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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
アブソルトジャスティア軍事学校の毎日
21/21

Lesson13

○


 簡易訓練場では今、

満面の笑顔でフルーレを装備したアウステロンが左側に立ち、

真剣な顔で三メートル長ある真鍮の槍の柄を右手で持って

石突きを地面に立て掛けていたスマラグダが右側に立っていた。


「今回は特別ルールを付与させてもらうぞ!」

「なんでしょうか――」

「ガハハハハ! ケガをしようともやめる事は許されんし、

どちらかが気絶するまで手を休めてはいかんという事だあ!」


 付与されたルールを聞いて場外にいる

生徒達は不安な声でざわつき始める。


「お、おいおい――」

「それってつまりさ――」

「ほとんど決闘みたいなもんじゃないのさ――」

「アウステロン先生は本気なのか――」

「いや、マジだろあの感じは――」

「ありえないわ――」


「黙れ貴様らああああ!!!」


 生徒達がざわつき始める中で、

教官室まで聞こえそうな程の怒声を上げた。


 その声を聞いて生徒達はしーんと静まり返る。


「ふう――という事だスマラグダよ! 後を決めるのは

お前が俺とやるかやらないか――ただそれだけだ!」

「先生、どうせなら私達……お互いに得意武器の大剣で

勝負なさいませんか?」


 そう言ってスマラグダは六十キログラムある槍を右手で、

遥か後方にある簡易訓練場外へとぶん投げて捨てた。


 投げ捨てた槍の矛先が、

遠い砂利の地面に深々と突き刺さる。


「ん? そうか……そうだったなあ!!!

ガアーッハッハッハッハ!」


 心底楽しそうに豪快に笑うアウステロンは笑うのを止めると、

真剣な表情でスマラグダを睨み付ける。


「いいだろう! 今から訓練用の大剣を二本持ってきてやる!

それまで休憩だ貴様らあ!」


 アウステロンはそう言い残して、

様々な種類の武器が保管してある訓練倉庫へとどっかりと歩いていった。




 アウステロンの背中が完全に見えなくなると、

生徒達は血相を変えてスマラグダに振り向いた。


「ス、スマラグダ! いくらあなたが怪力だからって、

流石に先生と大剣で勝負だなんて無茶言いすぎよ!」

「ま、マジやばいって! 殺されるかもしれないぞ!?」

「ホントだよ! アウステロン先生の本気の大剣の一撃は、

3メートルもの魔物を容易く真っ二つにするって聞いたことあるんだぞ!?」


 みんながみんな、スマラグダが殺されてしまうのではと勘違いし、

必要以上に心配していた。


 そんな中、スマラグダは苦笑いする。


「えへへ……別に私、先生と殺し合いをするわけではないんですよ……

それにもともとこの授業は突く武器の紹介だけでしたし」

「あれ――」

「言われてみれば――」

「確かにそうだったかもしれないわね」


 誰もがこの授業の主旨を思い出して、

うんうんと頷いて納得していた。


「それに私――仮に本当の決闘を申し込まれたとして、

それがアウステロン先生相手だとしても負ける気はしませんもん!」


 自信満々に笑顔を作るスマラグダを目の当たりにした誰もが、

彼女の自信に安心して顔を綻ばせてしまう。


「さ、流石スマラグダ!」

「すごい自信だわ!」

「それにその眩しい笑顔――」

「まるで聖女さまみたいだーっ!」


 一人の男子生徒が悪びれる事無く聖女と呼んだことで、

思わずスマラグダは寂しい表情へと変化してしまう。


「あ……ええとそれは……えへへっ!」


 それでもどうにか無理やり笑顔を作ってごまかす。


「とにかくおれ達みんな応援してるからさ――」

「怪我しない程度に頑張りなさいね!」

「うん……みんなありがとう!」




 スマラグダと他の生徒達がガヤガヤしていると、

全長二メートル四十センチはある巨大な鋼鉄の大剣の柄を

両手で握って持ってきたアウステロンがゆっくりと姿を現した。


「ガハハハハ! 貴様ら待たせたな、

この通り持ってきてやったぞ!」


 アウステロンは二本の大剣の切先をそのまま、

砂の地面に突き刺すように落とした。


 そのあまりにも強大な筋力を前にして、

スマラグダ以外の生徒達が冷汗を掻く。


「な……なんて力だよ……」

「あ……あんなの人間の域を超越してるよ……」

「す、スマラグダは勝てるのかな……本当に……」

「よく考えたらワタシ、スマラグダが本気で戦っている姿を

見た事無いんだけど……あんた、ある?」


 アウステロンを人外扱いする者やスマラグダの事を

心配をする者がいる中、ふとそんな疑問を抱く一人の女子生徒がいた。

 それに便乗して、他の生徒達も首を捻り始める。


「いんや、オレは無いぜ。お前どうよ?」

「うーん……無いなそう言えば」

「おれもだよ」

「アタシもアタシもー!」


 その場にいる生徒達全員が、プロクスとスマラグダが化け物じみた

戦いを実行するような戦闘場面を一度も見た事がなかったのだ。


「おし! スマラグダよ、その剣を持て!」

「……はい!」

「言っておくが――手加減などとふざけた事はしないのだな!

オレはこれでも相手の実力を計り知れるぐらいの事はできる!」


 スマラグダは生徒達をチラチラと横目で見た後、

アウステロンをキッと睨み付ける。


「もちろん……本気で行かせてもらいます!」

「フハハ! いい目をしているな!」


 スマラグダとアウステロンの二人は、

地面に突き刺さっている鋼鉄の大剣を軽々と抜き取ると

アウステロンは簡易訓練場右側へ、

スマラグダは左側へ移動した。


「因みにこの剣の重量は百キログラムを超えるが、

重くはないか!」

「いいえ……寧ろ軽すぎるぐらいです」

「だったら良かった! オレからしても、この訓練用の大剣は

軽すぎて欠伸がでるぐらいだからな!」


 二人は会話を続けながらも、

お互いの顔に大剣の切先を向け合いながら柄を力強く握りしめ、

牽制しあっていた。


「今度こそ準備はいいか!」

「いつでも――大丈夫です!」


 二人の間に途轍もない重圧が張り巡らされ、

それに押し潰されるかの如く場外にいる生徒全員が

静まり返って息をのんでいた。


○


 プロクスは廊下を駆け続けた。

アウステロンとスマラグダの授業による範疇を越えた

模擬決闘を観戦するため必死に。


 そして、自己の心の中で彼は誓っていた。

もう二度と心を折ってしまう事無く、

今以上に鍛錬に励むという事を。




 そうしてプロクスが広場の片隅にある簡易訓練場に辿り着くと、

真剣な表情であるアウステロンとスマラグダが

お互いに鋼鉄大剣の切先を向け合っていた。


 二人の威圧は最早授業など関係なく強く、

その重圧が場外にいる生徒達全員を沈黙させていた。


 プロクスも場外の一番後ろで二人の模擬決闘を見る事にしたが、

それでも二人の重圧は異常。今の彼では最早手におえない存在であろう。


 それでもプロクスはその威圧に心底楽しそうに

笑みを零して体を震わせていた。




「――始めえええ!!!」


 アウステロンの怒声に近い叫び声が合図となり、

彼とスマラグダの間合いは瞬時に縮む。


「どっせえやあああ!!!」


 先に仕掛けたのはアウステロン、

彼の重たすぎる振り下ろしがスマラグダの脳天に襲い掛かる。


「てえやっ!」


 だがスマラグダはすかさず大剣を頭部上空に横に倒して掲げ、

刃を左手で支えると重厚な斬撃を防いだ。

 地面を大きく抉らせながらも必死に。


 瞬間、簡易訓練場を越えて場外にまで

風圧による砂煙が巻き起こり生徒達に襲い掛かる。


「うわあああ!」

「な、なんて衝撃……!」

「ありえない……」


 砂煙が晴れる頃には、辛そうな表情でアウステロンの重たすぎる斬撃を

自分の持つ大剣で防いでいた姿が現れた。


「ぐっ……!」


 アウステロンの斬撃は異常なまでに重く、

人智を越えた怪力を持ったスマラグダの額に薄っすらと汗が滲み出る。


「ほお! オレの斬撃を真正面から受け止めるか、やるな!!!」

「ふふ――伊達に訓練を怠っているわけでは――ありません!」

「むむっ!」


 スマラグダが左手で刃先を力強く押しながら、

柄を握り直した右手を右方向に力尽くで振りきると、

アウステロンの大剣が上空へ強く弾かれた。


 そこですかさずスマラグダは大剣を両手で握って構え直し、

切先をアウステロンに向けるとそのまま後方に下ろして力を込め、

前方に全力で振り下ろした。


「せやあああ!」


 尋常ではない威力を伴った一刀両断の斬撃が

アウステロンの脳天を無遠慮に襲い掛かる。


「どりゃああああああ!!!」

「えっ!?」


 だがアウステロンは上空に弾かれた勢いを利用して後方に後転し、

スマラグダの斬撃をいとも容易く躱した。

 スマラグダの出鱈目な威力の斬撃により

大剣は深く砂利の地面にめり込み、スマラグダのバランスが崩れてしまう。


「これで終わりだああああ!!!」


 そこですかさず切先をスマラグダに向ける様に

大剣を構えなおしたアウステロンは、

深く地面にめり込んだ彼女の大剣の刃に向けて、

全身全霊の力を込めて無骨に振り下ろした。


 その斬撃がスマラグダの握る大剣の刃中心へもろに当たり、

刃がガギッと耳を劈く音を立てながら真っ二つに折れてしまう。


 真っ二つに折れた大剣を目の当たりにした

スマラグダの表情が青ざめてしまう。


「う、嘘……」

「残念だが、訓練用の大剣が壊れてしまってはもう戦えんだろう」

「あ、うう……」


 スマラグダは腰を抜かせてその場に膝からへたり込んだ。


 その姿にアウステロンは申し訳なく思いながらも

場外にいる生徒達に振り向き睨み付けた。

 睨み付けられた生徒達は、ぞっと肝を冷やしてしまう。


「と言うわけで最後に貴様らへ授業だ!

大剣を使う際は力任せに振り過ぎるな!

確かに威力は絶大であるが、それだけ隙も多い!

それをカバーするには相手の行動をよく見て、

次にどう来るかに全神経を集中させることだ!」


 その怒声に近い声を聞いて少しの間生徒達が沈黙してしまうが、

すぐに大声で威勢のいい返事をし返す。


 気付けば周囲から二人の模擬決闘を

褒め称える者の声でざわついていた。


「ガーッハッハッハッハ!」


 そのままアウステロンは

大きすぎる背中をスマラグダに向けた。


 そして笑うのを止めたアウステロンは

右手に持つ大剣を地面に突き刺し、

その場で大声でスマラグダに語りかける。


「スマラグダ、貴様はまだまだ強くなれる!

何せこのオレの斬撃を弾いたのだ!」

「あ……」

「ガハハハハ! もっと鍛錬に精進して、

今度はオレを殺すぐらいの勢いで掛かってくるのだな!」

「……その」


「それじゃあ貴様ら今日の授業は仕舞いだ!

さっさと教室に戻れ!!!」


 大声でそう叫ぶとアウステロンは大剣を

地面から抜いて右肩に抱え、

ゆっくりと教官室のある教舎へのしのしと歩いて行った。


 アウステロンの立ち去る背中を見て、

スマラグダは急いで立ち上がった。


「アウステロン先生――ありがとうございました!」


 何とも言えない喜びを顔にしながら大声でそう叫び、

アウステロンの背中をジッと見送る。

 それに呼応するかのようにアウステロンは空いた左手を天に掲げ、

親指を上に力強く上げていた。


 その後ろ姿に感謝の気持ちを込めながら、

スマラグダは力強く頭を下げた。


 だが次第にスマラグダの目元から涙が溢れ、

顔をくしゃくしゃにしてしまう。


○


 アウステロンとスマラグダの一部始終を見ていたプロクスは、

頭を下げるスマラグダの元に急いで駆け付けた。


「おーいスマラグダー!」

「……あっ!」


 プロクスの声に反応し、スマラグダは急いで涙を拭って

精いっぱいの笑顔を作って顔を上げた。


「すごかったぞスマラグダ! 何せあのアウステロン先生相手に

対等に渡り合ってたんだからさ!」

「はいっ……」

「スマラグダ――もしかしてお前、泣いてるのか?」

「あっ、そ、そんな事ないもん……」


 スマラグダは思わずプロクスから顔を逸らして、

左頬に手の平を乗せた。


「だってお前、笑顔なのに涙流してるじゃないか……」


 気付けばスマラグダの目元から一縷の涙が

自然と溢れだしたものだから、

彼女はすかさず両手で目元を覆い隠してしまう。


「あ、あれ、なんでかなあっ! 私、そんなに負けた事……

悔しいなんて思ってない筈……なのにっ!」

「いや……スマラグダのその気持ち俺なら分かるさ。

何せ俺だってお前にボロボロに負けたんだからさ」


 それを聞いてスマラグダの瞳から

ボロボロと大粒の涙が何度も溢れだす。


「ううっ……プロクスさん!」

「うわわっ!?」


 スマラグダに抱き付かれたプロクスは、

わんわん泣き喚くスマラグダの体をそのまま受け入れていた。


 ただスマラグダの使っていた仄かに香る薔薇の香水と、

ふさふさしたこげ茶色の長い髪がプロクスの胸を高鳴らせてしまう。


「私……本気で悔しいですっ! 初めて本気で戦ったのに……

負けるなんて思ってなかったもん!」

「ええっと――スマラグダ?」

「それに自分の腕に自信があったもん!

誰にも負けないぐらい!」


 だんだんとスマラグダの抱きしめる力が強くなるにつれ、

プロクスの背中から軋む音が聞こえ始める。


「痛い痛い痛い! 背骨折れる!」

「私……私悔しいもん! 本当に悔しいもん!!!」


 スマラグダは無我夢中で叫んでいたため、

プロクスが痛がる事等知る由もない。


 すると当然の如くプロクスのアバラと背骨から

バキボキと軽快な音が鳴り響いた。


「うぎゃあああああああ!」


 プロクスは痛々しい叫び声を上げると、

そのまま上半身を力なく後方に項垂れさせてしまう。


 そこで我を取り戻したスマラグダは、

後方に項垂れるプロクスに語りかけてしまう。


「あ、あれ……プロクス君……

どうしたの……プロクス君!?」

「あ……あくー……」


 そのままプロクスの意識がだんだんと遠のいていく。

 生徒達の心底楽しそうな笑い声を耳にしながら。

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