荒野の剣士
■1
聖魔大戦――!
それは、世界の支配を目論む魔王軍と、それを迎え撃った人類との大戦である!
だが――!
勇者は敗れ!
騎士団は壊滅!
王都は焼かれた!
人類は、魔族に支配される時代を迎えたのである――!
■2
七年後――。
辺境の荒野。
一人の少女が、乾いた大地を必死に走っていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
白い修道服を砂埃で汚し、胸には革袋を抱えている。
背後から、激しい地響きが迫る。
「待てぇ!」
「逃がすな!」
三頭の走竜。
その背には、額から一本の角を生やした魔族兵たちが跨がっていた。
少女が振り返る。
「ひっ……!」
次の瞬間。
足元の石につまずいた。
「きゃっ!」
ドサッ!
少女が荒野に倒れる。
その周囲を、三頭の走竜が取り囲んだ。
「へへへ……手間取らせやがって」
「禁制地に忍び込んで、聖水まで盗むとはなぁ」
少女は起き上がり、革袋を抱きしめた。
「これは……修道院で必要なんです!」
「そんなこと知るかよ」
魔族兵が走竜から降りる。
「人間を勝手に殺すなって命令されてるせいでよぉ」
別の魔族兵が、にやりと笑った。
「最近、退屈でしょうがねえんだ」
「だが、禁制地に入った盗人なら話は別だ!」
「へへへ……久しぶりに聞けるぜ」
魔族兵が少女へ手を向ける。
「人間の断末魔ってやつをよぉ!」
そして。
ぶつぶつと、何かを唱え始めた。
その掌に、小さな炎が灯る。
炎はみるみる膨れ上がり、人の頭ほどの火球となった。
少女の顔が青ざめる。
「いや……」
「焼け焦げる臭いも久しぶりだぜぇ!」
魔族兵が笑う。
「死ねぇ!」
火球が放たれた。
「きゃああああっ!」
少女は頭を抱えた。
「誰か――!」
「助けてぇぇぇっ!」
――ズバッ。
「……あ?」
ドサッ。
一本角の首が、荒野に転がる。
少女が恐る恐る顔を上げた。
火球は消えていた。
――黒いマントをまとった、名も知らぬ剣士。
それが少女と少年の、最初の出会いだった。
■3
ドサッ。
一本角の魔族兵の首が、荒野を転がる。
残された二人が目を見開いた。
「な……!」
「なんだ、てめえ!」
黒いマントの少年は答えない。
剣を下げたまま、少女の前に立っている。
「いったい、どうやって……」
魔族兵が、地面に転がった仲間の首を見る。
「まあ、いい!」
少年へ掌を向けた。
「死ねぇ!」
ぶつぶつと呪文を唱える。
炎が集まり――。
「火球玉――《ファイアーボール》!」
火球が一直線に少年へ飛ぶ。
少女が叫んだ。
「危ない!」
少年が剣を振る。
――ズバッ!
二本目の首が飛んだ。
魔族兵の身体が地面へ倒れる。
少女は何が起きたか理解ができない。
少年は少女を振り返らずに言った。
「危ないから、後ろに下がってろ」
「は、はい!」
少女は慌てて立ち上がり、数歩後ろへ下がる。
残された一本角の魔族兵が震えていた。
「ひ……」
剣士が、ゆっくりとそちらを見る。
「ひいいいいっ!」
■5
剣士が、ゆっくりと残された魔族兵を見る。
「ひ……」
一本角の魔族兵が後ずさった。
「ひいいいいっ!」
その時。
遠くから、地響きが聞こえた。
ドドドドドドドド――!
砂煙を上げながら、一頭の走竜がこちらへ駆けてくる。
赤い鱗。
ひと回り大きな体躯。
その背には、大柄な魔族が跨がっていた。
額から伸びる角は二本。
「なんだぁ?」
魔族は走竜を止めると、辺りを見回した。
「久しぶりに人間の悲鳴が聞けると思って来てみれば――」
一本角の兵を見下ろす。
「お前の悲鳴か?」
「バ、バルガ様!」
魔族兵の顔がぱっと明るくなる。
「助けてください! こいつです!」
剣士を指さす。
「こいつ、俺たちの仲間を二人も殺しやがっ――」
バルガは無言で、その魔族兵の頭を片手でつかんだ。
「え……?」
そのまま軽々と持ち上げる。
「バ、バルガ様……?」
バルガが、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
掌から、赤い炎が漏れる。
「ま、待ってください! 俺は――」
ゴウッ!
「ぎゃああああああっ!」
魔族兵の頭から、一気に炎が全身へ燃え広がった。
バルガは燃える身体を、そのまま地面へ放り捨てる。
「人間ごときに怯える雑魚は――」
炎の中で、魔族兵の身体が黒い煙へ変わっていく。
「我ら魔王軍には不要だ」
カラン。
一本の角だけが、荒野に残った。
少女が青ざめる。
その視線は、バルガの額に向けられていた。
「に、二本角……!」
剣士は黙ったまま、バルガを見る。
少女が叫ぶ。
「剣士さん!」
「気をつけてください!」
「二本角は――」
バルガが、赤い走竜からゆっくりと降りる。
ズン。
巨体が荒野に立つ。
少女は震える声で続けた。
「魔王軍の、将級です……!」
■6
バルガは、少年の持つ剣を見て笑った。
「どういうカラクリかは知らんが――」
「所詮は剣だ」
バルガが少年を指さす。
「剣は、届かなければ斬れん!」
「だが魔法は違う!」
「貴様の剣が俺に届くより先に――貴様は消し炭になる!」
少年は何も答えない。
バルガが口元を歪めた。
「さあ、命乞いをしろ」
「なぜなら俺は――人間が泣き叫び、命乞いをする声を聞くのが大好きでなぁ!」
少年は答えない。
ただ剣を構え、腰を落とした。
その足に、力がこもる。
「……フン。そうか」
バルガがぶつぶつと呪文を唱え始める。
炎が両腕を包む。
「ならば死ねぇぇぇっ!」
「灼熱火炎――《バーニングフレア》!」
ゴオオオオオッ!
灼熱の炎が荒野を埋め尽くす。
少年が地を蹴った。
――ズバッ!
「!?」
炎が、真っ二つに裂ける。
「なっ!?」
「馬鹿な……我が灼熱火炎――《バーニングフレア》が!」
少女も目を見開く。
「えっ……?」
「魔法の炎を……斬った?」
――ズバッ!
ドサッ。
バルガの首が、荒野を転がった。
■7
少女は、地面に転がったバルガの首を見つめていた。
「す……」
剣士を見る。
「すごい……!」
恐る恐る、少年へ近づいていく。
「あ、あの!」
少年が振り返る。
少女は深く頭を下げた。
「助けてくださって、ありがとうございます!」
「…………」
「私、本当にもうダメかと――」
少年の身体が、ふらりと揺れた。
「え?」
「み……」
「み?」
少年がかすれた声を絞り出す。
ごく、ごく……
「……助かった」
ドサッ。
「ええっ!?」
少年がその場に倒れた。
「ちょ、ちょっと!?」
少女が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
返事はない。
「どうしよう……」
少女は辺りを見回した。
倒された魔族たち。
そして――残された走竜。
「……そうだ!」
少女は少年の両腕をつかんだ。
「修道院まで連れて帰えれば……‥」
ぐいっ。
「う、重い……!」
もう一度。
「うんしょ……!」
ずるずる。
「うんしょ、うんしょ……!」
黒いマントをまとった、謎の剣士は一体、何者なのか。
少女はまだ、その名すら知らなかった。




