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<81>男の娘と仲良くすると、周りは混乱するようです

 ななしやに時間通りに着くと、シャーロットはローズとおばちゃんに捕まってしまった。元気なおばちゃんの威勢のいい声に、シャーロットはたじろいでしまう。

「ささ、姫様、遠慮なく上がっておくれよ、ロータス、いや、ローズが世話になったお礼がやっとできるんだ。嬉しくって仕方なくて、みんな朝から張り切ってるんだよ。」

 おばちゃんがシャーロットの背中を押して歩いた。厨房の脇の階段に連れていかれて、シャーロットを押してあげてしまう。

 シャーロットはチャコールグレイ色のコートを脱ぎながら階段を上がった。ローズに貰った菫色のマフラーを意識して、菫色のタートルネックのセーターに藍色の膝丈の巻きスカートを合わせていた。お財布やカギはコートのポケットに入れて、今日は身軽にななしやに来ていた。

 ローズは髪を括って黒いセーターに茶色のチノパンを履いて、黒いエプロンをつけていた。化粧っけはなくても、中性的な可愛い女性店員さんだった。

「姫様、コート、私が貰いますよ?」

 階段を上がったところで、ローズが声を掛けた。

「ええ、じゃあ、お願いね。」

 コートを手渡すとローズは大切そうにハンガーにかけて、部屋の入り口のコート掛けにかける。

「そのセーター、綺麗な色ですね。姫様によく似合う。」

「ありがとう、ローズに貰ったマフラーの色に合わせてみたの。」

 シャーロットはローズに褒めて貰えるとやっぱり嬉しいなと思った。

「私も使ってますよ? あの手袋。」

「そう、良かったわ。」

「ちゃんとブレスレットもしてきたわ。」

「私も今日は特別につけてます。」

 二人は、手首のアメジストのさざれ石のブレスレットを見せ合って笑った。

「立ち話もなんですから、部屋の中へどうぞ。」

 部屋の中に入ると、道路沿いの白い壁の明るい部屋で、天窓から光が降り注いでいた。

 手入れされた家具に、家族用の木製のクロスも敷いていないテーブル。木製の椅子にはパッチワークで作ったクッションが置かれていた。部屋の隅にはソファアと毛布も積んである。

「この部屋は、私達が賄いを食べたり休憩するために使っているんです。特別なお客様をお呼びする時は、個室に早変わりですけどね。」

「ふふ、そんな大事な部屋に入れてくださってありがとう。」

「姫様は特別ですからね。ささ、座って下さい。」

 ローズが椅子を引いて、シャーロットを座らせた。

「ローズは座らないの?」

「今日は給仕役も兼ねてるんです。」

 得意そうなローズは、さっそく下から運ばれてきたプレートとスープカップをおばちゃんから貰って、シャーロットの前に並べた。ナイフとフォークとスプーンを刺繍の綺麗なクロスを敷いておいた。

「姫様はカフェオレが好きでしょう? まずはカフェオレ。今日はななしやの料理を一口ずつの盛り合わせにしてもらいました。こういうのをお子様ランチって言うんです。」

「えー、お子様じゃないわよ、私。せめて大人様ランチにしてよね。」

「じゃあ、姫様ランチでいいです、妥協しましょう。」

 二人がくすくす笑っていると、下の厨房からおっちゃんとおばちゃんが様子を見に上がってきていた。

「おい、ローズ、姫様になんて口きいてるんだ。すみません、姫様、この度はわざわざお越しいただいてありがとうございます。」

 おっちゃんとおばちゃんに頭を下げられてしまい、シャーロットは立ち上がって、手を振った。

「いえいえ、こちらこそ、友達として当たり前のことをしただけです。そんな、困ってしまいます。頭を上げてください。」

「公爵家のお姫様に平民の私達が頭を下げないなんて、それこそおかしな話です。お姫様のお気持ちは嬉しいですが、こういう事はきちんとさせてください。」

 頭を下げたまま、おっちゃんとおばちゃんは手を伸ばしてローズの頭も下げさせた。

「ローズ、きちんとお礼を言いなさい。」

「姫様、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。お礼をするのもこんなに遅くなってしまって、ごめんなさい。」

「ローズ…。あなたが元気になってくれれば、私はそれでいいの。」

 シャーロットがローズの手を取って微笑むと、ローズははにかんで笑った。

「姫様はやっぱり姫様ですね。甘いばっかりで、叱ったりしないもの。」

「そういう役目は、私ではなくて、あなたには二人もいるでしょう。あなたを心配して頭を下げてくれる人が、きちんとここにいるじゃないの。」

 シャーロットの言葉に、ローズは両隣にいるおっちゃんとおばちゃんを見た。

「あなたが寝込んで一番心配したのは、きっとこの人達よ?」

 おっちゃんとおばちゃんは恥ずかしそうにローズの肩を叩いた。

「今日はお前の姫様に、たくさん食べて行ってもらおう、ローズ。」

「そうだよ、お前がロータスだろうと、ローズだろうと、姫様はお前を大事に思ってくださってるんだから、おもてなしをさせてもらいたいじゃないか。」

「ありがとう、おっちゃん、おばちゃん。ありがとう、姫様…。」

 ローズが瞳を潤ませていた。シャーロットは、良かったねローズ、と心の中で思った。

 エルメがデザートの盛られたプレートを二つ持って上がってきた。どう見ても料理のプレートより大きい。エルメの茶色の瞳は驚いたように見渡した。

「みんな何をしてるんです? お姫様にあったかいうちに召し上がっていただいてるんですか?」

「いけない、姫様、エルメです。ご挨拶が遅れました。私の大事な人です。」

「ローズ、それは内緒だろう。」

 エルメが恥ずかしそうに言った。

「いいえ、おっちゃんとおばちゃんにも許可を貰ってます。姫様にも報告します。エルメとはいつかここを一緒に継ぎます。その時は、また、姫様におもてなしをさせていただくんです。」

 ローズは嬉しそうだった。エルメも、おっちゃんもおばちゃんも嬉しそうに笑っている。

 シャーロットは猫を被って一緒に微笑んでいたけれど、心の中では絶叫していた。

 ちょっと待って、ローズ、あなたはヒロインなのよ? どうしてゲームのシナリオと違うところへ進んでいこうとしてるの?! 


 ローズに促されて、すっかり冷めてしまったななしやのいろんな料理の盛り合わせを食べ、ローズに説明されながらいろんなデザートの盛り合わせを食べ終わる頃には、シャーロットは無言になっていた。

 もう食べられないという気持ちと、ローズの明るい未来とで悩ましく思えていた。

 自分の分のデザートのプレートを食べていたローズは、フォークを持つ手を止めてシャーロットを見つめた。

「姫様、日曜は楽しかったですね。」

 唐突にローズが話を変えてきた。さっきまで話をしていたデザートの説明から随分と話が違う。声の調子が判ったローズに、シャーロットは戸惑った。

「そうね、来てくれてありがとう。」

 シャーロットはカフェオレをひとくち口に含んだ。

「姫様は…、サニーが好きなんですか?」

「はい?」

 シャーロットは目を何度も瞬いた。

「サニーが一方的に姫様のことが好きなのかと思って、私はサニーにいいように使われたんだなと思ってたんですが、この前、一緒に行動してみて、違うのかなと思いました。」

「どうして?」

「サニーに手を握られても振り払わなかったでしょ? プレゼントも、サニーと私の分でした。」

 シャーロットは黙ってローズの顔を見つめた。

「王太子殿下と長いお付き合いをされているのは知っています。婚約中清い関係なままでおられるのだろう状況も、見ていれば判ります。」

 ローズはシャーロットの瞳を見つめる。

「サニーとは、いっ時の遊びですか? それとも…、本気ですか?」

「どっちでもないわ。私は、これから先も、ずっと、ただの友達だろうと思ってるわ。」

 サニーとは結婚する気もなければ、ミカエルに婚約破棄される予定もなかった。

「それをサニーは知ってるんですか?」

「ええ、ずっと、そうね、出会った頃からそう伝えているわ。」

 振り返り思い出すと、初対面からそんな話をしていた気がする。ローズは黙ってシャーロットの瞳を見ていた。

「ローズとサニーが結婚すればいいのにって、時々思ってたわ。」

「姫様、冗談ですか?」

「冗談なんかじゃないわ。エルメの事を知らなかった時から、ずっと、そう思ってたわ。サニーは自分の国にとって有益な女性を妻に迎えて連れて帰るって言ってたもの。あなたは、頑張り屋さんだし、お料理が出来るし、いろんなことを考えている人だわ。私が知ってる中で一番有益になる女性だと思うもの。」

 シャーロットは静かに言った。

「ローズが大切だから、ローズには幸せになってほしいって、いつも思ってるわ。」

「私は、エルメと夢があります。ななしやのことは、前にも話したと思います。」

「ええ、知ってるわ。だから、今まで、黙ってたの。言ったところで、あなたが困るだけでしょう?」

「だから、本当に、今まで黙ってたんですね。私が気がつかなかった程。」

「言うつもりはなかったけど、私は時々、ローズの事をそう思って見てるのよって、今、伝えたくなったの。」

 シャーロットはローズの困った顔が見たかった訳じゃなかった。

「サニーは、そういう風に姫様が思ってること、知ってるんですか?」

「知ってるわよ? だから、この前も言ったでしょ? 私以外の他の誰かを好きになればいいんじゃないかなって。」

「あれは本気だったんですね…。」

 はあ、とローズは溜め息をついた。

「王太子殿下はなんと仰ってるんです?」

「誰のこと?」

 ローズのこと? サニーのこと?

「サニーのことです。」

「さあ、なんと言ってるのかしら。サニーはシャーロットより一枚上手だから気を付けてって言ってるけど、そういう感じの話?」

 シャーロットにも、ローズにこの状況をどう説明したらいいのか判らなかった。悪役令嬢にならずにミカエルルートを攻略して無事に結婚するのが、ミカエルとの目標だった。ヒロインのローズがシナリオから脱線してしまっている以上、他の攻略対象者がシャーロットに関心を持って行動している、というのが正しい状況なのだろう。

「姫様…。王太子殿下がかわいそうすぎます。」

 かわいそうってどういう意味なんだろう。シャーロットは首を傾げる。サニーが気に入らないから無視して拒絶しろなんて言う人だったら、シャーロットはミカエルのことを軽蔑すると思った。サニーは他国から来た王子様だ。向こうが諦めてくれるまで、距離を少しづつ取りつつ様子を見ていくしかないとシャーロットは思っている。ただ、それがうまくいっていないのが現状なのだとも自覚していた。

 ローズの顔を見て、シャーロットは真顔で尋ねた。

「かわいそうだから、ローズが慰めるの?」

 そうすると、私はミカエルルートでは悪役決定だわ。シャーロットは自嘲した。

「そんなことしません。王太子殿下に同情はしますが、エルメ以外の男性に触れたいとは思いません。」

「慰めるって、触れることなの?」

 シャーロットがローズを見つめると、ローズは赤くなって照れてしまった。

「私達は16歳です。この国では成人していつでも結婚が出来る年なのですよ、姫様。男性が未婚の妙齢の女性に思うことなど、どこの世界も同じではありませんか?」

「それはあなたの前世の話? ここでの話?」

「両方です。私は前世では恋人や友達などの愛情に縁薄い人生でしたが、ここではそれなりに愛して貰っています。前世では知識ばかりでしたが、ここでは試せる相手もいるのです。」

 ローズは平民との生活が長いからそう思うのかな? とシャーロットは思った。貴族の社会では、婚約しても婚前交渉はそうそうしない。ましてやミカエルは王族だった。シャーロットも公爵家の娘という立場がある。

「だいたい…、ローズはいつから、エルメとそういう関係なの? 結婚を考える関係なんて、ちーっとも気が付かなかったわ。」

 シャーロットの言葉に、ローズは顔を赤らめた。

「ななしやが火事に巻き込まれた時、エルメにもう会えなくなるのは嫌だと思ったんです。燃えるお店を見て、そう、思いました。」

「エルメもそうだった、って事なのね?」

 ローズは小さく頷いた。「会うなり抱き締めてくれました。」

「そうなの…。」

 ますますゲームにはないシナリオなんだろうな、とシャーロットは思った。ローズが幸せそうなので、見守るのが一番だろう。

 カフェオレを飲みながら、シャーロットは窓の外を見上げた。

「ローズは、私のことをどう思ってるの? サニーと仲良くしすぎと見えているの?」

「すみません。そう思えました。でも、姫様の好みじゃないでしょう?」

「どういうこと?」

「王太子殿下は、ミチルとよく似ていますね。ああいう可愛い方が好きなんでしょう、姫様。」

 ん?

「姫様は、背が高い男性よりも、男っぽい男性よりも、華奢で、女の子みたいな…、ミチルが好みなんでしょう?」

「はい?」

「ミチルが好きだから、ミチルに似た王太子殿下と一緒におられるのではないのですか?」

「違う違う、」ミチルがミカエルなんだって!

「私はてっきり、ミチルとの恋が叶わないから、よく似た王太子殿下で妥協されているのかと…、」

「どうしてそう思うの?」

「そりゃ、王太子殿下とよりも、ミチルと一緒によくいるでしょう、姫様。女の子同士でも、あんなにべたべたくっつくのかなあって時々思って見てましたけど…。禁断の恋ってやつなのかなあって。まあ、私のやきもちかもしれないなと思ってました。」

「違うから、それ、違うからね、ローズ。」

 シャーロットははっきりと否定した。

「私は王太子殿下が好きなの、ミチルはお友達。お友達でも、隣国の隣国に帰っちゃう、今だけしか一緒にいられない特別なお友達だから。」

 どうやったらそんな誤解をされてちゃうんだろう。シャーロットは慌てた。

「そうですか。サニーもたぶん、他の皆さんも、姫様とミチルは仲良過ぎだと思ってると思いますけどねえ。この世界のまともな男性なら、ミチルに取られるくらいなら自分がまっとうな愛の道を教えようって、思うんじゃないんでしょうか?」

 そう言って、ローズは首を傾げた。

「まっとうとかまともとか…! 私は真面目にミカエル王太子殿下一筋だから!」

 シャーロットは心の中で流れるような汗をひたすら拭っていた。まさかそんな風に思われていたなんて…。だからみんなスキンシップが激しいんだわ…。

 帰ったらミカエルと相談だわ。シャーロットは心の中でそう誓った。

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