第20話 ロングアイランドアイスティー
友弥君が私の隣に座った。
「なに飲んでるんですか?」
「ロングアイランドアイスティーって言うんだけど、紅茶は入ってないの。強いお酒だから、友弥君はやめておいた方が良いと思うよ」
「なんでだよ。俺もそれ頂戴」
笑いを噛み殺しながら、龍二さんが2杯目のロングアイランドアイスティーを作った。また、あの素敵な所作が見られて、私は満足していた。
「友弥、それはないんじゃない?」
友弥君のグラスが出されて、静かに乾杯をしたら、カウンターに座っていた先客がそう言った。「ん?」私は、咄嗟に友弥君とその女性を交互に見た。
「始めまして、友弥の母です」
「え、あ、失礼しま……」
「いいえ。俺に母親はいません」
友弥君が強い口調で言った。
龍二さんを見た。無表情で、シェイカーを洗っている。
そっと、龍二さんの元奥様を盗み見るが、目が合って、震え上がった。なんて、怖い目……私は無関係ですって、言いたいけど……
「心愛さん、今日はなにしてたんですか?」
「あ、えっと、バレー部の地区大会予選で、体育館に……」
「結果は?」
「初戦は勝ったんだけど、2回戦で負けてしまって」
あの……あの女性の視線が痛くて、耐えられません……
「心愛さん」
小さな声がして、顔を上げると、龍二さんが笑顔で首を横に振っていた。
「あ、いけな」
思わずチューっとカクテルを一気に飲みそうになっていた。龍二さんがもうひとつ、私の前にグラスを置いた。そして、口だけ動かして「コーラ」と言った。「どうも」と口だけ動かしてお返事をした。
「やっぱり、育て方を間違えたわね」
「なっ!!」
思わず声が出てしまい、慌ててストローに唇を戻した。
なんて事を言うんだろう?友弥君はいい子だし、そんな風に育てた龍二さんを侮辱するなんて!ヒドイ!
ふと横を見ると、友弥君がカクテルを一気に吸い込んでいる。
「っちょ、ちょっと、こっちこっち」
そう言って、私の前のコーラを差し出す。
ハッとしたようにストローから口を離した友弥君は、真っ直ぐ前を見たまま、こう言った。
「紹介してなかったな。こちらが俺の好きな人」私に手の平を差し出す。
「そんで、あっちが俺の嫌いな人」と、カウンターの女性に人差し指を指す。
え、な、なんでー!こんなの、私、耐えれないんですけど……!カウンターの中で龍二さんが声を出さずに、肩を震わせて笑っている。
「わ、分かり易い……いい、紹介……だな……ぷぷっ」
ちょっと、龍二さんまで!
私、笑えないんですけど!
***
心愛さんにはみっともないところを見られたが、正直、友弥のお陰で気が晴れた。
「お会計を」
ムスッとした優子が立ち上がり、ようやく帰ってくれるのかとほっと胸を撫でおろした。
「また来るわね」
「……」
もう来るなと言いたかったが、この場所は、俺なりに誇りを持って働いてきた神聖な場だ。一時の感情で、これまで積み上げてきた雰囲気を壊したくなかった。しかも、優子なんかのせいで、こんな形で汚したくは無い。ぐっと、言葉を飲み込む。
扉が閉まると同時に、心愛さんがカウンターに突っ伏した。
「なんなんですかぁ?心臓に悪いです!」
友弥がコーラを飲み干した。心愛さんが気を利かせてくれたおかげで、友弥の悪酔いが防げそうだ。感謝する。
「あのババア!」
「おい、友弥、心愛さんに嫌われるぞ」
「心愛さんは、こんな事で俺の事を嫌いになったりしない。だよな?」
友弥がすがるように心愛さんを見る。
「嫌ったりしないよ!私もあの発言はどうかと思ったの!」
「ほらな、心愛さんのこういうところが好きなんだよ!」
「分かった、分かった」
ロングアイランドアイスティーは、充分に友弥を泥酔させた。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
「いいえ。今日は私もかなり恥ずかしいところを見せちゃってますから」
目が合う。微笑み合う。
「あっ!なんだそれ!俺の知らないところで、なにがあったんだよ!」
「いいから、お前はもう帰れ」
友弥を促すが、動く気が無いらしい。
「お前が、あの人と連絡を取り合ってたなんて知らなかったよ」
「最初に来たのは……中学校に上がったくらいかな、校門の前で待ってたんだよ、気持ちわりぃ。んで、たまーに来て、連絡先教えろって言うから、うぜぇから教えたんだよ。でも、ちっとも連絡なんて無くて、それでよかったんだけど、最近になって、やたらと連絡してきてさ、うるさいのなんの……」
「そうだったのか」
優子にも心境の変化があったのだろうが、俺たちのことは放っておいて欲しい。友弥を心配してくれている心愛さんを見て、改めて心の中で陳謝する。
(優子と似ているなんて思って、本当にすみませんでした)




