乱れ
◇◇◇
夕食後、自宅のベッドで寝そべっていた陽一は、天井を仰ぎながら晶のことを考えていた。
水着姿が目から離れない。生白い腕と細い足首。朋樹と並んでいる姿を見ると、胸がきりきりした。
「くそ……っ」
自分の頭がおかしくなったとしか思えない。晶のことが気になるなんて。
陽一は寝返りを打って頭を抱えた。
その時、スマホにメッセージが入る音がした。放り出していたスマホを手に取ると朋樹からだった。内容を見た瞬間、陽一は飛び起きた。
食い入るように送られてきた写真を見る。
「マジか……」
晶の画像ばかりで、無防備な姿は誰が撮ったのか、すごく可愛く撮れている。
「なんだよこれ……」
茫然として内容を読むと、晶ちゃんにお願いして送ってもらったんだ、と自慢げに書いてあった。
陽一はむっとして不機嫌なまま、もう一度写真を眺めた。顔のこわばりは依然と解けない。
「くそ……」
汚い言葉が次々と出てくる。
自分の見る目がなかったことに今さらながら腹が立った。
「晶が、うぐいす姫だ……」
スマホに映っている画像を見て直感が働いた。
間違いなく晶がうぐいす姫だ。あいつ、嘘をつきやがったな。
陽一は、奥歯を噛みしめた。
舞が、晶に対して下手に出る理由がよく分かった。間違えている陽一に対して、晶は腹の中でバカにしていたのだ。
「くそっ、くそっ」
腸が煮えくりかえるほどの怒りに駆られ、陽一は立ち上がった。
部屋を行ったり来たりしていたが、我慢できずに家を出た。スニーカーを履いて外へ飛び出す。
晶のマンションへ行くつもりだった。家からは歩いて行ける距離にある。
陽一が苛々しながら向かっていると、突然、横の道からいきなり人が出てきた。
「わあっ」
とっさの事でびっくりして声が出た。身構えて相手を見るとなんと沙耶だった。
「さ、さやちゃんっ。驚いたっ」
沙耶はスカートの短い黒いワンピースを着ていた。彼女はにっこりと笑った。
「こんばんは」
「こんばんは……」
陽一は、沙耶に向けて怪訝な顔をした。
「……どうしてここに?」
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
沙耶は探る様に自分を見つめている。
「まだ……ダメなのね」
沙耶は意味不明な言葉を呟いて息を吐いた。
「ねえ、ポケットに入れているサングラスを出してみて」
「サングラス?」
そんなもの入ってないのにと思ったが、ポケットから真っ黒のサングラスが出てきた。
ぞわっと鳥肌が立った。
思わずそれを放り投げる。
いつの間にこんなものが。
「陽一くん。サングラスを拾ってかけてみて」
沙耶が命令をする。
陽一はあらがえなかった。
それを拾うと言われたままにサングラスをかけた。
夜なのに沙耶の姿がはっきりと見える。
「なんだこれ、すげえ……」
「月を見て」
月の位置が分からなくて外して確認しようとしたが、外さないでと強い口調で言われた。
陽一はそのまま月を探した。
「赤い月だ……」
赤い月はほとんど欠けて見える。
満月からまだ二日しか経っていないのに、陽一が見ている月はほとんど欠けていた。
サングラスを外して肉眼で確かめてから、すぐに理解した。
「欠けている月が見えているんだ……」
「その通り。このサングラスは新月に力を発揮するわ。つまり、うぐいす姫の力がなくなった時こそ、鬼退治が可能になるのよ」
「鬼退治?」
どこの昔話だ、と陽一は笑った。
「バカにしているのね。どうしちゃったの? 本当のあなたはそんな人間じゃないはずよ」
陽一は、沙耶の方こそ何が言いたいのだ、と思った。
「君は何者? どうして俺に変なもの押し付けるんだよ。これ、いらないよ」
「ダメよ、あなたはもう受け取ったもの」
「はあ? 俺は何も受け取っていないけど」
「それはあげるわ。きっと、あなたの役に立つと思うから」
「いらない」
「そんなこと言わないで」
沙耶が悲しそうに言う。
「ね、お願いよ。持っているだけでいいの」
手に押し付けてくる。
陽一はそれ以上押し返すことができずにしぶしぶ受け取った。
「ありがとう。ねえ、陽一くん、うぐいす姫を探していたのは、あなただけじゃないのよ」
沙耶が急に涙ぐんだ。
「わたし、うぐいす姫に言いたいことがあるの。もし、彼女がどこにいるか知っていたら教えて欲しいの。約束したでしょ」
「約束?」
頭に沙耶の声が響く。陽一は警戒した。彼女の甘い声にしびれる。
「なんだっけ……?」
「そうだわ、満月の夜はありがとう。だから、ご褒美だよ。いいものあげる」
沙耶が耳元で囁き、陽一は肩をすくめた。
手をぎゅっと握られた。強い力で思わず顔をしかめると、フフフと笑った沙耶の息が耳にかかった。
こそばゆくて目を閉じた。
そのまま目を閉じたまま、待ったが何も起きない。
そっと目を開けると沙耶はおらず、一人でその場に立っていた。
「まただ……」
もうやだよ……。
陽一は顔を押さえた。




