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あなたがいい  作者: あおあん


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第21話(マルガリータ)

 月曜の午後、早く帰りたくてソワソワしてしまう。帰宅後の段取りを考える。夕食を作ってお母さんに食べさせ、お風呂、ドライヤー、寝かしたら、即、龍二さんに電話。


 ホテルのバーに行くと言っていた。どんなところなんだろう。仕事の勉強の一環かな。


「榊原先生、今日で私、産休に入らせていただきます」


 小林先生に声をかけていただいた。


「バレー部の地区大会が終わったので……2学期からは、1,2年生だけになりますけど、練習を見てあげていただけませんか?」

「見てあげられるならそうしたいのだけど、どうしても一旦、家に帰って母の様子を見なければならないの。施設も順番待ちで、すぐには入れないし……そんな、できる時だけなんて……日和見な感じでは、顧問は受けられないですよね?」


 二人して黙ってしまう。


「妊娠や子育て、介護も、自分の都合だけでは自由が利かなくなるというのは同じだと思うの。小林先生ができなくなったからって、私が100%バックアップはして差し上げられないのよ。私にも事情があるので。申し訳ないけど、メインの顧問をお受けすることができません。サブでなら、もちろんなるべく頑張らせてもらうけど」

「そうですよね。この前も、大変なことになっていましたもんね……」


 私がトーナメントの最中、あたふたと龍二さんに電話をしてる姿を見られている。


「やってあげたいという気持ちはあるんだけど、ごめんなさい」

「いいえ。私も自分ばかりが大変だと勘違いをしていました。陸上部の顧問は先生が3名でやられてると聞いたので、どなたか、バレー部に来てくれないか聞いてみます」

「私も行きます。一緒に、お願いしてみましょう」


 小林先生も軽い気持ちでバレー部の顧問を受けたわけではないと思う。既に2人いる、上のお子さん達の世話をしながらのことだもの……ご家庭でいろいろ調整されたに違いない。


 陸上部の練習にお邪魔して事情を話したら「それは大変だ」と1年2組の先生が話しに乗ってきてくれた。


「小林先生は今日で、最終日なんです。今後のことは、私と打ち合わせをさせてください」

「榊原先生、そうしましょう。小林先生は元気な赤ちゃん産んで、戻ってきてくださいね」

「はい……」


 目を潤ませる小林先生を心から応援している。




 ***




 心愛さんから電話が来たのは10時少し前だった。心愛さんの家に迎えに行く。


「すみません。遅くなりました」

「いいえ。無理を言ってすみません」


 タイトなスカートとブラウス、ストッキングにパンプス……俺は間違いなく、この格好に弱い。塾講師だった優子も、この格好をしていた。


「駅ビル直結のホテルです」

「カクテルの勉強ですか?」

「そんなところです」


 なんて、デートがしたかっただけです。


「ここです」


 重厚なカーペットと手触りのいい木製のカウンター、ふっくらとしたベルベットのクッションの椅子。この店はセンスがいい。


「心愛さん、どんなのが飲みたいですか?」

「マルガリータにします」

「へえ」

「変ですか?」

「どうしてか、聞いてもいいですか?」

「なんとなくです……って、本当は……」


 恥ずかしそうに、そっと俺に近付いて耳元で囁いた。


「龍二さんのカクテルと飲み比べしやすいかなって……」

「ほほぉ。俺の知らないうちに、負けられない勝負が始まっているんですね」

「そんなんじゃ……ふふっ」


 どうぞ比べてくれ。そして思い知ってくれるといい。俺の方が良いと。


「龍二さんは?今日は私のお礼ですから、お好きなのを頼んでくださいね」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて……」


 ウィスキーのロックにした。

 心愛さんの隣で酒が飲めるだけで幸せだ。

 いつもはカウンターを挟んで正面にいる彼女が、肩が触れそうな距離に並んで座っている。


「龍二さん、伺ってもいいですか?」

「はい、何でしょう?」

「TITANICの由来って、何ですか?」

「はは。オーナーの好きな映画です」

「ふふ。そんなところかと思ってました」

「沈むと分かっている船の名前を付けるなんて、俺には分からないセンスだけど」


 ずっと思っていたことをぶっちゃけてみる。


「私も!全く同じことを思っていました!」


 愛くるしい。どうしようもなく湧き上がってくるこの感情に名前を付けられない。

 シェイカーを振っているカウンターのバーテンダーを眺めている心愛さん。


「龍二さんの方がかっこいいです」

「でしょ?」


 こそこそ話がくすぐったい。

 俺たちのTITANICがいよいよ沈んでしまうと、伝えるべきか悩む。が、今日でなくてもいいかと思い直す。せっかくのデートを台無しにしたくない。


 出てきたカクテルを右から左から眺める心愛さん。


「しょっぱそう……」

「俺はグラスを倒して外側の淵にだけソルトを付けるけど、ここはグラスをひっくり返して真上にベタっと付けるんだろうね。少し飲み口を少し指で拭ってもいいですよ」

「そうなんですね」

「「乾杯」」


 小さく囁いてから、心愛さんはそっと人差し指と親指で淵をなぞり口を付けた。

 首を傾げ、眉間に皺を寄せ、口を小さくすぼませた心愛さんに声をかける。


「どうしました?」


「おいしくないよ」口をパクパクしながら伝えてきた。


 その表情に……心を奪われた。




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