『迷宮革命』第10話・パーティの旅立ち
この作品では、神話や伝承の偉大なる存在に対しての独自解釈があります。
宗教や信仰への敬意を払いながら描写していますが、エンタメ作品として読んでいただけると幸いです。
冒険者ギルド本部。簡素なテントから始まった組織は、いつの間にか訓練施設を併設する大きな建物になっていた。
その前の広場は、いつになく賑わっていた。
僕は、背伸びをしながら人混みの向こうを覗き込む。
「すごい人だね……」
つい先日までは冒険者について、よく知らなかった者たち。
冒険者ギルドが主催する、新人冒険者講習を受けた大勢の同志たちだ。
僕たちは、待ち望んでいた。
今日が、“卒業”の日だからだ。
「いよいよ、って感じだな」
隣で人間が、肩を回しながら言う。
「くそ……ようやくかよ」
獣人も、どこか落ち着かない様子で地面を蹴っている。
ドワーフは腕を組み、エルフは静かに周囲を観察していた。
「すべては主の導き……素晴らしい門出ですわ」
天使は、いつものように微笑んでいる。
僕は、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じていた。
最初は、ただの依頼仲間だった。
薬草を採って、ハチミツを集めて。
それだけだったはずなのに。
気づけば僕たちは、一緒に笑って、一緒に考えて、一緒に進んでいる。
これが、“パーティ”なんだって、そう思った。
◇◇◇
「静粛に!」
高い声が響いた。
壇上に立っているのは、ギルドの教官のパイモンさんだ。
その隣では、バルバトスさんが相変わらずビスケットをかじっている。
「本日をもって、君たちは、冒険者としての基礎課程を修了しました!」
ざわめきが、ぴたりと止まる。
「これより先は、君たち自身の選択と責任において、進むことになります!」
その言葉は、不思議と重かった。
誰かに守られることはない。誰かが答えをくれるわけでもない。
それでも、僕たちは進む。
「くふふ……ではここで、ギルドマスターより祝辞をいただきます!」
その一言で、空気が変わった。
……ギルドマスター。
このギルドを作った人物。噂ばかりで、姿を見た者はいない。
ざわめきが広がる中、一人の人物が壇上に現れた。
革の防具を着て、髪を結い上げている女性。何処となく高貴な雰囲気が漂う。
「……本日は、お日柄も良く」
第一声。その声を聞いた瞬間、僕の心臓が大きく跳ねた。
「……え?」
隣で、人間も息を呑む。
「おい……まさか」
ドワーフが低く唸る。エルフは、静かに目を細めていた。
そして、天使は……
「ああっ……主よ」
うっとりと、呟いた。
壇上の人物は、淡々と語り続ける。
「あなたたちは、自由になりました」
静かな声。だけど、不思議と全員に届く。
「誰に従う必要もない。誰に命じられることもない」
その言葉に、僕は息を飲む。
「だからこそ……その先にある結果は、すべてあなたたち自身のものです」
空気が、張り詰める。
「進むのも、止まるのも」
その声は、優しいのに。
「栄光も、敗走も」
逃げ場がない。
「……さあ、選びなさい!」
それだけだった。命令でも、強制でもない。
ただ、委ねられただけ。それなのに……
僕たちは、理解してしまった。
この人が、誰なのか。
◇◇◇
祝辞が終わり、ざわめきが戻る。
「……おい、どうしたんだよ」
人間が、隣の獣人を見た。
「……俺は」
低い声。獣人は、瞬きすらできずにいた。
拳を握りしめ、歯を食いしばったまま。
「動けなかった。奴の正体は、すぐに分かった」
その言葉は、絞り出すようだった。
「あれは、魔王……魔王サティーナだった!」
悔しそうに、拳を震わせる。
「なのに……身体が、言うことを聞かなかった」
そうだ。僕たちはギルドマスターが、魔王サティーナであることに気づいた。
雰囲気は違った。幻術の類かもしれない。だけど、声が……あの『宣戦布告』の時と同じだった。
周りの冒険者たちは、どうだろうか?大半は気づいてなかったかもしれない。
沈黙が落ちる。
恐れ。疑問。混乱。焦り……そして、無力。
「……くそっ!!」
獣人が吐き捨てる。
「俺は……まだ、弱い」
その言葉を、誰も笑わなかった。
だって、僕も同じだったから。魔王を目の前にして、すくんでしまったのだ。
「……ならさ」
でも、気づけば、僕は口を開いていた。
「強くなればいいよ」
自分でも、驚くくらい自然に。
「一人じゃ無理でもさ」
みんなが、僕を見る。
「僕たちがいるじゃないか」
一瞬の静寂。
「……は、はははっ!」
人間が笑った。
「そうだな。俺たちはパーティだ!」
ポンポンと、僕の肩を叩く。
「ふはははっ!言うじゃねぇか、チビ!」
ドワーフが豪快に笑う。
「……興味深いですね」
エルフが静かに頷く。
「ふふふ……すべては主の導き」
天使は、満足そうに微笑む。
獣人は、しばらく黙っていた。不意に、身体が震える。
「……くっ、くくく。ふはははっ!」
やがて、笑い始めた。
「おめぇは、いつもそうだ。ウジウジと迷っている俺が、バカみたいに思えてくる!」
僕は見上げて、獣人の顔を覗き込む。
「“くそ”みたい……ですか?」
虚を突かれた獣人は、乱暴に僕の頭を撫でる。
「……“くそ”じゃねぇ。悪くない気分だ!」
その目は、もう迷っていなかった。
◇◇◇
僕たちは、歩き出す。
同じ方向へ。同じ目的へ。
だけど……きっと、その意味は一人ひとり違う。
冒険者ギルドに背を向けた時、大きな音が鳴った。
それは、色とりどりの花火。
僕たちの門出を祝うように、空に打ち上がっている。
振り返るとパイモンさんやバルバトスさん、講師の皆さんが手を振っている。
もう、怖くなかった。一人じゃないから。
僕たちは、進む。自分たちで、選ぶために。
これは『勇者』の物語じゃない。
選び続ける、僕たちの物語だ。
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