親戚のお兄ちゃま
早速スティーブン宛に使いを出し、会う約束を取り付けた。
「君から呼び出しとは珍しいな。どういった用件かな」
急ぎの相談だとことづけていたため、仕事終わりに食事も取らずに私を訪ねてくれたスティーブンは、部屋で向かい合うなり単刀直入に尋ねた。
少し会わないうちにまた少し体つきが逞しくなったようだ。
警ら隊に入るまでは細身の優男という風貌だったが、訓練や実務で鍛えられたのだろう。精悍さが増している。相変わらず生真面目そうではあるけれど。
「来てくれてありがとう、スティーブン。恩に着るわ。相談というのはお父様のことなの……」
前世の記憶を取り戻しただのと、話しても到底信じてもらえないことは伏せて、お父様から聞いた『特別な儲け話』について、スティーブンへ話した。
「きっと詐欺よ。お父様は騙されてしまうわ。けれどお父様は聞く耳を持たず、すっかり乗り気のご様子。お父様へ投資話を持ちかけた方もきっと同じように騙されて、紹介料欲しさにどんどん被害者を増やそうとしている。この連鎖を止めなければ、被害額は莫大になり、破産者が増えるわ。そうなると領主様にとっても大きな痛手。税収が減りますから」
私の訴えを真面目な顔をしてじっと聞いていたスティーブンの瞳に、驚きの色が浮かんだ。意外なものを見たときの驚きだ。
「なるほど、話は分かった。しかし君が領主様の税収の心配までしているとは意外だな。話が思ったより大きくて。てっきり、もっと個人的な願いを叶えるために呼ばれたのだと……」
スティーブンの言うところの「個人的な願い」=ワガママだ。
まあ失礼な、とは思ったが、これまでの行いを省みれば納得だ。
4つ年下という強みもあり、幼女時代の私はあれこれ無理を言っては『スティーブンお兄ちゃま』を困らせていたのだから。
「お兄ちゃま、私ももう15。レディーになりましたのよ」
にこりと微笑んだ。
どうだこの必殺レディースマイル――この堅物をドキッとさせられる程の威力は、残念ながら無いようだ。
「そうか、君ももう15か……大人だな」としみじみと返された。
スティーブンの話では、私がお父様から聞いた『怪しい投資話』が詐欺であるとはまだ断定できないとのことだった。
「そもそも農作物が予期せず不作になることはよくあることだ。思ったより収穫高が少なくなったからといって、それを詐欺被害として訴えることが出来るかどうか」
「その予期せぬ不作を逃げ道にするために、投資対象が『農作物』なんだわ、きっと。そもそも最初から約束通りの生産をこなす気がないのよ。ちょろっとやっている体をして、見せかけだけ取り繕うわけよ。多額の投資金だけ搾取して。それは詐欺と言えるでしょう?」
「そうだな、それは詐欺だ」
至急調査をしてみるとスティーブンが約束してくれた。
まだ誰からの被害届けも出ていない、小娘の懸念の段階だ。公的には動けない。私人として動いてくれるそうだ。
詐欺だという確証が得られるまで、水面下で動いてくれるほうがこちらもありがたい。お父様を下手に刺激しないように。
「ありがとう、お兄ちゃま。本当に恩に着るわ」
「その、お兄ちゃまって呼び方はもうやめてくれ。それに礼には及ばない。もしこの話が本当に詐欺で、デイヴィー子爵が大変な被害を被れば、親戚一族も無関係ではない。俺たちの知らない間に、気付けば親戚中に更なる被害が広まっているかもしれないしな。そうなれば一族の悲劇だ。うちも気をつけるよ。知らせてくれてありがとう、クレア」
確かにスティーブンの言う通り、良い儲け話だと信じきったお父様が、こっそり親戚を勧誘する可能性もある。
注意してほしいと皆に伝えたいところだが、我が子爵家の家長が怪しい詐欺話に引っ掛かるようなおバカだと、周囲に言い触らすことは避けたいし。
お父様の威厳を傷つけず、被害が出る前に穏便に片を付けるのが最良だ。
「スティーブン、お父様のことをあまり具体的に話に出すのは……」
「ああ、分かってる。そこは上手くやるよ。心配ない」
にこりとも笑わないが、じっと目を見て真摯に答えてくれるスティーブンに、思わずドキッとした。