月読命(つくよみ)
その頃、家に向かっていた陽一は、家の前に不審な人物がいるのを見て警戒した。
「誰だ…?」
見たこともない若い男で、壁にもたれて長い足を優雅に交差させて立っていた。
顔は驚くほど綺麗で整っており、白いシャツにカーキ色の細身のパンツを履いてまるでモデルのようだ。
真夏なのに日に焼けたことがないのか、白い肌をしており、陽一を見ると、体を起こしてにこっと笑った。
「やあ」
男が声を発すると、虫の音と周りの雑音が突然消えた。
陽一は、もしかしたらこの男はハンターかもしれないと思い、逃げ出しそうになった。
「待って、僕はハンターじゃない。心配しないで、味方だから」
「え?」
「笹岡陽一くんだよね」
「俺の名前…」
知らない人から名前を呼ばれることほど、薄気味悪いことはない。
大声を上げて助けを呼ぼうかと思ったら、
「無駄だよ。結界を張ったから、僕たちの姿は誰にも見えない」
と、男が平然と言った。
「怯えないで、僕は、晶の叔父だ」
「は?」
この若い兄ちゃんが叔父?
どう見ても二十代前半にしか見えない。
陽一は胡散臭い気持ちで男を睨んだ。
「僕は、夜琥弥」
頭の中に字が飛び込んでくる。
「夜琥弥…」
変な名前、と陽一は呟いた。
夜琥弥がそれを聞いて苦笑する。
「ま、いいけど。僕は君と晶が出会うのをずっと待っていた。ようやく時が動き始めた」
「どういうことですか?」
陽一はまだ警戒していた。
彼が晶の叔父だという証拠はない。
「これから君には試練に立ち向かってもらう。もう、他人事じゃない。18歳になれば記憶が消えて、また転生すればいい、なんて思わないことだ」
陽一はむっとする。
「そんな事思っていないです」
夜琥弥は微笑を浮かべた。
「晶の中にいる鬼を消すことができるのは君しかいない。君はこれから記憶を遡り、真実を明かして鬼を解放するんだ」
「鬼を解放する、ですか?」
うぐいす姫の事について、詳しいなと思った。
「そうだ。鬼は君を待っている。君がそう望んだからだ」
陽一は、自分が望んでいると言われてもぴんとこなかった。
「俺は何もしていません」
首を振ると、夜琥弥は真剣な表情で言った。
「君の過去がそうしたんだ。君が思い出さなければいけない」
陽一は顔をしかめた。
そんな事言われても頭の中は真っ白だ。
なんの記憶もない。
陽一の表情を見て、気持ちを酌んだのだろう。夜琥弥は優しく言った。
「今すぐにとは言わない。晶と共に記憶をたどりなさい」
夜琥弥はそう言うと、もう一度、笑った。
「困ったことがあればいつでも呼んで欲しい。できる事があれば君を助けよう」
陽一は戸惑った。まだ、彼の事は何も知らないのに。
「どうしてですか? 初めて会うのに」
「それは、僕が晶を必要としているから。僕は自分のためなら手段を選ばないんだよ」
夜琥弥はそう言うと、陽一のそばに寄った。
「君はハンターから黒い石を受け取った。それは黒水晶と言って、猛毒を持っている。君が使い方を誤れば、晶に危害を及ぼすだろう。しかし、その石は君の物だ。君がどう使うか、よく考えるんだ」
夜琥弥の言葉に陽一はぞっとした。
「ま、待ってください。そんな事言われても俺、使い方なんてさっぱり分からないよ」
「試してみるといい。何ができるか。自分の可能性を秘めた石だ。全てが悪い方向へ行くとは限らないんだよ」
夜琥弥の意味深な言葉に、陽一ははっとした。
「俺、ずっと気になっていて…。沙耶ちゃんがごほーびと言って何かくれたんだけど、全然分からなくて、それだけが引っかかっているんだ」
「ふむ」
夜琥弥は、陽一をじっと見つめた。
「残念だけど、僕には分からない。だが、ハンターが何もしないで見ているとは思えない。変化があったら、また、教えてくれ」
夜琥弥はそう言うと、暗闇の方へ歩いて行った。
陽一は、あっと声を上げた時には、姿は消えていた。
「夜琥弥…」
変な事ばかり続く。
しかし、これは全て現実なのだ。いまさら、後戻りできないのだと、ようやく頭が受け入れ始めた気がした。




