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<26>悪役令嬢の本当に欲しいものは誰もくれないようです

 会がお開きなり、帰っていく招待客に執事達と一緒にお土産を手渡しながら見送ったシャーロットは、屋敷の中に入ると、執務室に向かった。

 なんだか騒がしい。

 執務室の入り口のドアの前には、執事達が中に誰も入らないように通せんぼしている。

 シャーロットが入ろうとすると、「お嬢様、あまりお入りになるのをお勧めしませんが…、」と小声で忠告されてしまう。

「気にしないで、大丈夫よ?」

 シャーロットは微笑んで中に入れて貰った。

 部屋の中ではソファアに座った祖父を、父と母、エリックが囲んでいた。それぞれが怒っているようで、雰囲気が険悪だった。

 部屋の中にいる執事達はシャーロットの姿を認めると、さっと目を逸らした。

「お父さま、いったい何を考えているんです?!」

 実は公爵の実子であり跡取り娘である母が、祖父を捕まえて怒鳴っている。シャーロットの父は親戚筋からの婿養子だった。

「あんないかさまトランプなどして、卑怯ではありませんか…!」

「そうです、父上、あれでははじめから勝負にはならないでしょう。」

 父も珍しく祖父を詰っている。

「どうしたの?」

 エリックに尋ねると、エリックはにやにやと笑った。

「いかさまトランプって何?」

「シャーロット、気が付かなかったの?! あれは初めから決まっているお芝居だったのよ?! 」

 母がシャーロットの顔を見て驚きのあまり絶句している。

「ちょっと、あなた、こっちにいらっしゃい。」

 壁に控える執事の一人を指差して、近くに呼ぶ。

「この者はあなたも避暑地でよく見かけたでしょう?」

 中肉中背で人当たりのいい笑顔の執事は、先ほど会場でトランプを扱っていた。言われてみれば夏の避暑地でも見た記憶がある。

「この者はジュアンという名なのだけど、あまりにもトランプでの手品が凄いからお父さまのお気に入りで、ジョーカーと呼ばれている者なの。ジュアン、トランプは用意できて?」

「はい、奥様。」

 胸のポケットからトランプの束を出して、掌の上で広げる。どれも絵柄は同じではなかった。

「裏返して、シャーロットにハートのエースを引かせて頂戴。」

「はい?」

 シャーロットは意味が分からなかった。

 これから引くカードを指定できるの? 首を傾げながらそっとカードに手を伸ばす。その瞬間、カードが波打った気がしたけれど、一枚取り出した。

「見てごらんなさい、シャーロット。」

 カードはハートのエースだった。トランプをジュアンに渡すと、ジュアンは礼をしてまた壁際に他の執事と共に並んだ。

「え。どういう事なんですの、お母さま。」

「そういう事よ。初めからあなたがハートのマークを引くことは決まっていて、お父さまはお気に入りのリュートにもハートのマークを引かせたの。」

「私達が連れてきたサニー王子やブルーノ、ミカエル王太子殿下は初めからハートのマークは引かされてなかったんだよ。」

「で、でも、ブルーノもミカエル王太子殿下もハートのカードだったわ。」

 だからシャーロットはキスをしたのだ。

「おじいさまはカードの交換はしてはいけないと言ったか? ブルーノは父親に交換して貰ったんだろうし、殿下は傍にいたローズと交換したんだろう。ローズはシャ-ロットお姉さまのキスよりも土産の方が欲しかったんだろう?」

 エリックは呆れたように言った。

「え、そんな…、初めから仕組まれていたの?!」

 知らなかったのはシャーロットだけだったのか…、シャーロットは祖父を見た。

「おじいさま、これは一体どういうことなのかしら。」

「すまんなシャーロット、」

 祖父は反省していない様子で、平然と笑っている。

「シャーロットもおかしいと思わなかったのか? ローズも入れると女性が3人、貴族が3人、海外の貴人が3人、商人が3人って、数が綺麗に分かれていると思わなかったのか?」

「そういえば…、」

 まったく気が付いていなかったシャーロットは、先ほどのいかさまトランプを思い出して、だからそんなことが可能なんだと気が付く。

「あんなキスだの抱擁だの…、来年からどうするつもりなんですの、お父さま。」

 母は腰に手を当てて祖父を睨みつけている。

「来年はしなければよかろう。」

「エリックに渡させた土産物も、領地の美容セットって、明らかにミカエル王太子殿下が自分向きではないからシャーロットに渡すだろうと踏んで、用意させましたわね?!」

 え、お土産ってそういう感じなんだ…。シャーロットはローズが喜ぶのか心配になった。あの子は食べ物の方が喜ぶかもしれない。

「ちゃんとそれも、美容に興味がありそうな貴族や商人に渡るようにマークを合わせただろう?」

「そういう問題ではありません!」

 母は怒らせると怖い…。シャーロットは鬼の形相で怒鳴る母の剣幕にビビってしまう。

「まあ、そう怒るな、怒ると美しい顔にしわが寄るぞ…。」

「お父さまが怒らせるようなまねをするから悪いんです!」

「ワシは宰相には世話になっとるから、息子のリュートの願いを叶えてやりたかったんじゃ。すまんなシャーロット。」

「はい?」

 願い? きょとんとするシャーロットに、エリックが教えてやる。

「なんだシャーロットお姉さま、気が付いてなかったのか? リュートはお姉さまのことが好きなんだぞ。やたらと構ってくるだろう? 」

「あれは風紀委員だから絡んでくるんじゃないの?」

「関係ないと思うよ? 昔からあいつ、宰相に連れらてこの屋敷に来てた時も、シャーロットお姉さまの事をじっと見てたぞ。」

「知らない知らない。」

 シャーロットはエリックの友達は基本興味がない。

「リュートが哀れじゃのう…、」

 祖父が呟いた言葉に父とエリックは頷いている。

「私、決めましたわ、お父さまが何と言おうとシャーロットは宰相の息子とは絶対結婚させません。こんな茶番に巻き込まれるシャーロットがかわいそうですわ。」

「婚約破棄の話はどうするんだ?」

「その話は進めます。いいわね、シャーロット、」

「よくありません、」慌ててシャーロットは口を放む。「ミカエル王太子殿下がいいです。」

「婚約破棄は早めに進めよう。今回の事で醜聞が立ってからでは遅いからな。そうだな、一身上の都合で、でもいいか。」

 シャーロットの意見は流され、父が話を進める。母もシャーロットの意見を聞いてはいない。

「候補が一人減ったところで、まだペンタトニークの息子とサニー王子がいるではありませんか、」

「リュートだってまだ可能性はあるぞ、」祖父は諦めていないようだ。

「婚約誓約書を確認しよう、」

 父が執務用の大きな机の引き出しから赤い書類挟みを出してくる。美しい赤い革張りの書類挟みに丁寧に挟まれた紙は上質な羊皮紙で、幼い頃シャーロットも署名した覚えがあった。

「どれどれ…、肝心なことは、婚約破棄した場合だけれど…、確かに、ここには違約金の金額が書いてあるな…。まあ相場の半額以下だからした婚約だったし、額は、大したことないなあ。」

「相場の半分以下って、どういう意味ですの?」

 シャーロットはなんだか泣けてきていた。たたき売りじゃないのだから、せめて相場通りの額を記入して欲しかったと思う。

「ん? シャーロット、気になるのかい?」

「うちはもともと婚約には反対でしたのに、王家の方からどうしてもという強い要請があったのと、幼い頃から人生を縛るお詫びに減額して貰ったのよ?」

「あの、どうしてお父さまもお母さまも、私がミカエル王太子殿下とこのまま結婚してしまうことにそんなに反対されるのですか?」

「なぜって…、あなた、今の生活が出来なくなるのよ?」

 母は当然という顔をしている。

「あなたはかなり今、自由な生活を送っているのだという自覚がないでしょうけれど、うちの、ハープシャー公爵家はかなり貴族の中では商人寄りな、いわゆる革新派な考え方をする家なのよ。」

 父もエリックも、シャーロットの顔をじっと見ていた。

「学校で学んだり、お友達と接する中で、気が付く事はない? 自分はかなり自由に生きてるんだって。」

 自由なのかな? シャーロットは首を傾げる。猫を被ってないと結構大変なんだけどな…。猫を被っている時点で自由な考え方がばれないようにしているのだという現実に、シャーロットは気が付いていない。

「私も…、今日のローズ嬢の格好を見て、決心がつきましたの。」

 母は思い詰めたように言う。

「あの娘がきちんと配慮のできる格好をしていたら、ミカエル王太子殿下との婚約をそのまま続けても大丈夫だろうと思っていましたが…、」

「よりによってシャーロットとお揃いのドレスを着てくるのだからなあ…。」

 祖父にはお揃いに見えたようだ。

「お揃いではありません。あの色褪せた色はありえないでしょう。」

 母はぴしゃりと言う。そこは譲れないようだ。

「少しどころか、常識があまりにもなさすぎる、そう思わんか、シャーロット。」

 祖父の言葉に、シャーロットは無言になってしまう。お誕生日の主役とドレスの色被りなんてよくある気がする。でもまあ、実際見たことないけれど。

「お誕生会に呼ばれたら、主役が華やかな色にするだろうと気を使って、招待客は無難な色を選ぶのが当たり前なのにねえ、」

 母はため息をついている。父はそっと母の肩を抱いた。

「シャーロット、お前がローズ嬢と友達だから離れたくないと別れを拒んだとエリックから聞いて、私達も覚悟を決めたんだよ?」

「え、どうして…?」

「今日だって、非常識とローズ嬢をこの家から追い出すことはできた。でも、お前の友達だからそうはしなかった。私達が娘のために用意したドレスと同じようなものを選んでくる無神経さに私達は呆れたし、それを恥じることなく居続ける鈍感さには、私達は哀れにさえ思ったのだよ。」

 父の考えはシャーロットももっともだと思った。自分が親の立場なら、もっと悔しがったと思う。でも、自分の親はそれを表に出さないでいてくれた。

「お前が選んだ友達は、私達が思っていた以上に厄介な存在なのだよ。」

 父は悲しそうに微笑んだ。

「貴族らしく振舞えとは言わない。でも、あの娘が変わらない限り、この先も、お前が損をしていくだろう。」

「シャーロットお姉さまが、ローズとの関係を諦める選択をあの時してくれたら、俺もミカエル王太子殿下との婚約の話はそのままでもよかったんだ。お姉さま一人なら、俺は次期公爵として支えていけるからね。」

「ワシは理事としてあの娘と話をしたんだが…、男のなりをして自分の夢の為に貴族の令嬢である人生を捨てたいなんて、たった16の年で決めてしまうのだからなあ。変わっているの一言で片付けるにはちょっと問題が多いのだ。」

 ローズが何を考えているのか理解できない以上、友達でいたいならそれなりの覚悟をしろということなのだろう。シャーロットは唇を噛んだ。

「婚約破棄をというのは、私がローズを選んだから、なのね。」

 シャーロットが自由な考え方をしているから、自由なローズを好ましいと思ったということだろう。

「ミカエル王太子殿下と結婚したら…、このままだとどうなると、お母さま達は思っているの?」

 念のために聞いてみた。話次第ではどうにか目処が付くかもしれない。

「おそらく、ローズ嬢とは接触を断つように言われるでしょうね。変わっている、で済む話ではないわ。あの子がいくら女子生徒の格好をしていても、中身はあのままでしょう。どうして男爵家の者はあの娘の考え方を矯正しないのか判らないのだけれど…。」

「男爵が教育や指導をしてくれたら、友達でいてもいいですか?」

 母は首を振った。

「あの娘は学校を卒業したら、また男装に戻って庶民の生活に交じるでしょう。あまり意味はないと思うわ。平民の生活に消えて、そのままあなたと縁を絶ってくれればいいのでしょうけれど、そんなにうまくいかないでしょうね。」

「お前自身も、領地での自由な振る舞いは忘れた方がいいだろう。着る物も、口にする物も、行動も、今の生活以上にすべてが干渉されるだろう。国の規範になるように言われて、気苦労が絶えんだろう。今まで以上に誰かが選んだ物を押し付けられるだろうなあ。」

「ひどい場合は、この家とも関係を絶つように言われるやもしれん。ハープシャーの家の者はこれが普通だが、貴族というよりは貿易商の様な家風だからなあ。」

 祖父は寂しそうに笑った。

「お前ひとりが自由な考え方をしていたなら、ミカエル王太子殿下に庇って貰えただろうし、私達も庇えただろう。…宰相の家なら、王族ではないし、貴族だし、ちょっと変わった交流があったとしても、市井の情報を収集してたと言えば関係がどうのこうのと言われることがないだろうが、王族はそうもいかんからなあ。煩い貴族共が干渉してくるだろうな。それを思うとお前がかわいそうなのだ。」

「だから、リュートなんですね、」

「そうだ、家同士の行き来もあるからな。」

「隣国のサニー王子なら、隣国は遠すぎてローズ嬢と接触はできなくなるだろう。お前の言動も異国の姫という風に理解されて交友関係もとやかく言われないだろうな。いくらローズ嬢と仲が良くても、会えない距離の関係ならお前に与える影響もないだろう。」

 父も寂しそうに笑う。「お前を他国にやってしまうのは寂しいが、お前が守られるなら、仕方ないだろう。」

「ブルーノは商人の息子だ。ペンタトニークは公国の公主だけれど、もともとは貴族じゃない。考え方が寛容だ。一人や二人おかしな性癖の女性が友好関係に交じっていたって気にもしないだろう。だいたい、ブルーノ自身がかなり貴族的じゃない。だから安全なんだ、シャーロットお姉さま。」

「婚約者の候補には、きちんとみんな理由があるのね…、」

 シャーロットが呟いた言葉に、祖父は念を押すように答えた。

「お前が今のままの生活を続けたいと願うなら、あの娘と友達を続けたいと思うなら、王家に嫁ぐことは最良とは思えん。」

 シャーロットは俯いた。自分の考えを言葉にして伝えなくては、と思った。

「私ね、ミカエル王太子殿下が好きなの。ローズと友達でいることを駄目だって言わないし、あの人自身が、女性も安心して店長になれるような国を作っていかなくちゃねって言ってたから、うまく言えないけど、未来がある気がするの。」

 父も母も、シャーロットの顔を切なそうに見ていた。

「余計に、王家へ嫁がせるのは危険だな、」

 祖父が言った。「まだ時代が早い。そのような考え方をする王族が長生きできるとは思えん。」

「お前を守ってやることがワシらの使命だ。危険な場所にわざわざ嫁がせるようなまねはしたくない。」

「婚約は破棄を願い出よう、」

 シャーロット以外の者は頷いている。どうして、とシャーロットは思った。

「どうして何も始まってないのに、もう諦めちゃうの?」

「シャーロット、」

「いったん白紙にして、そこから考え直せばいいことだろう?」

「お前がどうしてもミカエル王太子殿下の事を諦められないのなら、お前の方から婚約を願い出なさい。」

「シャーロット、誰もがあなたの幸せを願っているのよ。それだけは忘れないで。」

 シャーロットは素直に説得される気はなかった。

「お誕生日のプレゼントが貰えるのなら、私はミカエル王太子殿下が欲しいわ。」

 シャーロットははっきり言った。

「お願いよ、お誕生日なのにおじいさまの余興にも付き合ったわ…。」

 肩を落としたシャーロットに、母が、「もう寝なさい、」と腕を擦った。

「ゆっくり寝て考えて、それからにしなさい。」

 父も微笑んだ。祖父も、エリックも、シャーロットを憎くて辛いことを言っているわけではないと頭では判っていた。でも、納得できない自分がいた。

 シャーロットは何もしたくないと思えるくらい疲れ果てていたけれど、シャワーを浴びて、眠った。どうしてこんなことになってしまったのか、考えたくもなかった。

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