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<87>悪役令嬢は改まって思いを伝えてみるようです

 年が明けて、シャーロットは朝から美容担当の侍女達に捕まって磨き上げられるとコルセットを締められ薄化粧をされ、この日の為に作った昔ながらの布の多い型の薄紫色のレースだらけのドレスを着させられた。結い上げた髪には桃色や白色の花飾りを結い込まれる。仕上げにスズランの香水を吹きかけて貰って、侍女達にバッフルを膨らませて貰っていると、父と母が様子を見に部屋へ入ってきた。

「もう支度は出来たかしら? シャーロット。」

「ええ、もう大丈夫だと思います。」

 侍女達も無言で頷いている。これからお城に新年の挨拶に家族で向かうのだ。久しぶりに会うミカエルに、シャーロットは胸がときめいていた。あれだけさんざん愛の詩集を聞かされたのに、記憶にさーっぱり残っていなかったけれど、眺めていたミカエルの横顔だけは思い出せた。

 シャーロットは侍女達に礼を言うと、落ち着いた赤紫色のドレスの母と漆黒のタキシードで正装している父と部屋を出て、馬車の前ですでに待機していた黒いタキシード姿のエリックと馬車に乗り込んだ。


 お城での国王への新年の挨拶は、公爵や侯爵といった上級貴族しか行わない行事だった。この国には公爵家は30前後あって、侯爵家は50程ある。その中でも途絶えかけている家や名ばかりの家もあるので、実際に集まる家はそんなにはいない。広間に順番に訪れる貴族に挨拶するだけでも王族は一日がかりの仕事になるので、ミカエルと話せる時間なんてないよねとシャーロットは思いながら自分達の順番が来るのを待った。

 順番を待つ待合室は公爵家用と侯爵家用の二部屋あって、どちらの広間も着飾った貴族達で華やいでいた。公爵家用の待合の広間に通されると、シャーロットはエリックと二人、話をして待った。壁際のソファアには年配の公爵達が座って話をしている。父や母は二人で共に知り合いの公爵に挨拶して回る。ほとんどの家の者が誰かしらの親戚で、なにかしらの血縁があった。毎年ここに来れば、親戚の集まる新年会みたいなのよねとシャーロットは思った。

 待合の広間にいる公爵家の子供は、シャーロットやエリックの他に同じくらいの年頃の未婚の子供はいなかった。ほとんどが男の子で、みんな極端に年下だった。何年か前までは女子もいたけれど、結婚してしまって家を出ていた。16歳で成人する国の習慣で、寄宿学校を卒業するとすぐに結婚してしまう貴族が多いので、シャーロット達より年上の者はたいていが結婚してしまっている。

 エリックと二人、シャーロットが何を話すでもなくぼんやりと佇んでいると、基本学校に行く前のような年の子供達が二人を取り囲むように近付いてきた。みんなどこかしらの公爵家の子供で、遠い血縁関係にある。

 男の子の集団に、女の子も何人か混ざっていた。みんな美しく着飾っていて、お行儀良くしている。

「シャーロットお姉さま、エリックお兄さま、御機嫌よう。」

 きちんと礼をする子供達に、シャーロットも丁寧に淑女の礼で答える。

「御機嫌よう。みんな朝早くから偉いわね、きちんとご挨拶できるのね。」

「当たり前です、シャーロットお姉さま。僕達は公爵家を継ぐ者達ですよ?」

 得意そうに言う子と同じように、他の男の子達も口を尖らせてシャーロットに言った。女の子達も頷いている。

「みんなこの日を楽しみに来ているんですから、遅れる訳ないじゃないですか。」

「あら、そうなの。ますます偉いわね。」

 シャーロットが微笑むと、子供達は頬を染めて頷いた。憧れのシャーロットお姉さまに今年も最初から微笑んで貰えたと、頷きながら思っている。

 エリックはニヤニヤとその様子を観察していた。お城でミカエル達と学んだシャーロットは基本学校へ行っていない。それが想像を刺激して高嶺の花扱いされているのだとも、シャーロットは知らない。

「シャーロットお姉さまの今年のドレスは素敵ね。お姉さまの青い瞳が、いつもよりもとても美しく見えるわ。」

 女の子がシャーロットのドレスを誉める。こんなに小さくてもこういうことに関心があるのねと、妹のいないシャーロットは感心した。

「ありがとう、あなたのドレスも素敵だわ。お花みたいにとても綺麗なピンク色。まるで春が来たみたいね。」

 シャーロットが微笑むと、女の子は赤く染めた頬を手で覆って他の子の陰に隠れてしまった。

 他の女の子が身を乗り出してシャーロットに尋ねる。

「シャーロットお姉さまは、明日の新年の祝賀行事にも出席されるんでしょう?」

「ええ、そのつもりよ?」

「チーム・フラッグスの関係者なんですってね! シャーロットお姉さま、すごいわ!」

 私はあなた達の情報収集力が凄いと思うわ、とシャーロットは思った。どうして関係者だと知っているのか詳しく教えてほしいものだ。

「みんなも見に来るのかしら?」

「ええ、もちろんです。私はお父さまにお願いしてあります!」

 女の子が手を上げて言うと、他の子供達も手を上げて「僕も、」「私も、」と騒ぎ出した。

 大人達の注目が一気にシャーロットに集まると、エリックがシーっと指を立てて子供達を黙らせた。余り笑わないエリックの無表情は子供達に恐れられている。

「みんなで応援してあげてね。彼らは私達と同じ、王家を支える者達だから。」

「王家を支える者…。」

 シャーロットの言葉に、男の子が目を輝かせて呟いた。

「そうよ、みんな私達と同じ、王家を支える身となって、王家に仕える者達なの。私達の仲間なのよ?」

 子供達は口の中で何度もその言葉を繰り返して、目を輝かせて頷いた。

「僕達はみんな同じ、みんな仲間…。」

「私もみんなと同じ仲間よ?」

 シャーロットが微笑むと、子供達は嬉しそうにお互いの顔を見合った。

「ハープシャー公爵家の皆さま、ご用意は宜しいでしょうか?」

 入り口のドア近くで名簿を確認していた侍従に、呼ばれてしまう。父や母の元へと合流しながら、シャーロットはエリックにエスコートされて歩き出した。

「じゃあ、みんな、またね?」

 名残惜しそうに手を振る子供達に、シャーロットも笑みを浮かべながら手を振る。

「あーあ、また信者が増えたな、」

 シャーロットと手を振りながら、エリックはこっそり呟いた。

「はい? 何か言った?」

「ううん、なんでもないけどなー?」

 エリックはシャーロットをちらりと見ると、小さく笑った。


 新年の挨拶を済ませたシャーロットが廊下を出て馬車寄せへと歩き出そうとすると、ちょうどリュート達アルウード侯爵家の家族と鉢合わせた。

 シャーロットを見てリュートが微笑んだ。リュートの傍で、紺色の落ち着いた色合いのドレスを着た宰相夫人が二人を見比べて優しく微笑んでいる。

「宰相、宰相夫人、機嫌はいかがかな。先日はシャーロットが世話になったね。感謝するよ。」

 父が立ち止まって宰相と握手をする。シャーロットの手を取って、双子達は「御機嫌よう」と微笑んだ。二人はお揃いの薄黄色いドレスを着て、茶金髪には黄緑や白色の花を飾っていた。二人とも緑色の瞳が明るく輝いていた。

「また今度、私も一緒の時に、シャーロット様と昼食会をしたいですな。」

 宰相は父とシャーロットを見て言った。猫被りなシャーロットはしなくていいわと思ったけれど、心の中で流しておいた。

「そうですわね、父も喜びますから、皆さんとご一緒出来ればよろしいですわね。ぜひうちで、させていただきたいですわ。」

 母の言葉に、シャーロットは目を見開いた。は? はい? と聞き返しそうになるが黙っておく。

「それは素敵ですわ。こんなに大勢で押しかけてもよろしいのでしょうか?」

 夫人が尋ねると、父は大きく頷いた。

「うちも父がいますから、大勢ですよ? ご心配なく。」

「では、また改めて、お日にちを伺いましょう。ご希望はありますかしら?」

「この子達は4月から寄宿学校へ通いますの。それまではシャーロット様の御都合の宜しい時で構いませんわ?」

 シャーロットの出席は必須で、シャーロットがいないなら来ないという意味なのだろうなと、自分のことなのに他人事のように聞きながら、シャーロットは思った。

 エリックを見ると、相変わらず口元だけを少し上げて、面倒な弟は黙って様子を伺っている。家に帰ったら煩そうだな~とシャーロットは思った。

「では、今月の後半のどこかの土日でさっそくいらっしゃってくださいな。この子は3日から研修旅行へ行きますのよ。」

 母がホホホと笑うと、夫人も同じように笑った。

「うちのリュートも行きますの。シャーロット様の騎士になれるよう、言い聞かせておきますわね。」

「エリックも行きますから、シャーロットは安全ですわね。」

 どういう意味なんだろう。深く追及してはいけないのかもしれない。シャーロットはこっそり心の中で思った。

「では、楽しみにしております、皆さま御機嫌よう、」

 会釈をして宰相の家族は侯爵家の待合へと入って行った。シャーロット達も再び歩きはじめる。

「お母さま、よかったのですか?」

 エリックにエスコートされながらシャーロットが尋ねると、父の隣でエスコートされて歩く母は振り返って微笑んだ。

「ええ、お父さまがいないところで、一度じっくりリュート様を観察したいじゃない?」

 ああ、そういう意図ですか…。シャーロットは心の中で溜め息をついた。


 3日から行く研修旅行の用意の為に年末から荷造りで忙しかったシャーロットは、お城から家に帰るとすぐに母達と荷物の手配をした。先に公爵家の領地の別荘に荷物だけ運ばせる予定を組んでいた。

 母達は一足先に明日、領地に帰る。領地の屋敷では祖父と祖母が暮らしていて、別荘で父と母はしばらく過ごすのだ。

 海外研修の書類には、出発日の出発時間に公爵家の領地の港に現地集合とあった。別荘に先に届いた荷物は執事達が集合場所へ直接運んでくれることになっていて、祖父とは夕方の出航時刻の前に港で待ち合わせをしていた。領地までは馬車で一日かかる距離で、シャーロット達は3日の早朝に4頭立ての馬車を飛ばすつもりだった。

「あちらの国は、この国の夏の季節が一年中続くような暖かい国なの。うちの領地よりも暖かいわ。一応あちらも今は冬の季節だけど、こちらの秋の始まり程度の寒さだって、以前公妃様は仰ってたわ。」

 母はそう言って、シャーロットの荷物を侍女達に用意させた。母好みの膝下丈の、秋物のワンピースばかりが用意されていた。部屋着とか、もっと身軽な格好はさせてもらえないのかしらとシャーロットは思った。さりげなく自分好みのブラウスやスカートと交換していく。

「一応ドレスも詰めていきましょう。」

 夏用に作った灰色の地に白い刺繍が美しいカクテルドレスと、青紫色のカクテルドレスが入れられてしまう。侍女達が綺麗に詰め込んでいくトランクは一体いくつ出来上がるんだろうと、シャーロットは思いながら眺めていた。

 10日程の旅行なのに、トランクは結局3つも出来上がる。先に荷造りしたエリックのトランクは2つ出来上がっていた。

「向こうの屋敷からお父さまが執事を二人、研修旅行には同行させるって言ってたけれど、本当に侍女を連れていかなくても大丈夫なのかしら?」

 執事にトランクを階下まで運ばせると、不安そうに母はシャーロットと一緒にソファアに座った。

「大丈夫よ、お母さま。そのための寄宿学校なのだもの。」

 寄宿学校は、貴族の子女が自分のお世話が出来るように自立を覚えるための学校だった。

「そうね、ある程度自分でどうにかできるわね。必要なら向こうで頼めばいいのだわ。」

 安心したように母は呟いて、シャーロットを見つめた。

「お母さまは、あなたに、迂闊な行動をとってほしいとは思っていません。ハープシャー公爵家の娘として恥じない行動を望みます。」

「ええ、お母さま、わかってるわ。」

 シャーロットは微笑んだ。いくらミカエルやサニーが揃っていなくたって、ゲームの世界はどう影響するのか判らない。ローズがいてもいなくても、ゲームのシナリオはシャーロットの生活に影響している。母にそんな説明をできなくても、シャーロットが出来ることは、婚約破棄されないように警戒して、悪役令嬢にならないように評判を気にして、自分の身を守ることくらいなのだ。ミカエルがミチルとして傍にいてくれない間、状況を指摘してくれる人はいない。自分がしっかりするしかないのだろう。

「あ、お土産は出来れば石がいいわ?」

「石ですか?」

「ええ、綺麗な宝石。」

 娘に土産としてそんなものを買ってこさせようとする親は、お母さましかいないと思うわ。シャーロットは母の顔を見つめて思った。

「お小遣いはこれぐらいあったら足りるでしょう。そうね、石は無理しなくてもいいからね。あったらでいいわ。」

 そう言って渡された花の刺繍が美しい革のお財布は、旅行用に買ったお財布なのだろう。自分のお小遣いも別に持っていこう。シャーロットは、受け取った財布と自分のお財布をマリライクスのクマ型リュックにいれる。お誕生日にミカエルに貰った一点ものと色違いのお揃いで、父に頼んでこっそりピンク色のクマを買って貰っていた。

「あら、可愛い。それはこの前ミカエル様に貰って帰ってきたティペットと同じマリライクスなのね?」

「ええ、お父さまにこの前おねだりしました。」

 父は少し早いクリスマスプレゼントだと言って、クリスマス前に編み物に明け暮れていたシャーロットにくれたのだった。

「エリックといい…、あなた達はクリスマスに何か欲しいって聞いても何も言わないのに、こっそりおねだりして貰ってるのね?」

「クリスマスはきちんと執事に頼んで孤児院に寄付しました。私のクリスマスプレゼントはそれで十分です。」

「あの町の教会はあなたの寄付を当てにしてるのよね…。あなたがそれでいいなら構わないけれど、いつか結婚してこの屋敷を出たら、そういう寄付もできなくなるわよ?」

「その時はその時で考えます。神父様には一応子供の頃に、私がバザーに来れない代わりに成人するまで寄付をすると約束しましたから、執事にも今年が最後と伝えてもらってあります。」

「そう、確かに今年成人したものね。」

 シャーロットを見て、母は優しく微笑んだ。「みんな、良いクリスマスになったと思うわ。」

 孤児院で出会った頃のローズを思い出して、ダシェス・リジーのマリーも思い出した。

「そういう子供達が働ける場所を、お母さまは作っておられるのですね。」

「ええ、全員を引き受ける事は出来ないから、少しずつだけどね。」

 母はそう言って口元を少し上げた。

「お母さまは立派だと思います。私はダシェス・リジーに行って、お母さまを誇らしく思いました。」

 目を見開いて母は頬を染めると、シャーロットを見つめた。シャーロットの手を握って、うんうんと頷くと、母はふらりと部屋を去って行った。


 ひとり、部屋に残されたシャーロットは首を傾げて考えていた。今日見たミカエルは王子様のミカエルになりきっていた。シャーロットを見ても何も反応がなかった。

 何かあったのかな。どこかで話せる機会はないのかな。しばらく会えなくなるのに、こんな気持ちのまま旅行に行くのはつらいな。シャーロットはぼんやりと思った。

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