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第一話「魔王、かわいい。よって裏切る。」

はじめましての方は、はじめまして。

いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。


新シリーズを始めました。


タイトルからだいたい察せられると思いますが、

今回は「正義の味方であるはずの魔法少女が、魔王を見て秒で裏切る話」です。


しかも理由はシンプル。

——かわいかったから。


いつも通り、ゆるいノリと少しの違和感、

そしてその奥にあるものを、じわっと描いていけたらと思っています。


まずは第一話、楽しんでいただけたら嬉しいです。

第一話「魔王、かわいい。よって裏切る。」


 世界には魔法少女がいる。


 正義の味方で、人類の守護者で、魔王を倒す存在。


 そして私は——


 今日、魔王がかわいかったので裏切った。


 ✦


 話を最初から説明する。


 私はその「史上最強」らしい。


 自覚はあんまりない。強いのはわかる。でも「最強」というより、ただ魔力の量が多いだけな気がしてる。


 まあ、それで通ってるならいいか。


 ✦


「カノン。今日の任務、説明するから聞け」


 白衣の男がファイルを投げてきた。


 私——神無カノンは、それを顔面で受け止めた。


「痛っ」


「反射神経どこ行った。お前IMI史上最強の魔法少女だろ」


「寝てたので」


「朝九時だぞ」


「九時は早いです」


「一般社会では普通の時間だ」


 IMIでの朝は早い。五時に起きて、六時から訓練、八時に食事、九時からブリーフィング——というのが標準スケジュールだ。


 私は六時の訓練をよく寝坊する。でも実力がありすぎて何も言われない。理不尽だと思うけど、都合がいいのでそのままにしてる。


 世界魔法少女研究機関、通称IMI。


 正式名称はInternational Magical Investigation、略してIMI。人類を守るための魔法少女を育成・管理する、世界最大の研究機関——らしい。


 私はここで生まれて、育って、魔法少女になった。


 記憶は五歳くらいから。それより前は、よく覚えていない。施設の白い天井と、誰かに手を引かれた感覚と、あとは何も。


 まあ、いいか。深く考えたことなかった。


 IMIの施設は白い。廊下も、壁も、天井も、全部白い。


 窓はあるけど、外の景色は森だけで、行けない。休日は施設内で過ごす。訓練するか、自室にいるか、レイと話すか。だいたいそのどれかだ。


 不満はない、と思う。


 ここが全部だから。他を知らないから。


 まあ、いいか。深く考えたことなかった。


 ただ——たまに思う。


 なんで窓の外に行けないんだろう、って。


 正義の味方なら、もっと自由に動けそうなのに。


 訓練をして、任務をこなして、施設に戻る。その繰り返し。


 他の魔法少女たちも同じだ。みんな同じ白い廊下を歩いて、同じ白い部屋に戻る。


 不満を言ってる子は、たまにいる。でもすぐいなくなる。任務に出て、戻ってこなかったり、戻ってきても前と何かが違ってたりする。


 深く考えるのはやめようと思った。


 まあいいか。


「今回の任務だ」


 男——担当官のセキネさんがホワイトボードに地図を貼る。


 魔界の地図。中枢部に赤いバツ印がついてる。


「魔界中枢部への単独潜入。目標は——魔王の討伐」


「はーい」


「返事が軽い」


「でも魔王討伐ってけっこう大きくないですか。私一人で?」


「お前が最強だから」


「そうでした」


 ファイルを開く。


 任務内容、装備リスト、魔界の地図、緊急連絡先。


 最後のページに、対象の情報。


 名前——アストレア・リリス・ノクス十五世。


 先代魔王が戦死し、急遽即位した現魔王。


 詳細は不明。


 写真は、なかった。


「写真ないんですね」


「撮れなかった。前に送り込んだ魔法少女が全員撤退してきたから」


「全員?」


「全員」


「なんで?」


「……理由を話すと混乱するから、とだけ言っておく」


「混乱しませんよ」


「するから言わない」


「そんなに混乱しますか」


「お前が一番する」


 それはそれでかなり気になるが、まあいいか。考えても仕方ない。


「じゃあ行ってきます」


「帰還期限は三日。超えたら見捨てる」


「了解でーす」


「装備の確認は——」


「済んでます」


「食料は——」


「持ちました」


「魔界語は——」


「だいたい読めます」


「魔王の弱点は——」


「わかりません」


「……そこだけ答えられないのか」


「写真もないので、会ってみないと」


 セキネさんが疲れたような顔をした。


「……お前、毎回準備だけは完璧だな」


「やる気はあるので」


「問題はそこじゃないんだよなあ」


 何かを言いかけて、セキネさんは口を閉じた。


 いつもそうだ。何か言いかけて、やめる。


 私は気にしないことにしている。


 ✦


 廊下に出ると、同室のレイが壁にもたれていた。


 水色の髪、眠そうな目。クールというより、常に省エネな子。


 私と同い年の十四歳で、変身名はフロストレイ。武器は鎌で、氷の魔法が使える。戦闘能力はかなり高いのに、普段の動作が全体的にゆっくりしてる。


 なんでもそつなくこなすけど、だいたいいつも眠そうにしてる。でも寝てるのは見たことない。


「聞いてた?」


「……魔王討伐」


「そう。行ってくるね」


「……一人で?」


「うん」


 レイが少しだけ眉を動かした。心配してるのは、それでわかる。


「……気をつけて」


「ありがとう」


「……無茶しないで」


「するかも」


「……そうだと思った」


 短い会話。でもレイはいつもこんな感じだ。短い言葉に、ちゃんと気持ちが入ってる。


「お土産何がいい?」


「……甘いもの」


「了解」


 レイは少しだけ目を細めた。笑ってるつもりなんだと思う。たぶん。


 私はレイの頭をぽんとたたいた。


「帰ってくるよ」


「……知ってる」


 知ってるって言いながら、少しだけほっとした顔をした。


「お菓子、忘れないで」


「わかった」


「……甘いやつ」


「わかった」


「……チョコ系がいい」


「わかった」


「……あと、クッキー」


「欲張りすぎ」


「……少しだけ」


 かわいいとこあるじゃん、と思ったけど言わなかった。言ったら怒られる。絶対怒られる。


 ✦


 転移魔法で魔界に飛んだ。


 白い光が消えた瞬間、空気が変わった。


 重くはない。ただ、少し違う。人間界の空気より、何かが多い気がする。魔力かな、と思った。


 そして空を見た。


 暗紫色だった。


 太陽みたいな光源が何個かあって、それが全体をうっすら照らしてる。夕方みたいな色が、ずっと続いてる感じ。


 思ってたより、普通だった。


 建物は石造りで、人間界とは全然違う形をしてる。でも道は整備されてて、魔物たちが普通に歩いてる。露店が並んでいて、子供の魔物が走り回って、誰かのお母さんらしい魔物が大声で怒鳴ってる。


 市場みたいなものもある。野菜みたいな形の何かが売られてる。あれ食べられるのかな。


 露店のおじさん魔物が、こっちを見て目を丸くした。


 私も目を丸くして、会釈した。


 おじさんは会釈を返してきた。


 なんか、普通だ。


 魔物が私を見た。


 私も見た。


 魔物は特に何もしなかった。ちょっと警戒した顔をして、それからそのまま歩いていった。


 なんか、街だ。


「……思ってたのと違う」


 IMIで見せられた資料では、魔界は荒廃した戦場だった。焼けた大地、崩れた建物、逃げ惑う魔物。そういう写真ばかりだった。


 でも目の前にあるのは、普通に人が——魔物が——暮らしてる場所だ。


 街の端の方には、崩れた建物がある。でもそれは、何かに外から壊されたみたいな形をしてた。中から爆発したんじゃなくて、外から力がかかったみたいな。


 ……まあいいか。任務任務。今は考えすぎても仕方ない。


 でもちょっとだけ思った。


 魔界の人が侵攻してるなら、なんでこの街に戦争の跡があるんだろう。


 侵攻してる側の街に、外から壊された跡があるのはおかしい。


 ……まあいいか。今は。


 魔王城は街の奥にあった。


 でかい。すごくでかい。黒い石でできた壁がずっと続いてて、その奥に尖った塔がいくつもそびえてる。窓から光が漏れてて、意外と中は明るそうだ。


 近くで見ると、ところどころ補修した跡があった。新しい石と古い石が混ざってる。戦争の跡かな、と思った。


 正門の前で立ち止まった。


 変身した。


 ピンク色の光が広がって、衣装が変わる。スカートがふわっとして、杖が手に現れる。


「ラブリーカノン、参上です」


 誰もいなかった。


 正門に衛兵が一人もいない。


 …………あれ。


 魔王城に来た、史上最強の魔法少女が変身したのに、誰も出てこない。


 肩透かし感がすごい。


 しかたないので自分で扉を押した。重かった。両手でぐっと押したら、ゆっくり開いた。


 ✦


 城の中は静かだった。


 天井が高くて、石の廊下が真っ直ぐ続いてる。松明が等間隔に並んでて、揺れるたびに壁の影が動く。怖くはないけど、独特の雰囲気がある。


 廊下の壁に、絵が飾られてた。


 魔界の風景っぽいものや、魔王軍の旗、それから——子供の絵みたいなものが一枚。


 なんか、ぐるぐると丸がたくさん描いてある。


 なんだろう、と思って近づいたら、横に小さな文字で「リリス」と書いてあった。


 リリスが描いたんだ、と思った。


 前の廊下に飾る人が、ちゃんといるんだ。


 廊下を歩いていたら、角を曲がったところで大柄な魔物と正面からぶつかった。


 全身鎧で、槍を持ってて、目つきが鋭い。私より頭二つ分くらいでかい。


 一瞬、お互いに固まった。


「侵入者——」


「魔王に会いに来ました。案内してください」


「……は?」


「魔王討伐任務で来たので。会わないと始まらないじゃないですか」


「いや、始まるも何も、侵入者は——」


「案内できますか? できませんか?」


 魔物は固まった。


 槍を構えた姿勢のまま、固まった。


 私は廊下を見回した。突き当たりが二手に分かれてる。


「どっちですか、魔王の部屋」


「……突き当たりを右だが」


「ありがとうございます」


「待て」


「はい」


「なんで教えた俺」


「わかりません」


 魔物は深刻そうな顔をして、しばらく考えてた。


 私は先に歩き始めた。


 背後で「え、行っちゃうの」みたいな声が聞こえた気がした。


 廊下を進むと、すれ違う魔物が全員固まった。


 侵入者、という反応じゃなかった。


 どちらかというと、「え、なんで普通に歩いてるの」という顔だった。


 変身したままで歩いてるから目立つのかも、と思った。


 でも変身を解いたら魔法少女感がなくなるし、それはそれで気まずい。


 このまま行くことにした。


 まあいいか。


 ✦


 扉の前に来た。


 でかい扉。黒い金属でできてて、渦巻きみたいな装飾が全面に入ってる。いかにも魔王の部屋っぽい。


 ノックした。


 返事がない。


 もう一回ノックした。


 やっぱり返事がない。


 三回目を諦めて、静かに開けた。


 部屋は広かった。


 天井がものすごく高くて、窓が縦に細長く並んでて、差し込む光が床に幾何学模様を作ってた。壁には旗が何枚も飾られてて、魔王軍の紋章が入ってる。


 奥に一段高い場所があって、そこに玉座があった。


 でかい玉座。大人が三人並んでも余裕がありそうな、黒くて重そうな玉座。扉側からでも、どっしりした存在感がある。


 そこに——


 いた。


 小さかった。


 ものすごく、小さかった。


 玉座に対して、明らかに体が合ってない。背もたれに頭が全然届いてない。足は当然、床には届いてない。ぷらぷらしてる。


 黒いふわふわした髪が肩の辺りで広がってて、頭に小さな角がちょこんと二本生えてる。目が大きくて、ほっぺがまるくて、ぱっちりした瞳がこっちをじっと見てる。


 魔王が、私を見た。


 私を見て——怖かったのか、玉座の肘掛けをぎゅっと両手で掴んだ。


 小さな指が白くなるくらい、力を込めてる。


 そして、震える声で言った。


「……ご、ごめんなさい」


 私は、三秒固まった。


 かわいい。


 脳みそが、溶けた。


 なんだこれ。なんだこの生き物。


 魔王って、もっとこう、でかくて怖くて、威圧感があって、見ただけで足がすくむような存在じゃないの。なんで謝ってるの。なんでそんなにちっちゃいの。なんで肘掛けをそんなに必死に掴んでるの。


 IMIで渡されたファイルには「戦争を率いる魔王」と書いてあった。


 どこの話だ。


 目の前にいるのは、大きすぎる椅子に座った、小さくて、こわがってて、必死に謝ってる幼女だ。


「……ごめんなさい」


 もう一回言った。


 目に、涙がじわっとたまってきてる。


 泣かないように我慢してる顔だ、これ。


 私はゆっくり、その場に片膝をついた。


 目線を、合わせた。


「怖くないよ」


「……こわい」


「そっか。ごめんね」


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ」


「……ごめんなさい」


 謝るのが口癖なのかな、と思った。


 少し間があった。


 リリスはじっと私を見てた。逃げなかった。泣きもしなかった。ただ、肘掛けを掴んだまま、じっと見てた。


 その目が、なんか——すごく、疲れてるみたいだった。


 三歳の目じゃない気がした。


 ずっと怖かったんだろうな、と思った。戦争の真っ只中に、こんなちっちゃいのに、一人でずっと座ってたんだ、この大きすぎる玉座に。


 魔王になんてなりたくなかったんじゃないかな、とも思った。


 なってしまっただけで。


 私は気づいたら言っていた。


「魔王がかわいいから、私、裏切ります」


 しばらく、沈黙があった。


 扉の外で、さっきの鎧の魔物が気配を消していた。全然消せてなかったけど。


 リリスは首をかしげた。


「……うらぎる?」


 声が少しだけ落ち着いてきてる。泣きそうだったのが、首をかしげるくらいには立ち直った。


「IMIを裏切って、こっちに来ます」


「……なんで」


「かわいいので」


 リリスはまた首をかしげた。


 反対側に。


「……かわいい?」


「かわいいです」


「……かわいいから、うらぎるの?」


「そうです」


 リリスはしばらく考えてた。


 小さな眉がほんのり寄って、唇がむっとした形になる。考えてる顔だ。


 考えてる顔もかわいい。だめだ。


「……いみが、わからない」


「私もよくわかりません」


「……え」


「でも来ます」


 リリスはまた固まった。


 しばらくして、また小さな声で言った。


「……いて、いいの?」


 その声が、なんか——すごく、小さかった。


 戦争どうこうじゃなくて、ただ、居ていいかどうかを確かめてるみたいな声だった。


 私は迷わず言った。


「います」


 リリスは何も言わなかった。


 ただ、肘掛けを掴んでた手の力が、少しだけ緩んだ。


 それから、ものすごくゆっくり、玉座から降りようとした。


 足が届いてないから、端に来て、そのままずり落ちそうになった。


 私が手を出したら、少し迷ってから、その手を掴んだ。


 小さい手だった。


 床に降りたリリスは、しばらく私を見上げて、また小声で言った。


「……名前は?」


「カノンです」


「……かのん」


「はい」


「……いて」


「います」


 リリスはそのまま、私のそばに立った。


 逃げなかった。


 それで十分だと思った。


 ✦


 その後、城が騒然となった。


 鎧の魔物が廊下を走りながら「侵入者が魔王に懐柔されました」と叫んでいた。


 意味が微妙に違う気もするけど、訂正する気力はなかった。


 幹部らしき四人がやってきて、私を囲んで、それぞれが全然違う反応をした。


 一人は椅子を引きずりながら登場して、私を一瞥して「……ああ、めんどくさい」とだけ言った。でも目がめちゃくちゃ鋭い。こういう顔の人が一番頭いいやつだ、と直感でわかった。


 一人は真剣な顔で「リリス様から離れろ、人間」と槍を向けてきた。本気の目だった。この人はリリスのこと、ちゃんと大事にしてるんだな、と思った。


 一人は目を輝かせて「人間の魔法少女を間近で見るのは初めてだ! 構造を解析させてもらえるか! いや解剖でも——」と言いかけてきた。解剖はやめてほしい。


 一人は「まあまあ、まずは話を聞きましょう」と全員をなだめながら、私にお茶を出してきた。


 にぎやかだ。思ってた以上にカオスな軍団だ。


 私はお茶を受け取って、一口飲んだ。


 おいしかった。


「それで」と椅子に深く沈んだ一人目が言った。「裏切る、とはどういうことだ」


「IMIをやめて、こっちに来ます」


「理由は」


「魔王がかわいかったので」


 四人が全員沈黙した。


 槍を向けてた二人目が「……それだけか?」と言った。


「それだけです」


「……本気か」


「本気です」


 また沈黙があった。


 一人目が「……まあ、最強戦力が向こうに行くよりはこっちに来る方がいい」とつぶやいた。


 四人目が「リリス様も嫌がってないですし」と穏やかに言った。


 三人目が「では各部位の解析をですね——」と言いかけて、四人全員に止められた。


「戦力として来るのか、それとも——」と二人目が続けた。


「どっちかといえば護衛です。リリスのそばにいたいので」


「……護衛」


「かわいいので」


 二人目の槍がまた持ち上がった。


「リリス様のことを軽々しく——」


「ちゃんとかわいいって思ってます。軽くないです」


 二人目が固まった。


 一人目が「……まあ、動機は不純だが結論は合理的だな」と椅子の上でくるりと向きを変えた。「今日は客として扱う。明日から決める」


「わかりました」


 四人目がにこにこしながら「何かご不便なことがあれば言ってくださいね」と言った。


 この人だけ、なんか普通だ。


 三人目がまだ私の方をじっと見てた。


「……魔法少女の構造、非常に興味深いな」


「解剖はやめてください」


「解析だ、解析」


「どっちもやめてください」


 ✦


 夜、私はIMIに連絡を入れた。


「セキネさん、私今日から魔王軍に転職します」


『……は?』


「魔王がかわいかったので」


『意味がわからない。もう一回言え』


「魔王がかわいかったので裏切ります」


『……お前今まで最高評価の魔法少女で通ってきたのに』


「かわいかったんです」


『魔王が?』


「はい」


『……どのくらい』


「脳みそ溶けるくらい」


 しばらく無言があった。


『一週間後に回収部隊を送る』


「来ても裏切り続けますので」


『…………』


「セキネさん?」


『…………何か言いかけたけどやめた。とにかく帰ってこい』


「嫌です」


『お前が戻らなかったら俺のせいになるんだぞ』


「セキネさんのせいじゃないです。私が決めたことです」


『……お前な』


「はい」


『……本当に、帰ってこないのか』


「帰りません」


 また少し間があった。


『……わかった』


「え、あっさりしてますね」


『諦めた。でも連絡だけは入れろ。生きてるか確認する』


「わかりました」


 電話が切れた。


 セキネさん、怒ってたな。


 でも最後の声が、怒ってるだけじゃない感じがした。


 なんか、困ってるみたいな。悲しいみたいな。


 それがちょっと、気になった。


 まあいいか。今は。


 ✦


 リリスは私の膝の上で眠っていた。


 いつの間にそうなったのか、自分でもよくわからない。幹部たちと話してる間に、気づいたらリリスが隣にいて、気づいたら膝の上にいた。誰も止めなかった。


 小さい。あったかい。


 黒い髪がさらさらしてて、寝顔がとにかくまるくて、眠るときだけ肘掛けを離した小さな手が、ほっぺたの横にそっと添えられてる。


 さっきまで怖がってたのに、慣れるのが早い。


 よかった、と思った。


 外では幹部たちが「どう扱えばいいんだ」「話を聞く限り戦力になる」「でも人間だぞ」「でもリリス様が懐いてるぞ」「構造解析は?」「するな」と議論をしているらしかった。


 声がでかいから全部聞こえてるよ。


 どうにでもなれ、と思った。


 ここにいる、と決めた。


 理由はシンプルだ。かわいかったから。それだけで十分だと思う。


 リリスが少し寝返りを打った。


 そのまま、また静かになった。


 さっき「いて、いいの?」と聞いてきた声を思い出した。


 あの声の小ささが、なんか——ずっと頭に残ってる。


 怖いから謝るんじゃなくて、居ていいかどうかをずっと確かめながら生きてきたんだろうな、と思った。この三歳の魔王は。


 誰かがちゃんとそばにいてやらなきゃ、と思った。


 なんで私がそれをやるのかは、よくわからない。


 でも、いる。


 今日一日で、いろんなことがあった。


 任務は失敗した。IMIには裏切り者認定された。幹部に解剖されそうになった。


 それでも、なんか——悪くない気がした。


 施設の白い廊下を歩いてた頃より、ずっと。


 窓の外の暗紫色の空に、星みたいな光がいくつか浮かんでた。人間界の星とは違う形をしてる。でも、きれいだった。


 とりあえず、お土産のお菓子を買い忘れたことを思い出した。


 レイに怒られる。


 リリスが眠ったまま、小さく「……かのん」とつぶやいた。


 夢の中でも覚えてるんだ、と思った。


 ——私は明日もここにいる。


 それだけで、今日はもう十分だった。


 魔法少女は正義の味方で、魔王は倒すべき敵で——そういうことに、なっていた。


 でもここには、大きすぎる玉座に座った小さな女の子がいて、居ていいかどうかを確かめながら眠ってる。


 正義がなんなのか、私にはよくわからない。


 でも、ここにいる、はわかった。


 それでいい。


       ✦ ✦ ✦


次回「幹部会議、カオス」


 ——翌朝、魔王軍幹部四人と正式に顔合わせをすることになった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第一話からいきなり裏切りました。早い。

でもこの作品はたぶん、このスピード感で進みます。


カノンは深く考えていないようで、

わりと本質だけは外さないタイプです。

そしてリリスは見ての通り、守らないといけない存在です(いろんな意味で)。


この先は、魔王軍側の空気感や幹部たち、

そしてIMI側の動きなども絡みつつ、少しずつ世界の構造が見えてきます。


ゆるく読めるけど、気づいたら「あれ?」となるような話にしていけたらと思っています。


次回「幹部会議、カオス」


たぶんタイトル通りです。


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