<37>ガブリエル王女様は友達思いで真面目で熱いようです
ミカエルとラファエルとガブリエルの王族用の部屋に行くと、すでに二人は並んでソファアに腰かけていて、二人とも不機嫌だった。険悪な雰囲気にシャーロットとミカエルは顔を見合わせ、部屋に入るのを躊躇ってしまう。
「お待たせしました?」
制服姿のままのシャーロットがお辞儀をすると、「ちょっと聞いてよ、シャーロットー!」と二人は揃って同じことを言った。
「ガブリエルがねー、」
「ラファエルがねー!」
お互いがお互いを指差してわあわあと何かを喚いていた。動きだけ見ていると雛が餌を欲しがって口をパクパクさせているみたいで可愛いわね、と耳を塞ぎながらシャーロットは思った。
「あー、煩いから、落ち着いて。順番に話そう、」
シャーロットと二人立ったまま、ミカエルが仲裁する。ミカエルは親鳥みたいだわ。
「じゃあ、まず、ラファエルから行こうか。お姉さまだからね。」
口を固く閉じて顔を顰めた不満そうなガブリエルに、ミカエルは微笑む。
「ちゃんと聞くから、ガブリエルは少し待ってね。」
ガブリエルを黙らせて、ミカエルは空いているソファアに座った。
シャーロットは仕方なくミカエルの傍に佇む。何がきっかけか知らないけれど、私達が来るまでずっと二人で言い合いしてたのかな。シャーロットはすごいなあと感心してしまう。エリックと言い合いなんてしたいと思わない。
「聞いてよ、ガブリエルったらね、学校から帰って来てからずっと怒ってて、私を無視して黙ってるの。 シャーロットが来るまでお話ししたくありませんて言うのよ。あんまりじゃない?」
「そ、そうだね。」
それを気遣いというのではないだろうかとシャーロットは思ったけれど、黙っておく。姉妹の喧嘩は他人にはよく判らない。
「だからね、シャーロットが来るまで私もお話聞いてあげないって言ったら、ガブリエルがそんなのあんまりだわって言ったの。それこそあんまりじゃない?」
シャーロットは苦笑いする。それを人はじゃれ合いというのではないのでしょうか…。
「だからね、腹が立ったから無視して私も黙ってたの。」
ラファエルが口を尖らせて黙ってしまう。お話は終わったようだ。
ミカエルは落ち着いた様子で微笑んで、ガブリエルを見た。
「よく我慢したね、ガブリエル。次はガブリエルの番だよ?」
ミカエルに微笑んで、ほっとした様子でガブリエルも話始める。
「ちょっと、ラファエルがしつこかったのですわ。だから私も、シャーロットが来るまではお話したくない気分でしたから、お話したくないって伝えましたの。そしたらラファエルったら、もうお話しないって言うじゃない? あんまりだわって思って、あんまりだわって言いましたの。」
二人とも同じ話だった。性格似てるんじゃないの? シャーロットは聞きながら思った。
ミカエルはこんな二人の会話に慣れているのか、「じゃあ、シャーロットが来たから、お話して、ガブリエル、」と微笑んだ。
「ええ、お話しますわ。」
ガブリエルが言うと、ラファエルが、「そうよ、それが一番よ」と口を尖らせた。
「今日のお昼休み、シャーロットが理事長先生の所へ行ってしまわれたので、私、一人でお昼ご飯を食べるつもりでしたの。そしたらサニー様がお仲間と誘ってくださって。『兄の婚約者だから仲良くしてあげてください』って紹介して下さったの。とても嬉しかったですわ。」
「それは素敵ね、ガブリエル、」
ラファエルが手を小さく叩いて喜んだ。
「でしょ? サニー様はさすがレイン様の弟なだけあって素敵な方なのねと思いましたの。そこまでは良かったのですわ。教室に帰ってきたら、サニー様とお話しているところに、あの女が来て、シャーロット様は理事長先生の部屋ですかって聞いてきたの。」
「あの女って?」
ラファエルが首を傾げた。ラファエルは学年が違うからローズを知らなくても当然だった。
シャーロットには衝撃だった。ガブリエルの中ではローズは『あの女』なんだ。あの女って言い方が強烈すぎる…!
「シャーロットが、理事長先生に言われてお世話を焼いている奨学生ですわ。男爵家の娘なんですの。」
「えっと? シャーロットが面倒見ているのはミチルじゃないの?」
ラファエルの中ではミチルの面倒を見ていることになっているようだった。
「違いますの。この前まで男子学生の格好をして寮の雑用をしていた者で、フリッツ男爵家のローズという娘ですの。最近女子学生の格好を始めて、私も初めて女性だと知りましたの。奨学生になったので、いろいろ免除されて学生をしている者ですわ。お姉さまが御存知ないのは当然ですわ。」
「奨学生…、公爵家が一応公募している成績優秀者対象の奨学金制度を利用する者がいたとは驚きね。」
確かにそういう制度があっても、利用する者は過去にいた例がなかった。もしかしたらローズが初めてかもしれない。一応公募していても誰も応募しないなら、ないのと同じ制度だった。
「制度を利用することは権利として当然ですから、私も何も反感は抱きませんわ。でも、男子学生の格好をしてシャーロットに近付いたり、シャーロットの時間を割いてまで面倒を見なくてはいけないような学力でシャーロットに纏わり付くのは、なんだか許せない気がしましたの。」
「それは…、ガブリエルの感想でしょ? まさかそんな意見を本人に言った訳じゃないでしょう?」
ラファエルはびっくりしたのか、声が少し裏返っていた。
「言いませんわ。その後、あの女が、サニー様と親しそうにお話をしていて。週末はテストが終わったからななしやで働くつもりだと言っていたのを聞いて、それは違うと思いましたの。」
「何が違うと思うの?」
「いろいろとです。」
ガブリエルはまた思い出して腹が立ったのか、何度か深呼吸をした。
「その後に、サニー様が、そんな生活をしていてはまたシャーロットに迷惑をかけるんじゃないのですか? 勉強はいいのですか? って聞いたのですけれど、あの女は、」
ガブリエルは怒りが蒸し返してきたのか黙ってしまう。
ラファエルがガブリエルの腕を擦って、「大丈夫よ?」と宥めた。
「あの女は、勉強は効率よくするから大丈夫ですって言ったの。何かあればまたシャーロット様に相談しますからって。」
「で、ガブリエルは腹が立ったのね。」
「ええ、私、それは虫が良すぎる気がして、腹が立ちましたの。シャーロットだって自分の時間を割いてまでして、あの女が9位になるまで面倒を見たんですよ? 」
ガブリエルは強く手を握って、怒りで震えていた。
「奨学生ならよそ見なんかしてないで、もっと勉学に力を入れて励まないと、対象から外れるんじゃないのかしら。もっと自分自身で学力を上げて、シャーロットに面倒見て貰わなくてもいいように努力しないといけないわ。いつもまでもシャーロットを当てにして奨学生でいようなんて、おかしいわ。そう思ったら、なんだかとっても、腹が立ちましたの。」
「ガブリエル…、」
根底にあるのは、シャーロットを大切に思う気持ちだろう。シャーロットはガブリエルの気持ちが嬉しかった。
「ありがとう、私の為に怒ってくれていたのね。」
でも、シャーロットにとってはローズがそういう選択をしても許せるものだった。ローズのななしやの店に戻りたいという気持ちを、シャーロットは理解出来た。
「そう、で、怒って帰ってきたのね。」
ラファエルが柔らかい表情で、黙り込むガブリエルの頭を撫でた。
「ガブリエルはいい子ね。私、とっても嬉しいわ。」
「そうでしょうか。私、その…、ラファエルにきつく当たりましたわ。」
「そんなのは、もういいのよ? ガブリエルの気持ちがよく判ったもの。言いたくない話を言わせようとした私の方こそごめんなさいね。」
ラファエルが微笑むと、ガブリエルも微笑み返した。
「なんだ、もう仲良しじゃん。」
ミカエルが言うと、「そうですわね」と二人は揃って答えた。
「シャーロットは、どうするの?」
ミカエルがシャーロットを見上げて、手を握って尋ねた。
「これまで通り、ローズの勉強は見ますよ?」
「どうしてですの?!」
ガブリエルは気色ばんだ。
「あの女に利用されているのではないですか?!」
ラファエルが困った顔をしてシャーロットを見ていた。王族という立場では、利用される機会などよくあるのだろう。そういう関係をお互い様と思えるかどうかなのだろう。ガブリエルにはそれがない。近くにシャーロットやミチルがいつもいて、そうならないように助けてしまっている。
「利用…、されてもいいと思っています。ローズは、私の、昔からのお友達なんです。ローズがこの学校に居られて、その為に努力してくれているなら、細かい事は見なかったと思いましょう。」
シャーロットは本心からそう思った。ローズのななしやへの執着は、シャーロットにはどうしようもない愛着だった。ローズを応援したい、そう思う気持ちの方が勝っていた。
「ガブリエル、ありがとう。私はガブリエルの気持ちが嬉しいです。」
シャーロットはガブリエルに微笑んだ。妹分のように思っているガブリエルが、シャーロットを大切に思ってくれたのが判って嬉しかった。
「あの女は嫌いですが、シャーロットがそう言うなら、我慢します。」
ガブリエルは眉間にしわを寄せて言った。
「サニー様に馴れ馴れしい様子も、好きではありません。」
はっきりしてるなあ、とシャーロットは思った。ミカエルをそっと見ると、ミカエルが困った顔をして、そっと「仕方ないね、」と呟いた。
夕ご飯を食べ終わる頃にはすっかり機嫌が直ったガブリエルとラファエルに、シャーロットはまたねと別れを告げ、ミカエルと二人、ミカエルの王族用の部屋に行った。
ミカエルの部屋でソファアに並んで座り、シャーロットはミカエルの肩に頭を預けた。
「早めに行ってよかったね。なかなか機嫌直らなかったね。」
ミカエルが呟いて、シャーロットの手を撫でた。
「あの女って言い方を、ガブリエルがするなんて思ってもみなかったね。」
「びっくりしたわ。」
「ガブリエルも、女なんだね。ローズにヤキモチ焼いてたんだよね、きっと。」
「サニーのことでしょう? ローズを馴れ馴れしいと思ったのね。」
ミカエルはくすくすと笑った。
「シャーロットが男子とお話しすると邪魔をするって宣言してたのに、このままだと女子でも邪魔しそうだね。」
「ローズのこと、すっかり嫌っちゃってるみたいだものね。」
ガブリエルは純粋なのだろうと思う。良くも悪くも王女様なのだろう。
「あれは、シャーロットを取られたくないっていう独占欲なのかもね。」
「可愛いよね。」
シャーロットも微笑んだ。ガブリエルは可愛い妹分だと心から思えた。あんなに怒ってくれるなんて…。
「ねえ、二人が無理にでも仲良くしてほしいとは思わないけれど、ローズって、もしかして反感買いやすいのかな。」
「かもね。普通に女子学生の格好してれば美少女だしね。」
「あ、美少女とか言っちゃうんだ…!」
ミカエルが自分以外の誰かを誉めるのは嫌だと思った。シャーロットはミカエルを取られるのは嫌だなとも思った。
「ごめんごめん。お嫁さんにしたいのはシャーロットです。約束するよ。」
ミカエルはシャーロットの顔を見て嬉しそうに笑っている。
「僕はそうやって、シャーロットがヤキモチ焼いてくれるのが嬉しいけど?」
「もう…!」
シャーロットがそっぽを向くと、ミカエルが背中から抱きしめてきた。
「機嫌直して、シャーロット、」
そう囁かれて、シャーロットは真っ赤になってしまう。同じ抱きしめられるなら、やっぱり好きな人がいいなと思う。自分を抱きしめるミカエルの腕をしっかりと握った。
そのまましばらく話をして、ミチルの格好になったミカエルと女子寮の部屋に二人で仲良く戻った。夜の廊下は少し寒くて、手を繋いで歩いていると手の温かさが心地よかった。
寝る前に、何か忘れている気がするなあと思ったけれど、ま、明日でいいかと思ったシャーロットだった。
火曜日はミカエルがどうしても受けたい授業があるからとミカエルの日になり、ミチルといつも三人で受ける移動教室にシャーロットはガブリエルと急いで支度していた。慌てている二人に、リュートが話し掛けてきた。
「今日のお昼休み、ちょっと時間をくれないか、シャーロット嬢、」
「なんですの? お昼は私と、シャーロットは約束してますのよ?」
ガブリエルの言葉に、リュートは申し訳なさそうに答えた。
「すみません、ガブリエル様、騎士コースの者達と打ち合わせがあるのです。申し訳ありませんが、シャーロット嬢の時間を譲ってはいただけないでしょうか?」
何度か目をぱちくりして、ガブリエルは「そういう事情なら仕方ありません」と了解した。騎士コースと聞いて警戒したのだろう。
あ、そういえば、そういう話もあったっけ…、すっかり忘れていたシャーロットは心の中で呟いた。
「ではシャーロット嬢、お昼ご飯を持っていつもの場所に来てください。」
リュートが爽やかに去っていった。後姿を見送っていたガブリエルとシャーロットは、鳴り響く予鈴に急いで教室を飛び出した。
「声を掛ける間が悪いですわ。」
ガブリエルが小声でぶつぶつと文句を言っていた。
リュートとの打合せをすっかり忘れていたのはシャーロットなので、ごめんねと小声で返事をしておく。
珍しく講師よりも遅く移動教室に入ってきた真面目なガブリエルとシャーロットを見て、講師が「明日は雨だな」と言ったので、シャーロットは微妙に言い訳したい気分になるのだった。
ありがとうございました。




