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<66>リュートルートだけど、ミカエルルートなのかもしれない

 11月が終われば期末テストが始まるので、真面目に勉強に取り組む者達と、その後の長期休暇をどう過ごすかで盛り上がる者達とで学校の雰囲気は二分していた。

 シャーロットは勉強に真面目に取り組む訳でもなく休みを楽しみにしている訳でもなく、淡々と毎日を過ごしていた。自分の成績よりもローズの成績が気になっていたし、エリックが決めたリトル・プリンスの日をどう乗り切るかも気になっていた。

 ミカエルは真面目に勉強に取り組む一人だったので、女子寮の自分の机で、ぶつぶつと言いながら勉強に取り組んでいた。

「冬休みは遊ぶ冬休みは遊ぶ…。」

 冬休みは補講に出て一個でも多く単位を取るんじゃないんだねと、その独り言を聞きながらシャーロットは思った。

 窓を見上げて、高く澄んだ冬の寒空を見た。お城でのお茶会の後、変わったことといえば、騎士コースに婚約したカップルが増えてキツネを3組分渡したくらいだ。その中にエミリアとリリアンヌもいた。しかもエミリアの相手はジョンだったので、意外だったけれど嬉しく思った。リリアンヌの相手の彼の名前を知らないシャーロットは、猫を被って祝福した。

 エリックが決めたリトル・プリンスの日はテストが明けてすぐの土曜日に決まった。せっかくの土曜市に行けないじゃないの、とシャーロットはその日取りは嫌だなと不満に思っていた。

 15日から1月の14日までの一か月間は冬の長期休暇になるので、父と母の計画通り領地でのバカンスが待っていると判っていても、その間ずっとエリックと過ごすのだと思うとさらに憂鬱だった。

 クリスマスはミカエルと過ごしたかったな~とミカエルを振り返ってみても、ミカエルは勉強で手一杯の様子だ。

 12月は憂鬱な予定ばかりだわ…とシャーロットは溜め息をついた。

「シャーロット、勉強勉強、」

 ミカエルが後ろから声を掛けてくれる。

 こういう何気ない会話もしばらくなくなっちゃうんだわ…と思うと、シャーロットはまた溜め息をついてしまうのだった。


 勉強、勉強なクラスの雰囲気にシャーロットはうんざりして、昼休みに一人、中庭の端の薔薇の木の傍のベンチに座って空を眺めていた。今日はミチルな日だったのだけれど、ミカエルはガブリエルと先に教室に行ってしまった。シャーロットは忘れものと言い訳をして、ここに一人でいたのだった。早く教室に帰って勉強する気分じゃなかった。

 せっかくのいい天気なんだから、空を見上げてたっていいじゃない。シャーロットはぼんやりと思う。鳥になって空を旋回して、魚になって深海に潜って、つがいと一緒に葉の影の中に隠れていたい。

 ふと、隣に立つ人影があった。見上げると、ローズだった。嬉しそうに、シャーロットと色違いのベージュのマフラーを首に巻いている。手には紙袋を持ち、すっかり伸びた琥珀色の髪の毛を後ろに流している。

「ローズ、いいの?」

「ええ、少しならバレませんよ、きっと。」

「マフラーありがとう。大事に使ってるわ。」

「ふふ。時々姫様見てますよ? 使ってくださってる様子も知ってます。すごく嬉しいです。」

 ローズがはにかんで微笑んだ。ロータスの時と同じ笑顔なのに、髪型と服装が違うと、とても可愛く思えてしまうから不思議だ。

「そのマフラー、ローズが作ったの?」

「はい、これは去年。姫様のは今年の建国記念休みに。あの辺は暇なんですよ。ななしやに行けないから、仕方なく家にいる休みなんです。今年は寮にいれただけましでしたが…、暇でしたね。」

「そっか…、勉強は、大丈夫?」

「ええ、たぶん…。前回姫様に見て貰ってた時期にやってたやり方を基本に、自分のペースでやってます。かなり今回は頑張ってますよ?」

「それは良かった。」

「姫様は、日向ぼっこ?」

 日向ぼっこって何? シャーロットは首を傾げる。人の名前ではなさそうだし…。

「えっと、空を見ていただけよ、どこか遠くに行けたらなあって。」

 屋上にうっかり行くとチーム・屋上がいる。図書館にうっかり行くとエリックやブルーノがいる。  

 シャーロットが一人でいても誰かと会わないのは、この薔薇の傍のベンチだけだった。

「どこか遠くですか。私は行かなくていいですね。」

 ローズは笑った。

「ななしやが、今度、移転先でお店を正式に始めるんです。改装して壁紙も変えたんです。前会った場所は良い買い手がついたんで、手放しました。前に、姫様が来てくれた新しい場所に、落ち着くことになったんです。」

「そっか、良かったね。」

 エリックが言ってた街を買う話は、やっぱりそのまま進んだんだ、とシャーロットは思った。いい買い手と思って貰えるような金額できちんと買ってくれたんだねと、感謝すらした。

「ローズは何をしてたの?」

「お昼ご飯を食べて、中庭を散歩してました。気分転換も必要ですからね。」

「今、毎日どれくらい勉強しているの?」

「起きてる時間は、ほとんど、ですね。」

「へえ…、」

 思ったより頑張ってるんだね、シャーロットは感心していた。人の気配に、ローズは顔を険しくした。

「それじゃあ、姫様、結果を楽しみに待っていてください。私、頑張りますから。」

「ええ、頑張ってね。応援してるから。」

 手を振って、シャーロットは微笑んだ。あなたがどこかの伯爵の後妻になってしまわないように、ずっと願っているから。

 ローズがいなくなってしまうと、途端に寂しく思えた。

 立ち上がって教室に帰ろうとしたシャーロットに、近付いてきたエリックとブルーノが手を繋いできた。

「シャーロット、手が冷たいよ、何やってんの?」

 ブルーノがシャーロットの手を両手で暖めながら言った。

「お姉さま、手が荒れるぞ?」

 エリックも手を擦っている。弟に手を握られるなんて、一生の不覚だわ…、シャーロットは情けなくなってきていた。

「ちょっと空を見てただけだから、手を放してくれていいから。」

 シャーロットがそう言っても、二人は手を放そうとしなかった。背が高い二人に囲まれて歩くと、なんだか恥ずかしく思えてくる。

「教室までだから、いいだろ?」

「テストで私に勝つまで触っちゃダメって、言った気がするけど?」

「たぶん勝つから大丈夫だよ。」

「すごい自信ね。」

「それに僕の誕生日、シャーロットは何もくれなかっただろう?」

 何かをあげたら大変なことになりそうな気がして、シャーロットは誕生日を知らなかったことにしていた。

「チョコ一粒でもよかったんだけどなあ。」

 それが一番困る、シャーロットはトリュフの事を思い出して、言葉に詰まってしまう。

「…お誕生日おめでとう。」

「ありがと、シャーロット。勝ったらいろいろ貰うから、覚悟してね。」

 ブルーノとシャーロットのやり取りを、エリックは静かに微笑んで聞いている。

「さっきのローズだろ、いいの? 話したりして。」

「挨拶程度の会話もダメなんて、ガブリエルは言ってなかったと思うから、きっと良いのよ?」

 シャーロットは開き直る。

「ふうん?」

 ブルーノはシャーロットを見て、囁いた。

「シャーロットは誰が一番好きなんだろうね?」

 ブルーノがやきもちで言っているのか、好奇心で言っているのか、シャーロットには見当がつかなかった。ローズが一番好きだとは、シャーロットには言えなかった。

「一番好きなのは俺に決まってるだろ、」

 エリックが口元を少し上げて言った。

「俺は一番長くお姉さまと一緒にいる弟なんだからな。」

 煩くて面倒な弟が一番好きな訳ないじゃん、シャーロットはそう思ったけれど黙っておく。一番好きなのはミカエルで、一番結婚したいのもミカエルで、なんだけど、他人から見ると違うのかなあと首を傾げる。

「ローズはお姉さまと一番付き合いが長い友達だからな、ローズを特別扱いするのは仕方ないのかもしれないな。」

 エリックは不貞腐れるブルーノを慰めるように言った。

「どれくらい付き合いがあるの?」

 シャーロットは首を傾げる。

「ミカエル王太子殿下と婚約する前から付き合いがあると思うわ。6年は前に知り合ってるわ。」

 当時はロータスだったけどね。

「そんなに? 婚約期間、随分長いんだね。もう止めちゃえば?」

 ブルーノは呆れたように言う。

「俺もそう思う。そこまで来ると、忘れてる人の方が多い関係だな。」

 エリックの言葉に、シャーロットは口を尖らせる。少しずつでも認知してもらう努力を今してる最中なんです、と思う。

「婚約してても結婚するのはまだ先かあ…。僕と結婚するにしても、卒業を待つのか。いっそのこと、シャーロットの心をご褒美にねだろうかな。」

 ブルーノが冗談にしては重いことを言う。心を今貰って、どうするというのだろう。

「ブルーノは心が欲しいの?」

 シャーロットはブルーノを見上げた。シャーロットを見つめるブルーノの瞳を深く見つめる。

「心も、すべてが欲しい。」

 シャーロットの瞳を射貫くような熱い視線に心が揺れる。いかんいかん…。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。シャーロットはほっとして、答えないまま教室へと向かう。


 翌週にはテストが始まるという土日は、さすがに学食でのんびりと食事をする生徒もまばらで、一人で朝食をとっていたシャーロットもある意味目立っていた。

 いつもの土日ならミカエルが傍にいてくれたけれど、ミカエルは王族用の部屋で勉強の追い込みをしているらしく、しばらく会えないと金曜の時点で言われていた。

 ざっくりしたベージュのニットワンピース姿のシャーロットは、いつも通りの優雅な土曜日の朝を迎えていた。予定の無い土曜日は久しぶりで、テストさえなかったならもっとのんびりできたのになと残念に思っていた。

 お昼用のパンでも買って帰るかなと、シャーロットは購買を覗いて帰ることにした。今日は一日部屋にいる予定だった。

 購買でいつもの店員に白いパンのサンドイッチを勧められ、クイニーアマンじゃないんだ…と思いつつ買ってしまう。ハープシャー公爵家の紋章入りの紙パックのレモネードとコーヒー牛乳も買う。

 袋を手に帰ろうとしたシャーロットに、リュートが声を掛けてきた。フード付きの紺色のパーカーにチノパンを合わせている。

「シャーロット、一緒に行こう。」

 廊下を並んで歩きながらエリックも購買で買った袋を抱えている。

「ちょっと話せないか?」

「少しなら。」

 シャーロットは話すことないんだよなーと思いながら、リュートについていった。

 屋上にはエリックとシャーロットしかいず、朝の日差しがあると言っても肌寒かった。もっと羽織ってきたらよかったな、と自分を抱きしめながらシャーロットは思った。

「ごめん。寒いよね、ちょっと、我慢して。」

 リュートは袋をドアの横に置くと、袋を手にしたままのシャーロットを包み込むように抱きしめた。シトラスなベルガモットな香りは、リュートの香りだ。シャーロットは演武会を思い出していた。

「え、ナニ? リュート?」

「少しだけ、話が済むまで。」

 身を屈めたリュートはシャーロットの耳元で、囁いた。自分を抱きしめたままのシャーロットはその上から抱きしめられてしまい、身動きが取れなくなった。暖かさに、ついその言葉に甘えてしまう。背の高いリュートに抱きしめられたまま、話をする。

「婚約破棄、しなかったんだね。」

「ええ、保留になったわ。」

 次、同じ事態が起きたら破棄になる、猶予の付いた保留だった。

「あの本、私も手に入れたよ、シャーロット。」

 リュートはシャーロットのニットワンピースの手触りを愛おしむように、シャーロットの背中を撫でる。シャーロットは頬を寄せたリュートの心臓の音に耳を澄ます。

「エリックが判定をするのは、聞いた?」

「ああ、この前の日曜、家に帰っていたんだ。その時、理事長が私の家に来て説明していたよ?」

「へえ…。リュートは何を願うの?」

「今ここで言った方がいい?」

「曖昧な願い事で断られるようなことを願うより、ものを願ってくれた方が叶うかもしれないわよ、と伝えたかっただけよ?」

 シャーロットは公正になるようにと伝える。リュートだけ条件を知らないというのはいけない気がした。

 リュートの体温でだんだん眠くなってきていた。

「もういい?」

 眠いシャーロットはこのままリュートに抱きしめられているのはまずいなと、さすがに思い始める。

「もう少しだけ。」

 リュートはシャーロットの髪を優しく撫でた。

「また一位になったら、お祝いをくれる?」

「それは、私に勝ったら、ね?」

 シャーロットは頭を振って、眠気を払った。「もう、帰る。」

「一緒に帰ろう。」

 二人は袋をそれぞれ手に、無言のまま階段を下りた。シャーロットは眠くて無言で、リュートは自分の行動に今更照れて、無言だった。

 寮の階段まで帰ると、やっとリュートは吹っ切れた表情になり、「またね、シャーロット」と手を振った。シャーロットはかなり眠くなっていて、こくんと頷いてそのまま別れてしまう。

 二人のそんな後姿を、手を繋いで学食から戻ってきていたトミーとマリエッタが見ていたとは、シャーロット達は気が付かなかった。

「今のはリュートと姫?」

「姫様でしたね。」

「リュートの奴、告白したのかな。」

「え?」

 マリエッタは目を丸くしてトミーを見上げる。

「リュートは姫に恋してるんだ。俺達は応援してるんだけど…、」

「姫様は王子様と御婚約されているのではないですか?」

「それは知ってるけど、そんな手の届かない人の奥さんになるより、知ってる人の奥さんになってくれた方が、付き合いは続くじゃん。」

 あっけらかんと答えたトミーに、マリエッタは驚く。

「姫様が王妃様になられたら、姫様は王族ですよ。あなたは騎士団として王家に忠誠を尽くすんです。リュート様の奥様になっても宰相様の奥様なだけです。同じ忠誠を尽くすなら王妃様の方がいいと思います。」

「そっか、それもそうだな…。」

 マリエッタはトミーに微笑んだ。

「王妃様なら私達と同じ、国に忠誠を誓った立場ですよ? 同じなんて嬉しいじゃないですか。」

「俺達と姫は仲間になるんだな。」

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

「そっか、姫が王妃様になるのか…。」

「騎士団がお守りするんです。私のトミー様が。」

 マリエッタはトミーの腕に自分の腕を絡ませた。トミーは緩みきった表情をしていた。二人はお互いに好みの異性だった。もともとマリエッタの実家の商会が縁で知り合いではあったのだけど、親同士が納得せず、建国記念日の演武が評価されて二人は婚約できたのだ。

「姫様は、私が作ったお人形を使ってくださるような、優しい方です。私は姫様を応援しますわ。」

 以前上級生に絡まれていた時シャーロットに助けてもらった話を、トミーはマリエッタから聞いていた。姫はさすが姫だと胸が熱くなったことを思い出す。

「俺はマリエッタが一番大事だからなあ。マリエッタを応援しよう。」

 トミーはマリエッタを見つめた。マリエッタは嬉しそうに顔が輝く。

「姫は俺達の大事な姫様だもんな。」

 そういう二人の会話も、シャーロットは知らない。


 シャーロットはぼんやりとしたまま部屋に帰ってきていた。思わず床のラグで寝てしまいそうになる。

 いかんいかん、今日は勉強しなくては…。両頬をペちんと叩いて、コーヒー牛乳をさっそく飲んで机に向かう。

 リュートが何を考えているのかよく判んないけど、テストで負けたらまずい気がする、というのだけはシャーロットにも判った。

「こんなふうに危機感を感じて勉強するのって、なんか変だわ…。」

 独り言を呟いて、シャーロットはノートを広げるのだった。

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