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第21話 デモ隊

 遅ればせながら自転車でやって来た警察官に山本の奥さん――山本美紀(みき)――を引き渡し、俺は再び隔離生活へと帰った。


 腹が立つのは、逃げてしまった山本と濃厚接触を持ってしまったため、隔離期間及び検査がスタートラインに戻ってしまったことだ。


 暇でしょうがない一週間を再び過ごし、もう一度検査を受けた後に……ようやく俺は解放された。


 多少隔離終了が早まったのは、山本と濃厚接触を常にしていたであろう山本の奥さんがルインウィルスに感染していなかったからだ。


「終わったぁぁぁぁっ!!」


 隔離生活が終わって始めての朝、俺は大声をあげながら一目散に階段を駆け下りると、急いで服を脱ぎ捨て風呂場へと飛び込んだ。


 正直な話、自分でも自覚できるほど体は臭くなっている。


 毎日清拭は行っていたのだが、やはり石鹸を使って洗えないのはきつい。


 俺はいつも通りに腕、顔、頭、体の順番で手早く洗って風呂からあがった。


 風呂が終われば次は食事だ。


 部屋の中で話し相手も居ないまま食べるボッチ飯は、いつも以上に味気なかったので、家族と食べられる朝飯が本当に待ち遠しかった。


「おはよー!」


 ダイニングルームへの扉を開けながら、大声で挨拶をすると、


「暦、そんなに大声出すもんじゃありません」


「ふふっ、お兄ちゃん子どもみたい」


 母さんからは叱られ、史からは笑われてしまう。


 ただ、2人とも心から俺の隔離生活の終了を喜んでくれており、満面の笑顔で俺を出迎えてくれたのだった。








「楽しそうだね、お兄ちゃん」


 俺がウキウキしながら靴を履いていると、史が俺の隣にやって来る。


「ああっ。もう外に出たくて出たくてしょうがなかったんだよ」


 部屋の中でもある程度運動は出来る。


 というか、体を動かすために足漕ぎ発電機を両手で漕いでみたり、1時間耐久発電とかやってみたりしていたので、逆に筋肉はついたかもしれない。


 ただ、やはりそういうのと外に出るのは全然違うのだ。


「お兄ちゃん、病気貰ったりしないように気を付けてね」


「分かってる」


 今、不要不急の用事が無ければ基本、外に出てはいけない。


 こっそりと散歩したりする程度は問題ないのだが、近所の住民に見られでもしたら、結構顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまう。


 何度も何度も繰り返していたら、最悪通報されて勧告を受ける事だってあるくらいだ。


 しかし今回はきちんと理由があるため、俺は大手を振って外に出られるのだ。


「はい、お父さんの着替え」


「サンキュー」


 史がビニール袋に包まれた父さんの私服を手渡してくれる。


 父さんは1週間に一度は家に帰ってくるため、本来こんな事は必要ない。


 隔離施設は電気が使える為、汚れ物を回収する必要だってない。


 ならなぜこんな事をするのかと言うと、これは父さんがわざわざ作ってくれた用事なのだ。


 少しズルいかもしれないが、たまに他の人もやっていることなので許してもらおう。


「ところで大丈夫かな?」


「んー……」


 史がじっくりと俺の格好をチェックする。


 服装が決まっているかではなく、ゴーグルが外れていないか、口元は隠れているか、露出しているところが無いかといった防疫に関する確認だ。


 玄関先に設置されている姿見で確認してもいいのだが、史がやって来たのでどうせなら見てもらおうという程度のものだった。


「ちょっと色合いがダサい……」


「そっちじゃないの」


 難癖付けられたのは、もう5月になったにもかかわらず着ているジャケットのことだ。


 個人的には熱くて仕方がないのだが、出来る限り素肌の露出を避けたいので着るしかなかった。


「それ以外は大丈夫」


「サンキュー。じゃあいってきまーす」


「気を付けてね~」


 史のほんわかした声に送り出され、俺は隔離施設へと向かったのだった。






『政府は~、物資の独占を行っている~』


「俺たちが困窮しているのはそのせいだー!」


「独裁反対!!」


「独裁はんたーい!」


「平等に分け与えろー!」


 中学校の校舎を改造して建てられた隔離施設の前では、5人の人間がプラカードを手にシュプレヒコールを叫んでいる。


 中にはご丁寧にメガホンを持ってきて叫んでいる人までいて、かなり険悪な雰囲気を放っていた。


「なんだこれ……」


 パンデミック前ならいざ知らず、現在こんな人たちが居たことは一度だってなかった。


 だいたい集会を行えばその時点で罪に問われかねないのだから、こんな事をやろうとすら普通は考えないのだ。


「あなたたち、散りなさいっ」


『特権に尻尾を振る犬の言葉など聞く必要はないっ』


「集団は6人以上のはずだ! 我々は集団ではないっ。これは不当弾圧だ!」


 案の定、隔離施設前に常駐しているガスマスク姿の自衛官が警告を飛ばす。


 しかし集団は警告を無視して更にヒートアップし始める。


 拳を空へと突き上げながら、独裁反対と大声で叫び続けた。


「これ以上迷惑をかけると発砲もやむをえないぞっ」


『ほらみろ、そうやってすぐに武力で押さえ付けようとする!』


「我々から搾取した物資の上に胡坐をかき、私たちを苦しめる特権階級め!」


「独裁反対!」


「敷地内に入るなっ!」


「ここは隔離施設で治療を受けるために誰でも入れるはずだ!」


「人で差別するのかっ!!」


「差別主義者めっ」


 ああ言えばこう言う、なんてことわざがここまで当てはまるのも珍しいのではないだろうか。


 自衛官がその後何度警告しようと、集団は決して隔離施設の前を動こうとしなかった。


「…………ど、どうしよう」


 このご時世にこんな事をやらかす連中が居るとはついぞ思ってもみなかったので、口を開けて呆然と立ち尽くしていたのだが、いい加減どうするか決めなければならないだろう。


 このまま俺が隔離施設へ向かえば間違いなく碌な事にならないはずだ。


 俺の用事は無理に行かなくともいいはずなので、回れ右して帰宅したあと、夜中に行う定時連絡で、父さんへ事情を説明すれば問題はない。


 ただ、あんな訳の分からない連中のために、2週間とちょっとぶりの父さんとの対面を邪魔されるのは、それはそれで腹が立った。


「仕方ない、裏から行くか……」


 隔離施設には入る箇所がいくつか存在する。


 無理に正面から入る必要はない。


 俺は連中から離れると、隔離施設を回り込んで反対にある裏門へと回り込み……。


「独裁反対!!」


「物資は平等に分配しろっ」


 そこでも騒いでいる連中を見つけてしまう。


 裏門は、高さ2メートル程度あるスライド式の鉄門なのだが、連中はその格子の部分を猿のように掴み、ガチャガチャと揺らしながら不満をぶちまけていた。


「は? なんだこれ」


 とはいえこちらには2人しか居ない上に拡声器を持っていないため、正門ほど騒がしくはない。


 応対している自衛官も、口をへの字口にして睨みつけているだけだった。


 他の入り口の様子を窺ってもいいが、この調子ならどこもこんな感じだろうと判断し、俺は裏門へと歩を進める。


「おいっ、お前はなんだ!」


 案の定、騒いでいる二人に絡まれてしまったのだが、俺は一切聞こえないふりをして自衛官へ向けて軽く会釈をする。


「すみません、私物を届けに来ました」


「……ああ、聞いている。少し待ってくれ」


 ガスマスクを被っていてもなお分かるほどの厳つい声で自衛官は答えると、裏門を人ひとりが入れる程度開けてくれる。


「入れ」


「ありがとうございます」


 状況からして自衛官は俺のために門を開けてくれたのだが、そんなのは知った事ではないとばかりに俺の前に割り込んでくる。


「ちょっ」


「先に並んでいたのは私たちだ!」


「我々には入る権利があるはずだ!」


 その上勝手な理論を並べ立て、裏門から隔離施設の中へ侵入を試みている様だった。


 一体何が目的で、何をするつもりなのか、まったく想像もできなかったが、どうせろくでもないことをするに決まっている。


 さすがに引き留めようと、俺が手を伸ばしたら――。


「侵入者発見。射殺許可、願います」


 自衛官が平たい口調で襟元のマイクに告げる。


 殺意など欠片も感じなかったが、感情をこめずに淡々と仕事をこなしているだけという事実に、俺は背筋が凍り付く様な気がした。


「…………」


「…………」


 それは割り込んで来た連中も同じだったようで、2人は顔を青くして押し黙ると、素直に道を開けてくれる。


「……入っても、よろしいでしょうか?」


「ああ、君は構わない」


 本当に大丈夫だろうかと肝を冷やしながら、俺はようやく隔離施設へと入る事が出来たのだった。

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