第5話『崩壊する村の中で鬼と一つ目小僧は契約のキスをする』
「ぼ、僕しか村を救えない?」
「うん。そうだよ」
そんなことは、ありえない。
僕は、村の妖怪の中で一番弱い。
「っは!そ、そうだ。こんなことしてる場合じゃないっ!青さんっ!寺さんがっ、寺さんが危ないんだっ!」
「寺さんって、あの中年の鴉天狗か?」
「そ、そうだよっ!あぁ、もうっ、本当に時間が無いんだっ!」
居ても立っても居られなくなって武器庫に向かおうと、青さんを押しのけて立ち上がろうとした時だった――
ガンッ!という音と同時に耳に、何かが掠った。
「へっ?」
寝転んだ状態で恐る恐る顔を横に向けると、僕の顔ギリギリのところに錫杖が地面に深く突き刺さっていた。
「ひえェっ!?あ、あ、青さんっ、い、いきなりなにするんだよっ!?」
たぶんあともう少しズレていたら、僕の一つしかない眼球に突き刺さってた。
それを想像しただけで背中にドッと大量の汗をかいた。
汗が止まらない僕とは真逆で青さんは涼しい眼差しで見下ろして、にっこり笑っている。
遠くの方では、幽霊たちと交戦している妖怪たちの声が聞こえる。
早く行かなきゃって思うのに
僕は青さんから目を離せなかった。
「ん?これで少しは落ち着くかなって思って」
「お、落ち着くどころが、今、僕心臓バクバクだよっ!?」
「え?なに?俺にドキドキしてくれたの?嬉しいなぁ」
「ドキドキじゃなくて!バクバク!!」
「ま、どっちでもいいじゃん。話を戻そうか、ハチくん」
「へ?」
青さんは錫杖を突き刺したまま、地面に片膝をつくと背中を低めて僕の顔を覗き込むようにして顔を近づけた。
近くで見て初めて気づいたけど、青さんの瞳は綺麗な藍色だった。
「ち、近いよ、青さんっ」
後ずさろうにも、背中は地面で逃げ場がない。
「村も、その寺さんも救えるって言ったら……ハチくんは俺に、なんでも協力してくれる?」
「えっ、な、なんでもって……っ待って、みんな助けられるの!?なら、僕なんでも協力するよっ!!」
僕が体を少し起き上がらせて力強く言えば、青さんはピタリと固まって数回瞬きをすると、僕の顔をまじまじと見た。
「うーん、俺が言うのもなんだけど、初対面でキスしてくる鬼相手にそんな簡単になんでもするなんて言っちゃダメだと思うよ?」
「で、でもっ、それで寺さんが助かるなら、僕はき、キスでもっなんでもやるよっ!命には代えられないもん!」
「えー、ハチくんかっこかわいいねぇ。そっか、じゃあ――」
青さんは口元に笑みを浮かべると、さらに背を屈めて僕に顔を近づけた。
近い、近すぎる。目と鼻の先に青さんの整った顔がある。
「覚悟を見せてよ。ハチくんから、俺にキス……してくれない?」
「へ!?ぼ、僕から、きっ、キスするの!?」
「俺は一回したでしょ?だから、今度はハチくんからして欲しいなー」
青さんが何を考えているのか、何一つわからなかった。
でも、逃げようにも前には青さんがいて、僕の顔のすぐ横には錫杖が深く突き刺さっている。
「っわ、わかった」
寺さんのことを考えれば、迷ってる時間なんてなかった。
「な、なにも難しいことはない。ちょっ、ちょっと口同士をくっつけるだけだ。大丈夫、僕ならできるっ……うぅ、やっぱりなんか恥ずかしい」
「くくっ、ハチくん、口から全部出てるよ?独り言じゃなくなってるよ?」
「あばばっ!?」
(恥ずかしい!!)
僕は、顔を真っ赤にして下唇を軽く噛んで、口をモニョモニョさせた。
青さんは僕の行動一つ一つをじっくりと逃さないようにスッと瞳を細めて見ている。
緊張しすぎて、口から心臓が飛び出してしまいそうだった。
頭の中では、森の中で青さんにキスされた映像が鮮明に流れてて、それだけで顔が熱くなる。
「い、いきます」
「ふふ、どうぞ?」
僕は、体をゆっくり起こすと青さんの顔にゆっくり手を伸ばした。
だけど、手にじっとり汗をかいてることに気づいて、慌てて服で汗を拭った。
それを見て青さんが口元に手を当ててクスクスと笑っている。
「う~、だ、だって汗臭いとか思われたくなかったんだもんっ!」
「ごめんごめん。ほら、続けろよ」
「う、うんっ」
誰だって、人に嫌われるより好かれたい。
僕は、友達が沢山欲しいから、些細なことでも嫌われるようなことはしたくなかった。
「寺さんの、み、みんなのためだっ……っん!」
僕は目をギュッと強く瞑って、青さんと唇をくっつけた。
ふにっという柔らかい感触に全身が熱くなる。
(やった!き、キスしたぞ!……あれ?でも、キスっていつまですればいいんだろ?)
目を瞑っているから青さんがどんな顔で僕を見ているのかわからない。
ただ、強い視線のようなものを感じるから、青さんはキスしながら目を開いて僕を見ているのかもしれない。
「んむ……むー」
なんかキスってもっと、えっちなイメージがあったけどやってみるとそうでもない。
呼吸を止めてるから息が苦しいくらいだ。
(あ、この感覚は身に覚えがあるぞ。素潜りだ、海を素潜りした時と似てる!)
「ん~……っぷはぁ!!……はぁ、ぜぇ……く、苦しい」
キスってこんなに苦しいなんて思わなかった。
でも、口に当たった柔らかい感じは、なんか好きかも。
「残念。ハチくん」
「へ?」
少し俯いてフニフニと唇に触れていると、その手を青さんに強く掴まれた。
顔を上げると、青さんの顔が至近距離にあった。
「今は、そっちじゃないんだよね」
「そっちじゃないって……っ!?んぅ!!!?」
再び僕の口と青さんの口がくっついた。
離れようとしたら、首の後ろに手が回されてグイッと前の方に強く引き寄せられて――
「ん~~!??」
僕の口の中に、ぬるっとした何かが入ってきて背筋がゾワッとした。
(なにこれ!?なんか、ぬるぬるしてる!?き、気持ち悪いよぉ……寺さん、助けてぇっ)
「んぅっ、っぁ、はっ……っ青さん、息、できなっ、ん~~!??」
苦しくなって、顔を離して呼吸をすれば、顎に手をかけられた。
「まだ足りないからダメ」
唇が触れるか、触れないかの距離で青さんはクスっと笑った。
その顔から大人の色気?というものを感じてしまって、眩暈がした。
「んっ……」
僕の混乱などおかまいなしに、青さんが僕の口に覆いかぶさってくる。
口を塞がれる前に一瞬見えた青さんの舌を見て、ぬるぬるの正体が舌だと気付いて羞恥心に目が回りそうになった。
「んっ、ふっ……んぅあっ」
何度も角度を変えながら、口の中を舐められる。
耳の奥に、ぴちゃぴちゃと濡れた音が響いて頭が熱くなる。
起こした体はいつの間にか地面に戻されていた。
(ダメだ、なんだコレ。体に力が入らない、何かが、吸い取られているような、そんな気が――)
キスを続けていると体からどんどん力が抜けていくのがわかった。
「んっ……ぁう、青、さ……っ」
はふはふと荒い呼吸のまま薄目を開けると、ぼやける視界がどんどん鮮明になっていく。
えっ……
僕は、目の前に見えた光景に目を奪われた。
僕からゆっくり顔を離した青さんの黒髪が毛先に向かって
光をおびた美しい青色に変わっていくのが見えた。
「き、綺麗……」
「……ふぅ、これくらいでいいかな」
青さんは僕の唇についた唾液を親指で拭うと、錫杖を持って立ち上がった。
その錫杖も青さんが触れた瞬間に、青い光を帯びて『刀』へと姿を変えた。
「あー、いいね。久しぶりに、体が軽い」
「っあ、青さんは、なんの鬼なの?」
力の入らない体で四つん這いの状態で青さんを見上げると青さんは、ゆっくりと口角をあげる。
吊り上がった唇の隙間から、鋭い牙が見えた。
青い瞳を光らせて、青さんは僕を見下ろし、こう言った――
「俺は、冥界より魂の討伐の任を命じられた。極卒鬼の、青井だ」




