<62>リュートルートを攻略すると、もれなくお友達が付いてきます
ミカエルに貰ったまふまふの白いキツネのマスコットは、シャーロットが思っていたよりも目立つらしく、会う人会う人に、「かわいい。いいなー。騎士団に知り合いがいらっしゃるんですか?」と聞かれた。
話しかけてきた生徒達の話を総合すると、王都のハジェット領直営のマリライクス本店で限定個数で販売されたマスコットで、店頭に並ぶとすぐに完売してしまった商品らしかった。また販促用の広告物…とシャーロットは内心思ったけれど、今回はそれが目的で身に着けているので、効果があったと思うべきなのだと自分を慰める。
教室に入ってきたガブリエルも、カバンに同じキツネのマスコットを付けていた。
「あら、シャーロットも貰ったのですね。」
「ええ、ミカエルに付けてと言われて、ほら。」
懐中時計をスカートのポケットから出して見せる。
「ラファエルも貰ってたのですよ、何を考えてるんでしょうね。」
さあ? と首を傾げてシャーロットはガブリエルに話を合わせた。ミカエルが話していないなら、話さない方がいいだろうと判断したからだった。
スカートのポケットからはみ出したキツネは、シャーロットが移動教室で廊下を歩くとまさに宣伝しているようなものだった。違う学年の生徒にもどこで手に入れたのかを聞かれ、ミカエルとの打ち合わせ通りに、「騎士団に伝手がありますの、」と答える。
ミカエルはミカエルな月曜日だったので、待ち合わせて一緒に学食でお昼を食べた。その頃にはすっかりキツネは、王家と騎士団関係者が優先して手に入れていると噂が立っている注目のアイテムになっていた。
「首尾は上々だね。」
ミカエルはシャーロットに微笑んだ。
チーム・屋上の学生達が騎士団に演習の参加を認められたとほとんどの生徒は知っているので、昼休みには女子学生はこぞって武芸のコースの教室に出向き、騎士コースの学生達に頼み込んだり話をしようとしたりした。でも彼らは屋上にいるので、屋上への階段は女子学生で溢れ、女子学生が並ぶのに釣られて男子学生も何人か並んでいた。
お昼ご飯を食べ終えたシャーロット達は教室へ帰る道すがらそんな学生達の姿を見ていて、ミカエルはシャーロットに確信したように微笑んだ。シャーロットも無言で頷く。
シャーロットにはまだ、ミカエルから頼まれた仕事が残っていた。
あとはその日を待つのだ。
放課後、ガブリエルと帰り支度をしていると、リュートが話しかけてきた。
「シャーロット、明日はお昼ご飯を私達と一緒に食べないか?」
「屋上なら遠慮します。」
ガブリエルがくすくす笑う。「学食なら大丈夫ってことね?」
「ガブリエルが一緒ならどっちでもいいわ。」
「私はご一緒しませんわ。シャーロットお一人でどうぞ。」
相変わらずガブリエルは騎士コースの学生達が苦手らしい。苦笑いを浮かべたリュートは、シャーロットに提案した。
「じゃあ、学食で待ち合わせよう。その方が都合がいいんだ。」
「どうして?」
「何人か女子学生が一緒なんだ。シャーロットに紹介したくて、呼んだんだよ。」
「へえ、どんな人?」
シャーロットは目を輝かせてリュートを見上げた。
「会ってからのお楽しみ。」
そう言ってリュートは微笑んで、「また明日、」と去って行った。
「なんですの、あれ。勿体ぶらずに教えてくれたっていいでしょうに。」
ガブリエルが不満そうに呟いた。シャーロットは隣で猫を被って澄ましていたけれど、来たー!っと、内心わくわくしていた。ミカエルからのお仕事が早速始まるのだ。
寮の自分の部屋で部屋着に着替えていると、ミカエルがミチルな格好で帰ってきた。わざわざミカエルな格好から着替えてまでしてこの部屋に帰ってくるミカエルって、実はまめまめしいんじゃないかなとシャーロットは思った。
「ただいま、シャーロット。今日はどうだった?」
「明日のお昼ご飯をリュート達に誘われたわ。女子学生を紹介してくれるって。予定よりも早いわ。」
「そうだね。日曜のお昼の時点で5組だったからね。」
着替え終わったシャーロットが振り返ると、ミカエルも背を向けて着替えている最中だった。ざっくりしたベージュのニットワンピース姿のシャーロットは、椅子に腰掛けまふまふした分厚いピンクの靴下を履いた。
「じゃあその5人かな、明日会う人達。」
お城での情報が役に立つ。ミカエルが王族という立場を利用して持って帰ってきた情報だった。
「もっと増えてるかもしれないね。一応予備持って行く?」
「そうね。ひとつくらいは持っていくわ。」
「学食、混雑しそうだね。」
「ふふ。ミカエルも同席しちゃう?」
「遠くからガブリエルと見てるよ。」
ミカエルもピンクのニットワンピースの部屋着に着替え終った。二人で椅子に座って向き合った。手を握りあってどちらからともなく、微笑み合う。
これだけ私との時間を大事にしてくれるミカエルの為にも頑張ろうと、シャーロットは昨日渡された紙袋を見た。
「明日、頑張ってね。」
「大丈夫。何度も練習したから。」
シャーロットはゆっくり微笑み返した。
火曜日のお昼、学食にシャーロットがリュートに連行されて行くと、既に何人かの女子学生がチーム・屋上の学生達と席を共にしていた。
プレートを手に空いている席にリュートと座ると、女子学生達の紹介が始まった。4人までは統治のコースで、シャーロットも授業で何度か顔を合わせたことのあるクラスメイトだった。
「彼女は商業コースの一年生のマリエッタ、トミーと婚約したんだ。」
5人めに紹介された女子学生は茶金髪に青い瞳の可愛らしい女の子だった。彼女だけが商業コースで、美人な人形顔のシャーロットと正反対な、垂れ目で可愛らしい顔をしていた。耳の下で二つにお下げにした髪の毛先はくるくると巻かれていた。
「はじめまして、シャーロット様。お初にお目にかかります。マリエッタと申します。」
声も幼い感じだった。シャーロットには隣に座るトミーが恥ずかしそうにしているのが意外に思えた。あれだけ目立つ役をやってのけたのに、照れるんだね。
「かわいい方ですのね、お会いできて嬉しいわ。」
にっこりと微笑んだシャーロットにマリエッタは頬を染めた。
「今日は彼女達をシャーロットに紹介したくて来て貰ったんだ。」
リュートが嬉しそうに言った。
食事をしながらシャーロットは聞き耳を立てて、彼らの話を聞いていた。もともと婚約の話はあったけれど、建国記念日の演武が強く印象に残って婚約が決まったという話ばかりで、他にも何組か今週中には話がまとまるような気配がしていた。
騎士コースの学生のうち、チーム・屋上の学生は20人いた。シャーロットと屋上で面識があったのは十数人だったのだけれど、建国記念日の行事をきっかけに行動を共にする人数が増えていた。そのうち5人婚約者を得たのだから、結構な成果と言えた。
「シャーロット様はチームのリーダーだと伺いましたわ。本当にそうだったのですね。」
マリエッタが頬を染めながらシャーロットに話しかけた。
「ふふ、そんなお話も聞いたことがありますが、私は何もしてないんですよ?」
知らない間に名誉会員になり、いつの間にかリーダーに昇格したのだとは言えなかった。
「姫がいなかったらこんな栄誉は貰えなかったんですから、リーダーであってますよ?」
トミーがシャーロットの事を姫と呼んだ。
「ひ、姫?」
ジョンが話に割って入る。
「落ちこぼれだった俺達の人生を変えてくれた感謝を込めて、シャーロット嬢を我らの姫と呼ぶことに決めたのです、なあ、みんな?」
「そうだそうだ、姫のおかげでチーム・フラッグスとして建国記念日に国中から注目を浴びたし、成績は上がった。可愛い婚約者まで得て人生が変わりました!」
「チーム・フラッグス? 」
ナニソレ。シャーロットは首を傾げた。
「建国記念日に騎士団と編成したチーム・屋上の拡大版のことですよ、シャーロット。」
リュートが小声で説明してくれた。ありがとね、とシャーロットが微笑むと、リュートは顔を赤くして頷いた。
「では、私は姫様とお呼びしていいですか?」
マリエッタの可愛い声でおねだりされると、シャーロットは嬉しくてつい、「いくらでも呼んで、」と答えてしまった。
「では私達もそう呼ばせていただきますね。姫様、」
同じクラスの女子学生達に姫様呼びされることになってしまったシャーロットは、あれ、間違えたかな? とちょっとだけ後悔した。
「あのね、私、この場をお借りして、皆さまに差し上げたいものがありますの。今回ご婚約が決まった方に、細やかですがお祝いです。」
シャーロットは立ち上がって、女子学生にのみ紙袋をひとつずつ配って渡していく。もちろん、マリエッタにも渡す。
「今度お決まりになった方がいらしたら、教えてくださいね。私、きちんと皆さまの分のご用意がありますの。」
男子学生達にはそう言って微笑む。
マリエッタは嬉しそうにトミーと袋の中を見た。
「わあ、可愛い、シャーロット様とお揃いですのね。」
シャーロットは懐中時計をスカートのポケットから出して、揺れるまふまふキツネを皆に見えるように高く手に持った。
「それはチーム・屋上の皆さま用に特別に作っていただきましたの。他では手に入らないですわ。」
マリエッタがトミーと手にした白いまふまふキツネのマスコットは、青いビーズの瞳で青いマントをつけて手に青い旗を持っている。
「私、マントにトミー様のお名前を刺繍して私だけの目印にしますわ。姫様。姫様の真似をして懐中時計に付けてもいいですか。」
シャーロットはマリエッタに向かって笑顔で頷く。袋にはマスコットが二つ入っていた。一個のキツネには赤いリボンが首に結んであった。
「ちゃんと女の子のキツネと男の子のキツネとペアにしてもらったから、お互いにお互いのキツネを持っても、素敵だと思うわ。」
「可愛い…。こんなの嬉しすぎて持って歩けないわ…。」
嬉しそうに見つめる女子生徒もいて、シャーロットはしめしめと思いながら眺めていた。
お昼休みが終わって教室に帰る頃には、それぞれのカップル達がキツネを手に二人で話をしながら仲よさそうに歩いていた。トミーとマリエッタも二人でキツネのマスコットを手に嬉しそうに話をしていた。
そんな様子を見て刺激されたのか、他のチーム・屋上の面々も「早く婚約の話を進めよう」と口々に話している。
シャーロットはきっかけが作れて良かったなと嬉しく思っていた。婚約したばかりの頃は、話すきっかけも難しいだろうなと思っていたからだ。私の場合はミカエルがびっくりするようなことを話してくれたからすぐに馴染んだけどね、と思う。
リュートが隣を歩くシャーロットの微笑む顔を見て、優しく尋ねた。
「私にも婚約者が出来たら、あのキツネをくれますか、シャーロット。」
「ええ、もちろん。リュートの分もありますから。」
自分がその婚約する相手とはちーっとも思っていないシャーロットは、笑顔で答えた。
「では、早く、ミカエル王太子殿下との婚約を解消してもらわないと。」
シャーロットの耳元で囁いて、リュートはふっと微笑んだ。
目をぱちくりして驚いたシャーロットに、リュートは何事もなかったように、先に歩いて行ってしまった。
学生の間で、チーム・屋上の学生と婚約するとシャーロットからお祝いが貰えるとすぐに話題になった。チーム・屋上の学生は20人ですでに5人相手が決まっていた。あとの15人はどうなるのかも話題になった。
婚約者同士で共通のマスコットを持つという連帯感からか、商業のコースのマリエッタもすぐに統治のコースの4人と仲を深めていった。それぞれがマントに名前を刺繍してカバンや懐中時計に付けていた。
シャーロットももちろんチーム・屋上のメンバーの一人として彼女達は扱ってくれ、姫様と親しみを込めて呼んで話し掛けてくれた。
あの後、二人で照れくさそうにシャーロットに婚約の報告に来る騎士コースの学生とのカップルが2組あった。2組とも女子学生は統治コースの学生だった。シャーロットはそれぞれにお祝いを渡し、他のカップル達からも祝福されていた。姫様と呼ぶ女子学生が増えた訳だけれど、シャーロットはそこは気にしないようにした。
合計7人の女子学生と、シャーロットはチーム・屋上を通じて仲間でもあり友達になった。
ミカエルにその成果を報告すると、「仕上がりは上々、」とニヤニヤしていた。
土曜日にお城でお茶会に招かれているので、シャーロットは金曜の授業が終わると家に帰る予定にしていた。ミカエルもお城に帰るので、会えるのは実質金曜のお昼までだった。金曜日はミカエルはミカエルとして過ごすからだ。
木曜日の放課後はミチルなミカエルと一緒に図書館にいた。シャーロットはあの本をミカエルに見せたかった。
サニーに教えて貰った通り、辞書の棚の辞書と棚の隙間をしゃがんで見てみた。手を入れて取り出した本は、あの本だったけれど様子が違った。
「あれ? これ、ローズが見ていた方だわ。」
パラパラと中身を見ると、見たことのない単語だらけで、シャーロットにはとても読めなかった。
「どういうこと? この前見た時はこの国の言葉のものだったわ。」
本の背表紙を見ると、学校の図書館の蔵書印がなかった。
「もしかして、これ…、」
ミカエルが本をシャーロットの手から受け取り、見開きのページを確認する。そこにはお城の図書館の蔵書印がはっきりと押されていた。
「やっぱり、これ、お城の図書館の本だよ。僕が隠したやつ。」
え? 隠したの? 聞き捨てならない告白を聞いた気がしたシャーロットは、思ずミカエルの顔を見つめた。
「ああ、この学校に入学したばかりの頃、お城に置いておくとシャーロットに何かの拍子に見つかるよなーと思って、ここに置いたんだよ。持って帰るね。」
ミカエルはしれっと言った。
堂々と持ち出すために、図書館の司書にはシャーロットがお城に届けると説明した。土曜にお城に行く用事があるから、と。司書は不思議そうにあの本のお城の蔵書印を見ていたけれど、公爵家の令嬢のシャーロットの肩書がものを言ったのか、納得して手渡してくれた。
「お手間をかけてしまってすみません。どういう不注意でここにあったのか不明ですが、ご協力感謝します。」
そう言って済まなそうにしていた。
シャーロットは「いえいえ、お気になさらずに、」というしか言えなかった。隣にいるミチルなミカエルが持って来て置いたとは言えなかったからだった。
微妙に罪悪感を感じつつ、シャーロットはミカエルと図書館を後にした。
ありがとうございました




