<63>イベント攻略するには情報が重要なようです
金曜日はミカエルはミカエルな日だったので、ガブリエルとシャーロットが二人で移動教室のために廊下を歩いていると、見た覚えのある女子生徒が何人かの女子生徒に囲まれていた。彼女は困っている様子で、怯えた目をして辺りを見回していた。何があったのか気にはなったのだけど、授業が気になるシャーロットは他の生徒達と同じように通り過ぎようとした。
「なんですの、みっともない。大勢で寄ってたかって!」
通りすがりに、ガブリエルは女子生徒達を窘めた。女子生徒達が顔色を変えて振り向き、シャーロット達を睨んだ。
ガブリエルはいい子なんだけどちょっと喧嘩っ早いんだよなあと思いながら、シャーロットは、仲裁を買って出た。ガブリエルを矢面に立たせる訳にもいかず、そうせざるを得なかったからだった。
「どうかしましたか、皆さま。私でよければお話を伺いますが。」
シャーロットは丁寧に声を掛けて微笑んだ。女子生徒達は商業のコースの上級生なようだった。シャーロットと面識もなければ話したこともなかった。
「姫様、」
囲まれていた女子生徒がシャーロットを見て、嬉しそうにした。マリエッタだった。
「まあ、マリエッタではありませんか。マリエッタは私のお友達です。何か御用でしたら私が伺いますわ。」
シャーロットは優雅に微笑んだ。
何か言い淀んでいる女子学生達は、シャーロットの傍にいるガブリエルにも気が付いた様子だった。女子学生達は途端に揃って礼をした。
「王女様、これは失礼いたしました。」
ガブリエルには礼をするのね。シャーロットは少しイラっとしたけれど、顔には出さないようにする。猫を被るのには慣れている。
「シャーロットのお友達なら、私にも大事な方ですわ。皆さまも大事にして差し上げて?」
ガブリエルは意味ありげに微笑んだ。
「何でもありません、失礼しました。」
そう言って女子学生達はあっという間に逃げて行った。取り残されたマリエッタにシャーロットは静かに微笑んで、足元に落ちていた教科書やノートを拾って手渡した。
教科書やノートの束を恭しく受け取ると、マリエッタは恥ずかしそうに頬を染めて、小さな声だったけれど頭を下げて、はっきりとお礼を言った。
「ありがとうございます。姫様。突然のことにびっくりしてしまって。助けてくださった上に、お友達だと言って貰えて、嬉しかったです。」
下げた頭を思わず撫でてあげたくなる可愛らしさね、とシャーロットは思った。ガブリエルも好感を持ったようで微笑んでいた。
「当然のことをしたまでです。マリエッタとはお友達ですし、仲間だと思っています。同じ、王家に仕える身として、ね?」
シャーロットはポケットから懐中時計のキツネを取り出し見せた。ミカエルからは、このキツネのマスコットが持つ縁は仲間の証だと聞いていた。同じ王家に仕える身としての証、だと。
「私はミカエル王太子殿下の婚約者です。将来王家に仕える身となります。あなたも騎士団団員の妻となり、王家を支える身となる者です。私達は仲間でもあるのですよ?」
ガブリエルはにこにこしてシャーロットとマリエッタを見ている。
「王家に仕える身となる仲間…、」
マリエッタが夢見るような表情で、シャーロットとガブリエルを見ていた。
「私、トミー様と婚約できたことが嬉しくて浮かれていたので、あの方達にキツネのマスコットをどこで手に入れたのかを聞かれた時も、うまく答えられなかったのです。婚約して貰ったとしか答えられなくって…。」
確かに婚約して貰った、で、間違っちゃいない。
「私があげたとはっきり言って貰って構いませんよ? 同じ仲間の証だと言って貰っても。」
シャーロットはガブリエルと顔を見合わせて微笑んだ。マリエッタはキツネのマスコットを手に握りしめ、シャーロットの顔をじっと見つめていた。
「マリエッタはトミーのことが好きでしょ?」
「ええ、歌いたくなるくらい嬉しくて、大好きです。」
「では、その気持ちを大切に。私も、ミカエル王太子殿下と婚約できてとても嬉しく思っていますの。あなたと同じですよ?」
「姫様と、同じ…。」
マリエッタが潤んだ瞳でシャーロットを見ていた。表情がよく変わって可愛い子ね、と思いながらシャーロットはにっこり笑った。
「また、一緒にお昼ご飯を食べましょうね、マリエッタ。」
「はい! 姫様!」
「では、また。」
手を振ってマリエッタと別れたシャーロットと足早に歩きながら、ガブリエルは小さな声で確認した。
「いいんですの? シャーロット。また騎士コースの人達とお昼ご飯食べるって、今、約束しちゃいましたわよ…?」
「あ…。」
そういえばそうだった…。
シャーロットはいつかやってくるその日を考えると、ミカエルになんて言おうかと憂鬱な気分になるのだった。
放課後、一緒に帰る約束をしていたのでミカエルを教室で待っていると、サニーがやって来た。
ガブリエルはまだ授業があるとかで別行動をとっていた。教室にはシャーロットが一人で待っていて、他に生徒はいなかった。
「シャーロット、話があるのですが、いいですか?」
「少しだけなら。」
ミカエルが迎えに来るまで、ね? シャーロットはそう思ったけれど黙っておいた。変に刺激したくなかった。気を抜くと抱き締められてしまいそうに近い距離のサニーを見上げて、シャーロットは微笑んだ。
「あの本、私は手に入れましたよ。父や兄が都合してくれて、この土日には到着しそうです。」
「あら、早かったのね。」
父はひと月かかるのではないかと言っていた。無理に急がせた、とかではないといいけど。
「あの本は有名な本だったみたいですね。兄が言うには、タイトルですぐ見つかったとの話です。ガブリエル第二王女も同じ本を所望されたとかで、二冊、手にいれたそうですよ?」
「そう…。」
シャーロットはガブリエルは本当におねだりしたんだ、と思った。
「あのね、判定はエリックがすると、うちの家族が言っているの。細かい約束はまだ決まっていないみたいだけれど、一応伝えるね。今日これから家に帰る予定だから。」
「最近よく家に帰るんですね、シャーロット。」
この前の土日はここで過ごしたけどね、とシャーロットは思った。ブルーノとエリックと図書館に行ったりと、勉強三昧だった。
「ええ、明日、お城でお茶会なの。」
「それは私も参加できますか?」
無理だと思うわ。だってミカエルと私の聞き取り調査だもの。シャーロットはそう思ったけれど黙って微笑んで、誤魔化した。
「飛び入りは無理だと思う。だから、またの機会にお茶会ができるといいわね。」
悲しそうなサニーの瞳にシャーロットは気の毒に思えてしまう。あの雨の日の帰り道以来、サニーが以前よりも特別に思えている自分に戸惑っていた。
「シャーロットと二人でお茶会がしたいですね。他の誰かなど交えずに。」
サニーはシャーロットの手を取った。両手で包み込んで、手の甲にキスをした。
「そういう機会を作って下さい。シャーロット。」
微笑むサニーに、シャーロットは顔が赤くなった。つ、作らないから絶対!
「シャーロット、待たせた、ごめん、」
教室に入ってきたミカエルの声に、サニーはさっと手を離した。
「では、また。」
サニーは手を振って去っていった。
「何? サニーとなんかあったの?」
砕けた口調のミカエルに、他に生徒がいなくて油断しているんだろうなと思った。
「あの本が手に入ったって、報告だったの。それだけ。」
「ふうん?」
ミカエルはシャーロットのカバンを持つと、シャーロットを急かした。
「遅くなってごめん、帰りの時間があるのに。ごめんね、シャーロット。帰りながら話そう?」
「ええ。カバンありがと。大丈夫。自分で持つわ。」
シャーロットは自分のカバンを手に、ミカエルと手を繋いで歩き始めた。ぽつりぽつりと話をしながら帰る。明日の結果次第では、こうやって一緒に帰ることが出来なくなるのかもしれないと思うと、心が震えた。
「明日、打合せ通りに話を進めていけるね、シャーロット。」
ミカエルが、シャーロットに微笑みかける。
「うん、大丈夫だと思う。お友達も7人増えたわ。」
お友達というより仲間だけどね、シャーロットは思った。同じ、王家に将来仕える者。同じ、王家に身を捧げる者。私達はそういう仲間だ。
「それは大収穫だね。その人達とは付き合っていけそう?」
「大丈夫だと思う。」
首に巻いた、ローズがくれたマフラーを指で押さえながら、シャーロットは下を向いた。歩くスピードがだんだん遅くなっていた。
「帰りたくないな…、」
シャーロットの呟きは、ミカエルにも聞こえていたようで、ミカエルがぎゅっと手を握りしめた。
「大丈夫だから。僕が君を守るから。」
「わかってる。」
シャーロットはそれでも不安だった。早く明日になって、早く元通りの関係になればいいのに。そう、思った。
事前に一緒に帰る話は聞いていなかったけれど、馬車にはすでにエリックが乗って待っていた。エリックと一緒に家に帰ったシャーロットを、父も母も嬉しそうに出迎えた。
そのまま父の執務室に移動して、家族会議が始まってしまう。
「エリックには本の判定の話をまとめていく作業をしてもらわなくてはいけないの。だから今日は帰ってきてもらったのよ。」
母がシャーロットに説明する。
「そういえば、サニーが土日に届けてもらう予定って言ってたわ。」
シャーロットが思い出したように言うと、父も頷いた。
「宰相の家からも、リュートが本を手に入れたと連絡があった。リュートは不参加だと思っていたけれど、あの者も参加するんだなあ。」
「当たり前よ。お父さまが黙って見てるだけなんて考えられないわ。」
母が唸るように言った。
「ブルーノはこの国で手に入れた本で参加するらしい。」
エリックはブルーノから話を聞いたのだろう。
「ミカエル王太子殿下は、今日、他国の本を手に入れてたわ。」
図書館にあったあの本を手元に戻したら、手に入れたと言わないのかしら。
「へえ、自国ではなくて他国なんだ、」
エリックが眉を少し上げた。「他国の本なんて、あの人は余裕なんだな。」
「では、全員本を手に入れたのね。」
「ええ。そうみたい。でも、12月には期末テストが始まるのよ? 来週なんて忙しいもの。テストが終わってから、ではダメなのかしら。」
「それでいいんじゃないのかしら。あとは冬休みくらいでしょう?」
「あ。」
シャーロットはブルーノの国の新年パーティの話を思い出した。
「あのね、お母さま。うちは、新年はどこで過ごすのかしら。」
念のために聞いてみる。
「決まってるわ、うちの領地のうちの別荘よ? お父さまと祝賀パーティよ?」
「え、ブルーノの国に行かなくてもいいの?」
シャーロットは驚いて父と母の顔を見比べた。話が随分違う気がするけど?
「あなたが嫁ぐことになったら行けばいいじゃない。それまでは家族で過ごすことにしたの。」
えー? ものすごい方針転換じゃないの? シャーロットは心の中で絶叫した。
「この前、王妃様とお話ししていてね。ラファエル第一王女様やガブリエル第二王女様が再来年には結婚していなくなってしまうって話を聞いたら、なんだか寂しくなってしまって。うちも、あなたが学校を卒業したらもう一緒にいられないんだと思ったら、どこかの国に行ってる時間がもったいなく思えたのよ。」
母がしんみり言うと、父がそんな母の肩を優しく撫でる。
「父様も、シャーロットと過ごせる時間を大切にしたいんだ。だから、今年は思い切ってうちの別荘で過ごすことにした。」
新年最初にミカエルに会いたいんだけど。シャーロットは毎年の恒例行事でいいのに、と思う。
「お城にご挨拶には行かないの?」
「お城にはもう行かないかもしれないからな。それはまだわからないんだ。」
父も母も嬉しそうな顔をした。
「明日には、婚約が解消できるかもしれない。そうなったら、表向きは婚約破棄された家だ。無理に新年の挨拶など行かなくてもいいだろう。」
エリックは黙って様子を伺っている。
「明日、婚約が破棄にもならず続行になったらどうするの?」
「その時は別荘に行ってから、新年の挨拶に間に合うように帰って来ればいいさ、シャーロット。」
シャーロットは唇を噛んで黙り込む。
明日絶対に婚約破棄にならないようにしないと。視線を感じてエリックを見れば、エリックが冷やかな目で笑っていた。
「シャーロットお姉さま、明日は婚約破棄されて帰って来い。その方が人生は面白いぞ。」
「他人事だと思って…!」
シャーロットはエリックを睨みつけた。エリックの他に12人いるリルル・エカテリーナ様の婚約者が、全部いなくなっちゃってエリックだけになればいいんだわ。そう、思った。
ありがとうございました。




