第七話 マッチポンプ
「なーんだ、信心を集めるなんて、実はとっても簡単じゃない!」
神界へと帰還したルミナリアは、豪華なプレジデントチェアにふんぞり返りながら、チャリンチャリンと景気良く鳴り響く売上メーター(信心口座)を眺めて上機嫌だった。
先代女神の遺産である信心貯金を切り崩すばかりだった彼女にとって、自分の『奇跡』によって新規の売上がドカンと跳ね上がったのは、相当に気持ちが良かったらしい。
『ねえユウキ、あたしいいこと思いついちゃった! また別の街で同じような『不測の事態』を起こして、あたしがそれを奇跡でお詫びして回ればいいのよ! そうすれば、地上の人間はみんな私に感謝して、あっという間に先代以上の収益になれるわ! これぞ完璧なビジネスモデルね!』
「ルミナリア社長」
俺は手に持っていた指示棒を、ホワイトボードに思いきり叩きつけた。
パァン!! と神殿に鋭い音が響き渡り、ルミナリアは「ひゃんっ!?」と肩をすくませて飛び上がった。
「お前は、本当に、何一つ分かっていないな」
俺は呆れ果てて深く首を振った。
隣で書類を整理していた秘書の天使も、今や完全にコンプライアンスの意識が身についているため、「女神様……それはさすがにアウトです……」とドン引きの目でルミナリア様を見つめている。
『な、何よ! 怒らなくたっていいじゃない! 実際、今回は大成功だったでしょ!?』
「今回が成功したのは、あれが『過去の不可抗力による事故』だったからだ。それを神のファンサービスという建前にすり替えて、ギリギリで社会的信用を維持したに過ぎない。お前が言っているのは、自社のセキュリティソフトの売上を伸ばすために、社長自らが世界中にコンピューターウイルスをバラ撒くと言っているようなものだ。そんなマッチポンプ、いつか必ず露見されて会社が社会的抹殺を食らうぞ」
『うっ……』
「そもそもだ」
俺はホワイトボードに、地上の人間のライフサイクルを数式で書き殴った。
「『奇跡』という名の過剰なお詫びは、一時的な顧客満足度(信心)を爆発させるが、同時に劇薬でもある。人間はな、一度『タダで畑の作物を一気に実らせてもらえる』という神のチートを経験すると、次からは汗水垂らして畑を耕すのがバカバカしくなるんだよ」
『え……? でも、楽ができて喜んでくれるわよ?』
「バカ言え。労働意欲が死んだ人間は、生産活動をやめる。生産をやめた街は経済が破綻し、人間たちは飢え、最終的には『祈る気力』すら失って全滅するんだよ。顧客が自立して健全に生活しているからこそ、日々のささやかな1万円や100円の信心が持続可能な利益として神界に届くんだ。一発逆転の奇跡に依存させた顧客は、遅かれ早かれ共倒れして市場ごと消滅する」
俺の情け容赦ない経営戦略論に、ルミナリアは今度こそ完全に言葉を失った。口を開けたままぽかんとした後、じわじわと自分の思いつきがいかに恐ろしい「市場破壊」だったかを理解したようで、顔を青ざめさせてガタガタと震え出した。
「お前がやるべきなのは、派手な奇跡のバラ撒きじゃない。現場の人間が『自分の力で健全に働けるインフラ』を整えることだ。……さて、秘書。次の案件(やらかし転移者)のデータを回せ」
「は、はい! ユウキ主任!」
天使が神妙な面持ちで、次なる不良資産のファイルを差し出す。
「次は……10年前の転移者ケンジ・サトウの遺産、【絶対切断】のバグです。現在、大陸最大の交易路が、彼がやらかした『空間の裂け目』によって物理的に寸断され、物流が完全停止しています。また、これにより周辺の広範囲の信者からの信心も神界に届かない通信障害も起きています」
「物流の寸断、決済システムの通信障害か」
俺は冷徹に目を細め、まだガタガタと震えているルミナリアを振り返った。
「行くぞ、社長。今度はインフラの復旧作業だ。お前が過去にハンコを押した無責任な決済のツケを、今度こそ現場で骨の髄まで理解してもらう」
『うう、もうガチャなんて二度としませんから、優しく指導してぇぇぇ!』
泣きつく大女神を従え、最高執行責任者(COO)の容赦ない「インフラ再建計画」は、次なる炎上現場へと向かうのだった。
(第8話へ続く)




