第58話 早まる運命
「こ、これで人を殺すの……?」
史が真っ青な顔でポツリと呟く。
桐谷と史は、今日一日中ずっとアルミを削って粉末を作る作業をしていたのだ。
自分の作ったもので多くの人が死んでしまうことを想像したらショックを受けてしまったのだろう。
「いや、コイツは建物を壊すためのものだ」
その考えを、春日は軽く否定する。
「史、考えてもみろって。そんなに爆発も激しくなかったろ? 走って逃げられるんだよ」
春日の言葉に続いて俺も同調しておく。
実際、火花が飛び散った範囲は直径1メートルも無く、量が増えたところでこの範囲は大して増えないだろう。
テルミットは過去戦争で兵器として使われた事もあるが、その用途は建築物を焼き払うための焼夷弾であり、爆発物として使われたことは無い。
「使う予定なのは、体育館の入り口に撒いて火をつけるんだよ。そうすると、入り口周辺がぐつぐつに煮立って体育館から出られなくなるだろ。そうして敵の数を減らすつもりなんだ」
一応、テルミットを撒いた場所に人が居れば殺害できなくもないが、発火してから全力で逃げれば足を失うくらいですむだろう。
「後はジェルタイプの発火剤に混ぜて壁や柱に塗りつけて焼き切るとかだな」
「……そうなんだ」
あからさまにホッとした様子で胸をなでおろした史であったが、思い直したのか慌てて表情を引き締める。
自分がやって嫌なことを他人にやってもらってるのに安心するなんて、とか考えていそうだった。
「まあ荒事は俺らに任せといてくれよ、お姫様」
「お、お姫様⁉」
手下の内のひとりが軽いノリで史へウィンクを飛ばす。
ちょっとカチンと来たが、史が赤い頬を手で押さえて嬉しそうにしているため否定するに否定できなかった。
「……そういえば、体育館を封鎖するってことは、わざわざ敵が多い時に襲撃するんだ」
桐谷の冷静な言葉が俺の意識を引き戻す。
「連中が隔離施設や政府施設へ大規模攻勢をかけた時を見計らって攻める方が理に適ってるが……それをやったら意味がないからな」
「…………」
わざわざ危ない橋を渡ってくれるのは、俺たちのためでもある。
これが決まった時は恐縮してしまったのだが、そんな態度で居続けても意味はない。
腹を決めてくれた春日たちに報いるために俺が出来ることはただ一つ。
俺も覚悟を決めるだけだ。
「それに連中が攻める日も分からねえしな」
「前日か当日にゃあ総統とか言う奴もさすがに顔を出すだろうからチャンスなんだがなぁ」
千里から手に入れた情報によると、解放者たちを統率する総統と呼ばれる人物が存在するらしいのだが、その総統なる人物は、校舎三階のいちばん奥である音楽室にいつも閉じこもっており、顔も見たことが無いらしい。
総統の身柄を押さえることが、唯一の勝利条件といっても過言ではないのだが、そうそう上手く行きそうになかった。
……ふと、ある考えが思い浮かぶ。
しかしその考えが本当にうまくいくかどうか分からないし、うまくいったとしても賭けなことには変わりなかった。
それに、絶対史には聞かせられない。
俺はその考えを胸にしまい込み、そ知らぬ顔で談笑の輪の中へと戻っていった。
あれから作ってくれた感謝として後片付けは男どもで行い、桐谷と史は隠れ家へと帰っていった。
テルミットで焼けた机の廃棄を終えた俺は、月明りを頼りに廊下を歩き、春日の部屋の前までやってきていた。
ロウソクの明かりと思しき光が微かにドアの下から漏れている。
それで春日が起きていると判断した俺は、ドアをコンコンッとノックした。
「入れ」
「お邪魔します」
ドアを開けると春日が一瞬こちらに視線を走らせて「なんだ、暦か」と呟く。
いまさら春日が俺のことを名前で呼ぶようになっていたことに気づき、なんだか気恥しくなったのだが、それを指摘すると更なる墓穴を掘りそうだったので、黙ったまま春日の部屋に足を踏み入れた。
柔らかいカーペットを踏みしめながら春日へと近づく。
春日はヘッドホンを耳にあて、しきりに通信機のつまみをいじくっている。
これで父さんと連絡でも取れれば楽なのだが、隔離施設に通信などしている余裕はないのか一切繋がらなかった。
そのため、少しでも情報を得ようと通信の傍受へと切り替えたのだ。
春日は通信機の扱いに手慣れているとあって、時間が空いた時は解放者たちに探りをいれていた。
「あの、今いいですか?」
「いいぞ」
俺はそんな春日の背後に立ち、思いついたアイデアが本当に出来るのか少し思考を巡らせる。
「……解放者たちは、今戦力の拡充をしようとしてるんですよね」
その目的は、隔離施設や政府施設を襲撃し、権力と物資をその手に治めること。
それらの施設は銃火器で武装した自衛隊員や警察官が守護しているため、生中な戦力では攻略出来ないのだ。
ただ、数百もの兵士が居れば、いくら銃で武装していたところで数でもって圧殺できる。
戦闘において最も重要なのは数なのだ。
「ああ。だから兵士の洗脳が終わり次第攻撃を開始するだろうな」
洗脳は短くてあと2、3日。長くても一週間以内には終わるだろう。
要は使い捨てられればいいのだから、俺の家に攻め込んで来たやつらほど強固なものでなくていいのだ。
ほんの少し正常な思考が出来なくなって、この国の政治への不満を高め、それを裁く正義の味方が自分たちであると勘違いさせればいい。
「……連中の攻撃を早めて、いつ攻撃が起こるかを予想しやすくする方法があるとしたら、どうしますか?」
「内容次第だ」
至極もっともな意見を返され、思わず納得してしまう。
俺は一旦咳ばらいをして気持ちを立て直すと、自分の考えを話し始めた。
「方法は単純です。三日後、自衛隊がヘリを使い、隔離施設から医薬品と医療従事者の移送を始めるという情報を流せばいいんです。そうすれば……」
「連中は二日後に攻撃をしかける、か」
「はい」
連中、特に解放者たちは薬を欲しがっている。
それに検査キットを餌に兵士となる人間を集めたのだ。
もし報酬を渡せなければ、解放者たちの支持はあっという間に失われてしまう。
「それは出来るしやってみる価値はあるだろう、が問題はある」
「もちろんです」
だから史には聞かせられないと思ったのだ。
何故なら――。
「父さんを救うための作戦で、父さんを囮に使うってことですね」
「ああ、いいのか?」
俺の嘘で父さんの居る隔離施設への攻撃が早まってしまえば、本当に脱出計画が立てられていたとしても、それごと潰されてしまう可能性の方が高くなってしまうのだ。
「俺たちが成功させればいいんですよね。頭を潰してしまえば奴らは離散する」
解放者ひとりひとりが信念に基づいて行動しているわけではない。
結局のところ、多くの人が集まっているのは音頭を取っている人間がいるからなのだ。
総統や幹部などの目的を決める存在が居なくなれば、統率の取れている政府の敵ではない。
「……警察は、俺たちが総統とやらを押さえれば逮捕に動くって都合のいいこと言ってやがったから間違いではないな」
ただ、と続けながら、春日は非常に渋い顔をする。
「本当に全てが俺らの思い通りに動くとは限らないから、どう転がるのかまったく読めなくなる。いきなりの大攻勢が起きて、俺らとの乱戦が起きたところに警察や自衛隊がもろとも爆撃なんてかまして来る可能性すらあるんだぞ」
「覚悟……いえ、お願いします」
俺がやりたいから即座に実行するわけにもいかない。
大部分は春日たちが受け持つのだから、むしろ最終判断は春日に任せるべきだった。
「ふーむ……。しかし上手く行けば、攻勢に出る前日の浮き立った状況で奇襲できる、と」
「はい」
大攻勢に出る前日は、更なる練習を行う事は少ないだろう。
興奮で眠れない者も居るかもしれないが、とにかく明日に備えて動くはずだ。
その状態で体育館の監視などするだろうか。
武器は仕舞ったままだろうか。
そう、その日は恐らく、最も隙を晒す日になるはずだった。
「しかし、焦った奴らがとにかく攻勢に出るかもしれない……」
春日はしばらく唸っていたが、やがて考えがまとまったのか、何度か軽く頷くと、
「やってみる価値はあるな」
そう決断してくれたのだった。




