となりの席の彼女が、やたらとからかってくる
高校の教室は、いつも通り騒がしい。
朝のチャイムが鳴る少し前、俺は自分の席に座っていた。
特に何かがあるわけじゃない、普通の一日が始まるはずだった。
「おはよ」
その声が聞こえた瞬間、少しだけ肩が動いた。
隣の席の女子――水瀬ユイが、当然のようにカバンを置く。
「……おはよ」
返事をしながら、俺は机の上のノートに視線を落とす。
こいつは、なぜか距離が近い。
「昨日さ、英語のプリント、ありがと」
「別に。先生がうるさいからやっただけ」
「ふーん。優しいんだね」
「違うって言ってるだろ」
即答したのに、ユイは楽しそうに笑う。
こういうやり取りが、最近ずっと続いている。
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授業中。
黒板の文字を写していると、横から視線を感じる。
「なに」
「別に?」
「見るな」
「見てないし」
完全に見てた声だった。
でもユイは悪びれない。
「ミナってさ、真面目すぎ」
「普通だろ」
「普通の人は、そんなに鉛筆持つ力強くないよ」
「どうでもいいだろそれ」
くだらないやり取りなのに、なぜか気が散る。
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昼休み。
机の上にパンを置いた瞬間、ユイが覗き込んできた。
「それだけ?」
「それだけだよ」
「足りるの?」
「うるさいな」
「育ち盛りでしょ」
「お前は俺の親か」
言い返すと、ユイはケラケラ笑う。
この距離感が、よく分からない。
友達なのかもしれないし、ただの隣人なのかもしれない。
でも、そう割り切るには少しだけ近い。
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放課後。
帰り支度をしていると、当然のように声がかかる。
「ねえ、一緒に帰ろ」
「またそれ?」
「だめ?」
「……別にいいけど」
断る理由を考えるのも面倒になってきている。
靴箱に向かう途中、ユイが横でふと笑った。
「今日さ、ちょっと暑くない?」
「普通」
「ミナってさ、そういうとこだけ冷たいよね」
「事実しか言ってない」
「じゃあ、もう少し優しくしてよ」
「なんでだよ」
そう言いながら、なぜか歩くペースは揃っている。
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校門を出ると、夕方の風が少しだけ涼しかった。
「ねえミナ」
「なに」
「私がいなくなったら、寂しい?」
軽い声。
冗談のはずだ。
でも、なぜか一瞬だけ言葉が詰まる。
「……は?」
「やっぱり、寂しくないか」
「そういうの、やめろ」
「ふふ、怒った」
ユイは楽しそうに笑う。
その顔を見て、少しだけ思う。
こいつはたぶん、ずるい。
でも同時に――
このやり取りが、いつの間にか“当たり前”になっている自分にも気づく。
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まだ名前のない関係。
友達より少しだけ近くて、恋人というには遠い距離。
その真ん中で、今日もまた一日が終わる。
⸻
(つづく)




