第二十二話 世界一死んだ男
「システムエントリー、ポータル接続完了! 座標固定、現場へ直結します!」
水着姿のまま神速のオペレーションを完了したエルフィの叫びと共に、俺たちの視界がグニャリと歪んだ。
次の瞬間、南国の穏やかな潮の香りは一瞬で消え失せ、肺に流れ込んできたのは――立ち込める血生臭さと、火花の散るようなきな臭いパケットエラーの異臭だった。俺たちが降り立ったのは、薄暗い岩肌が剥き出しになった、魔王軍の旧前線基地の地下深く。
だが、そこに広がっていたのは、通常のファンタジーの概念を遥か斜め上に置き去りにする「時空のバグ地獄」だった。
「な、なによこれぇぇぇ! 目がチカチカして頭がおかしくなりそうだわよぅ!」
転送された瞬間、金髪のロングヘアを振り乱しながらルミナリアが短い悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。
俺たちの目の前にある巨大な落とし穴。その上空と底の往復空間が、まるで壊れたブラウン管テレビのようにバキバキと激しく明滅していた。
「報告します、ユウキ主任! 該当の勇者は現在、この落とし穴の底で『死亡⇒落下数秒前の位置に即時蘇生⇒再び落下⇒死亡』を繰り返していますが……ループ速度が指数関数的に加速しており、現在は1秒間に3万4千回のペースで死に続けています!」
「……おい、エルフィ。その死亡回数、物理的におかしいだろ」
俺は腕を組み、フラッシュを繰り返す穴を冷徹に睨みつけた。
「どんなに浅い落とし穴だろうが、重力加速度を考えれば、人間が自由落下して底に着くまでには最低でもコンマ数秒はかかるはずだ。1秒間に3万4千回も死ねるわけがない」
「ハッ! 申し訳ありません、直ちに詳細ログを確認します!……あ、ありました! これ、蘇生プログラムの致命的な仕様漏れです!」
エルフィがバインダーの画面を覗き込み、あまりの酷さに黒縁メガネをずり下げて頭を抱えた。
「ルミナリア社長が作った『無限蘇生』のコードですが……『死んだら数秒前の位置に戻す』としか書かれていません! ユーザーデータの【下向きの加速度】をゼロに初期化する処理が完全に書き落とされています!」
「はあ? じゃあ何か、あいつは慣性がついたまま上空にリポップしてるのか?」
「その通りです主任! 1回目に落ちたスピードを維持したまま上空に蘇生し、2回目はさらに加速した状態で底に激突、3回目はさらに超音速で激突……を繰り返した結果、現在は落下の初速が『マッハ50』を超えています! 蘇生した次の瞬間には、音速を超えた速度で自ら底の即死棘に突っ込んでミンチになっている状態です!」
俺は言葉を失い、心底呆れ果てて、はるか後方の遠隔画面――ではなく、俺の後ろでビクビクしている金髪のルミナリア(無能A)を振り返った。
「ルミナリア社長。お前のその綺麗に空っぽな頭と、カラカラに乾いた脳みそには、高校物理レベルの知識すら入っていないのか? 位置だけ戻して速度をリセットし忘れたら、永久に加速し続けるパチンコ玉(永久機関)が出来上がるくらい、アホでも直感的に予見できるだろ。百歩譲って仕様が漏れたとしても、蘇生処理のあとにせめて『wait』を入れておけば、1秒に1回死ぬだけで済んでサーバーはパンクしなかったんだよ。なんのためのスリープ関数だと思ってんだ」
『ええっ!? あたしのせいなのぅ!? うぇいととかしらないわよ!そんなのあたしのせいじゃないわよぉ!』
ルミナリアは水着の砂を振り撒きながら、またしても責任転嫁全開でアホそうに大号泣し始めた。
「お前が仕様を丸投げしたせいで、サーバーのCPU使用率が再び98%まで跳ね上がってるんだよ。この『ズレ続ける三次元座標の予測』と『マッハの自由落下計算』のせいで、アキラの追跡システムに遅延が発生している。最優先業務を阻害するスタンドプレーはこれ以上容認できん。エルフィ、割り込み処理の準備をしろ。マッハで死に続けているこの幽霊タスク、今すぐ強引に強制終了してやる」
「ハッ! 了解です、ユウキ主任! いつでもいけます!」
エリート秘書エルフィが水着の胸元を正し、空中にシステムキーボードを展開して神速のタイピングを開始した。




