表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/85

まだ名前のない距離 21 止まらなかった、その一歩の意味

放課後の教室は、

少しずつ音を失っていく。



さっきまでのざわめきが、

まるで嘘みたいに遠ざかる。



レンは、

席に戻るでもなく、



その場に、

ほんの少しだけ立ち止まっていた。



胸の奥に残る、

さっきの感覚。



止まったはずなのに、

途切れていない。



むしろ、



前よりも、

はっきりと続いている。



「……次、か」



小さく呟く。



その言葉は、

思っていたよりも軽くて、



でも、

確かに前を向いていた。




ユイは、

呼び止められたまま、



友達の話を聞きながら、

相槌を打っていた。



けれど、



意識の半分は、

ずっと別の場所にある。



さっきの、

止まりかけた瞬間。



あと少しで、

届いた距離。



「……うん、でさ――」



言葉を返しながら、



ふと、

視線が揺れる。



無意識に、

探してしまう。




レンは、

まだそこにいた。



それに気づいた瞬間、



ほんの少しだけ、

呼吸が浅くなる。




「……あ、ごめん。ちょっと後でいい?」



ユイが、

少しだけ早口でそう言う。



友達は一瞬きょとんとして、



「え?あ、うん、いいけど……?」



と、軽く頷いた。




その返事を聞く前に、



ユイの足は、

もう動き出していた。




一歩。



さっき止まった場所を、

今度は越えていく。




レンが、気づく。



近づいてくる足音。



さっきとは違う、

迷いのないリズム。




顔を上げる。



視線が、合う。



今度は、

逸らさない。




距離が、

自然に埋まっていく。



あと一歩。



それで、

もう十分だった。




「さっきさ」



ほぼ同時に、

声が重なる。



「……あ」

「……あ」



また、同じタイミング。




少しだけ、

笑いそうになる。




「先、どうぞ」



レンが言う。



ユイは、

ほんの一瞬だけ迷ってから、



小さく息を吸う。




「……なんかさ」



言葉を選ぶみたいに、

ゆっくりと続ける。



「さっき、止まったのに」




その先を、

レンが引き取る。



「終わった感じ、しなかったよな」




ぴたりと、重なる。




ユイは、

少しだけ目を見開いて、



それから、

ゆっくり頷く。




「うん」



たった一言。



でも、



その中に、

全部があった。




沈黙が落ちる。



今度の沈黙は、

重くない。




むしろ、



次の言葉を、

自然に待っているみたいだった。




レンは、

少しだけ視線を外して、



また戻す。




「……じゃあさ」



その言葉の続きは、



さっきよりも、

ずっとはっきりしていた。




「今、続き、やる?」




一瞬だけ、

時間が止まる。



でもそれは、



止まるためじゃなくて、



進むための、

ほんの短い間。




ユイは、

小さく笑った。




「うん」




その一歩は、



もう、止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ