<27>どのルートでも悪役令嬢ってひどくない?とふくれているようです
寮に帰ってきたシャーロットを、ミチルが出迎えてくれた。部屋にいて床に寝ころんで、ミチルなミカエルは、白いレースの襟で青い色のワンピースに紺色のリボンでベルトをしたシャーロットを寝ころんだまま見上げて、「お帰り」と言った。
「ただいま。もしかしてずっとそうしてるの?」
「待ちくたびれた。」
「ミカエルは面白いね。」
荷物を床に置きながら、シャーロットは寝ころんだままのミカエルに馬乗りになる。
髪がだいぶゆるい癖になったので今日は括っていないシャーロットが、馬乗りになったままミカエルの顔を覗き込むと髪の毛が垂れてくる。
「ふふ、くすぐったいね、シャーロット、」
ミカエルの翡翠色の瞳にシャーロットの金髪が映り込む。シャーロットの髪を耳にかけて、「昨日ぶりだね、」と笑う。
「ええ、昨日ぶりね、」
シャーロットはそっとミカエルの口にキスをした。離れようとするシャーロットの体を、ミカエルがぐっと力強く抱き寄せた。
再びキスをして、ミカエルが、「やっと帰ってきた、」と呟いた。
部屋着に着替えたシャーロットは床のクッションの上に座るミカエルの隣にクッションを持ってきた。二人は2段ベットの下段の柵を背凭れに並んで座った。
「あのね、シャーロット、」
ミカエルがシャーロットの手を握ったまま話始めた。
「昨日のトランプなんだけどね、あれ、ローズに譲ってもらったんだ。」
「へえ…。」
「もう気が付いてるんでしょ? ほんとは、僕がクラブだったんだけど、ローズがこっそり代えてくれたんだ。その方が、姫様は喜ぶでしょ、って。」
「そう…。」
「もう気が付いてるかもしれないけど、僕の口から伝えたかったんだ。ズルしてごめん。」
「ううん、違うの、」
シャーロットは恥ずかしくなっていた。ズルを最初にしたのは祖父だ。
「あれは、いかさまトランプなの。ああいうことをするのが得意な執事がいて、指定したカードを引かせることが出来るの。私も後で教えて貰って、実際にやってみたから知ってる…、だから、ミカエルはズルなんてしてないの。」
「手品か…、」
「そうなのかな。おじいさまは、カードの交換がダメなんて言ってないし、ミカエルはズルなんてしてないよ。だから、ごめん、ほんとに狡いのはうちの祖父なの。」
シャーロットはすまなそうに微笑んだ。
「何であんなことを…?」
リュートの話は本人から聞いた訳ではないので、言えないなと思った。シャーロットは視線を泳がせた。
「婚約者候補を集めたっていうか…。」
「はあ。本気なんだ。」
「お母さまが…、ローズがどういう格好で来るかで、決断しようとしたって言ってたわ…。」
ローズが女性として正装したらミカエルとの婚約は続行、男装してきたら婚約破棄して新しい候補者を立てる。単純な賭けだろうけれど、シャーロットにとっては単純なことではない。
「一応ドレス姿だったね、あの子。」
「そのドレス姿が問題になっちゃって。」
ミカエルも苦虫を潰したような顔してたもんなあ…。
「あの格好で、ゲームのシナリオはこなせたの?」
「予想外だったよね。ゲームだとローズは真っ赤なドレスで薔薇のコサージュをつけて、シャーロットと薔薇のコサージュを誰から貰ったの?!と揉めちゃうんだ。」
「揉めなかったわねえ。」
いろいろありすぎて、シャーロットにはお買い物イベントがすでに懐かしい。
「そうだね。薔薇のコサージュが手に入らなかったから、流れが変わってこうなっちゃったかな。」
それでもローズは亡くなったお母さまのお古着てきそうだけどね、とシャーロットは思った。あんなに嬉しそうだったし、そんな気がした。
「お買い物イベントを潰したし、公爵令嬢のお誕生日イベントも潰せたと思ったんだけどなあ…。」
「予想外な格好だったから、ああいう表情してたのね、ミカエル。」
ミカエルは気まずそうに笑った。
「確かにとんでもない格好で現れて、公爵令嬢が大困惑だったね。」
ミカエルの言葉に、シャーロットはローズから聞いた言葉を伝える。
「セイジンシキでもハレギは親のを着たって言ってた気がするけど、」
「成人式とお誕生会は違うと思うな。」
そうなんだ…、とセイジンシキを知らないシャーロットは思う。
「ゲームでも、お誕生会ってあんな感じだったの?」
「違ったと思うよ? トランプのカードの件も出てこなかったし。」
「好感度を上げられたのって、カードを交換して貰ったミカエルだけじゃないの?」
「そうだね。困っちゃったね。」
ミカエルは肩を竦めた。
「ゲームの本筋だと、この後どうなるのかしら。」
「エリックルートでの前半のメインイベントだから、エリックと好感度を上げていれば後半に突入してブルーノが登場して3人で行動開始かな。でも、これでミカエルルートに戻るんじゃないかな?」
「じゃないのかな、って、曖昧ねえ…、」
シャーロットは苦笑いをする。
「僕ね、どっちかというとナオちゃんがプレイしてるのを横から見てて、ナオちゃんがこの服いいとか、この音楽いいっていうのをチェックしてて、一緒にパターンに起こして服を作成してたの。どっちかというと本腰入れて遊んでた訳じゃないんだよね。」
シャーロットは言葉を選びながら、前から聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「ミカエルの…、前世のマリちゃんだっけ? マリちゃんて何やってた人なの?」
「美大生。服飾関係に興味あったからナオちゃんの手伝いをしてただけ。ナオちゃんは服飾学校の制作の方の人。」
「ビダイセイって何をする人?」
「絵を描いたり彫刻したり? 僕は専門が日本画だったから、まあ、絵ばっかり描いてたかな。」
「おうちがそういうおうちだったの?」
シャーロットの頭の中には、領地の画廊で見た画家のイメージしか思い浮かばない。目の前のミカエルがそういう人物と同じにどうしても繋がらなかった。
「ううん。普通の会社員家庭。ただ…、あんまり子供のすることに干渉してくる親じゃなかったなあ。」
「どうやって、前世で、とか、そういう昔のこと、覚えてたりするの?」
「うーん、何かに頭をぶつけたんだろうなってことは痛かったから覚えてる気がするけど…、よく判んないんだよね。徹夜でゲームをして攻略したーって喜んで倒れた時に何かにぶつけたのかな、という感じ?」
「ちなみに最後にやってたのはやっぱり、このゲームなの?」
ドキドキしながらミカエルの表情を伺う。シャーロットは息をのんだ。
「確かね、これのリュートルートがどうしてもグッドエンドでクリアできなくて、ナオちゃんが投げちゃって、セーブデータ作っといてねって言われて、やりこんでたのは覚えてるんだけど…。」
「グッドエンドって、良い終わり方ってこと?」
「そんな感じ。理想的な終わり方ってとこだね。」
「リュートルートって難しいの?」
「ひとに拠るんじゃない? ナオちゃんには難しかったんだと思うよ? ゲームのシナリオのリュートはツンデレで拗らせちゃってると言うか、初々しい奴だったから僕も理解するまで大変だった。だから徹夜したんだと思う。」
へー、あのリュートが難しいんだ…、シャーロットは思う。言われてみれば何考えてるのかよく判らない。
「シャーロットは、家族と…、エリックや公爵と話はできた?」
そうだよね、そっちが聞きたいよね、シャーロットはミカエルの横顔を見た。私、この顔が好きなんだよな、シャーロットはミカエルの長い睫毛を見つめてしまう。ミカエルの綺麗な横顔。ミチルの可愛らしい表情も好きだけど、ミカエルの真面目な表情も好きだ。
「婚約を破棄するように言われた。」
「僕じゃダメ?」
「ううん、私はミカエルがそれでもいいって言ったの。でも、お父さまはサニーを、エリックはブルーノを、おじいさまはリュートを押してたわ。」
「理由は?」
「…誰も、私を守るため、だって。」
シャーロットは低く笑った。
「私が…、うちの家風も理由なんだけど、ローズと友達でいたいと選んだからなんだって。」
「ローズが、貴族の令嬢らしくないから、シャーロットがこの先受ける影響を想定して、かな?」
ミカエルの言葉はだいたいあっている。シャーロットは頷いた。
「リュートは王族じゃないからいいんだって。サニーは隣国でこの国から離れてしまうから、ブルーノは貴族だけど貴族じゃないから大丈夫なんだって。」
「僕は王族で、次の国王だからか…、」
「ほんと、ゲームのシナリオ通りに、ローズを中心に話が進むのね。私、今の状況でローズを拒絶したら…、事情を知らない人から見たら、いじめているみたいに見えるのでしょうね。」
シャーロットは少し涙目になっていた。
「ローズを拒むことはできないわ。友達だもの。でも、ローズと一緒にいるとミカエルと一緒にいられなくなっちゃうって…、何でこんなことになっちゃうんだろう。」
ゲームのシナリオだと、ローズがミカエルと一緒にいるから、シャーロットはミカエルと一緒にいられなかった。どっちにしても、ミカエルとは一緒にいられないのだろう。
「でも、今のままだとローズは誰とも接触しないで結婚もしないんだよ? シナリオのそのままじゃないでしょ?」
「ゲームだと、誰も選ばないでお話が終わるルートというか、結末ってあったの?」
「このゲームは前半と後半と2部構成になってて、中間発表があるんだよね。そこで、一番スコアの高いルートが強制的に後半の基本ルートになるように決まっているからねえ。前半で誰とも淡々と関係を持って平均スコアを維持してしまうと、中間発表でルーレットになっちゃうんだよ。」
「ルーレットって、あのカジノで見かける、小さい球を赤か黒のマスに入れる、回すやつ?」
シャーロットは領地のカジノを思い出した。一度だけ、お忍びでエリックとブルーノとで冷やかしに出かけた事がある。昼間なのに薄暗くて、着飾った大人達がにやにやしながらゲームに興じる様子は異様に思えた。
「そういう感じ。ゲームだとストップボタンで矢印を止める感じなんだよね。」
「じゃあ、必ず誰かに絞ってお話は進むのね?」
「そうだねえ。」
「ローズが誰とも結婚しないルートは、どこかにないの?」
「ああ、あると言えばあるかな。4つのルートそれぞれのバッドエンドを説明しないとね…、ちょっとミカエルの部屋にあるノートに詳しく書いてあるから、うろ覚えなんだけど…、」
両手の指を折って、ミカエルは何かを考えている。シャーロットは紙と書くものを用意した方がいいのかなと思う。
「このゲームは結構終わりまでが難しくてね。グッドエンド以外はどれも酷いんだ。まあ、シャーロットが悪役令嬢として断罪されて絞首刑なんて極端な扱われようをしているくらいだから、そういうゲームなんだろうけど。」
「ひどい内容の方が面白いのかしら。」
「絵が綺麗だから残酷な感じはしたねえ。」
「確か、ミカエルルートのバッドエンド、ダメな終わり方はローズとは別の女性と結婚、ローズは修道院へ。エリックルートだとローズは召使いにされちゃうんだ。サニールートだと愛人の一人でハレムでは最下層。リュートルートだと愛人の一人として私設秘書、かな。」
「えっと…、どれもローズはひどい扱われようだと思うのだけど…?」
「ゲームだからね。一応公爵令嬢の犠牲の上に成り立っているゲームだからね。愛情が薄いとそんなもんなんじゃないの?」
「ちなみに他には…?」
シャーロットはゲームの中の自分が少しだけだけど、大切にして貰えたようでほっとしていた。
「ノーマルエンド、普通な終わり方はねえ、ミカエルルートだとローズとは別の女性と結婚、ローズはその女性付きの侍女に。エリックルートだと愛人の一人。サニールートだと第二夫人として結婚。リュートルートだと奴隷待遇の正妻、かな。もともとローズは庶民の血が混じった男爵家の令嬢だからね。」
「はい? 普通の終わりで、そんなにひどいの…?」
ゲームの中でも身分がものを言うのだろうか。シャーロットは驚きを隠せなかった。
「グッドエンドだと誰のルートでも正妻。第一夫人として結婚、幸せな家庭を築く、で終わってるから、まあいいんじゃないの?」
「理想の終わり方にするには、結構努力が必要なのね…?」
「そうだね、だから難しかったんだって。ただ結婚するだけじゃなくて幸せに終わらないといけないっていうのが難しくて。絵が綺麗だから、まあそれを楽しみに遊んだけど、リュートルートはその中でも難解で、大変だったんだって。」
そういう話を聞いてしまうと、ローズが誰とも結婚しないでやっていくには、バッドエンドのミカエルルートの修道院が一番ましに思えた。
でも、ローズが本当にやりたいことはななしやの再建で、庶民として生活をすることなのだ。
「私、断罪とか痛いこととか、嫌だからね。」
「うん。」
「どうしようもないって判ってても、ローズとは友達でいるからね。」
「…うん。」
前にミカエルに聞いた話だと、どのルートでも仕方なく正義の味方ミカエルは皆の為に悪役令嬢シャーロットを断罪していた。
「それでも、傍にいてくれる?」
シャーロットはミカエルの肩に寄り掛かった。
「うん。傍にいる。」
ミカエルがいてくれれば他はどうだっていいのにな、とシャーロットは思った。
週が明けて学校が始まると、ローズは嬉しそうにシャーロットのところへ近付いてきた。授業前の教室はごった返していた。
今日はミカエルはミカエルの日なのでシャーロットは一人だった。ガブリエルは半日休んで午後から出席すると連絡があった。お昼休みの予定はなくて、ミカエルとは放課後待ち合わせをしていた。
「姫様、この前はお招きいただいてありがとうございました。みてみて、つるつるになりました。」
嬉しそうに手の甲を見せてくる。椅子に座って机の上に教科書を揃えていたシャーロットは手を止めて、差し出された手の甲を触った。
「ほんとね、つるつるだわ。」
「カードの景品の美容セット、すごくいいです。ありがとうございました。」
「へえ、使ってみてくれたのね。」
「ええ、ただは素敵すぎです。あれは高級セットとして庶民生活の時も高根の花な商品でしたから。憧れてたものがただで使えて満足です。」
「そう、それはよかったわ。」
ローズには『ただ』が重要なのだろう。食べ物じゃなくてがっかりでしたって言われたら困ったなと思ってたのよね、と、シャーロットはローズを見上げながら思った。
「ちなみにもう一つのお土産は…?」
シャーロットが執事達と一緒に帰る客に渡したお土産の方だ。
「あれもよかったです。高級シロップと高級蜂蜜のセット。姫様の領地は上質なものばかりでいいですねえ。」
「ふふ。うちの領地は南方の観光地だからね。そういうものばかりになっちゃうの。」
「パンに塗って早速蜂蜜食べてみたんですけど最高でしたー。」
やっぱり食べ物は反応がいいんだね、と喜ぶ顔を見て思う。シャーロットはローズがローズらしく笑っている方がやっぱりいいなあと思った。
「で、ローズ、私が出しておいた宿題はやった?」
ピタッとローズの表情が真顔になる。
「大丈夫です。やりました。時間は最大限に活用が基本です。」
ノートをシャーロットに見せてくる。一冊はローズのノート、一冊はシャーロットのお手本のノートだった。
「よろしい。この調子で頑張りましょう。じゃあ、今日はここまでやってね。」
シャーロットは貸している自分のノートの何ページか先に丸印をつけてローズに渡す。
「それとローズ、」
「なんでしょう、姫様。」
「カード、ありがとう。ハートのエース、出てこないかと思った。」
ふふっとローズは微笑んだ。意味が判ったようだ。
「だって大事なカードでしょう? 姫様の人生が懸かった、」
「え、あなた…、」
「私だって気が付きますよ? あれは姫様の婚約者の選び直しのゲームでしょう?」
あれ? そういう風に思ったんだ…? 選び直すとか思っちゃうんだ…?
「違うんですか?」
「ええ。単なる余興よ?」
シャーロットは思った。あれは単なる余興にしておきたい。本当はローズの格好が私達家族にとっては重要だったなんて、本人は気が付いていないだろう。
「改めて、明日ですね、お誕生日。」
「そうね、」
シャーロットが微笑むと同時に予鈴が鳴った。「またね、姫様」とローズは手を振って、教室の隅の方へ帰っていった。
いつも通りの席で一人で学ぶシャーロットは、窓の外のよく晴れた空と穏やかな景色を見て、つまんないなあと思った。16歳になったって、何かいいことがあるとは思えない。
授業が始まるまで、隣に珍しくサニーが座ったのに気が付かなかった。シャーロットの膝の上に手が置かれた。
え? と思って横を見るとサニーが微笑んでいた。授業が始まっているので席の移動はできない。シャーロットはサニーの手をそっと膝から降ろした。
ありがとうございました




