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身代り




 陽一を探すように命じてからすぐに、部下が慶之介の元へ戻って来た。


「どうだ、奴は居たか?」

「はい、家の者たちと夕餉の最中でした」

「何だと?」


 慶之介の顔が険しくなる。


「夕餉だと? では、婀姫羅はどこへ参ったのだ」

「殿下、わらわがもう一度確かめに参りまする」


 瑠稚婀が申し出た。

 慶之介は、自分も確認すると言った。


 一同は、すぐさま陽一の家に移動した。


 すでに日は落ちて辺りは真っ暗だ。住宅街に人の気配はなく、通りは静かだった。


 陽一の住む家はクリーム色の外観をした一戸建ての住宅だった。

 一階の居間に明かりがついており、そこで家族が集まっているのが分かった。


 瑠稚婀は、顔を引き締めたまま睨んでいたが、舞に、陽一を呼び出すよう頼んだ。


「呼び鈴を鳴らし、おびき出せ」

「分かりましたわ」


 舞が家の呼び鈴を鳴らした。そして、小さく深呼吸をした。

 少し待つと、玄関先に明かりがついてドアが開いた。

 小柄な年配の女性が顔を出す。舞を見て、あら、という驚いた表情をした。


「陽一のお友達?」


 陽一の母だろう。目を丸くして、舞を食い入るように見た。


「夜分に大変申し訳ございませぬ。陽一さまはいらっしゃいますか?」


 馬鹿丁寧な口調で尋ねると、母は面食らって口を開いた。


「え、ええ、居ますとも。ちょっと待っていてくださいね」


 あたふたと家の中へ消えて行く。

 舞はギュッと手を握りしめ、陽一が出てくるのを待った。

 少し待つと、


「誰?」


 と気の抜けたような声がして、顔を上げるときょとんとした陽一が立っていた。


「舞ちゃん、どうしたの?」


 そこには、確かに舞の知っている陽一がいた。

 舞は泣きそうになりながら、晶さま…どこへ行かれたのですか? と呟いた。


「どうしたの? 何かあった?」


 陽一が慌てて靴を履いて玄関を降りて来た。

 泣きそうな顔でいる舞を見て心配そうに言うと、ぬうっと背後から瑠稚婀が顔を出した。

 陽一がびっくりして後ずさりした。


「陽一」

「瑠、瑠稚婀さんっ」


 瑠稚婀は、陽一の顔をじっと見つめる。


「そなた、姫の行方を知らぬか?」


 陽一は眉をひそめた。そして、ケンカしたことを思い出したように目を吊り上げた。


「あんな奴の事なんか、知らないよっ」


 つっけどんに言い放つ。


「あー、すっげえ、やなこと思い出した。俺と晶はもう関係ないんですよ。俺は、運命の相手じゃないんだからっ」


 強い口調で言って、舞がさらに泣きそうになる。そばでは瑠稚婀が、


「はて、わらわの見当違いか?」


 と呟いた。

 外で様子を窺っていた慶之介がたまりかねて現れた。


「瑠稚婀、いかがした」

「殿下、わらわの検討違いであろうか、この者は陽一でございます」

「そうか…」


 慶之介ががっくりと肩を落とした。

 陽一は、慶之介を見て眉をひそめた。


「な、何ですか、あなた」

「陽一、殿下に話しかけるなど以ての外であるぞ」


 さらに、俊介が出てきて玄関は人でいっぱいになる。

 陽一は焦ったように手を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、こんなにたくさん人が来ていたら、母さんに不審がられるから」


 慶之介が眉をひそめた。


「後ろめたいことがあるのか」

「もう、よくわからないけど、とにかく出てってください」

「陽一、姫が行方知れずなのじゃ、そなた、居場所を本当に知らぬか?」

「だから、知らねえってさっきも言っただろ、俺と晶は無関係なの。迷惑してるの分かんねえのかよっ」


 陽一の言葉に一同は顔をこわばらせた。


 俊介などは、腰の柄に手が伸びかけている。

 瑠稚婀は大きく息を吐いた。


「陽一、すまぬ」

「は?」


 ぎょっとする彼の腕をつかみ、瑠稚婀は陽一の残像意識をさぐった。


「瑠稚婀? どうするのだ?」


 慶之介の声を聞いたが、彼女は集中しながら説明をした。


「この者は必ず姫の居場所を知っているはず。陽一以外に手掛かりはありませぬ」


 瑠稚婀は、陽一の見たモノをとらえた。


「殿下、移動しますぞっ」


 瑠稚婀の叫びを聞いて、慶之介は慌てて彼女の着物の裾をつかんだ。


「そんな勝手は…」


 俊介の悲鳴はかき消え、瑠稚婀と慶之介は陽一と共に消えた。




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