怪しい投資話
「お、お父様っ……」
「おお、クレア。どうした? そんなに息を切らせて慌てて」
お父様は今日も書斎にこもって仕事をしていると見せかけて、お酒の入ったグラス片手に1人チェスを指している。
基本的に煩わしい仕事はすべて部下任せなのだ。チェス仲間を呼んで、金銭を賭けた遊びに興じることも多い。
貴族の家長とはそういうものだ、と今までは漠然と思っていたけれど。
「つかぬことをお伺いしますが、最近持ちかけられた投資話はございませんか? 異国から輸入した物珍しい作物を育てよう、というような……」
「ん? 何でお前が知ってるんだ。あいつめ、私だけに特別に教える内緒の儲け話だと言っておったくせに、あちこちで話しておるのか」
「お父様、そのような話を真に受けていらっしゃいませんよね? 異国と我が土地では風土が異なります、簡単に育つとは思えません」
「いやいやクレア、我が土地で育てるのではない。異国で農園を共同出資で経営し、珍しい作物を育て、収穫高に応じて利益を配分してくれるとのことだ。最初にまとまった金を出せば、後は全て売り上げから賄え、面倒なことは何1つない。しかも、共同出資者を紹介して増やせば、貰える配分も増えるのだそうだ。悪い話ではあるまい」
いやいやいや、お父様。それ典型的なマルチ商法ですから!
前世を思い出さなければ、それは良い儲け話だわと私も感心しただろう。そもそも父親の成すことに関心を持たないままだったろう。
幸い、今の私は以前とは違う。この話を胡散臭いと判断できるほどには知恵がついたのだ。
「胡散臭い話ですわ。異国で農地経営。実際に出向いて目で見て確かめられない分、騙されやすいですわ。お金だけ取られて、他力任せの農園管理は杜撰という可能性もございます」
「心配するな。年に1度程度は現地視察に行くよ。作物の育ち具合をこの目で確かめて、収穫したてのものを食す。さぞ美味いだろうな。楽しい旅行だぞ。クレア、お前も連れて行ってやろう」
駄目だこれは。お父様は完全に鴨です。楽しい旅行気分の年1程度の視察じゃ、美味しいものを出されたらころっと騙されてしまう。
共同出資で黒毛和牛を育てましょうだの、輸出向けの高級果物を転売しましょうだの、やけにリターンのいい投資を募るだけ募って払えず倒産したところ、色々あったよね。前世で見たニュースだけど。
「それならお父様、わざわざ外国の珍しい作物でなくても、うちには苺がありますわ。粒が大きくて真っ赤で甘いと評判の。うちの苺をもっと推して、よそへどんどん売り出してはいかがでしょうか」
「苺か。確かにうちの苺は特別に美味い。だが作る時期も収穫量も限られておる。それに美味い苺の中でも特別に美味い苺は、王室への献上品。誠に名誉なことだ。それゆえ一般市場へは卸せん。値打ちが下がってしまうからな」
お父様はそう言い、私との会話を打ち切った。婦女子が男の仕事に口を出しすぎるのは好まれないのだ。
女は親や夫の決めたことを信じ、従えば良い。それが美徳とされている世界。
しかし部屋へ下がった私は闘志に燃えていた。
いい考えが浮かんだからだ。
苺だ。お父様の言うとおり、現状の苺生産は収穫時期にも収穫量にも限りがある。
前世の知識を活かせば、それを大幅に増やせるだろう。
とは言っても別に前世で苺農家だったわけではなく、苺狩りに行ったときに栽培の様子を見た程度の知識。
尋ねれば何でも教えてくれる、魔法の携帯機器もこの世界には存在しない。
苺狩りに行った程度の知識をこねくりまわして、紙に書き付けた。
翌日改めてお父様に見せてプレゼンしたが、お父様の心には響かなかった。
「どうして駄目ですの、お父様。このようにすれば収穫量も増え、収穫時期も延びると思うのですが」
「それだけ設備に金をかけては、元が取れんだろう。収穫量が増えると言ってもたかが知れてる」
「もっと苺を高く売れば良いのです」
「ただでさえ高級品だぞ。今以上高くすれば売れなくなる」
「そんなことはありません。王室への献上品の苺ですから、特別感をウリにすれば。うんと高くても、貴族や豪族はきっと欲しがります」
そうだ、見栄っ張りな貴族や豪族はプレミアに弱い。希少なものを手に入れられるという特別感。
それに王室献上品の苺は本当に美味しいのだ。私も滅多に食べられないが、頬っぺたが蕩けそうになる甘さと芳醇さ。
もっと多くの人に食べてほしい。
「あー、もう良い良い。どちみち苺生産は公益のもの、私の管轄ではないしな。今さらどれだけ苺の売り上げを増やそうが、私の手取りは増えん。それよりも異国の珍しい作物へ個人投資したほうが、よっぽどリターンがある」
「ばっ…」
危ない危ない、危うくお父様に暴言を吐いてしまうところだった。
「それはお父様、リズノール伯にご進言して、上手くいけば奨金を頂けるようになさっては……領地の収益が増え、納税が増えれば、役人への還元も増えますし」
「ええい、もう良い、小賢しいことを言うな。一体どうしたんだ、クレア。そんなに退屈なら、外へ遊びに出てたらどうだ。好きなものを買っておいで」
そう言ってお父様は金貨1枚を私に握らせた。