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<78>優しくされると揺れ動いてしまうようです

 シャーロットはミカエルの王族用の部屋の鍵を持っている。ミカエルの日に先に来て待っててくれたら嬉しいな、とミカエルに言われて渡されていた。

 寮の自分の部屋に戻ってコートを脱ぐと、そのまま、床のラグの上に座り込んでしまった。着替えてミカエルの部屋に行かないとと思うけれど、心がついていかなかった。

 床の上にスノードームを出して置いた。キラキラと光る星の中に二人が立っている姿を見ると、サニーの手のぬくもりやサニーの横顔を思い出してしまって、心が締め付けられた。

「買わなければよかったのかな。」

 でも、思い出に残したかった。2日とも、サニーを嫌だと思わなかった自分がいた。

 自分の指紋を拭うように丁寧に球をハンカチで磨くと、2段ベッドの下の階の自分の枕元に置いた。ここなら、ミカエルが気がつくことはないだろう。

 顔を洗ってベージュのニットワンピースに着替えると、ミカエルの部屋へと急いだ。

 気持ちを切り替えて会わないと、余計なことを言いそう。シャーロットは唇を噛んだ。


 シャーロットがミカエルの部屋のソファアで待ちくたびれてうとうととしていると、唇に何かが触れた。薄く目を開けると、ミカエルの顔がすぐ目の前にあった。

 ミカエルは髪を括り王子様なミカエルな格好で、明るい水色のセーターに茶色いズボンを履いていた。

 今日もミチルの恰好じゃないんだ…、とシャーロットは少し残念に思った。

「おはよう、シャーロット? もしかしてずっと寝てた?」

 ぺろりと唇を舐められて、シャーロットは眠い頭で考えた。

「もしかしてもう夜だったりするの?」

「まだ夕飯に間に合うくらいだよ? 何か食べに行く?」

「うん…、食べたい。」

 学食へ一緒に行って、一緒にご飯食べて、話したい。シャーロットは思った。抱き締めてくるミカエルに、シャーロットは万歳をするように身を投げ出した。

「重いよ、シャーロット、寝ぼけてる?」

 文句を言いながらも、ミカエルは嬉しそうにシャーロットを抱き締めた。

「寝ぼけてないよ?」

 シャーロットはミカエルにキスをして、耳元で囁いた。

「ミカエルの匂いがする。」

 ほんのりと香る、甘い花の香り。たぶん王妃の趣味なのだろう。ガブリエルも同じ香りがする。

 サニーもブルーノもリュートも、男の子な香りだわ。ミカエルだけ、女の子の香り。そっか、ミチルの時と同じ香りなんだ。シャーロットは納得する。同じ香りじゃないと、入れ替わる時ややこしいものね。ミチルが、ミカエルの基本なんだね。

 ミカエルが王子様なミカエルの格好をしていても異性を感じないのは、香りが原因なのかな。シャーロットはしみじみとミカエルの顔を眺めた。ミカエルルートが低空飛行なのは、そういうところからなのかもしれない。

「シャーロットは、こういう甘い香り、嫌?」

「嫌じゃないけど、ミカエルは好きなの? そういう香り。」

「そうだね…、彼女が出来たらやめた方がいい香りなんだろうなって思っているけど、シャーロットが嫌じゃないならこのままでもいいかな。」

 ミカエルはくすくす笑う。

「あれ? 私って彼女じゃないの?」

「もっと男って感じの香りの方がいい?」

 シャーロットは鼻で笑った。そんな事を私に聞いている時点で、変える気ないよね? そう思った。

「好きにすればいいんじゃないかな?」

 本心は、もっと男性を意識させる香りにしてもらえたらなと思った。でも、ミチルの時にその香りは似合わないんだろうなと思うと、シャーロットは何も言えなくなっていた。

「とりあえず、夕食、食べに行こうか?」

 ミカエルはシャーロットにキスすると、優しく微笑んだ。


 学食に行った帰り、ミカエルと手を繋いで歩いていると、ブルーノとエリックに会った。

 ブルーノはにやりと笑うとシャーロットに手を振って、「また明日」と言った。エリックは会釈しただけで通り過ぎていく。二人は購買の方へと歩いて行った。

「行動する時間が違うと、いつも会わない人に会うもんだね。」

 部屋に帰ってきてソファアに並んで座りながら、ミカエルがしみじみと言った。

「そうね、明日はブルーノと出かけるから。」

「今日は、ってゆうか、昨日はどうだったの?」

 シャーロットはぽつぽつと昨日の話から話し始める。コーヒー専門店に行ったこと、ななしやの跡地の鉄板焼き屋のこと、今日の朝ごはんのこと、ミチルのこと、植物園のこと、ナポリタンのこと、季節屋のこと、…。

 あいまあいまにミカエルが質問するので答えてはいくけれど、星を見に行く話と植物園でローズと別行動をした話はしなかった。季節屋で何を買ったのかも、聞かれなかったから黙っていた。

 全部聞き終わって、ミカエルはシャーロットの顔をしばらく眺めた後、ぽむぽむと頭を軽く叩いた。

「お疲れ様。」

 そう言って微笑んだ。

「ミチルのことは、あれでよかった?」

「ミチルは来年まで帰ってこない予定だから、それでいいと思うよ?」

「じゃあ、ずっと、ミカエルのままで過ごすのね?」

「しばらくは我慢する。」

 やっぱり我慢がいるんだ…。

「シャーロットには何も伝えていないのに、よくもまあこんなに丁寧にサニールートを攻略してくれちゃってって思うよ。」

「え? イベントはないんじゃないの?」

 出かけるきっかけは本のお礼とテストのご褒美だった。

「サニールートの隠しイベントはもう1学期に攻略してるのは知ってるよね? サニールートのテーマはローズと街の探検だから、サニーとローズと三人で出かければ出かける程攻略しちゃうんだよ。」

「そ、そういう事は早く教えてくれてないと、対策も何もできないじゃない。」

「教えたって教えなくたって、シャーロットはサニールートを攻略していくでしょ? ローズを誘わなければいいのに誘うんだもんね。」

「ローズを悪く言わないのも、ローズを誘ってくれるのも、サニーだけなんだもの。今回だって、二人で出かけられないって言ったら、ローズを誘ってくれたのはサニーだから。」

 知っていればローズと出かけなかったのだろうか。シャーロットは考える。知っていても、きっと、出かけたと思う…!

「僕がローズを誘ったら、君は一緒に来てくれるの?」

 行かないわと即答しかけて、シャーロットは黙ってしまう。ミカエルがローズを誘う様子を想像しただけで、腹が立ってしまう自分がいた。三人で出かけたくないとも、思った。

「ミカエルとは、二人で出かけたいわ。」

 そう答えるので精一杯だった。ミカエルはそんなシャーロットの顔を見て、小さく微笑んで、ゆっくりと説明しはじめた。

「サニーとローズはゲームの中では、テストが終わる度に一緒に出かけて、頑張ったご褒美をサニーが記念品として買ってあげるんだ。そういうことだって君には何も伝えてないけれど、買ったんでしょう? 今回も、お土産。」

 ミカエルはじーっとシャーロットの瞳を見つめている。だから、季節屋で何を買ったのかを聞かなかったのね。シャーロットは俯いた。

「…スノードーム。」

「もしかして、星がいっぱい入ってる、紺色っぽいやつ?」

 なんでそこまで知ってるんだろう…。

「サニーとクリスマスにお揃いで買って、夜空を背景に見つめ合って二人の宝物にするシーンが、とても素敵だったんだよね。」

 シャーロットは悔しくなってきていた。自分だけの思い出のはずなのに、誰かの思惑に否定されている気分になる。

「シャーロットは、サニーのことが好きなの?」

 ふるふるとシャーロットは首を振る。

「お友達の一人よ?」

「とてもそうは思えないよ? 2学期前まではあった拒絶する印象がまるでないもの。かなり前より親密になってるよね? どうして?」

 シャーロットには判らなかった。自分がサニーと距離を縮めているとは思ってもいなかった。ふるふると首を振って、「違うの、」としか言えなかった。

「ま、お友達の一人と君が言うんなら、信じるしかないのかな。君はサニーと深い関係になることを望んでいないみたいだし。」

 うんうんと頷いて、シャーロットはミカエルを見つめた。

「それにしても、コーヒー専門店とか鉄板焼き屋とか、僕が絶対行かなそうなところばかり行ったんだね。」

「サニーはそういうところが好きみたい。」

 私も、コーヒーが好きだからなんだけどね、とも思う。

「ミカエルは、どうだった? 王子様のお仕事。」

「つまんなかった。クラウディア姫がもしかしたら、3学期から転入してくるかも。そういう話もあった。」

「え、こんな時期に転入するの?」

「学年を考えると来年の4月から正式に入学なんだけど、学校の雰囲気に馴染むために3学期から仮入学することにするみたいだよ。」

「サニーの妹かあ…。ガブリエルもサニーもあんまりお世話焼きな感じに見えないから、私がお世話することになるんだろうなあ…。」

 一応理事長の孫娘としての立場がシャーロットにはあった。

「それはないと思う。僕との婚約破棄の話があった時に、シャーロットが転校生と第二王女と奨学生の3人のお世話をしているって話をお父さまは覚えてたから、シャーロットに負担が増えるなら入学は認めないって言ったんだって。だから、そういう心配はしなくていいと思う。」

「そう…。同じ転入するなら、楽しい環境で来てくれるといいね。いい思い出を作って帰ってほしいな。」

「この国を好きになって帰ってほしいよね。」

「そうなの。ミチルには隣国の隣国に楽しい気分で帰ってもらいたいわ。」

「君がいればいつだって楽しいよ? 隣国の隣国に帰りたくなくなるくらい。」

「どこに帰るの?」

「君のすぐ隣に、帰りたい。」

 ミカエルがシャーロットにおでこをくっつけてきた。優しく抱き締められて、シャーロットも身を任せて抱かれる。

「ミカエルの場所だから、ミチルは空いてないかもよ?」

「ミカエルに譲ってもらうから、いいんだよ?」

 シャーロットはうっとりと瞳を閉じる。ミチルもミカエルも、私の傍にいてくれる…。

「帰り、送っていこうか?」

「いい。ひとりで帰れるから。」

「明日の朝は一緒に食べられそう?」

「うん、誘いに来るね? 学校あるし、早めに来るね。」

「待ってる。」

 シャーロットはミカエルに見送られて部屋を出た。


 自分の寮の部屋への廊下が、いつもよりも遠く長く感じられた。いつもならミチルが傍にいてくれた。送ってもらえばよかった。どうしようもなく寂しく思えて来て、立ち止まって階段の踊り場の窓から空を見上げた。明るすぎて星なんか見えない夜空。月もこの位置からは見えない。

「シャーロット?」

 リュートの声がした。

 女子寮のすぐ近くなのに、どうしてリュートがいるんだろう。シャーロットが見上げると、リュートはシャーロットの頬を撫でた。

「どうしてこんなところにいるの?」

「風紀委員の巡回の見回り当番なんだ。冬期休暇はみんな帰っちゃって人がいないから、一人で仕事中なんだよ。」

 リュートは風紀委員の腕章を指差す。

「お疲れ様です。」

「シャーロットも早く自分の部屋に帰るんだよ?」

「そうする。」

 シャーロットがゆるく微笑むと、リュートが手を掴んだ。

「リュート?」

「ちょっと待って、」

 シャーロットを抱きしめると、リュートはシャーロットの髪を撫でた。

「何かあった?」

 優しい声に、シャーロットは声が震えた。優しくされると泣いてしまいそうになる…。

「何も。何もないわ。」

 ゆっくりと背中を撫でて、リュートはシャーロットの頬にキスをした。

「話を聞くよ、シャーロット。」

 シャーロットは俯くと、リュートから逃げるようにして別れた。

 心はもやもやとしていた。でも、リュートに話せる話ではないのだけは、わかっていた。


 待ち合わせの時間にシャーロットは間に合うように部屋を出たはずなのに、待ち合わせの寮の前にはすでにブルーノが待っていた。

 シャーロットの予定では、もっと早くに部屋を出るつもりだった。エリックを迎えに来た公爵家の馬車に、荷物を一緒に持って帰ってもらうのが手間取ったのが遅くなった原因だろうと思った。エリックは不機嫌な顔をしていたけれど、執事達はそのつもりだったのかトランクを二つ持って帰ってくれた。それでもシャーロットが帰る日には、トランクがまだ二つありそうだった。

 シャーロットはチャコールグレイ色のダッフルコートの中に、水色のセーターを着て明るい灰色の膝丈のフレアースカートを履いていた。もちろんタイツも履いて防寒はばっちりだった。手には茶色い革のポシェットを持っていた。

 ブルーノは黒いトレンチコートの下に灰色のタートルネックのセーターを着てチャコールグレイ色のズボンを履いていた。前を開けてコートを着ているブルーノを見て、まるでペアルックだわとシャーロットは無言になる。

「エリックの読みはほんと、当たるなあ。」

 ブルーノはシャーロットの手を握りながらそう言った。

「今日はどこに行くの?」

「散歩がてら、街まで。」

 ここのところ毎日街に行ってる気がするのよね、とシャーロットは思った。明日もローズのななしやに行くのだから、明日も、だ。

 手を繋いで歩き出したブルーノは、小さく鼻歌を歌っていた。夏に出会った頃、ブルーノはよく歌っていたなと思い出す。

「前から聞きたかったけど、それ、何の歌?」

「僕の故郷の歌。君は僕の太陽っていう歌。」

 ブルーノは自分の国の言葉で歌を歌いだした。かすれたような、心に切なく響く歌声だった。

「ブルーノって歌、上手いのね。」

 意外な発見に驚いていると、ブルーノは得意そうに言った。

「船乗りは歌がうまくないと生きていけないんだ。」

「どうして?」

「耳がよくないと歌なんて歌えないだろ? 耳がよくないってことは、言葉を覚えられないってことだから、異国で助かりにくいんだ。」

「ブルーノは船乗りなの?」

「半分だけ。憧れてたんだ。親の仕事や、生き方に。」

「今は?」

「目の前の君を手に入れるので精一杯だね。」

 そう言って、ブルーノは微笑んだ。

 街の入り口にある案内板の前で、二人は地図を見上げた。

「シャーロット、今日はここへ行くつもり。」

 背の高いブルーノが高く指差したのは、中央広場から北へ随分進んだ場所だった。地図の端の方に小さくあって、見上げてやっと気がつくような高い位置にだった。

「ここは?」

 見たことのある紋章が見えた。どうしてうちの公爵家の紋章がある建物があんなところにあるんだろう? 紋章だけで名前の無いその一角は、知っていなければ気がつかないだろうとシャーロットは思った。

「まあ、行ってからのお楽しみ。」

 にやりと笑って、ブルーノはシャーロットの手を取った。

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