表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/95

無邪気



 うぐいす姫は暗闇にうずくまり、空を見上げてはため息をついた。


 陽一をここへ連れてきてしまった。

 胸が痛い。

 ざわざわする。


 うぐいす姫は自分の手を見た。

 爪の長さが元に戻らない。

 鏡を見るのも怖かった。

 頬にあたる牙の感触も、昔を思い出す。


 あれから幾度の月日を超えてきたが、ここまで鬼を解放したことは初めてだった。


 ――我はまた鬼になるのだろうか。


 不安が取り巻く。


「ここにいたんだ」


 背後から陽一の声がして、うぐいす姫はさっと扇で顔を隠した。

 不意のことで、体がわずかに震えた。


「陽一郎か」

「ごめん、脅かして」


 陽一は、頭をかいてそばに寄ってくる。

 うぐいす姫は目を伏せた。

 陽一は気付かずに、うぐいす姫の背後に近寄ると、その場にしゃがみ込んだ。


「さっき、赤猪子さんに言われてから、俺、考えたんだ。どうして俺たち出会ったのかなって、どうして過去の俺は、うぐいす姫に会わなきゃって思ったのかなって」


 うぐいす姫は顔を隠したまま、目を見開いた。

 歯が邪魔をして言葉がうまく出てこない。

 

 答えを知りたい、知るのが怖いという二つの気持ちが渦巻いた。


「うぐいす姫?」

「大丈夫じゃ、続けよ」


 もごもごと答えると、陽一がほっとしたように息をついた。


「俺、すんごいアホだからうまく言えないけど。晶を見ていて感じたのは、ほっとけないんだよ」


 陽一が困ったように言って、苦笑した。

 うぐいす姫は首を傾げた。


「一人じゃ何もできないくせに、できますっていう顔してるし、それに、強がりとか素直じゃないところとか見てたら、手伝ってやらなきゃっていう気になるんだよな」


 なんだかひどい事を云われているような気がしたが、うぐいす姫は思わず笑った。


「おかしいかな、俺の言っている事」


 陽一が困ったように言う。


 可笑しい。そして、哀しい。


 うぐいす姫はこっそりと顔を覆った。


 自分がもっと素直であれば、我の事をどう思っているのか聞けたのに、と思った。

 でも、答えは分かっている。彼は今、こう云ったのだ。


 ――同情からだ、と。


「お主なりに考えてくれたのだな、すまぬの、陽一郎」


 陽一は口を開いたが何も言わなかった。


「あの…」

「うむ?」


 うぐいす姫はわざと素知らぬ顔をした。


「俺、いつまでここにいるのかな」

「そうじゃな、迎えが来るまでじゃ」

「帰っちゃダメ? お袋、心配していると思うし」

「陽一、ここにおったのか」


 怒鳴り声がして、赤猪子が現れた。


「目を離した隙に姫さまの元へ行くとは何事じゃっ」

「いいだろ」


 陽一が口を尖らせる。

 赤猪子はちらりとうぐいす姫を見ると、陽一の腕をつかんだ。

 陽一が慌てて立ち上がる。


「姫は、考え事をしておられるのが見えぬのか」


 ぴしゃりと言って陽一を引っ張って行く。

 うぐいす姫は、ふふふと笑って立ち去る二人を見送った。


 空を見上げる。

 明後日、新月になる。

 指先まで力が溢れていた。


 うぐいす姫は、いつまでこの鬼を抑えられるか、自分でも自信がなかった。


「時間がない。おばば、頼む」


 うぐいす姫は一人ごちだ。

 そして、震える膝を支えながら立ち上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ