<90>エリックルートかと思いきやリュートルートなのかしら?
船は一度港に補給に寄港して、その後、針路を南に取った。シャーロットはリュートと共に部屋にいて、祖父に借りた海図を見ていた。
ブルーノは当たり前のようにシャーロット達の部屋にいて、当たり前のようにソファアで寛いでいる。
シャーロットは、エリックとブルーノが静かに本を読んでいるのが意外に思えていた。二人揃うと煩い印象があった。
でも、話しかけたりはしない。海図を見ながら見知らぬ街を思い描く。
小さな丸い窓から見える空と海しか見えない景色をたまに眺めながら海図を見ているシャーロットを、ブルーノがこっそりと見つめているのには気がついていなかった。
エリックは二人の様子を観察しながら、静かに本を読むふりをしていた。頭の中は対策と計画を考えていた。
船は予定通りに順調に波間を進んでいく。
ペンタトニーク公の国は小さな島国で、勾配に添って家が立ち並んでいた。どの建物も白塗りの壁で屋根も白い家が多かった。路地はいつの間にか階段になっているような、坂の多い街だった。
港に船が到着したのはもうじき正午かという時間で、真冬だと言うのに熱い太陽に照らされて、シャーロットは着ていた白いジャケットを脱いだ。よたよたとふらつきながら自力で3つのトランクを持って下船したシャーロットは、先に歩き出した学生達の後ろ姿を見送りながら立ち止まる。出遅れた感がするわねと思いながらブラウスの袖を捲っていると、エリックがシャーロットのトランクを二つも持って先に歩いていってしまう。
「待って、エリック、」
ひとつの方がかえって持ちにくいのよと勝手なことを思いながら、シャーロットはトランクを持ってエリックを追いかけた。エリックは4つもトランクを持っているというのに、追いかけてくるシャーロットに気がつくと早歩きで坂を上って行ってしまう。
息を切らしながらエリックに追いついたのは、丘の中腹にあるホテルの入り口だった。3階建ての白いホテルの前の広場にある池の噴水が涼しげに水を噴き上げていた。その傍で、祖父と学生達がトランクを持って立って並んでいた。みんなペンタトニークとブルーノの説明を聞きながら丘の上を見上げていた。シャーロットも丘の頂上を見上げれば、大きな公主邸があって隣には大きな温室も見えた。
エリックとシャーロットが揃ったのに気がついたブルーノが、話を変えた。
「僕の国にようこそ。今日からこのホテルから学校には通ってもらう。今日の昼食は各自で取ってくれ。おすすめはこのホテルのレストランだよ。みんな、言葉がわからないだろ? このホテルはこの国で一番のホテルなんだ。従業員はたいていの国の言葉を理解出来るから安心してほしい。そうそう、部屋割りは勝手に決めさせてもらった。」
ブルーノがホテルの見取り図を書いてある紙に名前を記入して割り振り、聞き取れない言葉で何かをいいながら、白い半そでシャツに灰色の半ズボンを履いたホテルの従業員に指示を出している。従業員達はブルーノの言いつけ通りに部屋の鍵を生徒に渡していった。
シャーロットもにっこり笑った従業員の男性に、鍵を貰った。鍵に付いたキーホルダーの白い貝殻には、2と書いてあった。
隣に立っていたエリックの鍵の貝殻は4だった。どういう順番の部屋割りなのかしらとシャーロットは首を傾げた。
近くにいたリュートに鍵を見せると、リュートは1だった。シャーロットとリュートの傍に他の学生達が寄ってきて、それぞれ鍵を見せ合った。ダニエルが3、アンドレアが6、リチャードが7、ジーナが8、ジョージが5、ヴァレントが7…。どういう部屋の配置なのだろう。
ブルーノが何かを言うと、従業員達が荷物を持ってくれて、3階建てのホテルの方を指差してにっこりと笑った。
「ついて来いってことなのかしら?」
シャーロットが呟くと、エリックが「そうだろうな」と言った。
「お姉さまの荷物は重いな。お母さまは何を詰めたんだろうな。」
「ドレスよ…。ドレスが入っているの…。」
「どこで着るんだ? こんなに暑い国なのに。うちの領地でだって夏のパーティは水着だろ?」
「水着もしっかり持って来てるわ…。」
シャーロットは項垂れて歩いた。前を行く従業員が階段を上がるので、ついて上がる。3階まで登って行くようだった。
「肝心の帽子や日傘は持たせてくれなかったの…。」
「向こうは冬だからな。冬の感覚で荷造りしたんだろうな。」
「エリックは何を詰めてもらったのか知ってるの?」
「ああ、知ってて、お姉さまの荷作りにお母さまが意識を取られているうちに入れ替えた。」
にやりと笑ったエリックに、シャーロットは恨めしい気分になる。
「私の服、ほとんどがお母さまの好みなの…。」
「公爵家の娘らしくしろっていう、親心じゃないのか?」
エリックがニヤニヤとしているうちに、部屋の前まで来た。階段を挟んで廊下の西側に奇数の部屋が並んでいて、偶数の部屋は東側だった。南向きの部屋ばかりで、北向きの部屋はなかった。北側は山手だからだわ、とシャーロットは外の景色を思い出した。
3階には全部で18の部屋があった。両端から小さい数から並んでいるようだった。
「わかりにくいわね、間違えそう。」
アンドレアが言うと、ジーナも頷いた。
リュートは自分の持つ1の鍵を見て、シャーロットの持つ2の鍵を見た。
「ま、そういうことだ、」とエリックはリュートの肩を叩いた。
無言で鍵を見ているリュートに、食事の話を思い出しながらシャーロットは尋ねた。
「ねえ、リュート、お昼ご飯、どうしよっか?」
エリックと食べるよりはリュートの方がいい。
「そうだね、下で待ち合わせて、街へ行こうか? 私は学校までの道を確認してみたいんだ。」
こんなところに来てもリュートはやっぱり真面目ね、とシャーロットは思った。昨日祖父が配った行程表には島の地図がざっくりと書いてあった。シャーロットは明日の朝、学校に行きながらのんびり学校を探せばいいと思っていた。
「わかったわ。ホテルの入り口に行くわ。」
シャーロットが「またね、」と手を振ると、ほっとしたようにリュートも手を振って自分の部屋へ去って行った。
シャーロットが自分の荷物を持って部屋へ行こうとすると、横からエリックがシャーロットから鍵をひったくって、自分の部屋へと入って行った。
「お姉さま、あとで俺の部屋に来いよ? 出かけるなら鍵返してほしいだろ?」
一度鍵をかけずに部屋を出ろってことかしら。イラっとしつつシャーロットは自分の部屋にとりあえず荷物を置きに行った。
持ってきたマリライクスのクマリュックにお財布を入れて背負うと、部屋を出てエリックの部屋へ行った。貴重品の管理をエリックはどう考えているんだろう。
ノックをせずに無言で部屋にそっと入ると、テーブルの上に置かれた鍵を見つけたシャーロットは、背を向けて着替えているエリックを無視して、黙ったまま鍵を手に部屋を出た。
「おい、シャーロット、」
エリックが名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、シャーロットは聞こえないふりをして自分の部屋へと戻り、鍵をかけた。少しの間でも鍵をかけずに部屋を出なければいけなかった事が腹立たしい。
階段を下りていると、エリックが追いかけてきた。
「待てよシャーロット、謝るから、こっちを向けって。」
「向かない。謝らなくていい。話したくない。」
シャーロットはエリックを無視して階段を駆け下りる。
「悪かったって。悪ふざけが過ぎて悪かった。」
追いついたエリックはシャーロットの腕を掴んだ。エリックは黒い半袖のシャツに白い半袖のズボンに履き替えている。
「今度ああいうことやったら、二度と口きかないわよ?」
「わかった。リュートと一緒に出かけてほしくなかっただけなんだ。」
「どうしてそういうことを思うの?」
シャーロットが1階と2階の間の踊り場で立ち止まると、エリックも立ち止まった。
「お姉さまと話がしたかっただけなんだ。」
「話しなんていつでもできたでしょう?」
エリックはシャーロットの顔をじっと見て、小さな声でシャーロットに囁いた。
「お姉さまをブルーノからもリュートからも、この旅行では守る。」
「どういうこと?」
「婚約者を改めて選定しなおすつもりらしい。」
父か母が何か余計なことをエリックに吹き込んだんだろうなと、シャーロットは思った。
「だから、リュートと二人で出かけてほしくはない。」
シャーロットはエリックを睨むと、小さく言った。
「だからってあなたとブルーノとリュートの4人で出かける気はないわよ?」
「わかってる。リュートとそういう関係にならないでいてくれるなら、二人で出かけても構わない。俺がブルーノを抑える。」
「ブルーノの方が気になるのね?」
「ああ、そうとも言える。」
エリックは口の端を少し上げて言った。「リュートの方がましとも言える。」
「わかった。あなたが気になるような関係じゃないから、安心していいわ。私は婚約破棄される気はないもの。」
シャーロットはエリックから身を離すと、手を振って微笑んだ。
「じゃあね、行ってくるから。あとはよろしくね、エリック。」
「わかった。あとは任された。」
安心したような表情で、エリックも手を振った。
ホテルの入り口まで行くと、リュートが待っていた。リュートは青いシャツの袖を捲って、肩から茶色いショルダーバックを掛けていた。
「シャーロット、行こうか?」
ホテルを出ると、日差しが暑い。これは日傘がいるわね…とシャーロットは思った。
「日傘が欲しいわ。どこかで買って帰りたいの。」
リュートを見上げると、シュートは優しく微笑んだ。
「昼食を食べたら、どこか見に行こう。その後、学校を探す探検をしよう。」
「そうね。」
シャーロットが微笑むと、リュートはシャーロットの手を包み込むようにして握った。
「坂の下の方に店が並んでいたのを、来るときに見たんだ。まずはそこを目指そう。」
二人が歩き出した後姿を、ダニエルとアンドレアが見ていた。二人も街へ出て食べ歩きをするつもりだった。
「あの二人、意外だわ。」
「そうだね、シャーロット嬢はブルーノ様とそういう関係なのかと思ってたね。」
「なんだかおもしろくなってきたわね。」
アンドレアが小さく笑うと、ダニエルは苦笑いをした。
坂を下っていくと、ぽつぽつと店が増え始め、港の近くに店が立ち並んでいるのを見つけた。街の大通りなのか人の行き来が激しく、西側に曲がって歩くと、市場のように品物に溢れ活気に満ちていた。
「ねえ、もしかして、ここはレストランじゃなくて材料を買う場所なんじゃないかしら?」
シャーロットは店先に並ぶ商品を見ながらリュートに声をかけた。
「中央市場とは違うね。」
「そうね、買い食いは無理そうね。」
シャーロットはくすくすと笑った。
「リュートはなんでも食べられそうだものね、もっと探しましょうか、そういうところ。」
リュートは苦笑いした。
「いろんなものを買って、シャーロットに一口ずつでもあげれば、シャーロットはいろんなものが食べれるよ。」
「そうね、ありがとう、リュート。」
そういうのもありかもね、とシャーロットは思った。
「そうと決まれば、店を見て歩こう。お金が使えるのか聞いてみようか。」
お金が使えない可能性など、シャーロットは全く頭になかった。
「そう言われてみれば、そうね。お金をこの国のお金と交換して使うのなら、両替所を探すのかしら?」
「両替…、シャーロットの家の領地は港を持ってるよね? 両替所ってあるの?」
シャーロットは首を傾げた。
「ええ…、確か、天秤の絵が付いた旗が目印だわ。うちの領地のだと、看板ではなくて旗なの。旗がないと目立たない建物なのよね。」
「理由は知ってる?」
「看板だと目立ちすぎるからなんだって。時間になったら旗をつけて、時間を過ぎたら旗をしまうの。お金が集まるところだから用心のためだって、おじいさまが言ってたわ。」
「じゃあ、天秤の絵の付いた旗を探そう。おそらくどの国も同じ理由で看板じゃないと思う。」
リュートとシャーロットがきょろきょろしながら歩いていると、小さい窓の石造りの頑丈な家の前に、緑色の小さな旗が立っていた。緑色の旗にはコインとコインが水平を保っている天秤の絵が描いてあった。
「本当に目立たない、普通の家みたいだな。」
リュートはシャーロットを連れて、重くて頑丈なドアを押して入った。窓口で並んで待つと、すぐにシャーロット達の番になった。窓口のおばちゃんは日に焼けて健康そうな肌色で、白髪交じりの茶髪で優しく微笑んだ。
「このお金は使えますか? 両替した方がいいですか?」
リュートがお財布から紙幣を一枚取り出して尋ねると、言葉が通じたようで、緑色のエプロンをつけたおばちゃんは「はい、使えますよ?」と言った。
「この国は船乗りの街です。近隣の国の通貨はどこでも使えます。ただ、お金の価値が国によって違います。基本のレート表はこちらになります。無料で配っているので、差し上げますね。」
リュートとシャーロットに一枚ずつ渡してくれる。シャーロット達の国の一番少額の紙幣は、この国の額面の数字が同じ紙幣の、約2倍の価値があった。
「教えて貰ってよかったね、リュート。」
シャーロットが小声で囁くと、リュートも頷いた。
「言葉は通じますか?」
「ええ、文字は書けませんが、たいていの者は3か国語を理解できます。私も、文字を読めませんし書けませんが、あなたと話す言葉の意味は理解できます。」
そういうもんなのねー、とシャーロットは感心していた。
「ご主人様と奥様はどこへお泊りですか?」
ん? ご主人? 奥様?
シャーロットはリュートと顔を見合わせた。
「私達は結婚していません。研修旅行で学びに来た学生です。坂の中程にあるホテルに滞在しています。」
シャーロットが微笑んで説明すると、おばちゃんは理解したように頷いた。
「ペンタトニーク様のお客様ですね。理解しました。あなた達の様な学生のお客様は珍しいですから、すぐに街の人間は理解するでしょう。お困りごとが出来たら、緑の帽子を被った緑色のシャツの男性を探してください。この国の調整官です。言葉も武芸にも優れていて街の治安を守っています。」
「わかりました。ありがとうございます。」
二人が丁寧にお辞儀をすると、おばちゃんは微笑んで言った。
「この国を少しでも好きになって帰っていただければ幸いです。イェッキ・ヨージボーク!」
「いえっきよーじぼーく?」
「どういたしましてって意味です。」
「あの…、ありがとうって何て言うんですか? さようならも教えてほしいです。」
上目遣いに、シャーロットが尋ねた。
「グラッツィイ! です。インセリムレック!」
おばちゃんは言いながら手を振った。
リュートと目を合わせると、シャーロットは微笑みながら、リュートと声を合わせて言った。
「グラッツィイ! インセリムレック!」
おばちゃんは頭の上で手を繋いで丸を作って微笑んだ。
二人は両替所を出て顔を見合せてにっこり笑った。
「親切な人だったわね。グラッツィイ! って言ってお金を渡せば何とかなりそうね。」
「そうだな、さっそく買ってみようか。」
リュートが指差したのは、パン屋だった。窓に赤い日除けがついていて、ふくよかな男性と女性の店員がにこにことパンを売っている様子が見てとれた。
カランコロンとドアベルを鳴らしながら店に入ると、大きく硬そうなパンがたくさん並んでいた。見たことがある形のパンが並んでいない。この状態から味を想像するのは難しいわね、とシャーロットは思った。
棚をよく見るとサンドイッチがいくつか並んでいた。
「これ、リュートがよく食べてたのに似てるね。」
チーム・屋上の学生達が食べていた分厚いバゲットのサンドイッチに、雰囲気が似ていた。中に挟んであるのが、肉ではなく魚のフライとタルタルソースだった。
「これ、美味しそうだわ。私、これにするわ。」
シャーロットが指差すと、ふくよかな男性店員が頷きながら紙にサンドイッチを包んでくれた。リュートも指で2とVサインして、サンドイッチを二つ包んで貰った。
さっきおばちゃんに教えて貰ったように値札の半分の額の紙幣を出すと、女性店員が笑顔で頷いた。「これで正解だったんだわ、」とシャーロットが呟くと、リュートが「そうだね、」と頷いた。
リュートは二つだったので、値札通りの紙幣を出した。女性店員は頷いて受け取ってくれ、サンドイッチ3つを紙袋に入れてくれた。
「グラッツィイ!」
シャーロットとリュートが二人でそう言うと、女性店員も「グラッツィイ!」と微笑んでくれた。
「良かった、初めてのお買い物は成功だわ。」
店を出た二人は、初めての買い物の成功に興奮していた。
飲み物を売る店で紙パックの飲み物を買うと、シャーロットとリュートは路地の階段に並んで座った。黒い猫が二人の傍を通り抜けていく。坂のどこかから、子供たちが遊ぶ声が聞こえてくる。
「こんなところでお昼なんて、旅行って感じね。」
「そうだね、屋上よりもひどいな。ごめんな、シャーロット。」
「ううん、楽しいからいいわ。」
包んで貰った紙を綺麗にはがして、サンドイッチを食べる。パンは香ばしくて、白身魚は癖が無くてシャーロットの知らない味だと思った。レモンに似たハーブの香りがしていた。
紙パックのカフェオレは、見たことのない字面が並んでいる。カフェオレに似た綴りの文字でカフェオレだと判断して買ったので、口に含むまでドキドキしていた。
「良かった、これ、カフェオレだわ。」
「私のも、ちゃんと紅茶だったよ?」
リュートは微笑んで、シャーロットを見た。
「美味しいね、リュート。なかなかない味ね。」
「ああ、この国の味だね。」
シャーロットがひとつ食べている間に、リュートは二つ目を食べていた。この味付けにリュートは塩胡椒いらなかったのねと、シャーロットは少し安心していた。
食べ終えた二人はゴミを袋に纏めて、路地を出て街を歩き出した。
「ゴミってどこに捨てるんだろう? リュート、どこかで見た? 」
「こういう街には、必ずごみ箱があると思うけど…? 」
歩きながら探していると、先に日傘や帽子の店を見つけてしまったシャーロットは、リュートに指差して一緒に店の中に入った。
帽子は子供用の帽子しか並んでいなかった。諦めて日傘を選ぶ。シャーロットは水色の地に白い花柄模様の日傘を選ぼうとしていたのに、店員とリュートがしきりに白いフリルだらけの大きな日傘を勧めてきた。店員の若い女性は、リュートが言う言葉にいちいち大きく頷いて同意するのである。
シャーロットは結局勧められるまま白いフリルだらけの大きな日傘を買って、リュートと店を出た。店員に「グラッツィイ!」と言うと、嬉しそうに微笑んでくれたので満足することにした。
さっそく日傘を差すと、シャーロットは安心して歩き出した。これでリュートとは手を繋がなくてすむね、と思っていた。リュートは手持無沙汰なのか、紙袋を片手で振って歩いていた。
「さて、学校を探しに行きますか?」
日傘をくるくる回してシャーロットがリュートを見上げると、リュートはカバンの中から地図を取り出した。
「この坂のここを目指して歩くよ?」
広げた地図を見ても、すでにシャーロットは自分の現在地が判らなかった。なんとなく、学校はホテルと公主邸の間ぐらいにあるのだろうということは判った。
「ここがどこかわからないわ…。リュートは判るの?」
「まあ、だいたい。連れて行ってあげるからついておいで、シャーロット。」
「リュートは凄いのね。」
シャーロットが言うと、リュートは微笑んで歩き出した。一番最初に上った坂道まで戻り、坂道をホテルの上まで少し歩いた。白い石畳の階段の道が家の間にいくつも走っている。この国は雨が降ると階段の上から下まで流れていくのねと、シャーロットは思った。
少し細い道を曲がり階段を上っていくと、学校が見えた。こじんまりした建物が二つ並んで立っていた。校庭には子供達が遊んでいる。
「この国で言う、基本学校みたいなところなんだろうな。」
リュートがぽつりと言った。
「私、基本学校へ通った事がないから、よく判らないわ。」
「そうか、シャーロットはお城で学んでいたんだったね。」
「ええ、同じ年の子供に会ったことがなかったわ。寄宿学校へ行ってみて初めて、いろんな人に出会ったの。」
そう考えると、入学してから随分友達が増えた。違う学年の生徒との繋がりもある。いつの間にか数えきれない程の人との世界になっていた。隣にはいつもミカエルがいた。ミカエルの笑った顔を思い出して、シャーロットは瞳を閉じた。
「シャーロットが基本学校へ来ていたら、私と婚約していたかもしれないね。」
「そう? それでもしていなかったかもよ?」
それでもミカエルを見つけただろう。
「私がそうさせていたと思うよ?」
リュートはそう言って微笑んだ。
二人がホテルまで帰ってくると、もう夕焼けが始まっていた。太陽が海に沈んでいく。シャーロットが日傘を閉じて暮れていく空を眺めていると、リュートがそっと、耳に囁いた。
「いつかまたこの国にこよう、シャーロット。今度は、ご主人様と、奥様で。」
シャーロットがリュートを見上げると、リュートはシャーロットの顔を撫でて、「またね、シャーロット、ごみは捨てておくよ、」と先に行ってしまった。
リュートって、あんなことを言う人だったっけ? シャーロットはあっけにとられて後ろ姿を見送っていた。
はじまっていく夕闇に、ふと我に返る。
「いけない、着替えて支度しないと。」
シャーロットも慌ててホテルの中に帰った。
ありがとうございました




