<91>悪役令嬢は悩んでいるようです
シャーロットはシャワーを浴びて身綺麗にし薄化粧をすると、青紫色の膝下丈のカクテルドレスを着た。一応歓迎の立食パーティだし、一応私は貴族の娘だし、一応、持ってきた以上このドレスも着ておきたいし、と、一応言い訳をしながら支度を整える。
持ってきた3つあるトランクのひとつには、靴やバッグといった小物が入っていた。スズランの香水を吹きかける。ドレスと同じ青紫色の靴を履いて、青紫色のリボンで髪を肩のあたりでゆるくひとつにまとめる。し忘れたことはないか部屋の中を見渡して考える。
割り当てられた部屋には、板張りの上に若草色のラグがひかれていた。家具は茶色で統一されていて、ベッドカバーだけが白かった。ラグを見ながら、この国は草原や森がないように見えたから家の中に自分で作るんだわと思った。頭の中に船から見た島の様子を思い浮かべる。…いかんいかん。ずっとここで立っていてはいかん、シャーロットはふるふると首を振った。
白いハンドバックを手に部屋を出て鍵をかけているところに、エリックが白い麻のスーツ姿で部屋から出てきた。中に着ているシャツは青色だ。毎度のことながら好みが近い。
「エスコートしてやるよ、お姉さま。」
「そうね、ありがとう。」
シャーロットは優雅に微笑むと、エリックに手を重ねた。
ホテルから廊下でつながった別館の大広間で、歓迎の立食パーティが行われていた。この国の貴族や町の有力者が呼ばれているらしく、ペンタトニーク公夫妻とブルーノも出席するらしかった。
「ドレスと言ってもカクテルドレスなんだな。安心したよ、お姉さま。」
「もしかして、この前の新年の挨拶に来たみたいな、本格的なドレスを思い浮かべていたの?」
「ご明察。」
「さすがにお母さまも、夏の国にあのドレスは持たせないと思うわよ?」
「それもそうだ。」
シャーロットとエリックが笑いながら会場に入ると、すでにブルーノやペンタトニーク公夫妻が祖父や大勢の大人達と話をしていた。男性は誰もが日に焼けた肌に茶金髪に青緑色の瞳で、白い麻のスーツだった。夫人も淡いシャンパンイエロー色のカクテルドレス姿で、この国のドレスってカクテルドレスで正解なんだわとシャーロットは思った。ただ、夫人のドレスは太ももから腰にかけて両脇に大きなスリットが入っていた。
「シャーロットにエリック、お久しぶりね。」
夫人が嬉しそうに話し掛けてきた。シャーロットとエリックは丁寧に礼をして答える。
「お久しぶりです、公主様、公妃様。この度は素敵な経験をさせていただくことが出来て、とても嬉しいです。滞在する期間は短いですが、この国のことを少しでも多く学んで帰っていけたらと思います。」
シャーロットが微笑むと、エリックも小さく微笑んだ。
「ますますあなたは美しくなるわね。今日は何か見てきたのかしら?」
「ありがとうございます。今日は、街を少し探検しました。迷路のように、隠れた魅力を楽しむ街ですね。」
シャーロットの言葉に、ペンタトニーク公も微笑んだ。周りの大人達も笑顔になった。
「シャーロットは上手いことを言うね。沢山魅力を見つけてくれ。この街には古代遺跡と呼ばれる屋敷が何件かあるんだ。そこへ行くのも楽しいと思うよ?」
「屋敷なのに古代遺跡なのですか?」
「ああ、屋敷の地下が古代遺跡とつながっていて、地中深くの遺跡を巡るんだ。何件かある屋敷は地上に出るための出入り口なのだよ。」
素敵…、素敵すぎる…! シャーロットは想像の中の古代遺跡に、目を輝かせた。
「お姉さま、絶対一人で行くなよ? 絶対道に迷うからな?」
「エリック…、随分はっきり言うんだな。」
白い麻のスーツの袖を捲って着ているブルーノが、呆れたように言った。
「ブルーノが道案内してくれるなら行ってもいいけど、絶対俺と3人にしろよ? わかったな、お姉さま。」
「エリックは心配性だなあ!」
はーっはっはと祖父が大きな声で笑うと、周りにいた大人達も笑った。
「学生達も揃ったようだ、自己紹介をさせよう。皆の者、ここへ集まってくれ。」
祖父が手招きすると、会場のあちこちで既に食事を始めていたから学生達が集まってきた。
ジーナは黒い袖なしのロングワンピースを着ていた。ダニエルは白い麻のスーツで、アンドレアは白い袖なしのシャツに白いプリーツのスカートを履いていた。ヴァレントは白い麻のスーツの中に青い縦縞のシャツを着ていた。リュートとジョージとリチャードは白い麻のスーツの白いシャツを着ていた。
男子はみんな白い格好なのね…。シャーロットは面白味がないなと思いながら見ていた。まあ、大人もみんな男性は白い麻のスーツだった。
祖父が学生達を紹介し終わると、大人達も自己紹介を始めた。ペンタトニーク公に、この街の市長、調整官の官長、騎士団の団長、港の管理官の官長、基本学校の学校長…、と、肩書に長の付く人ばかりだった。あとは侯爵一人に伯爵が二人いた。
この街の大人達に私達の顔と名前を覚えさせて、有事に備えさせているのね。シャーロットも顔を覚えながら思った。私達に何かあったら大問題なんだろうなあ…、気をつけよう…。
「今日はどこかに出かけたのかい?」
ペンタトニーク公が集まった学生達に尋ねた。
すぐさまアンドレアが手を上げて答えた。
「街のお店で、買い物をしました。綺麗な髪飾りがあったので、お土産にしました。」
「この街はいろんな国から宝石が集まってくるから、土産には最適だろうな。他には?」
さっき話したしいいかなとシャーロットが黙っていると、夫人が尋ねた。
「何か、この国の言葉は覚えましたか?」
「ええ、レストランで教えて貰いました。ありがとうと、こんにちわです。」
ジーナが嬉しそうに答えた。
「ありがとうと、こんにちわね。他には?」
「さようなら。」
リュートが手を上げて答える。シャーロットは頷いた。
「さようならね。ジョージとリチャードは?」
「はい。」
「いいえ。」
二人が交互に言うと、夫人はおかしそうに微笑んだ。意味が判らないシャーロットはあとで誰かに聞こうと思った。
「シャーロットは何か覚えた?」
そんな事を言われてもなあ…。シャーロットは首を傾げながら答えた。あと知っているのは、ブルーノがプチ・プリンスを読んでくれた時、言っていたあの言葉ぐらいだった。
「君を愛している。」
夫人は目を見開き、大人達がどよめいた。
ん? 何か変なことを言ったのかしら?
「シャーロット、それは誰に言われたの?」
もしかして言ってはいけない言葉だったのかしら? シャーロットはブルーノをちらりと見上げた。ブルーノは珍しく頬を染めている。
夫人はペンタトニーク公を見て、ゆっくりと微笑んだ。
「ねえ、あなた。この子達に、私達の国の素晴らしいところを沢山見てもらいましょう。国に帰りたくなくなるくらいに。」
「そうだな。」
ペンタトニーク公が頷くと、周りの大人達も頷いていた。
様子を観ていた祖父が手を叩いて、「では皆の者、ゆっくりと食事を楽しんでくれ、明日は休養日、明後日から授業が始まるから、そのつもりで、」と言った。
シャーロットはエリックと連れ立って食事を始めた。立食パーティなので軽く摘まめるものばかりで、沢山いろんなものが見れて楽しいわとシャーロットは思った。
想像していたよりも、色鮮やかな魚と野菜の料理が多くて、港が近い分鮮度がいいんだわと思いながらシャーロットは食べていた。塩味がはっきりしていた。果物が種類が多くて盛り付けの彩が綺麗だった。
「さっきの言葉、なんだったのかしら。」
チーズを摘まんでクラッカーと重ねて食べながらシャーロットが呟くと、エリックが取り分けた魚をフォークでつつきながら言った。
「ブルーノが顔を赤くするような言葉で、お姉さまに言うような意味なんだとしたら、まあ、そういう感じなんだろう。」
それって、ほいほいと言ってはいけない言葉なんじゃないのかしら。シャーロットが顔を赤らめて黙ってしまった傍に、ブルーノが青い炭酸のようなドリンクを入れたカクテルグラスを手に近付いてきた。
「シャーロットがあんな言葉を覚えているなんて、思ってもみなかった。」
「不思議な音の響きだったから、覚えていただけよ?」
「君が賢いのを忘れていた。」
ニヤリと笑うと、くいっとカクテルを飲んだブルーノを見て、シャーロットは眉間に皺を寄せた。また手掴みで食べ始めるつもりなのかしら。
「私は、道具を使って食事出来ない人とは、結婚は出来ないわ。」
はなからブルーノと結婚する気もないのに、シャーロットはここぞとばかりに釘を刺した。ブルーノはお酒を飲むと手掴みで食べたくなる人だ、こう言っておけば、この先完全に結婚する可能性など無いだろう。そう思った。
エリックはシャーロットを面白そうに見つめていた。
「シャーロットがそう言うなら、手掴みはやめるよ。」
ブルーノはそう言って、また飲んだ。
「君が結婚してくれるなら、そんなのは簡単に切り替えていけるよ。」
「そうそう治らないと思うわ。」
シャーロットは静かに微笑んだ。私が少しでもお酒を飲んだらすぐに酔ってしまうのと同じよ、きっと。そう思った。
エリックとシャーロットが食事を終わった頃には、ブルーノは手で魚を摘まんで食べていた。
「ほらね?」
シャーロットが微笑むと、目元を赤らめたブルーノは言った。
「君に食べさせなかっただけ、今日は我慢できたんだ。少しずつ、どうにでもなるさ。」
パーティがお開きになり、エリックと部屋へ帰ろうとしたシャーロットは、大広間の壁側に並べられたソファアに、身を投げ出すようにして座って眠っているブルーノを見つけた。
「お姉さまが意地悪を言うから、酔いも早く回ったんだろう?」
エリックが小さく言った。
「治せる癖なら治した方がいいと思うわ。この人はこの国の王様になる人だもの。この先もずっと、お酒を飲む機会が増えていくのよ?」
シャーロットは眠っているブルーノの頬を指でつついた。
「この人はいい人だと思うの。だから、お酒なんかに負けないでほしいの。」
「お酒に弱いお姉さまが言っても滑稽だな。」
エリックはそう言って、シャーロットの手を取ると歩き出した。
「明日はどこに行こうか、お姉さま。」
「そうね、遺跡に早速行ってみたいな。」
シャーロットはエリックを見て、目を輝かせて微笑んだ。
翌日、ホテルで朝食を済ませレストランを出ようとしたシャーロットとエリックに、ジーナが近付いてきた。今日のジーナは水色のシャツに黒色の膝下丈のスカートを履いていた。
「シャーロット嬢、今日はどこかに行く? よかったら一緒に街に行かない?」
シャーロットはエリックと顔を見合わせた。レースが襟や袖口にふんだんにあしらわれた膝丈の白い上質な素材のワンピースを着たシャーロットは、今日は後ろで髪を一つに纏めて白いリボンで括っていた。
「私も街に行くつもりです。エリックと遺跡の探検に行こうと思っているの。」
「街に遺跡があるの? 一緒に行ってもいい?」
「エリック、いいわよね? ペンタトニーク公が昨日教えてくださったの。街の中の屋敷の何件かが地下の遺跡とつながっているって。」
「凄いわね! 行ってみたいわ!」
ジーナの興奮した声に、近くのテーブルにいたジョージとリチャードも手を挙げた。二人はお揃いの黒い半袖シャツにカーキ色の短パンを履いて寛いだ格好をしている。
「俺達も一緒に行ってもいいか? シャーロット嬢。」
「ええ、エリック、構わないでしょ?」
「お姉さまの好きにしてくれ。」
「じゃあ、9時にホテルの入り口で待ち合わせにしましょう。」
シャーロットが提案すると、誰もが頷いた。
「僕も一緒に構わないか?」
通りかかったヴァレントが言う。白い半そでシャツに茶褐色のズボンを履いたヴァレントは、これから食事し始めるようだ。
「ええ、どうぞ。」
シャーロットが微笑むと、参加が決まった。
「お姉さま、いきなりこれじゃ、全員で出かけた方がいいんじゃないか? リュートやブルーノも誘おうか?」
「そうね、頼んでもいい?」
「わかった。」
エリックはリュートの席の方へ行った。
シャーロットはエリックを待ちながら、ダニエルとアンドレアの名前は出てこなかったなと気がついた。エリックは気を使ったのかな?
ブルーノとリュートも入れた8人は、待ち合わせたホテルの前で落ち合うと、街の中へと坂を下って歩いていった。ホテルの受付にいた従業員にエリックが場所を尋ねると、遺跡につながる屋敷の位置を書いた地図を書いてくれたのだ。その地図を手に騎士団の詰め所を探すことになった。そこのすぐ近くに屋敷があるらしかった。
日差しが照り付けるので日傘を差して歩くシャーロットに、ブルーノが近寄ってきた。ブルーノは白い半そでシャツに白い半ズボンを履いていた。少し日に焼けた肌が白色で引き立つ。
「昨日言ったこと、覚えてる?」
「なにかしら? 沢山言ったわ。」
「重要なことは一つしか言ってないよ?」
「そうだっけ?」
「そう。僕は決めたから。」
「なにを?」
「お酒との付き合い方を考える。」
「そう…。いいんじゃないかな?」
シャーロットは視線を逸らした。だからと言ってどうしたらいいのか、シャーロットにも判らない。
「ブルーノのお父さまやお母さまは知ってるの? あの癖。」
「バレてないと思う。」
「そう。それは…、このまま隠していくの?」
「今夜にでもきちんと話して、知恵を貸してもらう。」
「それが一番いいのかもね?」
「シャーロット、覚えておいてね。僕は覚えておくから。」
無言でシャーロットはブルーノを見つめた。
出来ないとは言ったけれど、するとは言ってないんだけどな。そう、シャーロットは思った。シャーロットはミカエルと結婚するつもりなのだから。
ありがとうございました




