<67>悪役令嬢主催のイベントが始まるようです
珍しく緊張して受けたテストだったけれど、シャーロットは最終日まで体調を崩すことなく持ちこたえた。明日の土曜日には、公爵家に王子達がそれぞれリトル・プリンスを持って集まってくるので、シャーロットは片付けもそこそこに家に帰る準備をしていた。
エリックも判定役としての役目があるので、家に帰ることになっていた。馬車に乗り込むとすでにエリックが座っている。お互いに母が好みそうな上質な素材の貴族然とした服装だった。シャーロットは淡いピンク色のアンサンブルのワンピースを着ていた。エリックは明るい灰色のスーツ姿だった。
「家に帰るだけでこんな格好しなくちゃいかないなんて、不便ね。」
シャーロットは眉を顰める。
「お姉さまがここでの生活に慣れ過ぎなんだよ。町娘でもしないようなゆるい恰好をして歩いてるよな。」
「そういう服をきちんと買って貰ってるんだから、お母さま公認だと思ってるわ。」
公爵家に定期的にやってくる出入りの商人が持ってきた庶民の好む服を、侍女や母が選んで持たせてくれていた。学校でしか着ないからと約束して、シャーロットの好みが割と反映されている。
「エリックだって、結構すごい格好してると思うけど?」
休みの日に見るエリックの服装は尖がっていると、シャーロットは思っていた。
「ちょっと真面目な印象には見えないような感じだもの。」
「まあ、お互い様だ。」
自分に都合が悪い話なのか、エリックは鼻で笑って黙ってしまった。
土曜は朝からシャーロットは美容担当の侍女達に捕まり磨き上げられて、ほんのりと薄化粧を施され、髪は巻き上げられる。コルセットを締められて肌の露出の多いオフショルダーのドレスを着させられた。肘まである白いレースの手袋をしていても、露出が高いことには変わりなかった。
「あの、お母さま。この寒い真冬に、私は何故このような薄着をしているのでしょう。」
オフショルダーの白いドレスは、袖などなく、胸元も大きく開いている。素材はしっかりとしたシルクだったのでそこまで寒くはないけれど、季節感はどこに行ったのだろう。
深い紺色のドレス姿の母は、スズランの香水を吹きかけられているシャーロットを見てにっこり笑って言った。
「まあ、シャーロット、良く似合っていますよ? 雪の女王の役がやれそうね。」
それ、褒めてるよね? シャーロットは母を細く睨む。
「家の中は暖かいから大丈夫よ。あまり寒いならショールを巻きましょう。でも、いらないでしょ?」
「ええ、外に出ないのであれば…。」
ドレスにしわが寄るので座る訳にもいかず、時間が来るのを立って待っていたシャーロットは、呼びに来たタキシード姿の父に、ほっとして微笑みかける。白い肌に白いドレスのシャーロットの青い瞳が柔らかく光を讃えている。
「美しいなシャーロット。雪の国のお姫様のようだね。」
雪の女王よりもましな褒め方だとシャーロットは思った。母はくすくす笑っている。
「当然よ、私達の娘なんだから。」
正装した父に先導され、シャーロットは母に手を引かれて広間に入ると、すでにミカエルやリュート、サニー、ブルーノがソファアに腰かけて待っていた。誰もが漆黒のタキシードを着ていて、それぞれの傍に執事を伴い、本を持たせている。同じようにタキシード姿のエリックは彼らの傍に立って、様子を見守っていた。
父は手を打って注目を集めると、話始める。
「皆さん、お待たせいたしました。シャーロットの為に集まって下さってありがとうございます。判定役はエリックが行います。合格された方は順番に、本を持ってお一人づつ、隣の続きの間でシャーロットに話して聞かせてやってください。よろしいかな。」
父の言葉に、誰もが頷いた。
「お礼は、シャーロットがその時にお答えするでしょう。」
エリックの元に、シャーロットの誕生会で活躍した執事のジュアンがトランプを持ってやってくる。エース、2、3、4、の4枚のハートのカードを手渡す。
「順番はカードを引いてもらいます。裏返したカードを一枚ずつ手に取って下さい。では、4枚、並べます。」
エリックはジュアンに両手で持たせたトレイの上にカードを4枚、間隔を開けて並べた。あんなに間隔があると、いくらジュアンでも不正が出来ないとシャーロットは思った。ジュアンは澄ました顔をしている。
ミカエル達4人は立ち上がり、お互いに譲り合いながらカードを手に取った。
「では本を見せて頂いていいでしょうか。ここにこの国のリトル・プリンスがあります。同じ挿絵であれば正解です。」
それぞれは自分の執事に持たせた本を手に持ち、本を手に確認に回るエリックに見せる。
シャーロットは静かに4人の前に立った。それぞれの顔を見渡した。綺麗な顔の華奢な王子様なミカエル、真面目な印象の賢い背の高いリュート、余裕な微笑みの異国の王子様なサニー、妖艶な笑みを浮かべる美丈夫のブルーノ。誰からなんだろう…。
「確かに、皆さんのお持ち頂いた本を拝見しました。どなたも正解だと思います。では、先ほど父が説明しましたように、エースのカードを持った方から、姉と隣の部屋へ移動してください。」
立ち上がったのはリュートだった。エリックにエースのカードを見せると、シャーロットをエスコートして、隣の部屋へと歩き出した。背の高いリュートを見上げると、緊張しているのか表情がなかった。
広間の隣の部屋はいつもなら支度部屋として使われていた。今日は綺麗に片付けられて広々としている。奥の窓辺に3人掛けのソファアがひとつあり、周りには花が沢山生けられていた。白いレースのカーテンで日差しは優しく遮られていた。静かな部屋には二人の他に誰もいなくて、シャーロットは少し緊張した。廊下への出入り口のドアが、少し開いていた。
「何か、飲み物はいりますか?」
「私はいりません。シャーロットは?」
「私も、」
シャーロットはソファアにリュートと座って、リュートを見上げた。こんなに露出の高い恰好じゃなくても良かったんじゃないのかなと、シャーロットは自分の格好を振り返った。本を読むだけに正装して集まれって言われて誰も文句言わなかったなんて、すごいなと思う。
「シャーロット、いいかな?」
リュートはシャーロットの膝の上に本を広げた。上手の方からページをめくって、読み始める。
丁寧な読み方に、シャーロットは何度も練習したんだろうなと感心した。シャーロットが本を触らなくていいように上手からページをめくってくれる気遣いも優しいなと思った。
最後まで読んで、リュートはシャーロットの膝の上から本を自分の膝の上に移動させた。シャーロットにゆっくりと、自分の考えを伝えた。
「私は、この王子は愚かだと思う。目の前にある幸せを幸せと思わずに手放してしまうなんて、愚かだと思った。薔薇は、幸せの象徴だと思う。王子は人間の象徴だ。満足することの無い幸せを追いかけ続ける、人間だろう。」
シャーロットの瞳を見て、少し頬を赤らめながら、リュートは言った。
「君を初めて見たのは、祖父に連れられてこの屋敷に来た時、まだ君が誰かのものになっていない頃だ。あの時の私は黙って待っていれば、親や周りの大人が君を与えてくれるのだと信じて何もしなかった。公明正大な政治を行う宰相の家の息子が、自分から誰かを願ってはいけないと思っていた。でも、待っているだけでは君は手に入らない。私は君が手に入るなら欲しいと願うよ、シャーロット。」
大きな骨ばった手で、シャーロットの頬を撫で、リュートは微笑んだ。同じ人に風紀が乱れると何度言われたのか判らない。シャーロットには意外過ぎで言葉もなかった。編み込みをしてくれたのは嬉しかったけれど、あれは責務からで、好意からと思えずにいた。
「シャーロット、君といたい。」
上目遣いに、シャーロットはリュートの瞳を見つめる。
「風紀が乱れるんじゃなかったの?」
「君が魅力的すぎるからね。私の傍にいれば、風紀も乱れない。」
あ、そう来ましたか。シャーロットは苦笑いする。
「リュートは私のことが嫌いなんだと思ってたわ。」
「好きだよ。シャーロット。好きだから、君を他の誰かに触れさせたくないんだ。」
「私は、今は随分慣れたけど、リュートが苦手だったわ。」
今もちょっと苦手だけどね。
「少しずつでも慣れてほしい。」
リュートはぎこちなく微笑んだ。リュートと私の関係はまだやっと、関係が始まる一番最初の位置に立ったばかりだと、シャーロットは思った。
「お礼は、何を望みますか?」
「口付けを。」
「はい? なんですって?」
「キスがいい、シャーロット。」
「それは無理よ? 何か違うものを。」
シャーロットはリュートとキスしたいとは思えなかった。出来ないことは出来ない。
「そうか。なら、一緒に過ごす時間から始めていきたい。」
リュートはシャーロットの手を取り、両手で包み込む。
「冬の長期休暇で一度、うちに来て妹達と一緒に昼ご飯を食べないか?」
「は? はい? ええ、大丈夫よ。そんな感じでいいのなら。」
シャーロットの返事に、リュートは何も言わずに微笑んだ。
「じゃあ、決まりね。」
立ち上がろうとしたシャーロットをリュートが抱き寄せた。あっという間にシャーロットを腕に抱き、キスをした。それは一瞬の出来事で、シャーロットは気のせいかと思った。リュートは唇を離すと、シャーロットを抱きしめた。
今のは何? シャーロットは目をぱちくりしながら天井を見上げていた。リュートから香るベルガモットなシトラスの香りに、夢じゃないんだとぼんやりとしてしまう。
やがて、少しドアを開けたままの出入り口から、侍女達が入ってきた。リュートの体がシャーロットから離れた。
「お帰りはこちらからどうぞ。お嬢様はお支度を直しましょう。」
「時間が決まっているの?」
疑問に思ったシャーロットが尋ねると、侍女の一人が言った。
「ええ、エリック様から、話声が聞こえなくなったら30数えて、部屋に入るようにと言われています。」
ナニソレ。シャーロットは弟の抜け目なさが怖く思えた。
リュートを見ると、顔が赤くなっていた。
「リュートって、照れるところが可愛いよね。」
シャーロットが言うと、リュートは視線を逸らした。
「君だけなんだ、照れてしまうのは。」
ソファアから立ち上がった二人を、侍女がそれぞれ誘導する。リュートは部屋の外へ出て行った。
シャーロットはその場で、お化粧を直したりレモネードを口に含んだり、衣装を手入れしたりと侍女達に世話をしてもらう。
こんな調子で無事に終わるのかなあ、シャーロットは広間に戻りながら首を傾げたのだった。
「次は僕の番だ。」
エリックの傍には2のカードを手にしたブルーノが立っていた。シャーロットはブルーノにエスコートされて隣の部屋へと戻った。侍女達の姿はもうなかった。
ブルーノはソファアに座るとシャーロットを抱き寄せた。シャーロットの腰を抱いたまま、本を二人の膝の上に広げる。
この国の言葉で書かれた本だった。図書館で読んでくれたように、自国の言葉で読んでくれるらしい。
「一度読んだことがあるから、つまんないだろうけど、傍で聞いてほしいんだ。」
そう言って、ブルーノは本を自分の生まれ育った国の言葉で読み始めた。
何回聞いても陽気な雰囲気なんだよね…。シャーロットは言葉の響きを面白いと思いながら聞いた。
シャーロットは本ではなく、本を読むブルーノを見つめていた。ブルーノは時々本から顔を上げてシャーロットを見ては、何かを思うのか時々止まり、また本に視線を落とす。
最後までページをめくるブルーノの手が止まると、シャーロットは終わったのだと思った。
「感想は、前に聞かせたのと同じ。薔薇は僕の国への責任。王子は僕だ。」
ブルーノは本をソファアの端において、シャーロットの手を取って微笑んだ。
「君の傍で僕はこの本を何度でも読んで、この気持ちを忘れないと誓うよ。傍にいてシャーロット。君が傍にいてくれれば僕はなんにでもなれる。」
シャーロットは、躊躇いながら、ブルーノに尋ねた。
「ブルーノ、お礼は何にするか、決めた?」
「君を、と望みたいけれど、今日は違うものにする。デートして、シャーロット。」
「え、嫌。」
シャーロットは即答する。
「それは誤解を招きそうだから、嫌。私は婚約者がいるのよ?」
「じゃあ、一緒に買い物に行こう? 帰りに一緒にご飯を食べよう?」
「それをデートと言うんです。」
ツンとそっぽを向いたシャーロットを、ブルーノは後ろから抱きしめて、首筋を舐める。
「ブ、ブルーノ、なに、」
あまりのことに肩を竦めたシャーロットに、ブルーノは後ろから抱きしめたまま囁いた。
「月曜の放課後、一緒の時間を過ごしたい。一緒にお茶するだけでも我慢する。」
「お茶だけよ?」
シャーロットは振り向いて、ブルーノを見上げた。
「ああ、それでいい。」
ブルーノは甘い瞳でシャーロットを見詰めていた。腰を抱かれ、近付いてきたブルーノの唇を、抗えないままシャーロットは瞳を閉じて受け入れてしまう。ダメ、侍女達が来る…。
手でブルーノの顔を押して、シャーロットは身を離した。無言のままブルーノはシャーロットを見つめてソファアに押し倒し、顔や腕を撫で、胸を触り、腰を撫でた。体格差がある分、シャーロットは逃げられない。
「これは誕生日プレゼントの分…、」
ブルーノはシャーロットに圧し掛かり、首や胸元を舐めた。くすぐったくてシャーロットが身を捩ると、ブルーノはふっと笑ってシャーロットにキスをした。優しくて甘いキスに、思わずシャーロットは流されそうになる。いかんいかん、私、ダメだ…。
「心は手に入れた。体も手に入れる…。」
心はもう、手に入れられないわ。はっと我に返って、シャーロットはブルーノの手をやんわりと掴むと自分の体から遠ざけた。身を起こし座り直すと、何も言わずに下を向いて唇を噛んだ。私はもう、心をミカエルに差し出すと決めたもの。体だってそう。あなたにはあげないわ。
覆い被さるようにして、ブルーノは黙ってしまったシャーロットの両方の耳の後ろにキスをしている。その様子は慰めているようだった。シャーロットも黙って、心の中で数える。
侍女達が部屋に入ってきて、ブルーノに退室を勧めた。無言のままブルーノを見送って、シャーロットは侍女達に世話をしてもらった。
レモネードを勧められてひとくち口に含む。髪型やお化粧を直してもらって、シャーロットは思った。この状況を勘付いているのも、知っているのも侍女達だけだ。たぶん、それはミカエルも気がついている…。
支度を終えたシャーロットを、侍女が隣の広間へと誘導する。
「しっかりなさいませ、お嬢様。お心まで差し出してはいけません。お礼はお礼です。」
小声で侍女が言った。顔をよく見れば、母付きの古参の侍女だった。いつもならシャーロットの世話などしない。
「これはお嬢様と王子様達のゲームです。お嬢様の将来がかかっています。負けてはなりません。よろしいですか?」
そう言って微笑む侍女に、シャーロットは励ましてくれているんだなあと気がついた。
「ありがとう。勝てなくても、引き分けになるよう持っていくわ。」
そう言って、3人目の相手の元へと、シャーロットは広間へと歩いて行った。
ありがとうございました




