第59話 破壊工作
それから二日間、俺は練習とアルミの粉末を削り出す作業に明け暮れていた。
春日やその他の男たちは、他の組と交渉して装備を整えたり、情報収集をしたり工作したりと色々やってくれていたようである。
子どもの俺には早いなんて言って、手伝いもさせてくれなかったのは、あまりそういう世界に足を踏み入れないための気遣いだろうか。
そうやって貴重な時間は過ぎて行き……襲撃の日が訪れた。
時間は既に0時を回り、月すら眠りについている。
手に持った懐中電灯以外一切光の無い中、真っ暗な道を俺たち12人はただひたすら無言で歩いていた。
「やっべ、出入りなんざ久しぶり過ぎて興奮するな」
緊張感のない風を装いながらも、しかし声は正直なもので、明らかに震えている。
俺だってそうだ。
学校に巣くう野盗集団へテロを起こしに行くだなんてあまりに非現実的なことを、人生で初めてやりに行くものだから、心臓は隣にいる春日に聞こえるんじゃないかというほど激しく高鳴っていた。
「本気でやった事なんざ2、3回しかねえだろうが。暦の前だからって盛るな、話を」
春日の突っ込みでドッとふざけるような笑いが起きる。
そんな笑いの裏で、誰もが俺のように緊張しているのだと分かると少し安心できた。
「しっかし、見回りも居ねえか。こりゃ本格的に明日襲撃するつもりだな」
解放者たちは、真夜中であっても学校の周囲に見張りを立てていた。
それが今日はゼロ人とあってはいつもと違う事があると考えた方がいいだろう。
俺としては、手に握っているクロスボウと他の組から手に入れた暗視ゴーグルを使わずにすんで、少しだけ安心していた。
「暦」
分かってる。そう返事をしようと思って口を開いたのだが、出てくるのは切れ切れになった吐息で、意味のある言葉はなにも紡げなかった。
――怖気づいている。それも震えてなんの役にも立たないほどに。
人間の形をした物を射ることで心理的抵抗を減らす訓練をしてみたり、既に俺は人殺しだと何度も言い聞かせてみたりしたところで誤魔化しきれるものではない。
こんな状態では父さんを守る事なんて出来ないのに、心の方が俺の言うことを聞かなかった。
「暦、任せたぞ」
春日はなにか温かい言葉をかけてくるわけでも、頑張れなどと型通りの励ましをするでもなく、ただそれだけ告げると口を閉ざす。
俺が自分の仕事をしなければ破綻してしまう。
だからするのが当たり前。してくれなければ困る。
ひどいプレッシャーだったが、それを飲み込んでみせろという事なのだろう。
俺は大きく息を吸い込み……吐き出す。
背負ったリュックに触れ、腰のポーチと矢筒を確認し、手の中にあるクロスボウを握り直した。
俺はこれから人を殺す。
自分の為、家族のために殺す。
それを助けてくれる人たちが居る。
俺たち子どもが助けを求めて来たからっていう理由で、自分の命すらかけてくれる人たちが。
そんな彼らから任せたと言われたのだ。
出来ないなんて恥ずかしい真似は、絶対に許されなかった。
「俺、実は酒を隠し持ってるんだ。終わったら奢るよ」
俺の物というよりは、盗んだスーパーの物と言った方が正しいだろう。
「マジか!?」
「銘柄はなんだ? 種類は?」
やはりそういった嗜好品に飢えていたのか、さっそくみんなが食いついてくる。
「名前は忘れたけど、茶色の一升瓶が6本あった」
ピュウッと口笛が鳴り、即座に春日のものと思しき鋭い叱責が飛ぶ。
「ガキに奢られるのは本来恥だが、まあそれも乙ってもんだな」
「酒なんて半年以上呑んでないっすからねぇ」
暗くて顔は見えないが、きっと全員喜んでくれているだろう。
終わって本当に飲んだらどれだけの笑顔になるだろうか。
そんな彼らの顔を想像したら……かなり肝が据わった。
大丈夫だ。
俺は――殺せる。
校門の陰に隠れて中の様子を窺ったのだが、そこには信じられない光景が広がっていた。
「おい、あいつ等正気か?」
開口一番に春日から漏れ出た感想がそれだった。
校舎と体育館にはこうこうと明かりが灯り、周囲に漏れ聞こえるほどの音量で、音楽が流されている。
校舎の中では肩を組んで合唱したり、ふざけあったり、果ては殴り合いの喧嘩までいしていた。
他にも罵詈雑言に笑い声や怒鳴り声もひっきりなしに聞こえてきており、お祭り騒ぎなんて比喩が小さく見えるくらいに彼らは馬鹿騒ぎをしていた。
「戦争しに行く恐怖を騒いで誤魔化してるんじゃないですか?」
「それもあるだろうが……ありゃ酔っ払ってやがるな」
言われて辺りに漂う臭いに気付く。
それは、お酒の臭いなどではなく、むしろ病院の消毒液の様な臭いだった。
「まさかあいつ等、消毒用のエタノールを飲んだのか?」
「うげっ」
解放者たちは隔離施設に届けられる物資を掠め取っていた。
ならばその中にはエタノールくらいあるだろう。
確か酒造会社はお酒ではなく消毒液を作るようになっていたはずなので、一応飲めるアルコールなのだろうが、お酒を飲んだことのない俺ですら不味いことは予想がついた。
「今戦える人数が減ってりゃ都合がいい」
そう言って春日は腕の時計に視線をやった。
作戦が始まる事を察知した俺たちは、予定通り4人と8人のグループに分かれる。
8人のグループは派手に暴れ回って囮となって引き付ける役。
俺と春日を含めた4人グループは、潜んで動き、幹部を殺したり総統とやらの身柄を確保する役だ。
「5分後だ」
「はいっ」
8人グループの面々が、それぞれの手に火炎瓶や投石用の石などを握りしめる。
全員が真っ黒なライダースーツを身に纏っているのに、工事用ヘルメットを被り、水泳用のゴーグルとマスクを着けているのが、ちぐはぐに感じて少し滑稽だった。
……俺も似たような恰好をしているのだが。
「頼みます」
正門側は8人に任せ、俺たち4人のグループは学校を回り込んで行く。
金網の隙間から校庭に侵入し、雑草があまり生えていない所をひた走り、体育館へと近づいた。
体育館は長方形の箱型の建物で、側面の前方と後方にひとつずつ、計4つの入り口が設けられている。
正門で待機しているグループが反対側の入り口を潰してくれることになっているので、俺たちは校庭側ふたつを潰せばいい。
その方法は史と桐谷が一生懸命に削り出してくれたテルミットを使って入り口とその周辺を溶解させるのだ。
「おい」
春日が身振り手振りで指示を出し、俺と春日、残りの2人でふたつの組を作ってそれぞれが目的の入口へと向かう。
見張りすらいないため、誰に見られることなく入り口までたどり着くことが出来た。
だが、ここからが問題だ。
入口は俺が入った時とは違って開け放たれており、中から容易にこちらを見ることが出来る。
俺たちが担当した入り口は、体育館前方で舞台が近く、壇上に上がって演説をしている男に同調して騒ぎ立てている連中が多い為、テルミットを撒くのに少々難儀しそうだった。
ツツッと舌を打ち鳴らす音がして春日の方を見ると、彼は両手にテルミットの入ったビニール袋を握っている。
タイミングを合わせて一気にばら撒け、と言いたいのだろう。
確かにテルミットは土や砂と見分けがつきにくいが、さすがに山のように盛り上がっていては異常に気付かれてしまうかもしれない。
だが、呑気に薄くのばしている間があるかというと、答えは否だった。
仕方なく了承すると、俺もリュックからテルミットの入った袋をひとつ取り出して結び目を解く。
春日と頷き合ってタイミングを合わせ、二人一緒にテルミットをまき散らそうと腕を伸ばして――。
舞台に立って演説している男の顔を、見てしまった。




