<28> もしかして、リュートルートのはじまりなようです?
「シャーロット、」
授業が終わって、サニーが話し掛けてきた。シャーロットは話などしたくはなかったけれど、無視をするのも心が痛いので返事をする。
「なあに?」
「今日はミチルも、ガブリエル第二王女もいないのですか?」
そんなことあなたに関係ないじゃない、と思うけれど、シャーロットは我慢する。
「そうよ?」
「今日は一日一緒にいても?」
「あなたがいつも一緒にいるお友達と、一緒にいなくてもいいの?」
暗に、お構いなく、と伝えて、教室の真ん中あたりにいる背の高い男子生徒の集団をそっと見る。サニーと仲がいいだけあって、揃いも揃って背が高く貴公子然としている集団だった。
シャーロットの視線の先に気が付いたのか、サニーは微笑んだ。
「彼らは女性を優先するようにと言ってくれました。充分に理解してもらってます。大丈夫です。」
ナニそのかっこいい感じ! シャーロットは貴公子そのものな女性に紳士な集団に胸がキュンキュンしてしまう。
「一日は無理だと思う。午後にはガブリエルは来るわ。それまでなら、と言いたいところだけれど、あなたと一緒にいるとまた変な噂が流れてしまうもの。あんまり嬉しくはないかも。」
「噂じゃなくて、本当にしてしまえばいいでしょう? 父はこの国の国王に、私の異母妹を嫁がせたいと、この前申し入れましたよ?」
当然のようにサニーは微笑んだ。あまりのことにシャーロットは言葉を失う。
「はい?」
「正妃になれるように、と申し入れてますから、シャーロットが婚約破棄されるのも時間の問題でしょう。」
「は、はい? 婚約破棄?」
「当たり前でしょう? 私の妹は王女です。現状で王女が正妃につくためには公爵令嬢との婚約は破棄となるか、公爵令嬢は愛妾となるかしかないでしょう。そんな待遇をシャーロットのお父上が良しとするとは思えない。」
「えっと、あのね、サニー、」
シャーロットはドキドキしながら、でも、冷静に答える。
「この前、レイン様とガブリエルは婚約したのよね?」
「はい。しましたね、」
「じゃあ、あなたの妹とミカエル王太子殿下が結婚することで、この国は何か得るものはあるのかしら?」
「より強固な縁戚関係でしょう?」
「私が国王なら、特にいらないと思うわ。他の国の王女と縁を結んだ方が得だと考えると思うわ。」
「そういう考え方もあるでしょうね。」
サニーは微笑んだ。
「あなたが言う通り私の妹とは結婚しないでしょう。私の妹がきっかけで、私達は、あなたが婚約破棄する状況になるだけでいいのです。」
「つまり、妹さんを捨て駒に使ったのね。」
「そうとも言えますね。この国の王太子が国内の貴族と縁を深くするのもいいとは思いますが、他国と縁を深くするのも重要だと、提案しただけですよ?」
サニーは思っていたよりも強かなのだとシャーロットは思った。
「あなたを私の妻にすることで、この国は貿易でより得るものがある。国が戦争をせずに豊かになるのは貿易が手っ取り早いでしょう。おそらく、同じような提案をペンタトニークもしているでしょうね、」
ブルーノもそんなことをするのだろうか。
「彼は…、ラウラ・クリスティーナ様と婚約中よ? そんなことをするかしら?」
海の向こうとはいえ、ラウラ・クリスティーナは女王となる立場の、王位継承権を持つ王女だ。そんなに簡単に手放すとは思えない。
「ラウラ・クリスティーナ様のお相手はもう内定しています。私が知っているくらいですから、彼ももう知っているでしょう。」
知らないのはシャーロットだけだということなのだろうか。エリックは知っているのかしら、と、エリックを教室内に探す。エリックは出入り口付近でブルーノ達と何か楽しそうに話をしていた。
どうしようかと迷っていると、予鈴が鳴り始めた。シャーロットは仕方なくそのままの席に居続ける。移動できなくて残念とばかりに、諦め顔でサニーを見つめた。
「しばらく一緒にいるのですから、そんな顔をしないでほしいですね、シャーロット、」
サニーはシャーロットに身を寄せて囁いた。
「今日はあなたの傍にいるだけです。安心して。取って食ったりはしないから。」
心がざわつくのを感じながら、聞かなかったことにした。
サニーはかっこいいのに、どうして私に執着するんだろう。理解できない現実にシャーロットは少し苛ついて、でも、それを表に出さないように必死に猫を被り続けた。
お昼ご飯の時間くらいは自由になりたくて席を立ったシャーロットの腕を、隣の席に座ったままのサニーがしっかりと捕まえた。
「どこに行くんです、シャーロット。今日は私と一緒にいてくれるんでしょう?」
笑顔で言うけれど、腕を握る力は強い。
そっと手を添えて腕を解くと、シャーロットは座って見上げているサニーの顔を両手で持った。
「サニー、」
ゆっくりと顔を近付ける。おでこをサニーのおでこにくっつけて、シャーロットは瞳を閉じた。
「あのね、聞いてほしいことがあるの。」
囁くシャーロットの声につられたのか、サニーも小さな声になる。
「…シャーロット?」
「女の子にはね、聞かれたくない時間もあるの。」
どんな時間? と自分で突っ込みを入れながら微笑んで、サニーの顔から手を離した。
「わかりました。」
サニーが何を分かったのか知らないけれど納得している様子なので、シャーロットは急いで席を離れた。廊下にまで出ると足音を立てないように、小走りに、一目散に、教室を離れる。
席を離れる前にお財布はスカートのポケットに入れてきた。教科書はまた後で回収にいけばいい。とにかくお昼ご飯を購買で買って、その後どこに行くかを考えよう。シャーロットは典型的なお嬢様なので体力がなく、あまり走るのは得意ではないし、あまり策略も得意ではない。
購買に行き、パンといつものコーヒー牛乳を買うと、屋上目指して階段を駆け上がった。屋上でお昼を過ごすという生徒を聞いたことがない。
いつもの中庭だとすぐに見つかるだろう。いつもはしない行動をして逃げ切ろう。シャーロットは思った。
ドアを開けると、屋上には誰もいなかった。
「よかった…!」
ほっとしたシャーロットがへなへなと崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、肩をポンと叩かれた。
「何がよかったんだ? シャーロット嬢?」
シャーロットは口から心臓が飛び出ていってしまうかと思うくらい驚いた。
振り返ると、赤茶色の髪に茶色の瞳の男子生徒が屈んでいた。見知った顔だった。リュートだ。シャーロットと同じようにパンとコーヒー牛乳を持ったリュートは、すでに袋から出したパンを齧っている。何人かの男子生徒が後ろには立っていて、「リュートと知り合い?」と尋ねていた。
「はい?」
シャーロットは涙目になってしまった。
ナニあの筋骨隆々な人達…、もしかして騎士コースの人達?
接点のない男子生徒達に囲まれて、逃げ場を失くしてしまった。屋上は騎士コースのやんちゃな男子生徒の溜まり場という噂があり、だから誰もお昼休みに屋上へ行かないのだという事情を、シャーロットは知らなかった。
「そかそか~、空を見に来たのか~、」
シャーロットがとっさに答えた言い訳なのに、リュートやその友達の騎士コースの人達は深く追及してこなかった。空は雲が覆っていて、晴れているとは言い難い空色だった。
空なんかいつでも見てるから特に何も、と思いながら、シャーロットは微笑む。どうしてこうなっちゃったんだろう…。
屋上の真ん中で、男子生徒十数人に囲まれパンを食べることになろうとは…。シャーロットの人生で初めての経験だった。
「シャーロット嬢の食べてるのはなんていうパン?」
「クイニーアマン。この前初めて食べてみたら美味しかったの。」
ブルーノは聞いてこなかったけど、リュートは聞いてくれるんだね、とシャーロットは思った。クイニーアマン、美味しいんだけどなあ。
「このコーヒーの香りだけするコーヒー牛乳も好きなの、」
シャーロットの他愛のない話も、そかそか~と聞いてくれるという、かなり心の広い面々だった。
「リュートが騎士コースの人達とお昼ご飯を一緒に食べる関係だったなんて、知らなかったわ。」
パンを齧りながら尋ねたシャーロットに、隣に座るリュートは手を伸ばして風に広がるシャーロットの髪を耳にかけてやる。
「あら、ありがと、」
「風紀委員の朝の点検で早く学校へ来たことがあって、その時たまたま朝練をしている彼らと知り合って、話をしていたら意気投合したんだ。で、時々こうやって一緒に昼を過ごして、息抜きしてるんだ。」
「息抜き?」
「バリーボールって知ってる? シャーロット嬢。」
「さあ? 聞いたことないけど。」
「他国のゲームらしいんだけど、ボールを地面に落とさないように受け渡し続けるっていうゲームなんだ。」
「はあ、どうやって?」
「両手でそうだな…、スプーンみたいにボールを掬うって言えばいいのかな?」
リュートが首を捻りながら傍に転がる白い大きなボールを撫でる。
「まあ、昼飯食べ終わったら俺らやるから、シャーロット嬢、ちょっと見てご覧よ?」
リュートの隣に座る騎士コースの者が提案する。シャーロットはその者達の名を知らないのに、ここにいる誰もがシャーロットを知っている様子だった。そういうもんなのかしらとシャーロットは思うけれど、どうしてなのか聞いたりはしない。
シャーロットが食べ終わると、待っていたかのように休憩していた皆は立ち上がり、シャーロットもリュートに両手を取られて立たせられる。
ゴミを回収してくれる男子生徒がいて、シャーロットのパン袋のゴミも一緒に入れてくれる。
「ありがとう、」
シャーロットが微笑むと、顔を赤くして「別に、」と言われてしまい、別になのかーと思う。男の子ってよく判んない。
リュートが「よし、お手本を見せてやろう、」と声を掛けると、男子生徒達は輪になって、制服のシャツの袖を捲った。
すでにシャツの袖を捲っているリュートが、ボールを対角線の向こうに立つ男子生徒の方へ投げた。
男子生徒は両手を握り合わせてボールを落とさないように宙に跳ね返した。ポーンと音がして、また向こうの男子生徒の方へボールが渡る。ボールを誰もが落とさないように宙に打ち上げ、誰もに渡るように向きを修正しながらボールを跳ね上げる。
「すごいのねえ…、」
シャーロットが思わず拍手をすると、あちこちからへへへっと笑う声がした。
「シャーロット嬢も混じってみる…?」
リュートがシャーロットをちらりと見た。ボールを目で追いかけていないとどこに飛ぶのか判らなくなるだろうに器用だねえ、とシャーロットは思った。
「遠慮します。見てるだけで楽しいです。」
シャーロットは即答した。一番背が低いリュートでさえ、シャーロットと頭一つ分くらい背の差がある。そんな男子生徒の集団に交じって高くボールを上げるなんて、できそうにないと思った。自分の顔よりも大きいボールを自分の頭より高く上げる自信などない。
ボールを目で追いかけているだけでも楽しかった。リュートが生き生きとボールを腕で高く跳ね上げている様子を見るのも新鮮だった。
背が高いリュートが腕を伸ばすと、随分高くボールが上がるように見えた。ほかの男子生徒達も体がしっかりとしていて、機敏な動きでボールを打ち上げる。
男の子ってゲームが好きなのね。シャーロットは思った。ミカエルはゲーム、前世でもやってたんだものねえ…。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまでボールは打ちあがり続け、一度も床に落ちなかった。
「一度もボールは落ちなかったわ。みんなすごいのねえ。」
シャーロットが手を叩いて称賛すると、男子生徒達は得意そうな顔をした。
「また見においでよ、雨さえ降ってなければ、たいていここでやってるからさ、」
リュートはシャーロットに微笑んで、言った。
「空を見に来るついででもいいからさ、」
もしかしてバレてたのかしら。シャーロットはそう思ったけれど、尋ねはしなかった。
「そうね、空を見に来るついでに、来るかも。」
そう返して、シャーロットは微笑んだ。たまたま雲間から日が差した影響で、見ている者にはシャーロットの微笑んだ顔が美しく輝いて見えた。
リュートは赤らめた顔をシャーロットに見られないように手で隠した。
その後、騎士コースの男子生徒の間で、『公爵令嬢は空を見に来るついでに屋上へ現れるらしい。公爵令嬢を喜ばせて美しい微笑を見ることが出来ると、その日一日幸運になる』という謎の噂が立ってしまうとは思ってもいないのだった。
教室に帰ると、ガブリエルが登校していた。
「遅いですわシャーロット、授業が始まってしまいますの。」
「ガブリエル、今日は元気ですね、何かいいことがありました?」
矛先を躱して、シャーロットは自分の置きっぱなしの荷物を片付けた。サニーはいつもの友達のところへ行ってしまったようだ。
シャーロットの質問に、ガブリエルは顔を赤くして黙ってしまった。
やあねえ、初々しすぎて揶揄い甲斐がないわ、とシャーロットは思うが黙っておいた。ガブリエルを揶揄い過ぎると後でとんでもないことになる気がするからだ。
「シャーロットは、今日は一人で寂しくはなかったですか?」
「ええ、あなたがいないと大変だって判ったわ、」
シャーロットはしみじみ思った。ガブリエルがいると、サニーは近寄ってこないのだと。
「シャーロット…!」
ガブリエルが感激した顔でシャーロットの両手を掴んだ。
「私、やっぱりあなたと一緒に隣国へ嫁ぎたいですわ、」
いや、それは無理だから。シャーロットは心の中で即答する。
「ガブリエル…、」
「お父さまに、ミカエルとの婚約は考え直してもらえるように、改めてお願いしてみますの、」
「それはしなくていいから。」
シャーロットは首を振る。ガブリエルはシャーロットを見つめている。
「ミカエルみたいな嘘だらけの王子様より、サニー様みたいな誠実な方がお似合いと私は常日頃から思っておりましたの。」
「はい?」
サニーの評価、いつの間に高くなったの? シャーロットはガブリエルの顔を見つめ返した。ガブリエルは得意そうに続ける。
「シャーロットはお人好しですもの。すぐに騙されてしまうでしょう? その点サニー様は、ミカエルみたいな嘘だらけなこと、仰らないもの。」
妹に嘘だらけの王子様と言われちゃうミカエルって、一体何をしたんだろう…。あ、女装して一年生にいるから? 女子寮に性別を偽って住んでいるから? それとも、この世界をゲームの世界と言うから? シャーロットは考える。でもそれは本当かどうか証明できないから、嘘というよりはホラなのかな。
「どうしてそう思うの?」
「シャーロットに、いつもホントのことをお話しているとは限りませんのよ?」
それは本音と建前という意味だろうか。シャーロットは黙り込む。
授業開始の予鈴が鳴り響いた。重要な言葉は伝えておきたかった。
「それとこれとは別問題だと思うわ。」
「そうでしょうか?」
ガブリエルの声に、シャーロットは頷く。「そうですよ?」
ガブリエルってもしかしてサニーの一番の援護者なんじゃないかしら、とシャーロットは思い、そっと溜め息をついた。
ありがとうございました




