19
島本さんは、手際よく脱臭機を設置しながら、僕らの質問に淀みないテンポで答えた。
いつも作業中は、芸人のラジオばかり聴いている、髪に臭いが染み付いて落とすのが大変だからバッサリ切ったなど、よく話してくれた。
「これは事前にお伝えしたと思うんですけど」
僕が前置きすると、島本さんは脱臭機のタイマー部分をいじりながら、「はい」と早口で相槌を打つ。
「番組のテーマは『安楽死』なんですけど」
遠藤さんが僕に怪訝な表情を送る。ちょっと唐突過ぎないかと言いたげだったが、すぐに仕事の顔に切り替えて、僕に話の成り行きを任せた。
「らしいですね、メール読みました」
「島本さんは、安楽死には賛成ですか? 反対ですか?」
ほんのわずか、タイマーの数値を入力する島本さんの手が止まっているように見えた。
「それって、どっちか決めなきゃなんないんですか?」
切り込んだ質問をしたつもりなのに、意外な返答に、僕の方が面食らってしまった。
だが、島本さんは平然と続ける。
「安楽死っていうと、ネットとかでも、すぐに賛成か反対かみたいな話になるじゃないですか」
また、遠藤さんと顔を見合わせた。遠藤さんは、島本さんの意見にも一理あると、どこか同意した様子だった。
「まあ、でも」
島本さんは立ち上がると、窓が閉まっているか確認しながら、僕らに背を向けて話し出した。
「今日ここに遅れたのは、兄がまた石を飲み込んだって、ホームから連絡があったからなんです」
「お兄さんが、ですか?」
咄嗟には意味が理解できず、質問で返したが、言いながら悔やんだ。
島本さんの言葉の意味が分かったから、余計に次に何を言うべきなのか悩んでしまう。
「障害があって、学校を卒業してからずっとグループホームで生活してるんですけど、よく道端の石を丸呑みしちゃうんです」
手袋のまま、親指と人差し指で丸を作り、それを飲み込むジェスチャーをした。
「だから、安楽死とかが普通になったら、思っちゃうじゃないですか」
曖昧に言葉の後ろを濁す。
「それはつまり」
事前に読み込んでいた、安楽死の資料にも似たようなことが書かれていた。安楽死が容易な世の中になると、障がい者や高齢者など、弱者に対して、安楽死をするべきというプレッシャーを与えることにもなる。
「お兄さんが、周囲から・・・」
どう言葉にすべきなのか、迷いながら質問を考えていると、島本さんは僕の葛藤を笑い飛ばすように、軽い口調で言った
「逆です、逆」
「逆?」
「わたしが考えちゃうと思うんです」
「何をですか?」
島本さんは、大きく息を吸い込むような仕草をした。
「なんでこいつは、安楽死しないんだろうって」
一息で言って、また作業に戻った。
脱臭機の作動音が地面に響く。
想像していなかった言葉に、たじろいでしまっていると、遠藤さんは、俺が引き受けるとでも言うように、一歩前へ出た。
「今は、そういうことは考えないですか?」
「殺したら、わたしが捕まるから仕方ないかとか、その程度で終われてます」
島本さんは、僕らの方を振り向いて、「てことは、反対になるのか」と、大袈裟に首をかしげ、マスクの隙間から笑顔を覗かせた。
さらに、分厚いマスク越しでは、あまり伝わらないと気付いたのか、指でVサインを作りながら、「冗談です」と付け加えた。
「オゾンで臭いを除去する間は、部屋にいられないので、先に出てください」
島本さんは再び、仕事モードの淡々とした言い方に戻る。
脱臭機から吐き出される空気の音が、より大きくなった。
「今の話、全部使えないな」
部屋の外へと向かいながら、作動音に紛れ込ませて、遠藤さんが苦笑いで言う。
「田所さん家族の取材は、このまま継続ですか?」
暗い廊下の途中で聞いた。
答えを待つ間、二階へと続く階段の先を見上げた。
もうずっと、二階へとは上がっていなかったのだろう。ゴミ袋が積み上げられ、今にも崩れ落ちてきそうだった。
遠藤さんも、ゴミ袋の山を見ながら答えた。
「番組として、田所さん家族の安楽死はクライマックスとして使いたいけど」
だがその一方で、国内で安楽死の処置を行った医師の行為について、医師の倫理が暴走した結果なのか、安楽死の議論が進まない日本にとって必要なことだったのか、問いかけるような構成にする、そう話を整理した。
これまでも最新の報道や制度の変更、SNSなど世論の変化によって、方向転換を強いられたことは何度もあった。今回の遠藤さんの判断も、ディレクターとして、賢明なものだろう。
「例の医師について」
僕は切り出した。さっきからずっと、考えていたことだった。
「詳しい情報を取り寄せてくれませんか? できれば、取材申請を出したいので、詳しく知りたいです」
「群馬の総合病院に勤務する医者ってことしか、分かってないらしいけどな」
遠藤さんは少し迷っている様子だったが、すぐに「分かった、確認しておく」と小さく頷いた。
取材などする気はなかった。
僕はただ、逮捕される前に、その医師に会う必要があった。




