月
陽一の残像意識をとらえた瑠稚婀がたどり着いた先はなんと月だった。
二人は唖然として辺りを見渡す。
そこは慶之介が暮らす屋敷ではなかったが、屋敷の敷地内であった。
美しい庭園に小さな橋がかかっており、つましいながらも手入れが行き届いている。
地上とは違い、月は時の流れが違う。しん、とした池も穏やかな時間が流れていた。
三人は小さな社の前に立っていた。
陽一はきょとんとしていた。
「殿…」
さすがの瑠稚婀も茫然とした顔でいる。
「どういうことだ。なぜ、こやつは月への道を知っている」
「わらわには分かりませぬ」
陽一は辺りを窺ってからハッとすると、あたふたと手を振り上げた。
「な、何だここっ」
驚いたしぐさで尻もちをついて、唖然と空を見上げた。空は雲ひとつない透明の空が広がっている。
気が付くと、屋敷の方が騒がしい。
「殿、何かあったようです」
「うむ」
慶之介が陽一を引き連れて屋敷へ向かうと、部下たちがあたふたと走りまわっていた。
「何を騒いでおるっ」
慶之介が叱ると、部下の一人が血相を変えて走って来た。側近の者でひざまずくと震える声を張り上げた。
「も、申し上げまする。大太刀が…三輪守が、き、消えました」
「何っ」
慶之介は耳を疑った。
「そんなはずはない。あれは、我が命じなければ動くはずがない」
「いいえ…」
瑠稚婀が震える声で呟いた。
「一人だけ、動かすことができますぞ」
「まさか…」
慶之介が青ざめた。
「ええ、姫が命じたのです」
二人は同時に陽一を見た。
「え?」
陽一が目をぱちぱちさせる。
「三輪守のしわざじゃな」
瑠稚婀が鋭い目で陽一を睨んだ。
陽一は体をすくめた。
「な、何ですか瑠稚婀さん、怖い声を出したりして」
瑠稚婀はずかずかと陽一に近寄り手首をつかんだ。
「や、やめてくださいっ」
陽一が悲鳴を上げる。
瑠稚婀は、陽一を逃がさぬよう手首を握ったまま目を閉じて集中した。
本物ではない。
何か異変はないか探った。首の裏に何かある。
陽一の背後にまわり、首まわりのシャツをはぐと、淡麗な文字があった。
指先でさっとそれを消すと、陽一は、一瞬で人形の白い紙切れに変わった。
ひらひら舞い落ちる紙は瞬時に燃えて消えた。
「本物の陽一はどこに…?」
慶之介が呟く。
「三輪守を探さねば…」
瑠稚婀の声もか弱かった。




