月の巫女
マンションに戻った晶を見て、舞は卒倒しそうになった。
「晶さまっ」
駆け寄って、晶が眠っていることを知り、少しだけ安堵した。
「お兄様、何があったのですか?」
舞が尋ねると、俊介はできるだけ簡潔に話した。
「陽一さまは気付かれたのですね。それはよかったのですが、晶さまは穢れを吸い込んだのですか?」
「ああ」
「それで、瑠稚婀さまを呼べと」
「そうだ」
晶は眠っている。
瑠稚婀とは月の巫女である。彼女には誰にも操れない術があった。それは強大な力で穢れを結界内に閉じ込めることができるのだ。
おそらく晶は自分だけでは鬼を封じ込めないと思ったのだろう。
新月に呼ばれるはずの瑠稚婀を呼べと言ったのだ。
「晶さまは大丈夫でしょうか」
「分からぬ。もしかしたら、瑠稚婀殿が参るまで目を覚まさぬかもしれぬ」
「鬼が目覚めるというのですか」
「姫さまは恐れているのかもしれない」
俊介は、ソファで眠る晶をじっと見た。
うぐいす姫が何をしたというのだ。
そんなに罪深い行いをしたのだろうか。
俊介には、どうしても信じられなかった。
眠る晶の手首はまだ傷ついたままだ。
舞が優しく手を包んだ。
「お兄様、晶さまがおケガを…」
「ああ。だが、俺には治癒能力はない」
俊介が悔しそうに呟いた。その時、晶がうめいて目を覚ました。
「晶さまっ」
「舞…」
晶は優しく微笑んだ。
「我は大丈夫じゃ、少し眠って力が回復したようじゃ」
晶はそう言うと、左の手を自分の右手首に当てた。
みるみるうちに右手が元に戻る。
手を左右に動かして、異変がないかを確かめた。
「俊介、できるだけ早く瑠稚婀を呼べ」
「はい」
晶が体を起こし、ふうっと息を吐いた。
「久方ぶりに穢れを吸い込むと、疲れたぞ」
「晶さま、これっきりでございますね」
舞が懇願した。
晶はゆるりと首を振った。
「分からぬ。陽一がハンターと接触せねばよいが、こればかりは何ともいえぬからな」
「陽一さまに護衛をつけてはいかがでしょうか」
「ん?」
舞の提案に晶が目を見張った。
「護衛とな?」
「はい」
晶は少し考え込んだ。
「俊介、どう思う」
そばで聞いていた俊介も少し迷っているようだった。
「それはかなり難しいのではないでしょうか。陽一は嫌がるでしょう」
「そうだな」
一人の人間に四六時中ついているというのは不可能に近いだろう。
舞には可能だが――。
「姫さま、俺はこれから月に戻り、瑠稚婀殿をお連れできるよう手配して参ります」
「頼む」
俊介は頭を垂れると、さっと消えた。




