ウェストブルック家の客室にて
領主様のお城に着くと、マークス様は部屋付きの従者に私を託した。
従者に案内された部屋で、世話係のメイドを紹介された。メイドはマリアと名乗った。
「何なりとお申し付けくださいませ、クレア様。お夜食のご用意はもうじき出来ますので。お夜食を取られた後は湯浴みにご案内いたします。とりあえずのお着替えもこちらでご用意いたしますね」
「ありがとうございます。突然お邪魔して申し訳ございません」
「いえ、とんでもございません。ご遠慮なく」
ウェストブルック家のメイドはさすが上品で、たおやかだ。
うちのグローリアとは全然違う。
運ばれて来た夜食を頂き、促されるまま湯浴みして、用意された新品の寝間着に袖を通して、綺麗に整えられたベッドで眠りに着いた。
……けど、寝れない!
この半日で色んなことがありすぎて、脳が興奮状態だ。
マークス様は別れ際、「また明日、改めて。今日はもう疲れたろう、寝ろ」と素っ気なく仰っていたが、明日また問い詰められるのだろう。
スティーブンは今頃どうしているだろう。
乗り込んで来た私兵たちに、ちゃんと保護されただろうか。
マークス様は大丈夫だと仰ったけれど。
身柄を確保されて、マークス様のところへ引き渡されると仰っていた。
ということは、結局こちらで取り調べを受けるということだ。
何が目的で、あの会に参加していたのか。
スティーブンはただの一般領民ではない。領地の治安維持を仕事とする、警ら隊員なのだ。
犯罪を取り締まるべき者が犯罪パーティーに参加していたなんて、いくら会の主旨を知らなかったとは言え、許されないだろう。
知らなかったから仕方ない、では到底済まない。
ああどうしよう、とんでもない事態にスティーブンを巻き込んでしまった。
事の重大さを今さら噛みしめる。
現場では色んなことがありすぎて、驚きと興奮と恐怖で終始テンパっていたのだ。
場を離れ、こうして少し落ち着いてみると、ただただ後悔が募った。
危険が伴うかもしれないとスティーブンは心配していたのに、楽しそうだから連れて行けとワガママを通した結果がこれだ。
自宅の物置部屋の奥に押し込まれた、大きなクマのぬいぐるみの姿が脳裏をよぎった。
ああスティーブンお兄ちゃま、本当にごめんなさい。
お兄ちゃまが身を挺して、あの場から逃してくれたお陰で、私は……
呑気に夜食を食べて湯浴みをして、綺麗な寝間着に身を包み、ふかふかのベッドに埋まっている。スティーブンはきっともっと酷い状況下に置かれているというのに。
いや勿論この現状もそうだけど、何より……マークス様とキスしてしまったという、覆しようのない既成事実が胸に重くのしかかる。
思い返しては、発狂しそうになる。
ねえちょっとあれ、あれ何なの?
ああいうのアリ?
そりゃ、私が悪かったのかもしれない。
経験値0のくせに悪女ぶって、経験豊富ぶったのが自業自得だとは分かっている。
けどだからって合意もなくキスしちゃ駄目でしょう!
キスだけじゃない。結構触られたし。本当に怖かった。
伯爵令息だからイケメンだからって、強引に何しても良い訳じゃないですよね?
と本人に面と向かって言えないのが、あれだけど。
自業自得だもんね。うん、私が悪かったのだ。けどマークス様も決して良くはない。
けどまあ、見知らぬ仮面男――例えばあの変態仮面オジサンのことを思い出すと、マークス様だったから良かったとは思える。
気持ち悪いオジサンじゃなくて良かった。
マークス様は憧れのトリスタン様とそっくりだし。
ただあのときは、もっさりとした付け髭と野暮ったいカツラを着けていたため、王子様感は全然無かったけど。
せめて普段のお姿ならなあ……って違う違う、そうじゃない。そういう問題じゃない。
見た目がタイプなら許せるって発想は、結局イケメン無罪を肯定する。




