無邪気
うぐいす姫は暗闇にうずくまり、空を見上げてはため息をついた。
陽一をここへ連れてきてしまった。
胸が痛い。
ざわざわする。
うぐいす姫は自分の手を見た。
爪の長さが元に戻らない。
鏡を見るのも怖かった。
頬にあたる牙の感触も、昔を思い出す。
あれから幾度の月日を超えてきたが、ここまで鬼を解放したことは初めてだった。
――我はまた鬼になるのだろうか。
不安が取り巻く。
「ここにいたんだ」
背後から陽一の声がして、うぐいす姫はさっと扇で顔を隠した。
不意のことで、体がわずかに震えた。
「陽一郎か」
「ごめん、脅かして」
陽一は、頭をかいてそばに寄ってくる。
うぐいす姫は目を伏せた。
陽一は気付かずに、うぐいす姫の背後に近寄ると、その場にしゃがみ込んだ。
「さっき、赤猪子さんに言われてから、俺、考えたんだ。どうして俺たち出会ったのかなって、どうして過去の俺は、うぐいす姫に会わなきゃって思ったのかなって」
うぐいす姫は顔を隠したまま、目を見開いた。
歯が邪魔をして言葉がうまく出てこない。
答えを知りたい、知るのが怖いという二つの気持ちが渦巻いた。
「うぐいす姫?」
「大丈夫じゃ、続けよ」
もごもごと答えると、陽一がほっとしたように息をついた。
「俺、すんごいアホだからうまく言えないけど。晶を見ていて感じたのは、ほっとけないんだよ」
陽一が困ったように言って、苦笑した。
うぐいす姫は首を傾げた。
「一人じゃ何もできないくせに、できますっていう顔してるし、それに、強がりとか素直じゃないところとか見てたら、手伝ってやらなきゃっていう気になるんだよな」
なんだかひどい事を云われているような気がしたが、うぐいす姫は思わず笑った。
「おかしいかな、俺の言っている事」
陽一が困ったように言う。
可笑しい。そして、哀しい。
うぐいす姫はこっそりと顔を覆った。
自分がもっと素直であれば、我の事をどう思っているのか聞けたのに、と思った。
でも、答えは分かっている。彼は今、こう云ったのだ。
――同情からだ、と。
「お主なりに考えてくれたのだな、すまぬの、陽一郎」
陽一は口を開いたが何も言わなかった。
「あの…」
「うむ?」
うぐいす姫はわざと素知らぬ顔をした。
「俺、いつまでここにいるのかな」
「そうじゃな、迎えが来るまでじゃ」
「帰っちゃダメ? お袋、心配していると思うし」
「陽一、ここにおったのか」
怒鳴り声がして、赤猪子が現れた。
「目を離した隙に姫さまの元へ行くとは何事じゃっ」
「いいだろ」
陽一が口を尖らせる。
赤猪子はちらりとうぐいす姫を見ると、陽一の腕をつかんだ。
陽一が慌てて立ち上がる。
「姫は、考え事をしておられるのが見えぬのか」
ぴしゃりと言って陽一を引っ張って行く。
うぐいす姫は、ふふふと笑って立ち去る二人を見送った。
空を見上げる。
明後日、新月になる。
指先まで力が溢れていた。
うぐいす姫は、いつまでこの鬼を抑えられるか、自分でも自信がなかった。
「時間がない。おばば、頼む」
うぐいす姫は一人ごちだ。
そして、震える膝を支えながら立ち上がった。




