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再会




 陽一の元へと戻った正勝と葵は、倒れている陽一を発見した。


「陽一殿っ」


 葵が駆け寄る。抱き起こそうとするのを正勝が止めた。


「触るなっ」

「でも…」


 正勝はしゃがみ込んで、陽一の手首に触れた。脈拍が薄い。体が冷たくなり、呼吸はほぼしていないようだ。


「まずい…」


 仮死状態に近い。正勝はできるだけ陽一を動かさないように抱き抱えた。


「正勝殿?」


 葵が不安そうに見つめる中、正勝は無言で消えた。


「正勝殿っ」


 葵が叫んだが、彼はどこかへ行ってしまった。


「そんな…」


 取り残された葵は身をすくめ、おろおろとあたりを見渡した。


 こんなところに一人きりにされるなんて…。どうすればいいのだろう。


 どこか安全な場所へ戻らなくては、と振り向くと、地面に何か光る物を見つけた。


「何かしら…?」


 そっと近づいてみる。光っていたのは櫛だった。銀と淡い色を含む梅の絵柄の鼈甲櫛だ。


「これは…」


 無意識に手に取った。


「あ…」


 瞬間、葵は体の自由を奪われた。目は見えるし周りの音も聞こえるが、自分の意思では瞬き一つできない。


 ――安心して。


 女の声がした。葵は慄いた。敵はまだいたのか。


 ――敵じゃないわよ、ンもうっ。


 体を奪った何者かが、葵の体を使って、ぷくっと口を膨らませた。


 ――月から来た可愛いお姫様、感謝するわ。


 女は何をさせるのか。手には櫛を持ったまま、ゆっくりと両手を動かして大きく伸びをする。


「ああ、やっと動ける。息苦しかった」


 女はそう言うと、目をきらっと光らせた。


「尊さまの元へ行くわよン」


 へ?


 葵の体がふわりと浮かぶ。自分ではできない動きをこの女は自由に操った。空高く浮かぶと、ものすごい勢いで山に向かって飛んだ。


 どこへ行くの?


 女は答えてはくれなかった。



  ×××××




 その頃、赤猪子の社では佐野が飯を食っていた。


「殿下…」


 赤猪子がじっとりと佐野を見た。


「いい加減になさいませぬか」

「ん?」


 昼近くまで眠り、ようやく起きたのは先ほどで、それから昼食を食べている。釜の飯は底をついた。


「もう、お米はございませぬ」

「よいよい」


 ハハハと笑って、お腹をさすった。


「やはり、誰かが作った飯はうまいなあ」


 赤猪子の頬がぴくりと引きつった時、部屋の中に気配を感じて振り向くと、俊介が立っていた。


「俊介殿…」


 赤猪子が目を丸くした。


「なぜ、ここに? 姫に何かあったのか?」

「そうではありません」


 俊介が首を振って、眉をひそめた。


「そちらの方は?」

「俺か?」


 佐野は首をこきこき鳴らした。


「俺は佐之尊よ」


 俊介がその名前を聞いて絶句する。赤猪子は説明するのももどかしく、俊介の方へ寄った。


「そんなことよりも俊介殿、何か用事があって参られたのであろう」

「そうだ…!」


 俊介は、すぐに気を持ち直した。


「陽一の身に何かあったようだ。姫が心配されておる」

「陽一殿に?」


 赤猪子は顔を険しくさせた。佐野も顔をしかめた。


「まさか、井川が何かしたか」

「それは一大事じゃ」


 赤猪子が慌てて走り出す。陽一は今、学校へ行っているはずだ。様子を窺わなくてはと見上げた時、何かがこちらへ向かってくるのに気づいた。


「殿下、何者かがこちらへ参ります」

「敵か? まさか、井川っ?」


 佐野がおろおろすると、あっという間に近づいて、上空で止まった。赤猪子がその姿を見て、あっと声を上げた。


「葵殿ではないかっ」


 結界を解いて中へ入れる。

 社に入った葵は、佐野の姿を見るとがむしゃらに走って抱きついた。


みことっ」


 かわいい女の子に抱きつかれ、佐野はでれーっとした顔で葵の背中を撫でた。


「ん? お主、誰だ?」

「私が分からない? ゆいよ」

「唯っ?」


 葵の手から櫛が落ちて、ポンっと音がすると櫛から女の姿へと変化した。

 ふわふわの茶髪に丸顔の可愛らしい女の子だ。年はまだ若く少しぽっちゃりとしている。


「唯っ」


 佐野が叫んで、唯を抱きしめた。


「無事だったか」

「この月のお姫様が助けてくれたの」


 体の自由が戻った葵はぼんやりとしていた。


「ここはどこ?」


 葵は涙ぐんだかと思うと、目からぽろぽろと大粒の涙をあふれさせた。


「葵殿、大丈夫か?」


 赤猪子が駆け寄ると、葵は知っている姿を見てわーっと泣きついた。


「陽一殿が、襲われて…」

「えっ、それはどういう意味だ」


 俊介が、葵に詰め寄った。葵はおびえたように赤猪子にしがみついた。


「俊介殿、女性を怖がらせてはなりませぬ」

「しかし、陽一に何かあっては、姫が悲しむ」

「正勝殿がどこかへ連れて行ってしまいました」

「何?」


 俊介が再び眉を吊り上げた。


「正勝殿までこちらに来ているのか」


 わけが分からないと首を振る。その横で、佐野と唯は熱い抱擁を交わしていた。


「寂しかった」

「俺もだ、唯。生きた心地がしなかった」

「嘘よ、腹いっぱいご飯食べてたんでしょ」

「腹が減っては動けんだろう」

「ンもうっ」


 バカップルを見て、赤猪子は激しく苛々した。


「こうなったのは、お二人のせいですぞ」

「誰に向かってそのような事を申しておる。俺は、佐之尊ぞ」

「殿下…」


 俊介が大きく息を吐いた。


「殿下は月を追放された御身、我々とは関係ないはずでは?」

「何おうっ」

「もう、やめてよっ」


 唯が間に入った。


「私は無事だったんだし、陽一くんにはかわいそうな事をしちゃったけど」

「赤猪子さま、だいぶ落ち着きました」


 葵が、息を吐いて言った。


「正勝殿は何か考えがおありになって、陽一殿をどこかへ連れて行かれたのだと思います」

「無事なのだな?」


 俊介が言うと、葵は頷いた。


「はい。正勝殿は必死のご様子でした」

「正勝殿に頼むしかないの」


 赤猪子がぽつりと言った。皆、何もできず息を吐いた。


「今は何もできる事はなさそうじゃ」


 赤猪子が言って、葵を見た。


「ところでそなた、なぜ、地上におられる」

「あの、わたくし…」


 葵はもじもじと手を揉んだ。


「和記さまを喜ばせたかったのです」

「和記殿を?」

「はい。和記さまは晶さまを本当にお慕いしておられます。陽一殿のご様子をお伝えして、晶さまに喜んでいただければと思ったのです」


 そうか…と、赤猪子は考える顔をした。


 和記が本当にそのように考えていたかは別として、葵は純粋な気持ちで地上へ下りてきたのは分かった。


「そうであったか。葵殿、ここは危険じゃ、そなたは月へ戻られよ」


 赤猪子が優しく言うと、葵は首を振った。


「いいえ、微力ではございますが、わたくしも何かお手伝い致します」

「しかし、そなたの身を守るのは…」

「わたくし部下を連れて参りました。舎人とねりもおります。一人でも多く戦える者がいた方が役に立つのではございませぬか?」


 梃子でも動きそうにない。赤猪子は困ってしまった。すると、


「でかした!」


 と佐野が大声で言った。


「さすがは月の者だ。することがないのであれば、俺の付き人となれ」

「殿下っ」


 赤猪子が睨みつける。


「葵殿は高貴なお生まれじゃ。付き人とは」

「お二人ともいい加減になされ」


 俊介が呆れて言った。


「唯殿と申されたな、そなたがここにいることは敵にはばれておりませぬか?」


 唯は小さく首を傾げた。


「ばれていないと思うんだけどぉ」


 肩をすくめる。それを見て、俊介が息をついた。


「皆、他人の心配をするよりも、己の心配をした方がよさそうだぞ」


 俊介が脅すと、唯は佐野に抱きつき、葵は身を硬くした。赤猪子は新たに結界を張った。


「敵は、必ずここに来る」


 赤猪子が唯と佐野を見て言った。


「おそらく」


 俊介が神妙に頷いた。






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