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<99>ヒロインと悪役令嬢の育ちが違い過ぎるようです

 寮に帰ったシャーロットは、自分の机の上にミカエルの字で「部屋で待ってる」と書いた置手紙があるのを見つけた。なんだ、つまんないの。シャーロットは口を尖らせて、ミカエルの字を指でなぞった。

「じゃ、その前にちょっとローズのところへ行ってこよう…。」

 リュートと話したことを思い出す。ローズは何を考えているんだろう。

 モスグリーン色の膝丈のニットワンピースに着替えて黒いタイツを履くと、シャーロットは部屋を出た。ミカエルにあげたマフラーの色を意識した格好だった。新学期が始まってからずっとミチルで過ごしたミカエルが、久しぶりにミカエルの部屋で待ってくれていた。


 ローズの部屋のドアをノックすると、ローズはすぐに出迎えてくれ、部屋の中に入れてくれた。相変わらず物も色彩も少ない部屋だった。長居をするつもりのないシャーロットはドアの前に立ったまま、ローズを見た。

 紺色の大きなセーターを着て黒いズボンを履いているローズは、椅子に座ると嬉しそうに立ったままのシャーロットを見上げた。おあいそでも椅子を勧めたりはしないのね、とシャーロットは思った。無駄なことはしたがらないローズらしい。

「姫様、お久しぶりですねえ。今年もよろしくお願いします。」

「ん? ああ、今年になって初めて会うんだっけ? そうね。いい年になるようにお互い頑張りましょうね。」

「前、姫様に来ていただいた時に出した姫様プレート、ななしやで新しくメニューに加えたんですが、すごい人気で助かってます。ちょこっとづついろんなものを食べるっていうのが評判がいいみたいで。」

「ローズ、ほんとに姫様プレートなんて名前にしたの?」

 しかも製品化するとは…!

「あったり前じゃないですか! 大人様プレートよりもかわいいでしょう?」

 どっちもどっちだと思うけどなーとシャーロットは思ったが黙っておく。

「ところで、私、ちゃんと勉強し始めてますよ?」

「勉強?」

「ええ、奨学金の条件が待ってますからね。今日、姫様が来てくださったのって、そういう話をするためじゃないんですか?」

 まったく違うわ、と言いかけて、シャーロットは深呼吸をした。にこにこ笑うローズをじっと見た。

「あのね、ローズ。最近怪我とかしなかった?」

 一応念のために、ローズに怪我の有無を尋ねた。

「うーん、ちょっと、腕の筋を痛めたくらいですね。いきなりトランクを振り回したから、ちょっと腕が上げ辛いってくらいで。」

 ローズは右肩を擦って、小さく笑った。

「たいしたことないですよ? 心配には及びません。」

「そう、何かあったの?」

 ある程度は知っていても、シャーロットは尋ねた。ローズの口から、ローズの見た世界を聞きたかった。

「寮に帰ってくる時、混雑してたんで、馬車寄せの手前で馬車を降りたんです。渋滞に巻き込んで、馬車の馭者のおっちゃんに迷惑をかけるのもなんだなーと思って。」

 ローズは照れたように笑った。

「私、体力には自信あるんで、トランクを持って走って突っ切ってたんですけど、誰かがどうしてなのか、腕を引っ張って私を邪魔してきたんです。こんなところで引っ張ったら危ないじゃないのって思って、トランクを振り回したら、トランクが飛んで行ってしまって。仕方ないからトランクを回収して、また走ったんですけど…、すっかり体のあちこちが痛くなっちゃいました。」

 へへっと舌を出して笑ったローズを見て、シャーロットは眩暈がするのを覚えた。どこから説明したらわかってもらえるのか悩ましい。

 冷静になろう冷静に…。シャーロットは、ローズに向き合った。

「馬車寄せの傍に、歩道があるよね? あそこを通らなかったの?」

「さっき言ったでしょう、姫様。混雑してたって。歩道を歩こうにも人だらけで大変だったんです。馬車も手前で降りちゃったから、遠回りになるし、仕方なかったんです。」

 仕方ないからって馬車が使う道をわざわざ歩いて横切るのかな。シャーロットは不思議に思った。

「あなたを引っ張った誰かがどうなったのかは、知ってるの?」

「さあ? これ以上邪魔されないうちにって思って、トランクを持って走って寮へ帰ってきましたし。騒いでる声も聞こえなかったから、どうってこと、ないんじゃないですか?」

 しれっと言い放ったローズの顔には、罪悪感やうしろめたさなど微塵も感じられなかった。

「私はいい迷惑ですよ。引っ張られて肩は痛いし、投げ飛ばしちゃったからトランクに傷は付いたし。もっと早くに寮に帰ってこればよかったって思いました。」

「そんな遅い時間だったの?」

「お昼ちょっと過ぎです。夕方には馬車が家に到着するようにって、兄上に言われたんです。」

 シャーロットが寮に帰ってきたのは夕方4時頃だった。他の学生達は、自分を寮に送り届けた後、馬車が帰宅するのが夕方になるように予定を組んでいたのだろう。シャーロットの家は何台か馬車があるので、一台が遅く帰ってきても特に支障がなく、誰かに何かを言われたことなどなかった。

「あのね、ローズ。歩道があるなら歩道を歩いてほしいの。あなたが怪我しなくても、あなたが馬車の道に飛び出して心配したり怪我する人はいるのよ。」

 ローズはうんざりとした表情になった。

「姫様、お説教ですか? 姫様はあの場にいなかったから、混雑なんて知らないでしょう?」

「そうね、知らないわ。私が寮に帰って来た時は、閑散としてたもの。でも、怪我とか、そういうのは嫌なの。」

 ローズは黙って、シャーロットを見つめた。

「体力に自信があるって言ったの、聞いてなかったんですか? 腕を引っ張ってきた邪魔が入らなかったら、もっと早くに道を渡れたのに。」

「そういう問題じゃないでしょう、ローズ。」

「姫様は、なにが言いたいんです? 私は肩を痛めてるんですよ? かわいそうだとは思いませんか?」

 シャーロットを睨むローズの顔は見たことがない表情で、シャーロットはこれが私の知ってるあのロータスのする顔なのかしらと悲しくなってきた。

「飛び出したあなたを避けようとして、馬車がどこかにぶつかったとしたら、あなたはそれでも私に、可哀そうだと思ってほしいの? あなたの代わりに誰かが怪我をしても、やっぱり、可哀そうだと言ってほしいの?」

 声を絞るように気持ちを伝えるシャーロットに、ローズは腹を立てているのか大きな声ではっきりと言った。

「馬車なんて傷ひとつついてなかったじゃないですか! 誰もそのことで何かを言ってこないし、誰かが巻き込まれたなんて聞いてません! 私一人が我慢して終わってる話なんです!」

 リュートが黙ってあなたを庇ったから、あなたを責めてないだけなの。シャーロットはそう言いかけて、息を呑んだ。

 ローズは怒りで顔を赤くしながら、泣いていた。

「わかってくれない姫様なんていらない…。勉強は一人でも頑張れます。奨学金を貰わないと、この学校にはいられないし、私は望まない結婚をしなくてはいけないんです。そんな惨めな境遇にだって、姫様はなったことがないでしょう? 」

「ローズ…。」

 睨みながら、ローズは怒鳴るように言った。

「姫様、もういいですから、この部屋を出てってください。」

 シャーロットが話そうとすると、ローズはクッションを投げつけ、唸るように怒鳴った。

「肩を痛めた私が、必死になってテスト勉強したって、姫様には関係ない話でしょう? 」

 立ち上がりドアを開いたローズが、顔を逸らしながら、シャーロットに「出て行って」と呟いた。

 俯いたまま部屋を出たシャーロットは、背中で閉まるドアの音を聞いた。

「それでも、友達でいたいのに…。」

 シャーロットは涙を拭うと、すぐ傍の階段を駆け上がった。今すぐにでも、ミカエルの顔が見たかった。


 少し開いたドアを閉めると、漏れ聞こえてきていた声を盗み聞きしていたエミリアとリリアンヌは、ゆっくりと息を吐いた。

「すごかったね…!」

「ローズが怒鳴ってたね、姫様に向かって!」

 壁がいくらしっかりしていても、ドアに向かって怒鳴れば声は廊下に漏れてしまう。隣の部屋ということもあり、ローズの声ははっきりと聞こえていた。

 ふるふると首を振って、リリアンヌは身震いをした。

「恐ろしすぎる…。私には無理…。公爵令嬢を怒鳴るとか…!」

 エミリアも頷く。

「やっぱりリュート様のケガの原因はローズなのね。ローズは自分も肩を痛めたって言ってたけど…、それって、リュート様が引っ張ったのが原因なら、もともとは自分が悪いんじゃないのかな。」

「混雑してる馬車の道を歩いて横切るとか、頭悪すぎなんだけど。ローズって、どういう育ちなんだろう。姫様もあんな馬鹿ほっといて、近寄らなければいいのに。」

「それね…!」

「なのに、友達でいたいって言ってたね、姫様。お人好しなんだね、きっと。姫様、純粋だから。」

「あー、守ってあげたいってマリエッタが言ってたの、わかる気がしてきた~!」

 チーム・フラッグスの実質的なリーダーはトミーだった。トミーの婚約者のマリエッタは身分こそ平民でも、国内有数の服飾の卸の商会を持つ裕福な商家の娘だった。下手な貴族よりも財力があった。エミリアとリリアンヌは、婚約者同士のつながりとしてマリエッタと親しくなっていた。

 二人は頷きあって、手を握った。

「だからエリック様は情報を集めてるのかもね。姫様を守るために。」

「私達も姫様を守るためにもっと情報を集めよ? ローズみたいな馬鹿がもっと寄ってきたら嫌だわ!」

「そこは大丈夫よ。私達の騎士様が変な奴は寄せ付けないはずだから。」

 エミリアとリリアンヌは頬を染めて、自分の婚約者を思った。

「私達の騎士様達は、かっこよすぎるものね…!」

 週末に出かける婚約者とのデートに胸を躍らせながら、二人はエリックに報告の手紙を書き始めた。


 涙を拭いながら階段を駆け上がったシャーロットがミカエルの部屋に向かって廊下を歩いていると、前から来た誰かにぶつかった。背が高くて黒いセーターを着た男子学生だった。

「シャーロットお姉さま、何で泣いてるんだ?」

 よろめいたシャーロットを抱き抱えるようにして捕まえたエリックは、シャーロットの腕を握って、慌てたように言った。

「あんたこそなんで、こんなところを歩いてるのよ。」

 エリックにしか聞こえないように小声で問うシャーロットに、エリックは困ったように言った。

「明日、出掛けるだろう? その時間を伝えに来たんだ。」

「…何時?」

「10時に寮の前で。お昼ご飯も一緒に食べよう?」

「コーヒー屋さんだけでいい…。」

「そんな顔してるのを見たら、そんな訳にはいかない。」

 エリックがシャーロットの濡れた顔を、白いズボンのポケットから出したハンカチで拭った。

「何かあったんだろ? 話してみろ。」

「いいたくない。」

「こっちに向かってるってことは、あの人のところへ行くんだろう? あの人には話せることなのか?」

 黙って頷いたシャーロットに、エリックは苛立つように言った。

「今話すか、明日話すか、の違いだぞ、お姉さま。」

「それでも、今話したくない。」

「わかった。」

 エリックは泣き止んだシャーロットの顔を見て言った。

「明日の10時。絶対来いよな、お姉さま。」

 そんな気分じゃないけど、シャーロットは頷いた。エリックの腕を振りほどいて、ミカエルの部屋へと急いだ。

 ミカエルはなんて言うだろう。ローズを可哀そうだと思えない私を、なんて思うんだろう。

 そう思うと、自分がとても悪いことをしているように思えてきて、自分は本当に悪役なんじゃないだろうかと、シャーロットは思った。

 ローズの話を聞いていて、リュートが可哀そうだと思った。そう思ってしまった自分は、なんて悪い人間なんだろう…。


 ミカエルの部屋のドアをノックしてから入ると、ソファアには、制服姿のクララ達侯爵令嬢4人組が座っていて、ミカエルと楽しそうに話をしていた。部屋の中には紅茶の香りと、チョコレートの甘い香りが漂っていた。

「シャーロット、今みんなで話が盛り上がっていたところなんだ。クララ嬢が持って来てくれたフォンダンショコラが美味しくって!」

 嬉しそうに微笑むミカエルにシャーロットはぺこりと頭を下げて、「また今度にするね」と背を向けて、部屋を出た。クララ達は以前、ローズを攻撃すると言っていたことがあった。それに、新しい婚約の話を聞いたばかりだった。

 自分の部屋へと帰りながら、シャーロットはどこか遠くへ行ってしまいたいと思った。あんなに会いたかったミカエルでさえ、今は会いたくないと思ってしまった。

 自然に足は、自分の部屋ではなくて廊下を進んで、男子寮のエリックの部屋へと向かっていた。

 兄弟だとお互いに部屋に入れるのだ。エリックの部屋をノックしてドアノブに手をかけると、くるりと回った。

「エリック、入るわよ?」

 シャーロットは中に入ってドアを閉めた。

 部屋には誰もいなった。以前ローズと入らせてもらった時以来のこの部屋は、相変わらず清潔でラベンダーのいい香りがした。

 エリックのなのかブルーノのなのかよく判らない椅子に座って、シャーロットはエリックが帰ってくるのを待った。

 ミカエルが嬉しそうに侯爵令嬢4人組とお茶をしている様子が思い出されて、シャーロットは悔しくて泣かないように目を閉じて俯いた。祖父は新しい婚約の話がクララ嬢とあると言っていた。ミカエルは何もないと言ってたのに、自分の部屋で楽しそうに彼女達と会っていた…。

「どうしたの? 泣いているの? シャーロット。」

 顔を上げると目の前にいたのは、シャワールームから入ってきたブルーノだった。腰に大きなバスタオルを巻きつけただけの格好に、シャーロットは目のやり場に困ってしまう。さすがに下に水着を履いているとは思えない。

「ブルーノ。」

「体を拭いてたから、出てこれなかった。」

 そういって、濡れた髪をもう一枚のタオルで乾かしながら、ブルーノはシャーロットを見つめた。

「泣いてたんだね、シャーロット。」

 シャーロットの頬を撫でる手は、しっとりとしていた。

「ブルーノは、今お風呂なの?」

「ああ、これね、さっきまで走りに行ってたんだ。リチャードに付き合ってもらって、寄宿学校の周りを走って来たんだ。」

「どうしたの? 突然。」

 ブルーノは口の端を上げて、小さく笑った。

「少しずつでも、もっと体力をつけてもっと賢くなって、君を守れる男になりたい。」

「前から体は鍛えていたでしょう? もっと頑張るの?」

 目の前の美丈夫のブルーノは、割れた腹筋の、筋力もあり逞しい体つきをしている。

「見かけだけで向こうが圧倒されるくらいにならないと、シュトルクがまた来ても、また負けてしまうだろう?」

 ブルーノはよほど悔しかったようだ。

「もちろん、今度の学年末テストでは今度こそ君に勝つよ。勝って君にご褒美を用意しないとね。前回は追いついたから、あと少しだ。」

 シャーロットの頬を撫でて、ブルーノはおでこにキスをした。

「で、どうして泣いていたんだい? 話して? シャーロット。」

 見上げたシャーロットが戸惑っていると、部屋のドアが開いて、エリックが入ってきた。

「ブルーノ、とりあえず、きちんと服を着て髪を乾かしてこい。お姉さまはそれまで俺と待つ。いいな?」

 小さくシャーロットが頷くと、ブルーノはしぶしぶシャワールームへ行って着替えた。

 エミリアとリリアンヌから情報を得て帰ってきたエリックは、泣いて目の赤い姉の顔を見て、ローズに対して腹が立ち始めた。姉の口から改めて話を聞いたらもっと腹が立つんだろうなと判っていても、何があったのかを聞いておきたいと思った。

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