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<35>悪役令嬢のおじいさまはリュートルート押しなようです

 週明けてすぐの教室の廊下は、成績順位表を見上げる冬服のジャケットを羽織った生徒で混雑していた。衣替え期間が終わったので、ブラウスの白色な生徒はいなかった。人込みで前に進めず、シャーロットは背伸びしてガブリエルと二人、自分の名前と成績を探した。

 ミカエルは今日はミカエルの日で、2年生の教室に一人で向かっていた。

 いつになく、廊下の向こうの階段を挟んで運動場側にある武芸のコースの教室の周辺は歓声で盛り上がり、統治のコースの辺りまでその声は響いていた。ガブリエルが眉を顰めて、「うるさいわね」と小声で文句を言っている。

 シャーロットは自分の名前がエリックと並んでいる事に気が付き、負けてなくて良かったと思った。

1位はリュートで、2位はサニー、シャーロットはエリックと同じ3位だった。ガブリエルが5位、ブルーノが6位と続く。ローズの名前はぎりぎり9位で、肝心のミチルは12位だった。シャーロットはローズとミカエルにノートを貸す為に常に三回同じノートを作る毎日なので、シャーロットの順位は二人のおかげだった。二人には感謝しかない。

「よかった…!」

 シャーロットが思わずローズの順位にほっとして呟くと、声で存在に気が付いたのか、エリックが傍にやってくる。

「シャーロットお姉さま、同じ順位だし、これは負けた訳でもないし、勝った訳でもないよな?」

 小声で聞いてくる。エリックの翡翠色の瞳が鋭く光っていた。

「何の確認?」

「約束の確認。」

「そんな約束してないわよ?」

「弟を無視してないで、約束を果たせ。」

 二人がひそひそと話をしていると、ガブリエルが「何のお話ですの?」と興味深そうに見つめてきた。

 シャーロットが曖昧に微笑むと、エリックはサニーを手招きして呼んだ。

「この前と同じメンバーでお姉さまと交換会でもいいぞー?」

 エリックは声の大きさを元に戻し、しれっと嫌な提案をしてくる。

 むっとしたシャーロットに、ブルーノも生徒をかき分けてやって来て尋ねた。シャーロットはブルーノと視線を合わせないように避けた。気持ちの整理がついていなかった。

「エリックは同じ順位なのに、何か貰うのかい?」

「なあに? 成績がいいとシャーロットが何かくれるのですか?」

 ガブリエルも楽しそうに尋ねる。

「ああ、シャーロットお姉さまにおねだりできるんだ。でも、交換会でもいいぞー? この前そう決めたんだ。」

「そんな話は知らないですわ。」

 外面のいい猫かぶりなシャーロットは微笑んで、エリックの顔をじっと睨みつける。余計な事は言うなよーと思うけれど、この弟は余計な事しか言わない気がする。

「私はシャーロットよりも良かったですよ?」

 サニーが微笑んだ。「おねだりできますね?」

 サニーのおねだりは恐怖過ぎる。保健室での出来事を思い出したシャーロットは、全力で断りたいと思った。

「サニー、2位、おめでとうございます。エリックもよく頑張ったわね、私も姉として誇らしいわ。ガブリエルもブルーノも転入してきたばかりなのにすごいと思うわ。おめでとう。」

 微笑んでシャーロットは、これでおしまい、と思った。何もあげないからね、と固く口を閉じる。

 ちえーっとエリックは呟いて、「また後でね、お姉さま、」とブルーノと教室に入っていった。

 サニーも、「また後で、ゆっくり話し合いましょう」とシャーロットに囁いて仲の良い者達と教室に入っていく。

 ガブリエルはシャーロットの手を握り、「後で、期待してますわ、」と微笑んで、教室に入っていく。

後が怖いわ…。シャーロットは無言でローズが登校してくるのを待った。

 私の中で一番頑張ったのはローズなんだけどなと、シャーロットは成績順位表のローズの名前と点数を眺めた。あと一点あれば、8位の生徒と同位だった。

「シャーロット嬢、1位になったお祝いを下さいませんか、」

 突然の申し出に、成績順位表を見上げていたシャーロットは驚いて、声のした方を見上げた。

 リュートと息を切らした騎士コースの男子学生達がシャーロットを囲んでいた。お昼を一緒に過ごしたことがある者達だった。筋骨隆々の彼らが冬服に衣替えすると、体格がいいおかげでとても見栄えが良かった。ただ、ブラウス姿の時よりも肉の壁という印象が強くなる。彼らに比べるとずいぶん背の低いシャーロットは少しビビってしまう。

「今週末の演武会に、ぜひ見に来てください、シャーロット嬢。」

「武芸の3コースが揃う大事な行事なのです。」

 武芸のコースは騎士、剣士、将校の3コースがあり、シャーロットが面識があるのは騎士コースの者達だった。コースの違いの見分け方はシャツの襟もとについている小さな刺繍だった。騎士コースの者達は馬の小さな刺繍を付けている。

「我々は今まであり得なかった躍進を遂げたのです。そのご褒美を下さい、」

「はい?」

 筋骨隆々の騎士コースの者達が口々に、シャーロット嬢のおかげと握手を求めてくる。シャーロットにはさっぱり意味が分からなかったので、猫をしっかり被って微笑みながら握手をする。

 頭の中は?マークで一杯だった。騎士コースの男子学生の大躍進て何? シャーロットには見当もつかない。

「リュートは1位になったのね? おめでとう。」

 シャーロットが微笑むと、リュートはシャーロットの手を両手で握りしめながら、顔を赤らめて言った。

「約束ですよ? 今週末、楽しみにしてますから、」

 え…? 何のこと…? シャーロットは、首を傾げて、自分が何かおかしなことを言ったのか考えた。

「さあ今日から気合を入れて、演武の総仕上げだー!」

 騎士コースの男子学生達が盛り上がりながら去っていき、シャーロットはきょとんとしたまま見送った。今のは一体何?

「あっけなくハイって返事して貰えて、良かったです。シャーロット。迎えに行きますから、あとで時間の打合せしましょうね?」

 リュートがそう言って教室の中に入って行き、シャーロットは、はい? という自分の疑問の声が肯定の言葉に受け取られたのだとやっと気が付き、そんなつもりはなかったのに…、と心の中で絶叫していた。


 遅れて教室前の廊下にやって来たローズに、待っていたシャーロットは安堵して微笑んだ。待った。待ったわよ、ローズ…。あなたを祝福したかっただけなの…。

「おめでとう、ローズ、」

 ローズの細い体を抱きしめて、シャーロットは背中を叩いた。髪を後ろで括ったローズは顔立ちがはっきりと判るようになり、勤労学生だったころと比べて色白になり、公爵家の領地の美容セットの効果があるのか肌艶もよくなり、どちらかというと人目を引く可愛い女子学生だった。中性的な顔立ちが透き通るような透明感を醸し出していた。

「姫様…!」

 シャーロットの肩越しに自分の順位を見つけたのか、ローズはシャーロットの体を抱きしめ返した。

「頑張ったものね、おめでとう。」

 シャーロットが体を離し、改めて握手をすると、ローズは照れ笑いをした。丈があった女子用の冬服はローズによく似合っていた。

「この調子で、期末も頑張れば、冬休みは堂々とななしやが手伝えます。」

「あら、再建はまだ先じゃないの?」

「今、違う場所で店舗を借りて仮営業してるんです。前の場所からちょっと離れてるけど…、いい場所なんです。」

「よかったわ…!」

 シャーロットは機会があればまた行きたいなと思った。今度は厨房に立つエルメを観察してこなくてはいけないなと思う。

「姫様のおかげです。ありがとうございました。」

「そんな、頑張ったのはローズよ? ローズが一番すごいわ。」

「ふふ。姫様、今朝、理事長先生に呼び出されて、さっきお話してきたんです。実はそこで順位も聞いてきました。でもこうやって…、改めて姫様に褒めて貰うと、やっぱり嬉しいですね。」

「あら、」

 おじいさまが朝から仕事をしてるんだ…。シャーロットは祖父の豪快な笑い声を朝から聞きたいと思わないので、私は呼ばれたくはないなと思った。

「そういえば、理事長先生が、お昼休みに理事長室に来るようにと、姫様に伝言でしたよ?」

 えー、そういうのいらないなー、とシャーロットは思ったけれど、「わかったわ、」と微笑んでおく。

「また後でね、姫様、」

 ローズは近寄ってくる生徒の気配を察してか、会釈をすると先に教室に入って行ってしまった。

「さ、僕のお姫様、一緒に2年生の教室まで来て貰おうか、」

 近付いてきたミカエルがシャーロットの腰に手を回し、歩き始める。

「は、はい?」

 シャーロットはミカエルの姿を確認する前に歩かされ、混乱しつつも一緒に階段を上がり、上の階の2年生の教室の前まで連れていかれてしまった。

「ミカエル、な、何かしら?」

 冬服のミカエルは品の良さが滲み出ていて、立ち居振る舞いが美しい。正装に着慣れてるんだろうなとシャーロットは思った。なんだかんだ言って、お城で王子様のお仕事やってるんだろうなとも思う。

「あれ見て、」

 少し背が伸びたのに秘密の靴を履くのをやめないミカエルは、シャーロットよりも背が高い。ミチルの時とは違う視線の高さに、シャーロットは顔を見上げ、ときめいてしまう。

 2年生の統治のコースの教室の前の廊下にはまだ人だかりが引いておらず、2年生が成績順位表を前に騒いでいた。

 ミカエルの名前は8位にあった。

「10位以内だったよ? シャーロット。」

 王子様なミカエルは綺麗な笑みで、シャーロットを見つめた。シャーロットは胸がキュンキュンとときめいていた。今なら何でも言うことを聞いてしまいそうだった。いかんいかん…。

「約束、覚えてる?」

「ええ…、覚えているわ。」

 眼差しにときめくのか羞恥心で胸が高鳴るのか、どっちなのか判らない。

 約束かあ。こればっかりは仕方ないなあ…。シャーロットは覚悟を決めて、ミカエルの首を抱きしめて頬にキスをした。

「おめでとうございます、ミカエル王太子殿下。」

 シャーロットと目が合ったミカエルは嬉しそうに微笑んだ。

 誰も注目などしていないだろうと思っていたので、「あ、私もご褒美のキスくださいませ、シャーロット様、」と女子生徒が近寄ってきたのには慌てた。

 ミカエルは憮然としていて、シャーロットを抱きしめて離そうとしない。

「私、以前シャーロット様にはトランプのご褒美に貰えることになっていたのに、頂かずに握手して貰って帰ってしまい、大層心残りでしたの。」

「えっと…?」

「申し遅れましたわ、クララ・サバールと言います。2年生統治のコースで、今回3位でしたの。」

 茶金色の縦巻髪を肩に垂らした青い瞳のクララは、淑女の礼を優雅にこなした。実家の爵位はシャーロットの方が上なので、対応が丁寧だった。

「サバール侯爵令嬢ですね。失礼いたしました。先日はお越しいただいてありがとうございました。」

 シャーロットも丁寧に淑女の礼を返す。シャーロットのお誕生会で、エリックが代わりにキスをしようかと言えば顔を赤くして逃げてしまった可愛らしい女性は、こんな身近にいたのか。シャーロットは盲点だったなと思った。確かに学生ならまだキスに抵抗があってもおかしくはない。

「ご褒美を下さいませ、シャーロット様。」

 ミカエルをそっと見れば、冷やかに笑みを浮かべている。これは怒ってるなーとシャーロットは思った。

「いいよ? シャーロット。」

 何でこんなことになったのかしらと思いながら、シャーロットは少し背の高いクララ嬢をそっと抱きしめ、頬にキスをした。

「おめでとうございます。」

 微笑むと、クララ嬢は顔を赤くして両手で隠しながら、「ありがとうございます。勉学に励みます」と教室の中に逃げていった。

 逃げるくらいならしてもらわなきゃいいのに…、とシャーロットは思った。何となく、ミカエルにキスした時より注目を集めている気がした。ミカエルもあまり機嫌がよさそうではない。

 予鈴が鳴り始め、シャーロットは帰り際ミカエルに、「今日はお昼一緒に食べられないの、ごめんね?」と囁くと、ミカエルはさらに不機嫌そうな顔になった。

「また変な約束したの?」

「ううん、おじいさまに呼び出されたの。」

 シャーロットは一応あれでも理事長先生だからね、と思いながら微笑んだ。

「断れないから、行ってくるね。」

 放課後に一緒に帰る約束をしてミカエルと別れたシャーロットは、そういえば、私、ミカエルにご褒美をおねだり出来たんじゃないの? と今更ながら気が付いた。


 お昼休み、理事長室に呼び出されたシャーロットは、開口一番に祖父に一緒に今晩夕食を食べようと誘われた。

「え、どうしてですの?」

 警戒心丸出しのシャーロットに、祖父は理事長の机の上に手を乗せ、椅子の背に凭れて微笑む。

「リュートが1位だったそうじゃないか。今晩はたまたま宰相の家に呼ばれているのだ。シャーロットも行かんか?」

「行きません。」

 ソファアにも座らず、シャーロットは立ったまま話を続ける。さっさと話を切り上げるつもりだった。

「なあ、そう言わんと、」

「嫌です。」

「お前はそういうところだけ親に似てしまったのう…。」

 母のことを言いたいらしい。あの気の強い母と似ていると言われても、困る。

「そんな話をするために呼んだんじゃないでしょう、おじいさま。」

 シャーロットは内心腹を立てながら微笑んだ。そんな用事なら呼ばないでほしい。

「ああ、そうだったな。ローズは無事に9位。よくやったな、シャーロット。次回もこれを維持できるように面倒見てやってほしい。」

「そうですね。ローズ次第で頑張ってもらいます。」

 実際、シャーロットはノートを見せて進捗状況を確認していただけで、特に何もしていない。ローズが頑張っただけの話なのだ。

「ガブリエル第二王女も頑張っているようだし、ブルーノ・ペンタトニークもなかなかやりよる。」

「そうですね。私も頑張ってエリックに追い抜かれないようにします。」

 またデートだのなんだのと言われても困る。そこは切実な問題だ。

「新年の祝賀パーティーの招待状が来たそうじゃの、シャーロット。」

「ええ、ペンタトニークの国に正式に呼ばれたみたいです。エリックに貰いました。」

「行くのか?」

「今のところ行きたくありません。」

 シャーロットには観光気分でも行きたいと思えなかった。祖父は面白そうに目を細める。

「ミカエル王太子殿下に相談はしたのか?」

 ミカエルにはまだ話していなかった。

「いいえ。行かないかもしれないので、話す必要はないと思っています。」

「そうだな。それもよかろう。」

 祖父は何か考え込んでいる。どうせよからぬことを考えているのだろうなとシャーロットは思った。

「毎年領地の別荘で祝賀パーティを開いておるが、お前も来るか?」

 シャーロットは毎年お城の祝賀会に家族で参加していた。父も母もエリックも正装して、新年の挨拶を国王にするという、それだけの行事だった。ミカエルに年明け早々に会えるので、シャーロットはそっちの方がいいなと思う。別荘にミカエルはいないのだ。

「気が早くないですか? まだ10月ですよ?」

 シャーロットの返事に、祖父ははっはっはと大きな声で笑った。この笑い声が耳に焼き付いて、しばらく祖父を思い出すのも嫌になる。

「ワシはもう、お前の産む子供の名前まで考えておるぞ!」

 そういうの早すぎるから! シャーロットは顔を赤くした。

「勝手に考えないでください!」

 祖父はまた豪快に笑う。

「今週末、演武会に、シャーロットも出席するらしいな。先ほど騎士コースの教員達から聞いたぞ、」

「え、なんですの、それ、」

 確かに見に行くことにはなったけれど、教員から理事長に報告が上がるって妙な気がした。

「皆が張り切っておるとのこと。お前もせいぜい綺麗に着飾って見に行ってやってくれ。」

「はあ…。」

「あれは不幸な行事で、武芸の3コースの家族かむさい男どもばかりが見学に来るからなあ…。若い娘が一人でも来れば皆も喜ぶだろう。理事長としてワシも行くから、夕食は一緒にどうだ?」

 祖父はどうにかしてシャーロットと夕食を一緒に取りたいらしかった。シャーロットは行きたくない。

「まさかまた宰相の家族もいるんですか?」

「おらん。お前と二人の予定だ。まあ、その時に来るかもしれんが。」

「前向きに考えておきます。」

 遠回しに行く気はないと伝えたつもりのシャーロットは、祖父の瞳をじっと見つめた。

「ミカエル王太子殿下との婚約破棄の話はどうなってるんです? 進めてるんですか?」

 祖父は黙る。細い目をしてシャーロットを見ている。

「私はお誕生日プレゼントにミカエル王太子殿下が欲しいとお願いしましたよね? おじいさま。」

「そうだなあ…、今のところはそうするしかないからなあ…。」

 祖父は腕組して何かを考えた後、はっはっはと大きな声で笑った。

「まあ、それもよかろう。」

 理事長室をお辞儀して退出するシャーロットに、祖父は、「エリックとは仲良くな、」と意味ありげに微笑んだ。

ありがとうございました

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