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<47> エリックルート、もしかしていちばん攻略しちゃってるようです?

 放課後、シャーロットは寮の部屋に戻り家への帰り支度をしていると、ミカエルがミチルの格好でやって来た。

 わざわざミチルの制服に着替えてやって来たミカエルは、家に帰るために私服に着替えているシャーロットを後ろから抱きしめ、「いかないで」と囁いた。

「え?」

 制服のブラウスのボタンをはずしている最中だったシャーロットは下着を触られてしまい、慌ててミチルを振り払った。

「ちょっと、何の冗談?」

「冗談は冗談だよ~。」

 反省の素振りのないミカエルは舌を出して笑った。こういうところは男の子のままなんだよね。ミカエルの、可愛いミチルな見掛けに騙されてはいけない。

「門を出たところまで送ろうと思って。公爵家の馬車はもう来てるの?」

「見送らなくていいわ。気持ちだけ頂くね、ありがとう。」

 おそらくエリックが待っていると、シャーロットは思った。揶揄われそうで、ミチルなミカエルと会わせたくはなかった。

「今回はエリックと一緒に帰るから、早めに来てるんじゃないかな。」

「珍しいね、一緒に帰るなんて。」

 そう言えばそうだね、とシャーロットは思った。

「今回は親に呼ばれて、だからね。」

 建国記念日の記念式典の話だと手紙にはあった。

「あのさあ、」

 ミカエルが椅子に座って、着替えを再開したシャーロットの後ろ姿を見ていた。椅子に足を乗せてガーターベルトにシルクの靴下を留めていたシャーロットは、返事だけで、振り返らない。

「なあに?」

「ローズって最近元気にしてる?」

「授業で見かけるわよ?」

 シャーロットは授業が始まったら、教室の中を振り返り学生達の顔を見るようになっていた。ローズは授業が始まったら教室に入ってきて、終わったらいつの間にか消えていた。休み時間もどこかに消えている。顔を見られるのは授業中しかなかったのだ。

「そっか、ならいいんだ。」

「どうかしたの?」

「あの子…、一応ゲームだとヒロインでしょ? だから、あの子がいなくなると、このゲームは何も起こらなくて終わるのかなと、ちょっと期待したんだ。」

 シャーロットにはとてもそうは思えなかった。ローズがロータスを名乗って女子学生の格好をしなかった頃も、シャーロットはミカエルによるとゲームの進行役と悪役令嬢の二役をこなしていたらしかった。

 ローズがいないからと言って進まない訳じゃなく、無理やり役割を増やす形で進んでいくのかなと思った。

「いて欲しいし、いてくれないと困るわ。私が寂しい。」

 シャーロットはワンピースを頭から被った。腰のところで切り替えが入っているふんわりとした膝下丈の白金色のワンピースだった。胸のところには桃色の飾りボタンが縦にいくつかあしらわれている。母の好みのワンピースは基本的に素材が上質過ぎて、普段着には向かない。

「シャーロットはそういう格好をすると、本当に貴族のお姫様だねえ。」

 ミカエルが感心したように言った。本当も何も貴族の娘なんだけどね、と思うけれど黙っておく。ミカエルだってそんな恰好をしていても本当は王子様じゃない、と思うのも内緒だ。

「そうかな、ありがとう。」

 一応感謝はするけれど、こういう服を着るととてもお人形っぽくて嫌なのよね、とシャーロットは思った。自分を殺して猫を被れと言われている気分になるのである。実際猫を被って生活していても、押し付けられるのと自分で選ぶのとでは気持ちが違った。

 荷物を手にミカエルに「またね、」と言って別れ、部屋を出た。

 学生寮の門前の馬車寄せには、公爵家の馬車はすでに到着していて、エリックが馬車の中で待っていた。エリックも母の好みの、白いジャケットに灰色のズボン、水色のシャツを着込んでいる。

「お互い、母親の御機嫌を取る格好だな。」

 エリックはにやりと口元をあげた。

「そうね、逆らえないわね。」

 シャーロットはエリックの向かいに座って、膝の上に両手を置いた。

「お姉さまは帰ったらお母さまの着せ替え人形だろ? 大変だな。」

 精巧に出来た人形のように美しい容姿の二人は向かい合って座り、上品な身のこなしで、優雅に微笑んだ。

「仕方ないわ。それがあの人の趣味なんだもの。」

 シャーロットは母と美容担当の侍女達が盛り上がる様子を思い出し、諦めるように微笑んだ。

 出発しますよと中を覗き込んだ執事は、二人を見て微笑んだ。

「さすが、うちのお嬢様にお坊ちゃま。相変わらず美しい。」

 そう馭者に話しかけているとは、馬車の中の二人は気が付きもしない。


 家に帰ったシャーロットがのんびりできたのはつかの間で、翌朝は朝から衣装合わせが始まった。どのドレスも海を思わせる色ばかりで、シャーロットはじっと我慢して採寸合わせに付き合った。どうして紺色や青色ばかりなんだろう…と不思議に思ったけれど、シャーロットは文句も言わずに母や美容担当の侍女達の指示に従った。

 昼食を終えると家族会議だった。どうやら帰宅した祖父を待っての開始らしかった。

 父の執務室にエリックと二人で呼ばれ、機嫌が良さそうな祖父が腰かけるソファアを前に、二人で三人掛けのソファアに座らされた。

 父も母もすでにソファアに座っていて、父が徐に話始めた。

「今週末から始まる建国記念日の行事で、シャーロットは学校の騎士コースの者達と一緒に陛下に謁見するらしいじゃないか。素晴らしいな。」

 祖父と母はうんうんと頷いている。そうしていると二人はそっくりに見えた。さすが血を分けた実の親子だ。

「はあ、ありがとうございます。」

 気の乗らないシャーロットは一応感謝を伝えた。

「謁見なんて学生の身分で素晴らしい事だし、ローズの件も片が付きそうだし、婚約解消の件もうまく納まるだろうし、素晴らしい建国記念日になりそうだな。やっと破棄じゃなく解消と言える日がやってくるんだな。」

 祖父はご機嫌だった。

「え、あの、今なんて言いました?」

 ローズが片が付くとか、婚約破棄とか、婚約解消とか、聞きたくない言葉が聞こえた気がしたけど? シャーロットは聞き返した。

「ああ、何度でも言おう。ローズはこの度伯爵家の後妻で嫁にいくようだぞ。お前の婚約解消も都合よく進みそうだ。」

「はい? なんですの、それ、」

「男爵のところに何件か結婚の申し込みがあったそうだ。向こうから支度金まで出るらしいからな。男爵家にいるよりも伯爵家は優雅に暮らせるだろう。あの娘にとっても好都合だろう。」

 隣を見ればエリックは知っていたのか、澄ました顔をしている。

「お姉さまの婚約も、綺麗に解消できそうなんだ。ブルーノの父親が息子のために動いたようだよ。ラウラ・クリスティーナ様の下の妹のリルル・エカテリーナ様がミカエル王太子殿下のところに輿入れなさる予定だ。」

「え? 何?」

「何でも、ミカエル王太子殿下は結婚後に揉める事は少ないだろうからと、最愛の妹姫を嫁がせると決めたそうだ。」

「はあ?」

 おかしくない? 揉め事が少ないから妹姫はミカエルに嫁ぐの?

「隣国のサニー王子の妹君のクラウディア様か、リルル様か、どっちにしても王女様だからね。良かったねシャーロット。君は無事に落ち度無く婚約破棄して貰えそうなんだ。」

 父は満足そうに笑った。娘の婚約破棄して貰って喜ぶ親って変じゃない?

「えっと、私はミカエル王太子殿下が欲しいと、お誕生日にお願いしたと思いますが…?」

「シャーロットが望んでも、あなたの身分は公爵家の娘。あちらの方々は一国の王女ですもの。身分はあちらの方が上になるわよ? だから、あなたの優先順位は低いのよ。」

 母も満足そうに笑っている。

「これで問題なく、サニー王子のところの隣国か、ブルーノ様のところへか嫁いでいけるわね、シャーロット。」

「まだリュートの宰相の家も可能性はあるぞ。何しろ国内だからな。うちと縁も深いし、すぐに顔を見れるからなあ。」

 祖父はいまだに諦めていないようだった。

「ちょっと、待って、」

 展開が早くてついていけなかったシャーロットは、手をあげて話を止める。

「私にも判るように、最初から教えていただけないでしょうか、お母さま。」

 シャーロットは母を指名した。父よりも祖父よりも、母が一番シャーロットにとっては厄介だったからだけれど、母は満足そうに頷いた。

「私達はあなたが倒れてから、いろいろと対策を練ったのよ、シャーロット。まずはローズをどうにかしないといけないから、いいお話はないかしらと、いろんな社交場でそれとなくお話したのよ。あとは、男爵家のところに勝手にお話が舞い込んでいったんでしょうねえ。」

 母は目に凶悪な光を光らせて微笑んだ。

「ミカエル王太子殿下も最近は公務に励んでおられるでしょう? あの整ったお顔ですもの。各国の大使が自国にお話を持って帰ってもおかしくはないわ。あとは、それとなく、姉君と妹君がすでに嫁ぎ先が決まっていて結婚後に小姑に煩わされる可能性は低いとお話したのよね。」

 当然と言わんばかりに母は微笑んでいる。

「ブルーノ様のお父さまは海運王と言われているだけあって、それはもう顔が広くて。あちこちの大使と伝手を持っておられるから、その伝手をお借りしたの。今回の建国記念日の祭典も、各国から観光も兼ねて今まで以上に大使がお見えになるわ。うちも接待が大変だけれど、今まで以上に貿易の交渉ができるもの。素晴らしいわ。」

「すべてはシャーロットが安全に結婚生活を送れるようにという、私達の深い愛だからね。お前は恵まれているよ。」

 父は誇らしげに母の肩を抱いた。

「えっと、あのね、ちょっとわからないんだけど、」

 シャーロットは手をあげて質問する。

「どうして王女様の婚約が内定したみたいな流れでお話しているの? ミカエル王太子殿下が嫌だと断ったら終わりなんじゃないの?」

 父も母も、エリックも、面白そうにシャーロットを見ている。

 黙っていた祖父が口を開く。

「隣国のクラウディア様は美人と誉れが高い。お前とミカエル王太子殿下は、実は遠い親戚関係なのだ。ワシの父の代で父の義理の妹が王家に嫁いでおるからな。後妻の娘とは言え公爵家の娘だ。血が近くなるよりは、隣国からの遠くの血を混ぜた方が丈夫な子が生まれる。」

 ミカエルと遠い親戚関係なのか。シャーロットは知らなかった。

「もしかして遠い親戚関係にあったから、あんなに早く婚約したのですか?」

「ああ、そうだ。後妻の娘だからワシもいまひとつ親戚という実感はないがな。遠い親戚関係で起こりうる不幸よりも、高い爵位を持つ娘が嫁ぐ外聞を、今の王家は望んだのだ。」

 ミカエルの母は侯爵家の出身で、ミカエルの祖母は伯爵家の出身だった。

「リルル様も他国とはいえ王族の姫だ。しかもあのラウラ・クリスティーナ様の妹姫だ。将来の女王の妹と姻戚関係が結べるなら今の王家は儲けもんだろう。」

 ラウラ・クリスティーナの国は、海の向こうの国だった。海の向こうなので実感はないけれど、シャーロットには海運王の息子を指名して婚約できるくらい裕福な国なのだろうなとは推測できた。

「あの、質問があります。」

「なんだい、シャーロット。」

 父が優しく微笑んだ。

「ブルーノのところに嫁ぐには、私は身分が足りないのではないですか?」

 ブルーノの父は金で一国を買ったとはいえ、公国の公主だった。シャーロットは公爵家の娘とはいえ、一国の一貴族の娘でしかない。

「お前は公爵家の娘だ。向こうも公主とはいえ、我が国で言うところの公爵家と同じ爵位だ。何も不釣り合いではないよ?」

 父は優しく微笑み、母とも微笑み合う。

「あちらの国は政情も安定しているし国は裕福だ。ミカエル王太子殿下のところへ嫁ぐよりも、安全で安心なのは変わらないのだよ、シャーロット。」

 国の内情まで調べているとは…。シャーロットは唇を噛んだ。

「ローズは、本当に嫁ぐのですか?」

 エリックがにやりと笑った。祖父が話始める。

「ああ、あの娘は、次回のテストで奨学生を外れると、その代わりに、嫁ぎ先から支度金として、学校にかかる諸々の費用を肩代わりして貰うようだ。それが婚約成立の証になるらしい。学校には男爵家からそう言った申し入れが来ていたな。」

「奨学生のままだと、婚約の話は進めなくていいということですね?」

「そうだな。まあ、あの娘があの成績で、お前の援助なしに自力で成績を向上させれるとは思えんが。」

 祖父は鼻で笑った。

「各国の大使との歓談の席にはシャーロット、お前も在席を求められるだろう。そのつもりでいるように。」

 シャーロットは黙っていた。

「こんな早くに私にこういう話をするのは、どうしてですか?」

「お前に何も話さずに進めていくには、大きな話だからね。」

 父は微笑んだ。母も微笑む。

「あなたが覚悟を決める時間も、必要でしょう?」

「それにローズの件はお前に知らせて、お前がジタバタするのを見るのも面白いからな。」

 祖父はハッハッハと大きな声で笑った。シャーロットはイラッとしたが微笑んで聞き流した。

 母はシャーロットを見つめ、意地悪く微笑む。

「どうしたの、シャーロット。うまい具合にお話が進み過ぎて、実感が湧かないの?」

「いいえ、」

 シャーロットは背筋を伸ばした。

「私はミカエル王太子殿下に婚約破棄されるのを望んでいません。いくら他国の王女の話が出ても、私には関係のない事です。ミカエル王太子殿下がお決めになるまでは、自分の口からは破棄を願いませんし、望みもしません。」

「シャーロット、」

 説得しようとした母の声を、両手で耳を塞いでシャーロットは聞かないようにした。ツンと口を閉じて、瞳も閉じる。

「あーあ、お姉さまは頑固だからなあ。」

 エリックが呆れたように言った。

「まあいいさ。お母さま、お姉さまがこんなでも、俺達も建国記念日の行事には出席するんだし、俺達が話をうまく持っていけばいいよ。」

「そうだな、エリック、頼りにしてるぞ。まあ、父様に任せなさい。」

「ワシも理事長として、武芸コースの教師どもと国王に謁見するからな。何とでもなるわい。」

 シャーロット以外の3人は互いの役割を確認し合っている。

 寮に戻ったらなにがなんでもローズを捕まえて勉強させないと、とシャーロットは思った。

 ミカエルにも今の話を伝えて、間違っても婚約破棄しないようにお願いしよう。

「ねえ、お姉さま。なんなら婚約破棄されて結婚も諦めて、この家にずっといてもいいんだよ?」

 エリックが小声で提案する。

「シャーロットくらい、俺が養ってやれるけど、どうする?」

「結構です。」

 シャーロットは即答する。

「なんだ、やっぱり聞こえてるんじゃん。」

 両手で耳を抑えていたシャーロットの手を摘まんで、エリックはにやにやと笑った。

 真っ赤になって動揺するシャーロットを、父も母も「仲の良い姉弟だこと、」と微笑んで見守っていた。

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