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昔の私ではない

従者が呼びに来て、トリスタン様は次の用事のために退席された。

私も慌てて席を立ったが、飲みかけの紅茶をゆっくり飲むように言われた。


トリスタン様が去られ2人きりになると、しれっとした様子でご自分の手帳を眺めておられたマークス様が、口を開いた。


「なぜ謙遜した?」


何のことか分からずにいると、


「イチゴ大使とやらに、なれば良かっただろ」と顔を上げて仰った。


「トリスタン様にも申し上げたように、私には向いておりません。『リズ姫の初恋』は純情可憐な、可愛らしいイメージで売り出したいのです」


マークス様は怪訝そうに私を見た。


「そんなこと関係あるか? 公的な役割を得れば、その分トリスタンと行動を共にする機会が増える。以前のお前なら、我先にと食い付いてきただろうが。なんで今は違う」


なるほど。マークス様は以前の私を悪い意味でよく記憶されているため、私の変貌ぶりを訝しんでおられるのだ。


「マークス様、以前のわたくしというのがいつのことか存じませんが、幼い子供だったとお許し下さい。きっとわたくしも成長したのでしょう。身の程というものをわきまえるようになりましたの」


にっこり微笑んでみせたが、マークス様は納得のいかない顔をしている。

難しいお方だなー。どうせ私がイチゴ大使になったらなったで、嫌な顔をするくせにぃ。


「とにかく『リズ姫の初恋』をヒットさせたいんです。そのための最善を尽くしたい、目的はただそれだけです」


上手くいけば報奨金が多めに貰えるかもしれない、という下心がなくはないけど、とりあえずキリッとした顔で言っておいた。


かくして、『リズ姫の初恋』大使を選ぶためのミスコンが開催されることとなった。


「若い女性に限る」というのが、ジェンダーフリー運動が盛り上がりつつあった前世では、時代錯誤な感覚と捉えられるかもしれない。

「リズノール産苺を愛する者なら誰でも!」とか?

でもやっぱり、苺のネーミング時に重視したイメージに合わせて、甘酸っぱい青春が似合うような女性がいい。


ということで、美貌に自信のある若い女性を対象に、伯爵家から広くお触れを出していただいた。

どのくらいの応募があるのか皆目見当がつかない。

とりあえず一次選考日を指定して、領主様のお城に大集合してもらうことにした。


選考基準は、ぱっと見の容姿や雰囲気は勿論のこと、リズノール産苺への理解や愛情度、大使にかける意気込みなどの他、人柄を知るために、特技などを軽く披露してもらうことにした。


「クレアは本当に凄いね。的確な意見を次々と出してくれて、感心するばかりだ。まるでこの仕事を何年も仕切っている役人のようだ。頼りになるよ」


選考会に向けて打ち合わせをしていたトリスタン様が、キラッキラの笑顔で仰った。

嫌みや含み等なく、身分下の年少者の女をストレートに褒めてくださる、トリスタン様の品の良さと懐の深さが好きだ。


しかしそこまで褒めていただいては忍びない。「オーディションって大体こういうものでしょ」というのが、前世の一般人なら大抵何となくイメージを持っている。


審査員が数名並んでいて、応募者は順番に一人ずつ前に出て、簡単な自己紹介と自己アピールをする。短時間で次々と人数をこなすのが一次選考で、人数を絞った二次選考では、一人ひとりにもっと踏み込んで審査する。

大体そんな感じだろう。


トリスタン様との打ち合わせ(2人きりではなく、その他数人の関係者あり)を終えて帰宅すると、お母様が待っていらした。


「お帰りなさい、クレア。スティーブンが来てたのよ。長期出張から戻ったから、お土産をって。あまりゆっくりしてられないそうで、すぐに帰ったわよ。仕事が忙しいみたいね。ねえあなた、スティーブンに良い相手が見付かったって報告したのね。それってワイズさんのことよね? ふふっ何よ、嫌がってたのに乗り気じゃないの。考え直してくれたのね、嬉しいわぁ」


うっ、はっ、うっと、帰って来るなり3段攻撃を食らったようなダメージを受けた。

せっかくお兄ちゃまが来てくれたのにまた会えなかったタイミングの悪さと、パーシーとの縁談話……お母様ぬか喜びさせてごめんなさい、パーシーとは無理なんです!


けれど「良い人が見つかった」とお兄ちゃまに言って、お母様にも伝わってしまったからには、今ここですぐに否定はできない。

お見合いまでは乗り気のふりをして、当日の出会いを悪印象にして破談するしかない。


それよりも、スティーブンが出張から戻ったということは……サリーとはもう顔を合わせたのよね?

仕事中に皆の前で、というわけにはいかないだろうからタイミングが難しいと思うが、もう告白できたんだろうか。


気になるけど……知りたいような、知りたくないような……。

可愛い恋人ができたからといって、お兄ちゃまがうちにわざわざ報告しに来ることもないだろう。

結婚するとなったら、多分知らせが来るだろうけれど。


ウェディングドレスに身を包んだサリーと、腕を組んで微笑むスティーブンを想像して、胸が張り裂けそうになった。


嫌だ、そんなお兄ちゃまを見たくない。

嫌だ、隣は私がいい。

けれど、お兄ちゃまはサリーを選び、サリーもお兄ちゃまを選んだ。

相思相愛の2人が一緒になって、幸せになる。それが1番の幸せだもの。好きな人が好きな人と幸せになりますように。そう願うことしかできない。


嫌だ嫌だと駄々をこねるワガママ娘からの卒業だ。

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