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第二十話 貧乏宿の張り込みと、予期せぬ福利厚生

高級リゾート『グラン・ルミナス』の最上階に引きこもるハッカー勇者アキラの行動ログを監視し始めて、数日が経過した。アキラがホテルの敷地から外に出る気配は未だにない。


ボロボロの貧乏宿に潜伏する俺たちの、地味で過酷な張り込み生活が続いていた。


『うぅぅ……ユウキ、あたしお腹空いたわよぅ……。回収予定の12億円からちょっとくらい経費で前借りして、ロブスターとか食べさせてよぅ……』


固い木の板のようなベッドの上をごろごろと転がりながら、ルミナリアが空腹を訴えてゴネ始めた。


「却下だ。まだ回収していない資産をアテにするな。エルフィ、現地で一番安い食材を調達してきてくれ」


「ハッ! 了解です、ユウキ主任! 予算内で買い出しに行ってまいります!」


エルフィがスーツ姿のままいそいそと部屋を出て行った。


数十分後、エルフィが買ってきたのは、地上のローカルな市場で売られている素朴なパンと串焼き肉だった。ボロボロのちゃぶ台の上に並べられた地上の庶民の食事を、ルミナリアはおずおずと口に運ぶ。


『……んむ? あら、おいしい! 地上の食事も結構おいしいわよね! お肉がジューシーで、あたし大満足よ!』


さっきまでロブスターと騒いでいたくせに、一口食べたらこの喜びよう。大女神のわりに、餌付けの難易度は驚くほど低い。


エルフィは俺に視線を向けた。


「主任、日本の刑事ドラマにおける『張り込み』といえば、あんぱんと牛乳が定番だとデータベースにありますが、そちらの方がよろしかったでしょうか?」


「いや、これで十分だ。お前の買い出しのセンスを評価するよ」


エルフィは表情を崩さなかったが、俺の言葉に嬉しそうに羽を小さくパタつかせた。そんな俺たちのやり取りを見ながら、ルミナリアも何故か楽しそうに笑っている。過酷な出張をバカンスか何かと勘違いしているアホの思考だ。


こうして静かに時間が流れること自体が、前世の俺にとっても少し新鮮だった。


お腹がいっぱいになり、すっかり満足したルミナリアは、今度は窓の外に見える青い海を眺めて、再びその綺麗に空っぽな頭を稼働させ始めた。


『ねえユウキ、あたし満足したら、今度はあの海に泳ぎに行きたくなっちゃったわ! ここ数日ずーっとこの狭いお部屋に引きこもってるんだもの、ちょっとくらいリフレッシュさせてよ!』


「ダメです、ルミナリア社長。私たちは現在、アキラの行動を監視中であり、遊びに行く余裕などありません」


エルフィが即座に却下した。至極真っ当な正論だ。しかし、俺はちゃぶ台の上のホログラム画面に映るアキラの予測行動ログを確認し、指示棒をトントンと叩いた。


「いや……エルフィ、許可する。アキラの行動パターンを解析したが、奴は今、現地の美女たちと連日のパーティーで完全に昼夜逆転の生活を送っている。少なくとも今日の昼間、ホテルの外へ外出する可能性は低い。ここで無能Aに部屋の中で暴れられる方が業務の邪魔になる。リフレッシュという名目の、最低限の福利厚生として海水浴を承認しよう」


『わぁぁぁい! さすがユウキ、話がわかるじゃない! あたし、早速着替えてくるわね!』


ルミナリアは子供のように飛び跳ねて脱衣所へと走っていった。


エルフィはいつもの冷徹なビジネス口調を崩さなかったが、その耳の端がほんのりと赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。感情には表さない程度に、彼女もこの予期せぬ地上の海を楽しみにしているらしい。



数分後。宿のすぐ裏手にある、人の少ない隠れ家的なプライベートビーチへと移動するため、木造の脱衣所のドアが開いた。


『お待たせユウキ! あたしの神聖なプロポーション、たっぷり拝むといいわよ!』


ルミナリアが身にまとっていたのは、最高神の圧倒的なプロポーション――出るところが出まくった抜群のスタイルを、本当に「隠すところだけ隠した」ような、目のやり場に困る極小の真紅のビキニだった。眩しい太陽の下で輝く金髪のロングヘアと、白い肌に映えるその姿は、アホさ加減さえなければ神聖な色気を放っている。


続いて一歩前に進み出てきたエルフィの姿に、俺は少し目を見張った。

いつもカチッとした黒のビジネススーツを着こなしている彼女が選んだのは、大人っぽいミッドナイトブルーのシックな水着だった。ルミナリアのような破壊的な肉感はないものの、無難なデザインの中に、よく引き締まったスレンダーなボディラインと、天使特有の透明感のある白い肌、そしてどこか品のある色気が絶妙に調和している。メガネを外したその素顔は、いつもの秘書モードとは違う、休日の女の子のような雰囲気を醸し出していた。


二人は並んで、じっと俺の方を見つめてくる。


「……何をしてる。海水浴に行くんじゃないのか」


『何言ってるのよ、ユウキ! あんたも一緒に決まってるじゃない!』


「主任の健康維持のため、ユウキ主任も海水浴への参加を強く推奨いたします」


どうやら俺を置いていく気はさらさらないらしい。俺は仕方がないので、男物の水着へと着替えることにした。


着替えを終えて砂浜に出ると、待ちかねていた二人が一斉に俺の元へと駆け寄ってきた。


『ほら、いくわよユウキ! 早く海に入りましょ!』

ルミナリアが俺の右手を、自分の両手でぎゅっと引っ張る。


同時に、エルフィが真顔のまま俺の左側へと滑り込んできた。


「安全確保のため、主任の左腕をホールドします」

エルフィは俺の左腕に自分の両手を回し、がっしりと組んで固定した。


こうして、俺は右手をルミナリアに引っ張られ、左腕をエルフィに組まれた状態で、二人に左右から挟まれるようにして青い海へと連れていかれる羽目になった。


「冷たーい! でも気持ちいいわよぅ!」


「水温、水質共に問題ありません。非常に良好です」


海に浸かった瞬間、ルミナリアは子供のように浅瀬の水をパシャパシャと跳ね上げて大はしゃぎし、エルフィも目を細めて、きらきらと光る水面を楽しそうに眺めている。


いつものカチッとした神界のオフィスとも、殺伐とした炎上現場とも違う、穏やかな南国の風景。

楽しそうに遊んでいる二人の姿を見ながら、俺はワイシャツの袖を捲り上げたまま、波に足を浸してぽつりと思った。


(……まあ、たまにはこういう時間も、悪くはないか)


12億円の回収という大勝負を前に、南国の波の音だけが穏やかに響く砂浜。俺たちの冷徹なデバッグの旅の途中に訪れた、ささやかな休暇の時間は、俺の少し凝り固まった経営脳を優しくほぐしていくのだった。

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