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逸る心




 自宅へ帰った陽一は、その夜、緊張のあまりろくに眠れなかった。

 そして、翌朝、なるべく清潔なシャツを選び、財布の中身を確かめてから自転車に飛び乗った。

 一秒でも早く舞ちゃんに会いたかった。

 彼女に会いたい一心で自転車を漕ぎ、マンションへと着く。

 心臓が高鳴り、今にも飛びだしそうだ。

 一目ぼれって、すごい力を持っている。

 うぐいす姫のことを覚えていてよかった。


 陽一はにやにやしながらマンションの敷地に入り、玄関口に舞の姿を見てあまりのうれしさに飛び跳ねた。


「舞ちゃんっ」


 駆け寄ると、そばの植え込みに座っていた小さい子が立ち上がった。


「我も行く」

「え?」


 あきらとかいう少女が言った。

 てっきり二人きりだと思ったのに――。


「な、何で、お前まで……?」

「お前ではございません。陽一さま」


 舞がこの時だけ、少し怖い顔をした。迫力に負けて陽一は謝った。


「ご、ごめん、舞ちゃん。でも、俺、舞ちゃんと二人だとばかり」

「晶ちゃんがいてもかまわないでしょう?」


 舞が頼んできた。

 陽一は参った。何しろ、財布の中身はギリギリだ。


「いいけど、俺、金が…」

「我は自分の分くらい払えるわ」


 晶がムッとしたように言った。


「それならいいけど…」


 しぶしぶ了承すると、晶がにこっと笑った。

 小さい笑いだったが、陽一は少し動揺した。

 笑うと、少しかわいく見えた。


「何を観るのだ? アニメか?」

「違うよ、アクション映画だけど」

「決めておらぬのか」

「決めているよ。お前、あ、いや、あきらだったよな、どんな字を書くんだ?」

「我か? 水晶のショウという文字を使う」

「水晶…ああ、日が三つだな」

「そうだ」


 晶がうれしそうな顔で笑う。

 その表情を見ていると、何となくこちらもうれしくなった。


「じゃ、行こうか」

「はい」


 そう言うと舞が晶の手を取った。二人は手をつないで歩き始める。


「舞、暑いぞ」


 晶が手を離そうとしたが、舞は離す気はなさそうだった。


「二人とも仲がいいんだね」

「ええ、わたくし、どこへ行くときも晶ちゃんがいないとダメなんですの」

「へえ…」


 陽一は少し呆れた。


 駅に自転車を置く。陽一は電車のカードを取りだした。二人とも電車のカードを持っており、改札をくぐって電車に乗った。


「三つ目の駅で降りるからね」

「分かりました」


 舞が素直に頷く。

 電車の中は数人の客がいたが、座席は開いていた。 

 舞に座ってもらいたかったのに、晶を優先させた。

 周りの乗客たちが舞をちらちらと見ている。


 無理もない。

 舞はかなりランクの高い女の子だ。

 自分の高校でも舞ほどかわいい女の子はいなかった。


 陽一は誇らしげな気持ちで舞の隣に立っていると、気づけば晶の隣に座る男が何か話しかけているのが見えた。

 晶は眉をひそめている。


 男は次の駅で降りた。


「なあ、今の奴と何を話したんだ?」


 晶に聞くと、彼女はきょとんとした顔をした。


「なんの話だ?」

「あの若い男だよ、何か話しかけていただろ」

「大した話題ではない、どこの高校に通っているのか聞かれただけだ」

「えっ?」


 舞と陽一はぎょっとした顔をする。

 晶は澄ました顔で言った。


「高校には行ってないと答えたが、まずいのか?」

「晶さ…、晶ちゃん、陽一さまとわたくしの間にいてください」

「我は大丈夫だぞ」

「いいえっ」


 舞は強引に晶の隣に割り込むと、庇うように座った。

 陽一は呆れたように晶を見た。


 口が悪い癖にちょっと心配だな。

 舞が心配性になるのがよく分かった。

 この暑い中、舞は晶の腕をしっかりと組んで守るようにしている。

 晶は慣れているのか、気にしてないようだ。


「お、降りようか」


 電車が止まり、三人は電車を降りた。

 駅からすぐの場所に映画館はあった。

 夏休みなので学生たちで賑わっている。

 チケットを買おうとしたら、ああ、それなら三枚持っている、と晶が突然言った。


「は?」


 陽一はわけが分からず、暑さで晶は頭がおかしくなったのかと思った。


「これだろ?」


 手のひらから現れたのは三枚のチケットで陽一が観ようとしていたものだった。


「あ、うん」


 なぜ、これを晶が持っているのか薄気味悪かったが、受け取って三人は映画館の中に入った。

 どうして晶がチケットを持っていたのか。

 映画が始まっても陽一は不思議でたまらなかったが、考えても仕方がないので、最後の方は無理やり映画に集中した。

 途中からだったので、あんまり頭に入らなかった。

 なんとか二時間を乗り切ると、むやみに頭を使ったせいか疲れた。


「何か飲みに行く?」

「我はアイスクリームが食べたい」

「舞ちゃんは?」


 舞の顔を見ると、彼女は目を潤ませてハンカチを握っていた。


「とても感動しました」

「そう? よかった」


 どのシーンで感動したのか疑問だが、喜んでくれたなら、最高にうれしい。

 陽一はうれしくなって手を握ろうとした。

 手を伸ばすと、


「おい」


 と晶が低い声で陽一の手を払った。


「陽一、むやみに女子おなごに触るでない」

「なんだよ、邪魔するなよ」

「お二人とも、仲良くしてくださいませ」


 舞がハンカチをしまい、晶の手を握った。


 うぐいす姫が召使いに遠慮するなんて、次からのデートには晶には来てもらいたくないな。


 そう考えて晶を軽く睨んだとたん、彼女の顔がこわばった。

 陽一はどきりとして自分の言葉が顔に出ただろうかと思った。


 晶は目を伏せると、舞を連れてすたすたと歩き始めた。


「おい、どこに行くんだよ」

「アイスクリームを食べに行くのだ」

「分かったよ」


 陽一は肩を落とすと、二人について行った。



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