<60>エリックルートを順調に攻略しちゃってます
シャーロットはミカエルに言われた通り、誰かに会う度に建国記念日の式典での騎士コースの学生の雄姿を讃えた。「素敵でしたわ、」なんて曖昧なものではなく、「皆さま、国王陛下の覚えもめでたく、学生でありながら騎士団の演習に参加されるのですよ。誰も、婚約者がいらっしゃらないんですって。将来有望ですのにね、」と具体的に褒める。
同じことを何度も繰り返して言うので、シャーロットも自分で言うその言葉の通り、チーム・屋上の学生達がとても魅力的に思えてきていた。
シャーロットは学食で夕食を終えて自分の学生寮の部屋に戻る頃には、すっかりチーム・屋上のファンの気分になっていた。ミカエルと昼間中庭で話し合ってから別行動となり、学食で夕飯を食べ現在学生寮に帰るまでに、いったい何人の生徒にこの話をしたのだろう。
一人で歩くシャーロットだからこそ気安く話し掛け易いのか、今日は本当に多くの学生と話をしたなあとシャーロットは振り返る。
部屋に戻ったシャーロットは、部屋のドアの前に凭れるように紙袋が置いているのを見つけた。小さなカードが袋と壁の間に挟み込まれている。
「誰だろう…?」
開くとローズの名前と、ぜひ使って下さいの一言があった。傍に置かれた小さな紙袋を手に部屋の中に入る。
部屋の明かりをつけて、中身を見た。掴んだ毛糸のふわふわした手触りが優しく、広げるとマフラーだった。淡い菫色のマフラーで、縁は濃い紫色で色が切り替えて始末がしてあった。
姿見の前で、マフラーを首に巻き付けてみた。シャーロットの金髪で青い目に、菫色のマフラー、ピンクのモフモフワンピースに灰色のパーカー。なんだかとってもメルヘンチックな色合いだわ。シャーロットは思った。私、こんな色のマフラーを今まで持っていたことがなかったけれど、案外似合うじゃない、と自画自賛する。
マフラーを首に巻き付けたままニヤニヤしていると、突然部屋のドアが開き、エリックが入ってきた。
「な…。何やってんだ、お姉さま。ニヤニヤして気持ち悪い。」
「勝手に入ってきて、気持ち悪いって何よ、」
「見たままの感想を伝えたまでだ。誰かに貰ったのか?」
咎められそうで言いたくないなと思ったけれど、エリックがそのまま答えを待っている様子なので、シャーロットは仕方なく答える。
「ローズ。部屋の前に置いてあったの。」
貰ってカードも広げてみせる。睨みつけるようにエリックは見て、唸るように言った。
「あの女…。」
エリックまであの女って言った! シャーロットはびっくりして目を見開いた。
「いいじゃない、嬉しいわ。私は嬉しいの。」
「そんなもの作ってる暇があったら勉強しろよ。あの女は、学校にいられなくなる自覚がないんじゃないのか?」
「厳しいわね。連休中に勉強が捗ったのかもしれないじゃない。」
エリックはシャーロットの顔を睨みつけた。
「シャーロットはほんとに甘いな。前もそんなことを言っててななしやで働いてただろ、あの女。危機感がないんだ。」
そういえばそんなこともあったなあ…とシャーロットは思った。
「で、あんたは何をしに来たの?」
「お姉さまに招待状。」
「えー? 誰から?」
「俺とブルーノ。今度の土日、一緒に勉強会なんてどう?」
「え、嫌だけど?」
エリックとブルーノと何を勉強するのだろう。
「ひたすら図書館で勉強するだけの勉強会。昼ご飯くらいは奢ってあげます。」
「いらないなー。何も魅力を感じないんだけど。」
シャーロットは期末までまだひと月あるし、別にいいんだけどなと思った。期末テストは12月に入ってすぐにある。
「ブルーノと二人だけですればいいじゃない。」
「毎週二人で図書館に一緒にいるんだから、たまには一緒に付き合えよ、お姉さま。」
シャーロットはミカエルにブルーノとの関係を指摘されたし、これ以上面倒なことになるのは嫌だなと思った。
「あのね、ミカエル王太子殿下がいいよって言ったら行くわ。それでいいかしら。」
にっこり笑ったシャーロットに、エリックは「その言葉、覚えとけよ、」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行ってしまった。
ミカエルがいいっていう訳ないじゃん。ニヤニヤしながらシャーロットはその姿を見送った。
翌朝、エリックがシャーロットと登校中のミカエルなミカエルを捕まえて、許可を貰いたいと言った。上げ底靴を履いているとはいえ、エリックを見上げミカエルは平然と言った。
「いいよ。よろしく頼む。」
シャーロットが驚いていると、ミカエルは優しく微笑んだ。
「気にしないで、行っておいでよ、シャーロット。」
え? 何度も目をぱちくりしているシャーロットに、ミカエルは続ける。
「僕は仕事があるから、土曜は君と一緒にいられないんだ。君を一人で置いておくより、弟くんにお任せした方が安心だからね。」
えー?
「じゃ、お姉さま、そういう事でよろしく。」
エリックは先を歩いていたブルーノに駆け寄って、嬉しそうに報告している。ブルーノの横顔も嬉しそうだった。
「あのさ、ミカエル。」
シャーロットが沈んだ声で尋ねると、ミカエルが鼻で笑った。王子様なミカエルが鼻で笑うとなんかむかつく、とシャーロットは思ったけれど黙っておいた。
「ブルーノが気になる? シャーロットは自分を信じて動けば大丈夫だよ?」
どういう意味かしら。シャーロットは思ったけれど、聞くのが怖くて聞けなかった。風が二人の間を通り抜けた。
首に巻いたマフラーを見た。ローズのくれたマフラー。世界で一つしかない、シャーロットのマフラー。
ブルーノと結婚すればローズとは会えなくなる。ミカエルが言っていた通り、流されそうになっていたんだと気が付いた。
「そうね。そうだよね。」
シャーロットはミカエルの瞳をまっすぐに見て、微笑んだ。
学校に登校する最中も学校に登校してからも、出会う人出会う人に、ミカエルに言われた通りチーム屋上の面々を誉め捲ったシャーロットは、自分の発言がどういう意味を持つのか知らなかった。そのシャーロットの横で、暖かく微笑むミカエルの効果も、気が付いていなかった。
シャーロットが一日を終えてガブリエルと女子寮に帰る頃には、ほとんどの生徒が、騎士コースの学生はお得という印象を抱いていた。将来性もあり、あの公爵令嬢シャーロットも王太子も注目しているという羨望で話題になっていた。
噂になっているとは気が付いていない当事者のシャーロットは、マフラーをガブリエルに褒めて貰って機嫌がよかった。ガブリエルは誰が作ったのかやどうやって手に入れたのかを、あえて尋ねたりはしなかった。
ただ、一言、「そんな暇があったら勉強すればいいのに、」と言った。
シャーロットはエリックみたいなことを言うのねと思ったけれど、奨学生のローズが自力で成績を維持できるようになるまではこういう批評が続くんだろうなと思った。
私はローズのために何をしてあげられるんだろう。
部屋に帰ったシャーロットは、着替えながらカレンダーを見た。
12月まではもうひと月切っている。期末テスト大丈夫なのかな。ご飯食べてるかな。元気にしてるかな。そういえば今日見かけなかったな。会いに行きたいけど、まだ行っちゃダメなんだろうな…。
私がマフラーを使っていたら、ローズは気が付いてくれるかな。
シャーロットはトランクを開けて、実家から持ってきた美容クリームの瓶を取り出した。9月のお誕生会でカードの景品でお客様に配った自領の高級美容セットの一部だった。
確かローズは使ったら手がつるつるになったと喜んでいたっけ…。
シャーロットは机に向って、可愛らしい小鳥や花の透かし模様の入った白いカードを机の中から探して、ローズへ手紙を書いた。
マフラーがとても嬉しかったこと。大切に使わせてもらっていること。シャーロットは、それだけじゃ足りない気がした。しばらく考えて、ペンを走らす。
あなたの手を握って感謝を伝えたいけれど、できないから美容クリームを贈るわ。あなたの手を労わってあげて欲しい。そう、言葉を結んだ。
紙袋に瓶と手紙を入れて、シャーロットは階下のローズの部屋の前まで行った。
会ったらダメなのかな。たまたま来ちゃったって言って、会ったら、ダメなのかな。
私が原因でローズが責められるのは、嫌だ。そう思ったシャーロットは、ドアノブに紙袋を掛けると、部屋のドアをノックした。
「…はーい?」
久しぶりにローズの声を聞いた。元気そうだった。
良かった…!
シャーロットは姿が見られる前に、と思って階段へ走った。今はまだ会えない。もう少し我慢だ。
シャーロットが階段へ姿を消した頃、ローズはノックした後の反応がないのが気になって、部屋のドアを開けて廊下を確認していた。
ドアノブにかかった紙袋が見えて、ローズは紙袋の中を開けてみた。白いカードに並んだ、見慣れたノートの文字。
「姫様…!」
シャーロットはうっかり名前をカードに書き忘れていたけれど、ローズはきちんと気が付いていた。
嬉しそうに部屋の中に入ったローズを、隣の部屋のリリアンヌとエミリアはドアの隙間から、こっそり観察していた。ローズに気が付かれないように、音を殺して部屋のドアを閉める。
「久しぶりに姫様が来たね。」
「ローズには会わなかったね。さすがだね。」
「でも、何か差し入れしてたよ?」
「あの大きさだと、ノートじゃないし、大丈夫じゃない?」
二人は、ガブリエルにローズが誓わされた件を知っていた。
「あとでエリック様に、一応報告にしとこ?」
「言わなかったら機嫌が悪くなりそうだしね。」
二人はくすくす顔を見合わせて笑った。
「この部屋はほんといい部屋だったね。こんなに刺激の多い部屋になるなんて、思ってもいなかったわ。」
エミリアはメモを書く。エリックへの報告メモだ。
「そうね。エミリアと同じ部屋なだけでも幸運を感じたのに、ローズがきっかけで、エリック様とこんなに親しくさせていただけるなんて。この前公爵夫人のサロンに誘って頂いたって、うちの親がすごく喜んでたわ。」
二人とも親は子爵だった。家が近いこともあり、幼い頃から親しい間柄だった。
エミリアの家は領地経営で商会に手を出していて、シャーロットのハープシャー公爵家とは港をきっかけに付き合いがあった。
リリアンヌの家は両親や兄が共に、お城で薬学博士として働いていた。やっぱり、異国の薬を手に入れるために、港をきっかけにハープシャー公爵家とは付き合いがある。
エリックは親の付き合いに重ねる形で、その子女達を情報源として付き合いを持っていた。
「シャーロット様は騎士コースの学生達を誉めてたし、あいつらと結婚したら、未来の公爵のエリック様からもつながりは持てるし、未来の王妃のシャーロット様とつながりも持てるし、もしかして凄く親が喜ぶ未来になりそうじゃない?」
エミリアはリリアンヌと黒い笑みを浮かべる。もともと親が勧める無難な相手と結婚するつもりでいた未来が、自分で相手を見つけられる機会を得たのだ。
「今なら選り取り見取りで有望株が買えるとなったら、早い者勝ちよね。」
二人は顔を見合わせて、学校から帰って来てから続けていた作業を再開した。床の上に広げたノートには、騎士コースの学生の名前が書かれていて、その名前を見ながら噂や見た目を検討し、自分の好みの男性像と擦り合わせていく。
「じゃあ、私はこの人にするから。リリアンヌはこの人にするのね、」
ノートに並んだ名前に丸を付けて、エミリアは笑った。あとは親に、結婚を前提にお付き合いをしたい候補者がいると伝える手紙を書くのである。
「夫は騎士団団員、しかも貴族とはいえ2男や3男。嫁姑の揉め事はおそらくない。記念日の式典でも見たけど、顔は悪くないし体は丈夫。同じ学校だからこれからいくらでも仲を深めていけるわね。」
「明日、ハウスキーパーに持って帰ってもらいましょう。」
二人は笑って、お互いの手紙を確認した。
でも、二人は知らない。シャーロットの宣伝効果で、想像以上に沢山の女子学生が同じような考えで、家に婚約の打診の手紙を書いている事を。しかもすでに、週末にお見合いを設定している組がいくつかあるという事も。
シャーロットも知らない。付き合いで謁見に同行したと思われている自分が騎士コースの学生達を誉めたので、必要以上に付加価値が付いてしまっている事を。シャーロットとミカエルが婚約している事は意外に知られていなくても、親が伝手を欲しがるような裕福な領の公爵令嬢という自分の立場は知られている事も、知らなかった。
土曜日は朝から、シャーロットはそわそわしていた。昨日の放課後からミカエルはお城に帰ってしまっていなかった。
「こんな時にいないなんて変じゃない? 」
鏡の中の自分に問いかける。シャーロットは気が乗らない。ミカエルに試されている気がした。
鏡の前で、ベージュの細かいリブ編みのセーターに、カーキ色の踝丈の巻スカートを合わせた自分の姿を確認する。変に気取ってなくて、でも普段着で、落ち着いた学生っぽく見える。
図書館は学校と中庭を挟んで向かいにあった。学生寮から遠いので、休日は平日よりもさらに利用する人が少なくなる。
待ち合わせの時間は9時半だった。開館時間が9時なので、妥当なんだろうなとシャーロットは思った。時間通りに行くと、図書館の入り口で待っていたのはエリックとブルーノだった。
エリックはざっくりとした黒色のセーターを着て、カーキ色のコーデュロイのパンツを合わせていた。
「ほんと、以心伝心の、凄まじい伝達能力だよね。」
カーキ色のヘンリーネックのセーターに黒いデニムのブルーノは、シャーロットとエリックを見比べる。
「エリックが絶対カーキ色だって言うからそうしたけど、ほんとにそうなんだもんなあ…。」
3人が並ぶと、どう見ても色を合わせたようにしか見えなかった。
「学生なんてみんなこんな感じだと思うわ。」
シャーロットは口を尖らせた。
「今日は勉強しに集まったんだもの、なんだっていいじゃない。」
「はいはい。お姉さまは今日はご機嫌斜めね。さっさと勉強してお昼にしよう。」
本棚の近くにある閲覧スペースに3人で陣取って、勉強を始める。学生の姿はなく、シャーロットは静かすぎて気味が悪いわと思った。
エリックもブルーノも黙々と資料を片手に勉強している。シャーロットは教科書を広げるふりをして、二人の様子を観察していた。
髪を切ってからのブルーノは顔がはっきりわかるようになって、美丈夫というよりも魅力的な美少年な雰囲気になっていた。前の方がよかったなあとシャーロットはつい思ってしまい、いかんいかんと首を振った。
邪な妄想を考え出す前に、今日の目的を果たしに行く事にした。音を立てないように席を立つと、二人に気が付かれないように本棚へと向かう。
図書館に行く事に決まってから、実は楽しみにしていた目的があった。サニーに聞いていた、あの本の在り処を確かめたかったのだ。
辞書の棚を探して、しゃがんで、辞書と棚との隙間を見て探した。
「あった。」
思わず声が出てしまったくらい、シャーロットは嬉しくなった。ガブリエルが教えてくれたように薄い本で、サニーが教えてくれたようにこの国の言葉で書かれた、子供向きのような言葉の、本。
ローズはいつもこんなところにこの本を隠してるんだ…。そう思うと、ローズと秘密を共有しているようで、嬉しかった。
シャーロットはパラパラと本をめくった。
人の気配を感じて、辞書を探す邪魔にならないように本棚の奥の方へ移動する。灯りが安定している個所を探して、立ち止まって、本を広げた。
王子様は、薔薇にじょうろでお水をあげていた。
「やっぱり、この本だわ…。」
シャーロットの呟いた声に、誰かの腕が後ろからシャーロットを抱きしめた。アンバーウッディーの香水の香り。カーキ色のセーター。ブルーノだ。
「何を見つけたんだい? シャーロット。」
見上げたブルーノの瞳は、甘く、シャーロットを見つめていた。
ありがとうございました




