<59>一緒にいたいから、一緒にゲームの攻略を考えよう
学生寮に帰ったシャーロットはピンク色のモフモフワンピースの部屋着に黒色のスパッツに着替え、荷物の片付けをしながらぼんやりと窓の外を見上げていた。
「こういういい天気の日はこんな片付けなんかじゃなくて、どこか遊びに行きたいなあ。」
呟いた声を拾ったのは、ミカエルだった。
「行こうよ、今から。」
女子生徒の制服のミチルなミカエルに、シャーロットは思わず駆け寄って抱き締めた。
「会いたかった。」
ミカエルはシャーロットの肩を撫でて、「うん、そうだね、」と囁く。
シャーロットは灰色のマリライクスのパーカーを羽織って支度すると、灰色のお揃いのパーカーを羽織ったミカエルと手を繋いで中庭に出た。
中庭には生徒の姿はなく、さすがに移動日で忙しい日に散歩なんかしてる生徒はいないよねと、二人で笑いあった。
噴水池の近くのベンチに二人で並んで座った。噴水の水しぶきが日に煌めいていた。綺麗だけどちょっと冷たそうね、とシャーロットは思う。
「お茶会の招待状、貰ったわ。」
ミカエルと肩寄せ合ってシャーロットは座り、噴水を見ながら呟いた。
「ああ、知ってる。お父さまに覚悟を決めろって脅された。」
「何の覚悟?」
「君を守る覚悟。」
「もしかして、私を守るために婚約破棄もやむを得ないとかいう、やつ?」
「それ。なんだ、シャーロットも家族にそういう考え方を教えてもらったんだね。」
「うん、家族会議があったから。」
報告したいと思わないような、楽しくない会議だったけれど。
「前に、シャーロットにはゲームのシナリオの話をしたと思うけど、」
「ええ、何度か聞いてるわね。」
「このゲームはもともと、ヒロインのローズが攻略目指していろいろ頑張るゲームのはず、だった。」
「うん、攻略対象が4人いるんだよね。」
4人との恋に勉強に頑張るって、結構忙しそうだよね。
「今はシャーロットが頑張っている状態なんだと思う。」
「そういうのも聞いたわね。進行役と悪役令嬢の両方を私がやってるんでしょう?」
どっちもあんまりやりたい役柄には思えなかった。
「今回の記念式典や行事は、ゲームには出てこないんだ。ただ一言、11月の頭に連休があって、ローズは攻略対象者の為にマフラーを編んで過ごすってあるくらいで、終わり。そのマフラーを次のイベントで使うんだ。」
ミカエルはふふっと笑った。
「ナオちゃんが、今時マフラーなんか手編みしなーいって笑ってたから、女子力高いんだよローズはって話したんだよね。」
マフラーって自分で作れちゃうの? 貴族なシャーロットにはそこがまず驚きだった。女子力高いと作れるんだーとも思う。作れない私は女子力低いねとも、思う。
「あ、ちなみにマリライクスでマフラー売るから。僕はきっちり仕事してるから。」
「そ、それはそれで、いいんじゃないかな。」
また何かの借金の返済になるんだろうな、とシャーロットは思った。
「こっちのローズは自分の部屋で猛勉強中だと思うよ。ななしやに戻ってないって聞いたから。」
「え。連休中なのに?」
「国民全体で建国記念日を祝ってるところに、男爵家の一応令嬢のローズがななしやに帰って行ける訳ないじゃん。男爵家に戻りなさいって言われちゃうからじゃないかな。」
「そうね…、ローズは舞踏会に来てたのかしら。」
「僕は見なかった。」
「私も。」
シャーロットはミカエルの顔を見つめた。嫉妬してる自覚はあった。
「クラウディア様とラストダンスを踊ってるミカエルを見たわ。」
「ああ…、断れなくてね。シャーロットは誰と踊ったの?」
「…ブルーノ。ミカエルがもう相手がいたから、ブルーノが誘ってくれたの。」
ミカエルは無言で、じっとシャーロットを見つめる。
「シャーロットとブルーノは、仲がいいね。」
「悪くはないわね。」
いったん距離を置きかけた関係を、辞書をきっかけに引き戻してしまったのはたぶん、シャーロットの方だった。
「どうするつもりなの?」
「きちんと結婚はできないって伝えてあるわ。ミカエルと結婚するって言ったの。」
「そう。それでも、仲がいいんだね。」
なんて答えたらいいのか、シャーロットは言葉に詰まる。空を見上げて、話を変えることにした。
「クラウディア様とはどうするの?」
「あの人は誰でもいいんだと思うよ? あの国さえ出られれば。」
「どうして?」
「外の世界を見てみたいって言ってたから、どこでもいいんだろうと思う。まだ15歳だしね。」
「リルル様も15歳だわ。」
「16歳はこの国だと結婚できる年齢だからね。他国の姫も、嫁ぎ先の国の事情に振り回されたりすることがあるんだろうね。」
シャーロットは黙ってしまったミカエルに気が付いて、ミカエルの握りしめる手に、自分の手を重ねた。
「どうしたの?」
「ゲームの中の僕は、婚約してる君がいるのにローズと近付いて君を悲しませて、君を怒らせて、狂わせたんだなあって思って。そうやって自分の手でおかしくさせた君を、身勝手に切り捨てて婚約破棄しちゃったんだから、君に本当に悪いことをしたんだなあって思う。」
ちょっと口の端を上げて微笑んで、ミカエルは話を続ける。
「今、僕はローズと何の関係もないけど、婚約破棄に向けて歩み始めてるなんておかしな話だと思う。シャーロットが悪役令嬢にならないまま、今の状態でいられるのが一番いいけど、どうやらそうもいかないみたい。」
シャーロットはミカエルの手に重ねた自分の手を、見つめた。
「リュートと理事長の話は、完全に盲点を突かれたと思う。あれじゃ僕が悪役だ。このゲームは、誰かが悪役にならないといけないのかもしれないね。」
ミカエルの言葉に、シャーロットは問いかけた。
「あのさ。それって当たり前の話じゃないの?」
シャーロットは首を傾げる。
「誰だっていい面と悪い面を持って生きてるわ。誰か一人にずっと悪役を押し付けるのは歪だし、やってはいけないと思う。常に同じ誰かが悪役をやらなくていいのが、普通の生活なんじゃないのかな。」
「どういうこと?」
「たまたまそういう日だったって言えることが沢山あるでしょう? それと同じで、今日あの場面だとミカエルがダメだったけれど、昨日のあの場面だと私がダメだった、とか、そういう感じ。」
「シャーロットは僕のせいで友達ができないって、言われてるんだよ。」
シャーロットは肩を竦めた。
「まあ、本当と言えば本当のことだから。」
目を見開いたミカエルは、シャーロットに低い声で、言った。
「きちんと説明して。」
あんまり言いたくないんだけどなあ。エリックに言った時の反応を思うと、シャーロットは考えてしまう。気遣いをバレたくなかったのだ。
でも、不安そうな顔のミカエルを見ていると、シャーロットは思い切って言ってみることに決めた。
「私が深い友達を作らないのは、ミカエルとミチルのことが誰かにバレたり、面白可笑しく揶揄われたりするのが嫌だから。それって、見方を変えれば、ミカエルが原因で友達を作らないって理由と、同じだわ。」
ミカエルは黙り込んだ。
「私は自分が納得して一人でいる生活を選んだ、とも言えるの。あなたを守るため、と言うのが正しくない言い方なら、あなたが自由でいられる時間を守れるなら、私は自分の時間なんて惜しくはないわ。」
「選択ボッチ…。」
セ、洗濯物? なんで今それが関係するの? シャーロットは疑問に思ったけれど、黙っておいた。聞くのはまた今度にしよう。
噴水の水の音だけが聞こえた。しばらくシャーロットは黙ってその音を聞いていた。
「…どうして、そんなに僕がミチルでいることを肯定してくれるの?」
ミカエルはシャーロットを見ずに、自分の手を見つめたまま言った。
「どうしてって…。私はあなたが好きなの。ミチルでいる時のあなたも、ミカエルの時のあなたも。どっちも、私にとっては大事なあなたなの。」
ミチルを否定したら、ミカエルの心は壊れてしまうだろうとシャーロットは思った。
ミカエルはミカエルの王子様の格好をコスプレと言った。ローズもしたくない女の子の格好をする時、女子高生のコスプレだと思って割り切ると言った。だとしたら、ミカエルの格好でいることの方が辛いことなのだとシャーロットには思えた。コスプレと割り切るのは、シャーロットが猫を被って生活しているのと同じで、自分を守っているだけなのだと思えた。
「ねえ、ミカエル、友達って必要なのかしら。」
シャーロットは、驚いた表情のミカエルに尋ねた。
「私達の友達って、あなたの秘密を守れる人ってことでしょう? そんな人、そんなに簡単に見つかるのかしら。」
ミカエルは友達がいるのだろうか。聞きたいけれど聞けないなと、シャーロットは思った。
「私はそんなに簡単に見つからないと思ってるわ。友達にもいろいろあってね。一緒にいたいと思うのも友達だし、会えば話をする程度でも友達だと思うの。リュートやおじいさまが国王陛下に言った友達って、一緒に行動したいと思うような人のことでしょ?」
ミカエルの瞳を見つめながら、シャーロットは言った。
「あんな、たまたま一人でいた時の私がすべてではないと思うわ。そこを掘り下げて行ってあなたの影響でこうなっているって言うのは、あなたに責任を負わせすぎだわ。」
ミカエルは静かに尋ねた。
「シャーロットは、僕が…、ミチルがいないときは、ガブリエルが入学してくるまで、どうしてたの?」
「一人で行動してたわよ? お昼はミカエルと食べてたじゃない? それで十分だったわ。」
「寂しいと思わなかったの?」
「思っても仕方ないでしょう。あなたの秘密の方が私には大事なのだから。」
シャーロットは何を今更、と思いながら答える。
「授業だって選択制で、すべて同じになる人なんかいないわ。私一人でいた方が楽な時もあったし。そんな人、私以外にも沢山いるでしょう。時間の使い方なんて人それぞれだもの。」
何かを言い掛けたミカエルを手で制して、続ける。
「ローズも、一人だったわ。ロータスとして秘密を抱えていたから。」
「今でも、一人でいるね。」
「比べたらいけないけど、私にはあなたがいるし、今はガブリエルだっているわ。同じクラスに弟だっているもの。ほんと、あんな言われ方をする程、私は寂しくないのよ。」
黙ってしまったミカエルに、シャーロットは両手で手を包み込み、微笑みかける。
「ゲームのミカエルと、今ここにいるミカエルは随分と違う人だと思う。同じことが起こるなんて思えないわ。ローズだってそう。4人の男子生徒を攻略、なんて考えてるようには見えないもの。」
ミカエルはシャーロットの手で包まれた自分の手を見て、シャーロットの瞳を見た。
「少し、シャーロットを見直した。」
「ナニソレ。」
「ずっと流されてばかりいる人なのかと、最近思い始めてた。」
苦笑いするシャーロットに、ミカエルは続ける。
「ブルーノと結婚して、この国を出て行ってしまうのかと思ってた。」
「どうして?」びっくりして、声が少し上擦ってしまう。
「君はブルーノが好きだよね?」
ミカエルの言葉は、シャーロットの心を打ちぬいた。
「見てれば判るよ? 僕はシャーロットを見てるから。」
ブルーノが好きでも、結婚したいと思っているのは目の前のあなたなのに。
「新しく作った3着のドレスで、残っているのは白いドレスだと判った時、あの国の婚礼衣装は白地に金糸だったなと思い出した。だから僕は謁見のあの時、覚悟したんだ。舞踏会には、君は来ないかもしれないって。」
「ちゃんと行ったわ。違う色のドレスで。」
「同じ色のタイを、ブルーノはしてたけどね。」
ふっと微笑んで、ミカエルはシャーロットの重ねた手を取って、自分の手で握った。
「君が倒れた頃に、君とブルーノは終わりになったんだと思ってた。ブルーノが髪を切ったから、そうなんだと思ってた。でも、違ったよね。何かあったの?」
溜め息をひとつついてシャーロットは、無言で自分を見つめるミカエルの瞳を見つめ返した。
「図書館で本を探していた時、ミカエルが言ってたローズとのゲームでの出会いを思い出して、好奇心でやってみたの。誰も来ないだろうと思って、奥の方の棚で。その時たまたま、ブルーノが私に気が付かずに資料の山を抱えてやってきて…、」
続きを言うことが出来なくなってしまったシャーロットは、ふるふると首を振るばかりだった。
「シャーロットと一緒にいたい。」
ミカエルがシャーロットの耳に囁いた。私も、と顔を見て言いかけて、シャーロットは言葉が出てこなかった。
いつものミチルの可愛らしさはなくて、そこにいたのは一人の少年だった。
「僕は、君が好きなんだ。シャーロット。」
ミカエルはそう言うと、微笑んだ。
「君を婚約破棄するなんて馬鹿なこと、僕には出来ないって、よく判ったよ。」
おでことおでこをくっつけ合って、二人はお互いの手を握り合った。するりと小指を絡ませる。何も約束しないまま、指切りをする。
「大丈夫、まだ時間はある。作戦だってたてられるし、もっと話し合うことだってできる。」
「ええ、大丈夫、目指すものは同じだから。」
ミカエルと一緒にいられるように考えよう。シャーロットはそう心の中で呟いた。
ありがとうございました




