のやり取りを興味深そうに眺めている。
「陽一さまは何がよろしいですか?」
舞がかいがいしく聞くと、彼は目を丸くした。
「舞ちゃんって女の子らしいんだね。それに比べて晶は情けねえな。自分で注文も言えねえのか」
晶はぐさっと胸に何かが刺さるのを感じた。
これまで気を張り詰めていたせいか、限界が来たのかもしれない。思わず目を潤ませると陽一があたふたと手を振り回した。
「あ、わ、わりい、今のなし、ごめんっ」
「陽一さま、晶さまをいじめないでくださいませ」
舞が目を吊り上げた。
晶はアイスクリームを受け取ると、さっさと席へ座った。
舞が慌てて追いかけて隣を陣取る。
陽一はシンプルにバニラアイスを注文して二人の前に座った。
晶をちらっと見てから、舞に笑いかけた。
「映画、楽しかったね。これからどうする? 少し、休んで行こうか」
「陽一さま、わたくしと晶さまを誘ってくれてありがとうございました」
「晶…さま?」
陽一が不思議そうに首を傾げると、舞がしまったという顔をした。
「あ、あの…」
「よい」
晶が匙でラズベリーを掬いながら言った。
「舞と我はいとこじゃ」
陽一は目を丸くして交互に二人を見た。
「あんまり似てねえな」
「まあな。ところで、陽一、うぐいす姫の事を覚えておらんと云ったが、なぜ、舞がうぐいす姫だと分かったのじゃ」
晶の質問に陽一は少し考える顔をした。
「勘、かな」
「勘でございますか?」
舞が戸惑って晶を見た。すると、突然、晶が肩をゆすって笑いだした。
「晶さま?」
「今日は楽しかったぞ、陽一」
「あ、うん。よかったけどさ。舞ちゃんラインしようよ」
舞がちらりと晶を見た。
「陽一さま、わたくしたち携帯電話を持っていないんですの」
「ないの? そっかあ」
がくっと陽一が頭を垂れる。
「なら、どうやって連絡を取ればいいんだろう」
「自分で考えるのだな」
晶は熱心にアイスクリームを食べてしまうと、窓の外を眺めた。
「晶さま、お疲れになりました?」
「舞ちゃんは、晶が気になって仕方ないんだね」
陽一が口を尖らせる。
舞は困った顔をした。
彼女にとって晶の世話をするのが仕事なのだ。
「我は疲れた。目を閉じているから二人で話をしたらいい」
「そんな…」
舞は見捨てられたような顔で晶を見る。
やれやれ、と晶は息をついた。
陽一の事はたいてい分かっていた。
幼い頃からずっと見守ってきたからだ。
だが、名前までは気付かなかった。
なぜ、彼の名は一文字足りないのだろう。
「陽一の名前は誰がつけたのじゃ?」
晶がだしぬけに聞くと、陽一はきょとんとした。
「俺の名前? 確か母さんだよ。父さんは陽一郎とつけたかったらしいけど、母さんがどうしても陽一がいいって言ったらしくて、親戚中の反対を受けながらも押し通したって聞いたけど」
「ふむ」
母親は何か悟ったか、と晶は思った。
陽一の母には近づかぬ方がよいかもしれぬ。
「舞ちゃんはどこの高校に通っているの? 女子高? 学校が始まったら帰りは迎えに行くよ」
陽一は有頂天になっている。
「ごめんなさい、陽一さま、わたくしたち学校へ通っていませんの」
「え? 中卒?」
がんっと頭を殴られたようなショックを受けている。
晶は面白くて黙っていた。
「中卒でもいいや、俺は気にしない。友達に紹介したいんだけど、いい?」
「ええっ」
舞が仰天して晶に助けを求める。
晶は他人事のように装いながらも、陽一に求められる舞を少しうらやましいと思った。
「さあな」
「晶さま、わたくしが困っているのを楽しんでいますのね」
「まさか」
「いいえ、こうなったらわたくし本当のことを…」
晶が軽く睨むと、舞は小さくなった。
「……陽一さま、わたくしたちまだ出会って間もないですし、今後の事は分かりません。だから、お友達には黙っていてくださいませ」
舞の必死な姿が面白い。
晶はふっと笑いながら、窓の外を眺めた。その時、若い女がこちらを見て通り過ぎた。
背筋を冷たいものが走る。
「晶さま?」
舞がすぐに気付いた。
「どうかなさいました?」
「いや…」
冷や汗が出た。あの女だった。
大昔、鬼が喰った村人の中に婚約者のいる男がいた。
男を喰われた婚約者の女は復讐に燃え、鬼を殺そうと村人に決起させ、とうとううぐいす姫を殺すことに成功した。
その女の生まれ変わりが、常にうぐいす姫の周りをうろついている。
今はハンターの長となってうぐいす姫の命を奪おうと狙っていた。
その女が今こちらを見ていた。
十六夜は力が少し出遅れる。
少しずつ欠けていく月と同時に、晶の力も少し欠けていく。
女の気配が消えた。
「陽一、そなたの近辺で何か不審なことは起こってはおらぬか?」
晶が青ざめた顔で聞くと、陽一は最後のコーンを食べてから首を振った。
「なんもねえけど」
特に考えもせずに答える。
「それならよいが」
晶は、陽一の性格を考慮しながら、用心せねばならぬな、と思った。
「今日はこれで帰る」
「えっ、もう」
陽一が名残惜しそうに言った。
「もう少し一緒にいたいよ」
その言葉は舞に向けられていたが、自分にも何か言ってくれないだろうか、と期待した。しかし、陽一はこちらを見ることはなかった。
晶は小さく息を吐いた。
「すまぬな、陽一。行くぞ、舞」
「はい」
陽一は去って行く二人を見つめただけで、追いかけなかった。