第57話 実験は爆発だ
一瞬であれほど荒れ狂っていた熱気が嘘のように静まり返る。
しまったと気付いた時にはもう遅い。
この場所に居る男たち全員がそう思っていて、その恐怖を隠すためにこうしてわざと騒いでいただけかもしれないのに、俺はそれを邪魔してしまった。
「えっと……ご、ごめ――」
「おい。あま、暦を捕まえろ」
野太い声が俺の謝罪を遮り、それに従った手下のひとりが素早く俺の腕を掴んで捻り上てしまう。
「ちょっ、おい?」
「暴れると痛えぞ」
慌てて拘束から抜け出そうと体を揺らしたのだが、さすが暴力に長けているだけはあって、拘束が緩む気配などない。
そうしている間に、春日は自分の席から立ち上がり、のっしのっしと近づいてくる。
彼の瞳に殺気はないのだが、筋肉ダルマとでも表する体格の男が無言で近づいてくるのだ。
思わず冷や汗をかいてしまうくらいの威圧感はあった。
「……ったく」
俺の頭頂部に拳が振り下ろされ、ごちんっという音と共に軽い痛みが走る。
これは空気の読めない事を言った俺への罰だろう。
そうして拳骨を落とされたからか、俺を拘束していた男が離れていった。
「俺たちはいつも死が隣にある。それは分かっているな?」
「それは……分かってるけど」
ルインウィルスに感染すれば死ぬ。
それ以外にも、解放者に見つかれば殺される。
もしかしたらガスの設備が古くなっていて、今すぐにでも炎に巻き込まれてしまうかもしれない。
パンデミックが起こる前だって、病気や事故などで死ぬ危険はいくらでもあった。
死は何時だって俺たちの隣にあるもので、今までそれを気付かなかっただけなのだ。
「分かってねぇな」
「分かってますよ」
俺が真剣じゃないと思われた気がして、憮然となって言い返す。
「頭で理解してても心で理解してねえんだよ」
「……」
「マジで死ぬって思ってたらもっと切羽詰まった行動するんだ。お前、遺書を書いたか?」
それを言われて俺は、あっと声を洩らしそうになってしまった。
もし俺が死んでしまったら、史にも父さんにも桐谷にも遺しておきたいことは山ほどある。
それなのに、遺書を残すなんて考え、これっぽっちも思いつきすらしなかった。
「いいんだよ、それで」
口を開けて唖然としている俺の頭を、春日が少々乱暴な手つきでかき回す。
「死、なんてことを四六時中考えてたらストレスで動けなくなる。だから、死ぬなんて考えずに生きてりゃいいんだ」
それに、と続けながら春日は俺から離れていく。
考えなくていいなんて無責任な事を言いながら、きっとこの男はその背中にいくつもの命を背負って生きているはずだった。
「生きるための方策を、いくつも考えて用意してんだからな。死ぬ準備よか、生きる準備をしとけ」
「……はい」
春日は自分の席まで戻ると、座り直そうとしたところでなにか思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべながらこちらへと振り返る。
「そうだな、この戦いが終わったら結婚しようなんて言ってみるとかどうだ?」
「兄貴、それじゃ死んじまうんじゃねえですかい?」
真面目な雰囲気中に不意打ちされたというのもあるが、まさか春日がそんな冗談を言い出すとは思ってもみなかったため、思わず吹き出してしまう。
それは他の連中も同じで、全員が全員大笑いしていた。
「お兄ちゃん笑い過ぎー……」
「いや、だって、な? ハハッ、やべぇ。あの得意そうな顔腹立つ」
得意満面といった感じの春日の顔を見ていると、更に笑いの衝動が沸き上がって来る。
もう笑い過ぎて腹が痛いし呼吸も出来ない。
間違いなく俺が一番笑っていると思う。
そこで、気付く。
母さんが死んでしまい、そんな感情忘れてしまっていたけれど、俺はまだ笑えるんだって。
これが生きているってことなんだって。
それが嬉しくて俺は笑いを止めることができなかった。
「さて、ちょうどいい機会だから武器の威力を確かめておくか」
俺の笑いがようやく収まった頃、春日がそんな事を提案してくる。
武器と言っても俺にあてがわれたクロスボウのことではなく、桐谷と史、それから春日の手下たちが肩こりと戦いながらずっと作り続けている代物のことだ。
「桐谷の嬢ちゃん、料理に缶詰を使ったはずだな。一つに水を入れて、もう一つはからっぽのまま持ってきてくれ」
「は、はい」
ぱたぱたと足音を立てて桐谷が引っ込んで行く。
それを見送ってから、春日は手下に合図を送って武器を持って来させた。
机の上に並べられたのは、灰色の粉が入ったビニール袋と使い捨てホッカイロだ。
「兄貴、そんなものが本当に武器になるんですか?」
「知らん。俺も初めてやるからな」
ちょっとは実験しなかったのかよと心の中で突っ込みながら、俺はすっかり冷めてしまったポトフを口に入れる。
冷めても美味しい桐谷の料理を堪能しながら春日たちの様子を横目で眺めていた。
「お待たせしました」
「ご苦労。水の入ったヤツはテーブルの真ん中に置いてくれ」
「はいっ」
春日はなにも入っていない方の空き缶を桐谷から受け取ると、両手で挟んで平べったくしていく。
顔色一つ変えずにそんな事をやらかしてしまうとんでもない握力に、春日が味方になってくれてよかったと心底思ったのだった。
春日はそうやって作った即席の受け皿を、水の入った空き缶の蓋になる様に置くと、その上に灰色の粉と使い捨てカイロの中身を乗せ、指先で軽く混ぜ合わせる。
「理科の実験みたいだね」
「実験そのものだけどな」
史の言う通り、これからすることは化学の実験である。
しかしこの実験の結果如何によって、今後の方針が決まるのだから、全員固唾を飲んで準備の様子を窺っていた。
「よし、こんなもんだろう」
二種類の粉末がよく混ざったところで、その粉末を皿の中心に集め、指先についた粉を落とす。
最後にメタルマッチから削り出した粉をティッシュで包んで作った長さ30センチくらいの導火線を差し込めば準備は完了だ。
「……誰か火をつけたい奴はいるか?」
春日の問いかけに、手を上げるものは誰も居なかった。
仕方なしに春日が胸ポケットからジッポライターを取り出して導火線に近づけていく。
後はホイールを回せば導火線に着火する、という段階で、
「あ、消火用の水用意しときません? 他のに燃え移った時には意味あるでしょうし」
俺は声を上げた。
「それもそうだ。おい、持ってこい」
「うっす」
手下のひとりが調理室にすっ飛んでいき、水が並々入ったバケツを持って帰って来る。
これで一応の安全は確保された。
春日はいつでも逃げられる様に腰を低くし、腕を伸ばしてライターを導火線に近づけていく。
そして……火をつけたと思ったら大急ぎで撤退する。
導火線に点いた炎は、時間をかけて上っていき、やがては粉の中に顔を突っ込み――。
「うおぉぉっ⁉」
「やっべぇ!!」
「きゃーっ!!」
シュボッという音共に、激しい閃光と火の粉がまき散らされる。
しかも小さな火の粉だというのに、机の上に落ちた途端、その場所にへばりついて下へ下へと穿孔し始めてしまう。
火薬の様な激しい爆発は起きなかったが、それでも十分凶悪すぎる火力に、その場にいる全員が全員、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げた。
この実験の正体は、テルミット反応。
アルミホイルやアルミ缶をやすりで削って作った粉末に、使い捨てカイロの中身、つまり酸化鉄を混ぜ合わせたらテルミット(サーマイト)が出来る。
それに着火すると、激しい熱を出しながら酸化還元反応を起こすのだ。
その温度は3000度にも達するという。
多少不純物が多かったり、粉末の粒子が大きくてきちんと反応が起きるのか心配だったが、結果を見る限りそれは杞憂だった様だ。
「こりゃ、やべえな……」
反応が終わり、光が止んだところで誰かがそう呟く。
恐らくそれは全員の心情を表していただろう。
何故なら、実験を行っていた机は火花が散ったところに真っ黒な穴ができ、中には貫通して床が見えている個所まである。
ティースプーン二杯程度の量でこの威力なのだ。
もしこれが1キロにもなればどれほどの威力になるのか想像も出来なかった。




