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島本さんは、手際よく脱臭機を設置しながら、僕らの質問に淀みないテンポで答えた。


 いつも作業中は、芸人のラジオばかり聴いている、髪に臭いが染み付いて落とすのが大変だからバッサリ切ったなど、よく話してくれた。


「これは事前にお伝えしたと思うんですけど」

 僕が前置きすると、島本さんは脱臭機のタイマー部分をいじりながら、「はい」と早口で相槌を打つ。


「番組のテーマは『安楽死』なんですけど」

 

 遠藤さんが僕に怪訝な表情を送る。ちょっと唐突過ぎないかと言いたげだったが、すぐに仕事の顔に切り替えて、僕に話の成り行きを任せた。


「らしいですね、メール読みました」

「島本さんは、安楽死には賛成ですか? 反対ですか?」


 ほんのわずか、タイマーの数値を入力する島本さんの手が止まっているように見えた。


「それって、どっちか決めなきゃなんないんですか?」

 切り込んだ質問をしたつもりなのに、意外な返答に、僕の方が面食らってしまった。


 だが、島本さんは平然と続ける。

「安楽死っていうと、ネットとかでも、すぐに賛成か反対かみたいな話になるじゃないですか」


 また、遠藤さんと顔を見合わせた。遠藤さんは、島本さんの意見にも一理あると、どこか同意した様子だった。


「まあ、でも」

 島本さんは立ち上がると、窓が閉まっているか確認しながら、僕らに背を向けて話し出した。


「今日ここに遅れたのは、兄がまた石を飲み込んだって、ホームから連絡があったからなんです」

「お兄さんが、ですか?」

 咄嗟には意味が理解できず、質問で返したが、言いながら悔やんだ。

 島本さんの言葉の意味が分かったから、余計に次に何を言うべきなのか悩んでしまう。


「障害があって、学校を卒業してからずっとグループホームで生活してるんですけど、よく道端の石を丸呑みしちゃうんです」

 手袋のまま、親指と人差し指で丸を作り、それを飲み込むジェスチャーをした。

「だから、安楽死とかが普通になったら、思っちゃうじゃないですか」

 曖昧に言葉の後ろを濁す。


「それはつまり」

 事前に読み込んでいた、安楽死の資料にも似たようなことが書かれていた。安楽死が容易な世の中になると、障がい者や高齢者など、弱者に対して、安楽死をするべきというプレッシャーを与えることにもなる。


「お兄さんが、周囲から・・・」

 どう言葉にすべきなのか、迷いながら質問を考えていると、島本さんは僕の葛藤を笑い飛ばすように、軽い口調で言った


「逆です、逆」

「逆?」

「わたしが考えちゃうと思うんです」

「何をですか?」

 

 島本さんは、大きく息を吸い込むような仕草をした。

「なんでこいつは、安楽死しないんだろうって」

 一息で言って、また作業に戻った。

 脱臭機の作動音が地面に響く。


 想像していなかった言葉に、たじろいでしまっていると、遠藤さんは、俺が引き受けるとでも言うように、一歩前へ出た。

「今は、そういうことは考えないですか?」

「殺したら、わたしが捕まるから仕方ないかとか、その程度で終われてます」


 島本さんは、僕らの方を振り向いて、「てことは、反対になるのか」と、大袈裟に首をかしげ、マスクの隙間から笑顔を覗かせた。

 さらに、分厚いマスク越しでは、あまり伝わらないと気付いたのか、指でVサインを作りながら、「冗談です」と付け加えた。


「オゾンで臭いを除去する間は、部屋にいられないので、先に出てください」

 島本さんは再び、仕事モードの淡々とした言い方に戻る。

 脱臭機から吐き出される空気の音が、より大きくなった。


「今の話、全部使えないな」

 部屋の外へと向かいながら、作動音に紛れ込ませて、遠藤さんが苦笑いで言う。


「田所さん家族の取材は、このまま継続ですか?」

 暗い廊下の途中で聞いた。

 答えを待つ間、二階へと続く階段の先を見上げた。

 もうずっと、二階へとは上がっていなかったのだろう。ゴミ袋が積み上げられ、今にも崩れ落ちてきそうだった。


 遠藤さんも、ゴミ袋の山を見ながら答えた。

「番組として、田所さん家族の安楽死はクライマックスとして使いたいけど」

 だがその一方で、国内で安楽死の処置を行った医師の行為について、医師の倫理が暴走した結果なのか、安楽死の議論が進まない日本にとって必要なことだったのか、問いかけるような構成にする、そう話を整理した。


 これまでも最新の報道や制度の変更、SNSなど世論の変化によって、方向転換を強いられたことは何度もあった。今回の遠藤さんの判断も、ディレクターとして、賢明なものだろう。


「例の医師について」

 僕は切り出した。さっきからずっと、考えていたことだった。

「詳しい情報を取り寄せてくれませんか? できれば、取材申請を出したいので、詳しく知りたいです」

「群馬の総合病院に勤務する医者ってことしか、分かってないらしいけどな」


 遠藤さんは少し迷っている様子だったが、すぐに「分かった、確認しておく」と小さく頷いた。


 取材などする気はなかった。

 僕はただ、逮捕される前に、その医師に会う必要があった。


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