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万花繚乱  作者: 紫陽花
6/7

第五章「決戦」

 あの後、光陵高校は下馬評を覆して古豪・紫藤高校を下し、一方の桐生高校は誰の予想も裏切らず、決勝に至るまでの全ての対戦を中堅までに終わらせ、この年の北関東予選決勝は波乱と当然をもたらした二校で争われる事になった。

 そして――。


 対戦会場へと向かう通路の一角。

 出番を迎えた凛々花は力強い足取りで通路を歩いていた。

 その最中、目の端に副将戦を終えて戻ってきた静香の姿が目に入る。

「鶴ヶ谷先輩!」

 凛々花は声をかけ、手を挙げて駆け寄る。

「凛々花」

 静香はそれで凛々花が近寄ってくるのに気付き、手を挙げる。

 距離が完全に詰まった時、二人はハイタッチをした。

「お疲れ様でした。点数の方、どうもありがとうございます」

「出来るだけ稼ぎたかったが、桐生辰美相手には厳しかった」

 そう言う静香だが、その言葉には充足感に満ちているようだった。

「凛々花。後をよろしく」

「了解です。宝船に乗ったつもりで待っていてください」

 双方適切な言葉を言い、凛々花は対戦会場の方へと尚の事堂々と向かった。


 同時刻。桐生高校の控え室。

「今戻ったわ」

 出番を終えた辰美はそう言って控え室に入室した。

「あ、お帰り。何か飲む?」

「ええ。お願い」

 室内を進みつつ、辰美と夏南はそんなやり取りを交わし、辰美はソファに腰を下ろす。そのタイミングで夏南がスポーツドリンクを手渡しし、辰美はかなりの量を一気飲みし、満足そうにため息をつく。

「悪いな、辰美。苦労をさせて」

「ごめん」

 そんな辰美に虎姫と黒子が謝罪した。先に行われた次鋒戦と中堅戦にて、二人は126文もののリードを相手に許してしまっていたのである。

 でも、その差は今や無いも同然。未だに点数だけみれば、桐生高校が僅かに負けているものの、辰美の頑張りによって244文対256文というところまで持ってきた。その辺りは、流石はナンバー2といったところだろう。

 申し訳無さそうにしている二人に辰美は微笑を向ける。

「謝罪は不要よ。どうしようもないわ。二人とも相性最悪だったもの。それも火で水に挑むとも言えるほどの悪さ。貴女達に非は無いから、そんな顔しないで」

「だが……」

「でも……」

「辰美の言うとおりだ。外野は好き勝手言っておるが、相性最悪の中、二人ともよくやってくれた。正直、飛ばされるかとヒヤヒヤしてしまったからのう」

 麗華は軽快に笑いながらそう言い、勢い良く窓枠から部屋の中に飛び降り、そのままの足取りで控え室から出て行った。


「――さて、長かった今年の大会もいよいよ大詰め。泣いても笑ってもこの大将戦に勝利した1チームだけが全国へのキップを手に入れる事が出来ます」

 会場内に実況の前口上が流れている。

 観客席には初戦の時とは打って変わり、この対決を見るべく、大会に参加していた学校の生徒達で溢れている。皆、対戦が始まるのを画面越しに待っている。

「さて、相対する選手を改めて紹介します。まずは破竹の勢いで勝ち上がり、古豪・紫藤高校を下して決勝へと駒を進めたダークホースの光陵高校。その大将は期待のルーキー! 光陵高校一年生、高嶺凛々花選手です!」

 実況の最中、画面に対戦会場へ向かう高嶺凛々花の姿が映し出される。その足取りはとても今回が初出場とは思えないほど落ち着き、堂々としたものだった。

 ついで、画面が切り替わり、今度は桐生高校の選手が映し出される。

「それに対するのは、昨年の予選において神がかり的な闘札を披露し、その名を世間に轟かせたご存知この方! 桐生高校二年生、高峰麗華選手!」 

 画面に映ったのは、小柄な少女――紹介された通り、桐生高校のアンカーを勤める高峰麗華だ。対戦会場に向かう足は覇者らしく威風堂々としている。

「奇しくも「高嶺の花」と呼べる対戦カードとなったわね」

 花咲プロが楽しげに言った。

「高嶺の花、と言いますと?」

「字こそ違うけれど、二名とも苗字と名前の一文字を繋げるとそうなるのよ。片や「高嶺の花」、もう一方は「高峰の華」。中々良いとは思わない?」

「そうは思いますが、発音だけだとイマイチ分かり難いですね」

「仕方ないじゃない。思いつきで言っただけだもの」

「そ、そうですか……。しかし、言い得て妙ですね。高嶺凛々花選手も高峰麗華選手も神がかり的な闘札を見せてくれましたからね。そういう意味ですよね?」

「ズバリそう。森林限界を超えたところでも咲く花――贔屓するような言い方になってしまうけれど、我ながらピッタリな名称を思いついたものだわ」

「敢えて一纏めにするなら「高嶺の双花」と言ったところでしょうか?」

「あら、上手い事言うわね」

「恐縮です。――と、先に姿を見せたのは、高峰麗華選手。対戦台に近づき、親子決めのために用意された二枚の札を吟味しています」

 そこで対戦会場に高峰麗華が姿を見せ、その模様はカメラによってリアルタイムで実況解説席と観客席に中継される。一方、姿を見せた高峰麗華は実況通りに対戦台に近づき、裏向きにして伏せられている二枚の札をじっと見つめる。

「あの子、基本的に遅刻魔なのに試合の時だけは早いわよねー」

「そうなのですか?」

「ええ。――引いたのは【桜に赤短】ね」

「これだと親は高峰麗華選手で決まりでしょうかね?」

 麗華が引いた【桜に赤短】は三月札の一つ。早い月を引き当てた方が親となるこいこいにおいて、三月札を引き当てられれば、用意されたもう一方の札が一月か二月、或いは同じ三月札でない限り、親ないしやり直しが出来ず、その確率は1/4である。絶望的ではないにしろ、厳しい確率なのは間違い無い。札を引いた麗華は奥に向かい、用意されている椅子に着席する。

「ほぼ決まりでしょうね。ましてあの二人のレベルを鑑みると、親で始められる事は並大抵の札士同士での対決よりも有利に働くでしょうから」

「高峰麗華選手は吟味した甲斐があった、という事ですね」

 そこで対戦会場に高嶺凛々花が姿を見せた。凛々花は入室して中央の対戦台まで歩き、進行役と高峰麗華にお辞儀してから伏せられている札を表に返した。

 その時、場内がわあっと、ざわめいた。

「おっと! これは凄い! めくられた札は【松に鶴】! 高嶺凛々花選手、1/6という低確率の中、見事に親番を物にしました!」

「気合い十分な上に神様も味方してくれているのかしらねー」

 観客席と実況解説の盛り上がりを他所に、高嶺凛々花はすぐに椅子に座らず、高峰麗華に歩み寄り、握手を求めた。

『よろしくお願いします』

『うむ。お互い存分に楽しもうぞ』

 差し出された手を麗華は掴み、しっかりと握り合った後、高嶺凛々花は空席に向かい、着席した。高峰麗華もそうだが、その顔に緊張の色はまるでない。

 その後すぐ、進行役はシャッフルの手を止め、札を配り始める。と同時に場内は静まり返り、配り終わった頃には実況解説までもが静かになっていた。

 張り詰めた空気の中、用意を終えた進行役は事務的に告げる。

『両選手とも手札を確認し、くっつき及び手四の有無を報告してください』

『ありません』

『無いぞ』

『そうですか』

 では、と進行役は一度言葉を切り、咳払い。そして――、

『始めてください』

『よろしくお願いします』

『よろしくのう』

 かくて、大将戦の火蓋が切って落とされた。


 第一ゲーム、高嶺凛々花の親。

(きつい手札だね……)

 凛々花は自分の手札を見て、そう思わずにはいられなかった。その手札は【柳のカス】【柳に赤短】【紅葉に鹿】【桐のカス】【藤に赤短】【菖蒲のカス】【桐のカス】【桐のカス】の八枚。猪鹿蝶を成立させるのに必要な【紅葉に鹿】があるのは良いのだが、十二月札が三枚手持ちにあるのはきつい。場札に最後の一枚である【桐に鳳凰】が見えているからまだマシだが、残りの二枚を処理するには1ターンを要してしまう。速度を競う場合、この1ターンはかなりきつい。

(ま、1ゲーム目は様子見しようと思っていたから当然か。それに――)

 凛々花は麗華を一瞥し、

(向こうも同じ気持ちみたいだしね)

 今現在、麗華からは強者の中でも異質と言える者が放つ重圧感をまるで感じない。手札の内容が悪いのか、元よりそのつもりだったのか。どちらにせよ、攻め気を感じられない。本来ならばそれは凛々花にとって好機なのだが、攻めたくても攻められるような手札ではなく、両親には及ばないもののあの時感じた異様な重圧感は紛れもなく「本物」であり、そんな手合いに勝てる雰囲気ではない手札で挑むのは無謀を通り越して、そもそもやる価値が無い。

(じゃ、行くとしますか)

 凛々花はまとまった考えの下、自分の順番を始める。

【桐のカス】を一枚出し、【桐に鳳凰】と共に回収する。ついで山札から札を引いた時、凛々花はその札を見て表に出さず喜ぶ。引いたのは【ススキに月】。場には【ススキに雁】が出ていたので共に回収する事が出来、かつ三光が後光札一枚で完成する形となった。手札の微妙さに反し、引きは相変わらず良い。しかも場札には成立の鍵となる【桜に幕】が見えている。それを取る事が出来れば、早々に三光を成立させる事が可能でリードを広げられる。

 順番は移り、麗華の番となる。相手は【萩に赤短】を出し、場の【萩に猪】と共に回収。山札から引いたのは【牡丹に青短】であり、場の【牡丹に蝶】と共に回収した。相手も相手で幸先が良く、猪鹿蝶成立目前となる。

 それを見て凛々花は内心のみで少しだけ高揚した。

 それも当然。凛々花の手札には【紅葉に鹿】がある。それを出さない限り、或いは出す状況に追い込まれない限り、麗華が猪鹿蝶を成立する事は絶対に無い。

 上々な気分になりつつ、凛々花は札の回収に勤しむ。場にあった【菖蒲に八つ橋】を手札の【菖蒲のカス】で回収。続く山札から引いた【柳に小野道風】は場に同月札が無かったため、そのまま場に残る。

 麗華の順番二回目。麗華は手札から【柳に燕】で場の【柳に小野道風】を回収する。続いて山札から引いた【梅に赤短】は同月札が無いため、そのまま残る。

 凛々花の三回目の順番。場には手札の札と同月札は無く、凛々花は【桐のカス】を出し、次の番に備えた。続いて山札から引いたのは【松のカス】。こちらも場に同月札が無いため、そのまま場に残る

 麗華の順番三回目。凛々花が山札から引いた【松のカス】を手札の【松に赤短】で回収し、山札から札を引いた。引いたのは【牡丹のカス】。場に同月札はなく、それはそのまま場札に残った。

 凛々花の四回目の順番。前の順番の時に出した【桐のカス】を手札の【桐のカス】で回収。その後山札から引いたのは【梅にウグイス】だった。場には【梅に赤短】があるのでそれと共に回収し、四回目の順番を終える。

 麗華の四回目。手札から【萩のカス】を出して場の【萩のカス】を回収。その後山札から引いた【ススキのカス】は同月札が無いため、場に残る。

 続いて凛々花の五回目の順番だが、

(これは地味な感じで終わるかもね)

 凛々花はそう予感しつつ、自分の順番を進めた。

 そして、その予感は当たる事になる。

 その後、二人は華やかな役を完成させる事が出来ず――、

「――先手はもらうぞい。カスで1文だ」

 迎えた相手の最後の順番にて、相手の獲得カス札が十枚となって自動的にカスが成立し、光陵高校の得点が1文減り、桐生高校の得点が1文増えた。

 大将戦の第一ゲームは、派手な戦い方が目立つ二名がぶつかり合う事となった事に対し、とてつもなく地味な終わり方をした。

 だからだろうか、

「――光陵の大将よ。お互い様子見はこの1ゲームで終わりにせんか?」

 進行役が次の準備を進める中、麗華がふとそんな事を言った。

 進行役の手が一瞬止まり、すぐさま動き出す。

 驚いているのだろうな、と進行役の心中を察しつつ、凛々花は言葉を返す。

「構いませんが、奇遇ですね。私も同じ事を提案しようと思っていました」

「ふっ。流石は同類。良い返事をしてくれるのう」

 麗華は楽しげに笑った。凛々花は釣られて笑い、

「では、後輩として私から本性を見せようと思います」

 そう言った。直後、進行役が準備の手を止め、凛々花の顔を別人でも見ているような顔で見た。と同時に、場の空気が一瞬にして触れれば肌が切れてしまいそうな程に張り詰める。そして――、

「――くくく! いい! いいぞ、同類!」

 その瞬間、麗華は至極恍惚な笑顔でそう言った。

 直後、空気は一層張り詰め、進行役が一歩対戦台から後ろに下がった。それだけの重圧感が今二人から発せられ、室内を支配しているのだ。

「いやはや、ワシは全く以って井の中の蛙だ! この場所にワシの相手が務まる者はおらんと思っていたが、貴様のような奴がいようとはな! 世界は本当に広い! 貴様に会えて嬉しいぞ、高嶺凛々花!」

「――奇遇ですね、麗華さん。私も同類に出会えるなんて夢にも思いませんでしたから、出会えた事を森羅万象に感謝したいです」

「くく。そこまでワシと貴様は同じとはな。姓も同じ音故、他人の気がせんぞ」

「これまた奇遇。――となれば、抱いている気持ちも同じなのでしょうね」

 不意に凛々花はそんな事を直感していた。この高峰麗華という少女は、自分と同じ境遇であり、同じような道を辿り、同じように第三者によって心境に変化を与えられ、その変わった心の下、恩返しの真っ最中であると。

 だから、単純にそう思えた。

 今この瞬間、自分達は言葉こそ違うが、同じ気持ちを抱いているだろうと。

「――ああ。同じだろうさ。何なら、言い合ってみるか?」

「別に構いませんよ? きっと間違いなく同じでしょうから」

「くくく! では「いっせーの」で言い合うぞ?」

「分かりました」

 凛々花が肯定した後、麗華は咳払いをした後、音頭を取り、

「ワシは貴様を倒す」

「私は貴女を倒します」

 双方共に勝利宣言を行った。

 それにより、場内は一瞬の沈黙が訪れた後、沈黙が嘘だったように熱気が爆発し、二人に対して熱烈な応援が飛び交い、かつてない熱気に包まれる。

 熱が入ったのは実況も同じだった。

『こ、これは大変な事になりました! 両選手とも自信満々かつ余裕綽々と相手に対して勝利宣言を行いました! これで有言実行出来たならば最高にカッコイイところでしょうが、逆ならばとんだ慢心者として花札界の歴史に名を刻む事になってしまうが、両選手とも大丈夫なのかぁ!?』

『平気よ。あの二人の猛々しい顔がそれを物語っているもの。問題はこの後ね。この空気だと常識では計り知れない事が起こりかねないわ』

『おおっと!? ここで花咲プロから駄目押しのお墨付きが入ったぁ! これはもう期待するしかありません! 大いに期待させてもらいましょう!』

 その煽りを受け、会場は大いに盛り上がる。

 それを受け、凛々花と麗華は笑い合う。

「これで1ゲームの地味さは払拭出来ましたかね?」

「出来ただろうさ。外が騒がしいからのう」

「ですね。まあそんな気がするだけですけど」

「ワシもだ。ま、おかげで落ち着いて貴様との対戦を楽しめるがのう」

 二人の声は外に聞こえるが、外の音――実況や解説の声も対戦の邪魔にならないように、と完全に防音措置が施されている。故に対戦会場は基本的に静かであるため、両者の集中が少なくとも外的要因によって途切れる事は無い。

「――両選手。準備が終わりました。手札の確認をお願いします」

 そうして、第2ゲームが始まる。

 だが――。


『――ふむ。どうやら、拮抗しておるようだのう』

『――みたいですね』

 二人はそう言い合い、またも手札を公開した。

 その瞬間、実況が驚きのあまり、起こった事をありのままに口にする。

「――私は夢でも見ているのでしょうか……」

 呆然となる実況。あれだけ騒がしかった会場も今や静寂が訪れている。

 無理も無い。

 当然だ。

 異常だった。

 異質だった。

 異様だった。

 有り得ない事がそこで起こっていた。

「だから言ったじゃない。何が起こるか分からないって」

 その中、一人平然としている者がいた。花咲プロだ。皆が驚く中、彼女だけが平然としているのは、この程度は何度か体験した事があるし、出来た事があるためだ。見た事があり、実現可能な事象に驚け、というのは無理な話である。

「で、ですが……こんな事が起こるものなのでしょうか……?」

 例えそれが――、

「――よ、4ゲーム連続で両選手がくっつきないし手四が揃うという事が……」

 そんな荒唐無稽とも言える事象だったとしても、である。

 呆然としている実況の問いかけに、花咲プロは冷静に答える。

「事実は小説よりも奇なり――確かに異常で異質かつ異様な事だけれども、準備は全て進行役が行い、六つの高性能カメラに見張られ、そもそも両選手とも準備する際に一切花札に触れていない――こんな状況でイカサマは不可能。ならば、答えは二人がそれだけ花札に愛されている、と言う他ないでしょうよ」

「そ、そうですね……」

 実況はやや不承不承だったが、一つ咳払いをし、元の調子に戻る。

「――皆様、大変見苦しい事ところをお見せしてしまって済みませんでした。実況に戻らせて頂きます。――双方実力伯仲! 四連続で両選手ともくっつきないし手四を成立させてしまうというとんでもない事が起こりましたが、しかし、しかしです! そんな波乱と混沌に満ちた両校の大将同士の戦いもいよいよ次のゲームが最後となります! ダークホースの光陵高校が勝ち抜くのか、はたまた昨年の覇者である桐生高校が二冠を達成するのか!? 点数は光陵高校が255文、桐生高校が245文。桐生高校が追いかける形となっておりますが、その差は6文以上の役で簡単にひっくり返ってしまうために無いも同然であり、光陵高校も厳しいところ。どちらにも頑張って欲しいものです!」

「6文以上ってあっという間よねー。花見と月見の複合で成立するもの」

「となると、速攻が求められるという事になるのでしょうか?」

「そうね。この勝負、どちらが勝っても不思議ではないわ」

『――ここまで楽しかったぞ、高嶺凛々花』

 そこで最終ゲームの準備が終わり、それを受けて麗華が口を開く。

 厳かな雰囲気で再び沸き立った観客はもちろん、実況と解説もそれを邪魔しない様に一斉に沈黙する。そんな中、麗華は言葉を続ける。

『だが、勝つのはワシら桐生だ』

『――いいえ。勝つのは私達光陵です』

『そうか。――では、最後の遊戯を始めるとするか』

『はい。最後まで楽しみ合いましょう』

 そして二人は同時に進行役に視線を向けた。

 それを受けて進行役が宣言する。

『では、手札の確認と報告を』

『ありません』

『無いぞ』

『そうですか。では――』

 進行役は一度言葉を切り、二拍ほど溜め、

『――始めてください』

 最終幕の火蓋を切って落とした。


 第六ゲーム、高嶺凛々花の親。

(……この局面でまさかツケが回ってくるとは)

 凛々花は手札を見ながら内心で自虐した。仕方ない。凛々花の手札が【紅葉のカス】【松に鶴】【桐のカス】【柳に小野道風】【柳に燕】【松のカス】【紅葉に青短】【藤のカス】であるのに対し、場札は【菊に盃】【萩に猪】【ススキのカス】【萩に赤短】【牡丹に青短】【ススキのカス】【萩のカス】【牡丹のカス】という構成であるため、手札からどの札を出したところで一回目の順番の時に凛々花は一枚も札を回収する事が出来ないのだ。速攻が求められる雰囲気で一回の順番も無駄にしたくないこの現状でこのスロースタートは痛過ぎる。

 だけれども、

(――いいよ。この方が燃えるしね)

 だけれども、凛々花は諦めず、自分の順番を始めた。

 その気持ちが天に届いたのか、凛々花が手札から出した【桐のカス】に対し、山札から引いたのは【桐に鳳凰】。どうにか一枚も取れなかった状況は避けられ、凛々花は内心ホッとした。

 対する麗華の一回目の順番。手札から【菊に青短】を出し、場の【菊に盃】と共に回収。山札から引いたのは【梅のカス】だったが、それは場に同月札が無いため、そのまま場に残った。

(青短は私が【紅葉に青短】を握っているから成立させないけど、問題は【菊に盃】……。花見と月見が見えてきて嫌な感じがするね……)

 凛々花はそんな事を考えつつ、二回目の順番を始める。今回も場札に手札にある札と一致する同月札が無いため、手札から【柳に燕】を出し、山札から一枚引く。引いたのは【萩のカス】。それで場の【萩に猪】を回収する。

(さて、猪鹿蝶は封じられたけど、どう出てくる?)

 二回目の麗華の順番。手札から出たのは【梅にウグイス】。場には【梅のカス】があるので共に回収し、山札を引き、そのまま場に置いた。引いたのは【松に赤短】だった。場に同月札は無いため、そのまま場に残る。

(お。これは美味しい)

 凛々花は三回目の順番を始める。先ほど麗華が山札から引いた【松に赤短】は、凛々花の手札にある【松に鶴】を回収する事が出来る札。当然二枚を確保し、山札の札を引く。引いたのは【菖蒲のカス】。場に同月札は無く、そのまま残る。

 一方、麗華も似たような状況なのか。手札から出されたのは場に同月札が無い【桐のカス】。ついで山札から引いたのは【牡丹のカス】。それは場に同名札があるため、二枚回収して三回目の自分の番を事もなく終える。

(十二月札は既に私が二枚回収している。で、ここで【桐のカス】を出したという事は安全に次に繋いだというところかな……。なら、私がすべき事は――)

 凛々花は四回目の順番を始める。逡巡の末に【柳に小野道風】を出し、場の【柳に燕】と共に回収。これにより雨四光が見え、重圧を与えられる。

 そんな心境の下、凛々花が山札に手を伸ばし、札を取ったその時だった。

(――ッ!? この札、やばい!)

 凛々花はそうだと直感し、警告音が脳内でけたたましくなり始めた。

 危険、危険、危険――。

 どうにか平静を装いつつ、凛々花はそれを表に返し、その真意を理解する。

(【桜に幕】……ここでこれを引いた意味は恐らく――)

 嫌な予感に苛まれつつ、凛々花は山札から引いたそれを場札においた。

 その途端、麗華からの重圧感が一気に膨れ上がり、

「――それだ、高嶺凛々花」

 静かにそう宣言するや、手札から札を大仰に出し、【桜に幕】の上に置く。置かれたのは【桜に赤短】。それにより、花見酒が成立となった。

 麗華の四回目の順番はまだ続く。ついで山札に手を伸ばし、場にある【菖蒲のカス】の上に置いた。置かれたのは【菖蒲に八つ橋】。これも回収される。

「くく。ワシらは本当に気が合うの。この局面においてお互い必要としているのが同じく【ススキに月】。先に引き寄せた方がこの戦いの勝利者となる。造物主はほとほと刺激に飢えているのかのう。ここまで劇的にせんでもよかろうに」

「……同感です。で、どうするのですか?」

「こいこいするぞ。しなければ、ワシらの負けが確定してしまうからのう」

「では、私の番ですね」

 凛々花は一息つき、五回目の自分の番を始める。次の自分の順番に備え、手札から【紅葉のカス】を出す。こうする事により、次の麗華の順番で十月札を持っているか、山札から引かれさえしなければ、とりあえず一枚も取る事が出来ない、という最悪の事態だけは回避する事が出来る。ついで山札。引いたのは【菖蒲のカス】だが、場に同月札は無いため、それはそのまま場に残る。

 対する麗華の五回目の順番。手札から【桐のカス】を出し、同名札を回収。山札から引いたのは【梅に赤短】。そちらは同月札が無いため、場に残る。

 凛々花は内心ホッとし、六回目の自分の番を始める。前の順番の時に出していた【紅葉のカス】を手札の【紅葉に青短】で回収。一方、山札から引いたのは【紅葉のカス】だった。こんな事なら、と凛々花は内心思ったが、後悔したところでどうにもならないため、名残惜しまずにそのまま場に置く。

 対する麗華の六回目の順番。手札から【柳のカス】を場に出し、山札から引いた【桜のカス】も場に置く。四回目以降、特に目立った様子は無いが、逆にそれが嵐の前の静けさかもしれない、と予感させるため、怖さもある。

 ひょっとしたら――そんな予感に苛まれつつ、凛々花は七回目の順番を始めた。手札から【松のカス】を出し、そのまま場へ。山札から引いた【柳に赤短】は場に出ている【柳のカス】と一緒に回収し、順番を終える。凛々花も凛々花で雨四光に後一歩のところまで来ているのに、その一歩が遠く、それが焦燥を催す。

(――駄目だ。焦ったところでどうしようもない。落ち着け、私)

 凛々花が自分を叱咤する中、麗華は七回目の順番を何時の間にか終えていた。

 そして終に最終ターンである八回目。凛々花は手札から【藤のカス】を出し、【藤にホトトギス】を回収。一息入れてから、山札に手を伸ばし、

(――お願い。私達を、私を全国に行かせて)

 そんな願いを込め、山札の一番上の札を静かに引いた。

 静寂が自然と訪れた。

 今この瞬間、凛々花が引いた札は誰にも分からない。

 否、一人だけそれを分かっている者がいた。

 引いた本人である凛々花だ。その口元は笑みが浮かんでいる。

 ――行って来い。

 ――楽しんできてね。

 ――暴れて来いよ。

 山札から札を引いた時、花札がそんな事を言ってくれた気がした。

(――ありがとう。本当にありがとう)

 万感の思いを込め、凛々花は山札から引いた札をそっとある札の上に置いた。

 その札とは、二枚ある【ススキのカス】の一枚。

 そしてその上に置かれたのは――【ススキに月】。

 自然に訪れた沈黙を凛々花はゆっくりと静かに破る。

「――勝負。雨四光。こいこい返しに七文以上で40文です」


 凛々花が勝利宣言した後、会場は沈黙が訪れた。

 だが、それは長く続かない。

「き、決まったぁあああっ! 決まりました! 勝者は光陵高校の高嶺凛々花選手! 見事に【ススキに月】を引き寄せ、桐生高校の二冠達成を阻止し、全国への切符を手に入れましたぁあああっ!」

 実況の興奮しきった報告の後、それに促されるように沈黙していた観客達もこれまでと比較にならないほど大きな声でその勝利を盛大に讃えた。

「――負けたよ、高嶺凛々花」

 その歓声の中、麗華は凛々花に近づき、握手を求めた。

 凛々花はそれに気付き、握手を返す。

「麗華さん、対戦ありがとうございました」

「こちらこそ。全国、楽しんで来い」

「はい!」

 その後、麗華は自分から手を離し、出口へと足を向けた。その立ち振る舞いは敗者であるにも関わらず、とても堂々としている。

 凛々花はそんな麗華を黙って見送る。言葉はかけない。不要だ。そんな野暮な事をする気分ではなく、今は戦後の余韻にただただ浸っていたかった。

「――凛々花!」

 その時、喜びに満ちた声が凛々花の耳につく。

 振り向けば、そこには仲間達の姿があった。

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